村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』解説|生きる意味なんて考えず、踊り続けるんだ。

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最後に本作品のメッセージと感想をお話しします。

言葉への絶望を超えて、狂騒のバブルを生きるということ。

村上春樹の六作目の長編。これは初期三部作「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」の続編です。

自己療養の試みとして文学が始まり、出会いや別れをへて鼠の死で「僕」の青春物語は終わります。

この続編は、学生時代の政治運動の喪失と絶望を経て、方向感を失い暴走する80年代の高度資本主義社会を迎えます。そしてシステム的に複雑に張り巡らされた拝金主義、日本版の金ぴか時代。つまり金メッキ時代に突入していきます。

否が応でも、一人の人間の自我のなかに、物質的な形而下と精神的な形而上の思考をもたらします。その境界に<羊男>という番人を配し、交信地点としています。

「ドルフィン・ホテル」を核とした再開発は強欲資本主義の象徴。そして表層の現実世界です。思えば69年、70年の純粋な気持ちからの敗北を経て、10数年たらずの間に金に狂ってしまった欲望の時代になってしまいました。

それでも感じるものだけに通じる「いるかホテル」という結び目が存在し、その入口で羊男は暮らし続けています。僕が何かを求め、何かを繋げようと思う。そうすると羊男がそれを繋げることを助けてくれる。

物語は、カオスと化した現実社会で心が傷つき、孤立していくなかで、なんとか自分を失わずに自由で束縛されない生き方を続けようとする僕の再出発がテーマで、もう一度、「人を愛する」という人間的な感覚を取り戻すことで終わっています。

この作品は、四作目の実験的な『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の<表層意識>と<深層意識>のパラレルワールドや、五作目のリアリズム小説として大ヒットした『ノルウェイの森』の後に書かれており、これらの要素も所々に散りばめられ、一人の人間のなかにある引き裂かれそうな二つの自我を行き来しながら、生と死の循環やその再生を描いたものとなっています。

余談ですが、主人公は自分の仕事を文化的半端仕事として「文化的雪かき」と呼んでいます。物語のなかで、それは自虐的に紹介されていますが、きっと表現者としての覚悟というか思いの宣言なのではと思います。

デビュー作では、「言葉に絶望した人の自己療養の試み」とメッセージしたのですから、「文化的雪かき」には、控えめながら使命とプライドを感じます。

バブルに舞い上がり狂騒する当時の世相に対して、真摯に生きる人々が黙々と行い続ける確かな仕事の信頼こそを大切にする。

そんな人々を称賛すると同時に、自身の仕事を象徴化したのが「文化的雪かき」でしょう。

物語の最後の方で、ユミヨシさんと札幌で生きようと思い、ここで「何か自分のために文章を書きたいという気持ちになった」―そう、僕はそれを求めているのだ。注文も締め切りもないただ文章―とあります。 それが、この『ダンス・ダンス・ダンス』という作品だったのでしょう。

踊り続けるダンス・ダンス・ダンス。

「羊男」はここを中心にして、そして音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだと「僕」に言います。こことは結び目であり<こっち>と<あっち>の接点です。

そして羊男は<こっちの世界>に呼び寄せられないように入口を守っている番人です。

羊男からみた<あっちの世界>― つまり主人公の僕が生きる表層の現実のつらい世界 ―に、もうあんたの場所はないかもしれないという。もしうまく行ってもまたあんたはこれまでと同じことをするだろうと言う。

金やモノがすべての価値というシステムに組み込まれて身動きがとれず、そこで孤立していく人々。

それでもあんたが上手く繋がれるように出来るだけのことはするという羊男に対して、「それで僕はいったいどうすればいいんだろう?」というと、「踊るんだよ」と羊男は言った。

 音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ・・・・踊り続けるんだ・・・・・・・。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。(11章)

ドラマツルギー、自分という役割を演ずる。

そしてコミュニケーションしながら、自分を生きていくこと。

一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ・・・・・・・・・・・・・・

そうするとあんたはこっちの世界のなかでしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。

きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。

あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう

「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」

これは「ダンス・ダンス・ダンス」が伝えたかったことです。当時の春樹さんの心境だったのかもしれません。

足を止めない、思考停止に陥らないようにと羊男は言います。どんな状況でも、社会をシニックに捉えずに、自分にとっての大切なものを失わないようにすること。

そう、村上春樹さんの物語は、いつも真面目なテーマがあるのです。

自己の中心核と世界を繋ぎ続けることで、自分を信じながら、自分が納得できるものに対して、固く閉じた自我を時々に応じて開いていくことが大切というのです。

まさに内省的で自律した自己を持ち、現実と空想の世界を跨いで物語を紡ぎ、読者を楽しませながらも深いテーマを問いかける作家が村上春樹さんなのでしょう。 

※村上春樹のおすすめ!

村上春樹『風の歌を聴け』解説|言葉に絶望した人の、自己療養の試み。
村上春樹『1973年のピンボール』解説| 魂の在り処を探し、異なる出口に向かう僕と鼠。
村上春樹『羊をめぐる冒険』解説|邪悪な羊に抗い、道徳的自死を選ぶ鼠。
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村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』あらすじ|生きる意味なんて考えず、踊り続けるんだ。
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