サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ/ライ麦畑でつかまえて』解説|大人のインチキと闘う、ホールデンという魂。

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社会の欺瞞のなか、学校の先生や同級生にうんざりする16歳のホールデン。インチキと闘いながら、暴走する魂がニューヨークを危うく彷徨う。ライ麦畑で遊ぶ無垢な子供たちを守ることを想い、妹のフィービーが回転木馬に乗る姿に、心癒され自身を取り戻していく。

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登場人物

ホールデン・コールフィールド
主人公で16歳。成績不振でペンシー校を放校処分になりニューヨークを彷徨う。

フィービー
ホールデンの幼い10歳の妹で、可愛く頭の良い子で唯一心を許すことができる。

アリー
ホールデンの弟で、赤毛でかしこく性格の良いやつだったが白血病で死んでしまう。

DB
ホールデンの兄で、ハリウッドで脚本家として活動。サリンジャーを投影している。

ウォード・ストラドレイター
寮の同室の四年生で、金持ちのインチキ男でジェーンとデートのことで喧嘩になる。

ロバート・アックリー
隣の部屋の四年生で、長身で猫背で歯が汚く顔がニキビだらけの陰険で底屈な男。

モロウ夫人
トレントン駅で乗ってきた40過ぎの夫人で、ペンシー校のクラスのアーニーの母親。

二人の修道女
ニューヨークで出会う、献金して会話するが慈愛に満ちた慎み深さに親しみを持つ。

ジェーン・ギャラガー
ホールデンの家の隣に住んでいて、昨年の夏に彼女と知り合いになり親しくなった。

サリー・ヘイズ
ホールデンが昔つきあっていた女の子で、美人で目立ちやがり屋でスノッブな性格。

スペンサー先生
70歳くらいの歴史の先生で、ホールデンは退学処分になり別れの挨拶に自宅へ伺う。

カール・ルース
頭が良くホールデンの3つ年上で、前の学校の指導係で今はコロンビア大学に通う。

アトリーニ先生
ホールデンが一番話しやすく敬意を持っている若い先生で奥さんがとても金持ち。

あらすじ

物語は、主人公のホールデン・コールフィールドが西部の病院で療養しながら、去年のクリスマス前後のひどい出来事を述懐するかたちで記されていく。

ホールデンはプレップスクールのペンシー校を成績不良で退学処分を受ける。別れの挨拶にスペンサー先生の自宅を訪れるが、ひどい嫌味を言われ、落ち込んで寮に帰ってくる。すると隣部屋の長身で歯が汚くニキビだらけのアックリーがやって来て、読書の邪魔をされ退屈な話をする。

同室の二枚目気取りのインチキ野郎のストラドレイターは今からデートに行くといい、相手はジェーン・ギャラガーだという。ホールデンは昨夏に親しかったジェーンと聞いて、いらつくが、ストラドレイターは作文の代筆を頼んで部屋を出ていく。

夕食後、ホールデンは頼まれた作文のテーマに白血病で死んだ弟アリーの野球ミットのことを書くが、ストラドレイターが戻った後、その作文に文句をつけられ、ジェーンとデートされたことの興奮もあり喧嘩となり、ホールデンは殴られ鼻血を出す。

気が滅入り孤独でやりきれないホールデンは、退学の日を前に土曜の夜に寮から出て行ってしまう。

水曜までニューヨークでゆっくりして家へ戻ろうと考える。駅まで歩き、夜の汽車に乗る。トレントン駅で女の人が乗ってくる。彼女は四十過ぎくらいでモロウ夫人といい、息子がペンシー校に通っているという。金持ちそうな微笑みで性的な魅力もある。ホールデンは、下司げす野郎の息子のことを、ペンシー校で一番人気のある生徒の一人だとモロウ夫人におべんちゃらを言う。

エドモントホテルに泊まる。部屋から向こう側を見ると、女装を始める変態や、笑い悶えながらハイボールを吹きかけあう男女など、変人ばかり。階下のナイトクラブに行き、シアトルから映画スターに会いに来た三十くらいの女性たちとダンスを踊るが、低能に思えて気が滅入る。

気晴らしにグリニッジ・ビレッジのナイトクラブのピアノ弾きのアーニーの店に行く。弾き終わり聴衆の俗物的な喝采に対して、インチキくさい謙虚な一礼の嘘っぽさに辟易する。店で会った兄DBの知り合いというリリアン・シモンズという女性の話に、さらに気が滅入り嫌な気分になる。

ホテルではエレベーター・ボーイのモーリスに女を薦められ、一回、五ドルと言われ興味気分で買ってみる。ホールデンは童貞だった。やがてサニーという娼婦が来たがその気になれずに会話だけで返そうとしたら十ドルと言われ、モーリスが出て来て諍いとなり結局十ドル盗られたうえに殴られてしまう。

翌朝、ホールデンは金持ちで美しい女友達のサリーとデートの約束をする。その前に朝食をとっていると感じのいい二人の尼さんと隣り合わせになる。ホールデンは献金として十ドルを差し出す。慈愛にみちた慎み深いふるまいに親しみを感じる。

歩いていると教会帰りの親子に会い、子どもが「ライ麦畑で出逢ったら(Comin Thro’ The Rye)」の歌を可愛い声で歌うのを聞き、気分が晴れる。ブロードウェイ『アイ・ノウ・マイ・ラブ』の切符を手に入れ、サリーとラント夫妻を観る。有名人だと意識した演技や物知り顔を装う観客たちの会話にうんざりし、ロビーではアイビー・リーグの知り合いの顔を見つけそわそわするサリーにひどいことを言って怒らせるが、その後、サリーの提案でスケートに行く。

ホールデンは、サリーに「ニューヨークなんて住まずに、二人してマサチューセッツかバーモンドかどこか小川の流れる所に住んで結婚しよう」と言う。

サリーに「そんなのできるわけないじゃない。私たちまだ子供なのよ。仕事もなくお金も無く飢え死にするだけじゃない。そんなのぜんぜんおとぎ話よ。そういうことは大学を卒業したあとで」と言われ争いになり「スカスカ女」と言って激怒される。

何もかもがおかしく感じるホールデンは、笑ってしまう。そしてホールデンは「もし彼女が行こうと言っても、決して自分は行かなかった」と思い、自分はきっと変なんだと思う。

ジェーンに電話をかけるが出ないので、仕方なくカール・ルースに電話をかけ会う。バーで話すがますます気分は落ち込み、ルースと別れ泥酔してサリーに電話をして無視される。その後、アヒルたちがどうなったのかと考えながら公園まで歩く。ホールデンは無性にわびしかった。

アヒルの姿はどこにもなかった。ホールデンは、肺炎になって死ぬんじゃないかと思う。そして死んだアリーを思う。墓地に人々が墓参に来て、雨に降られ帰って行ったことを思い出し、魂は天国にいると知りながらも雨の中で一人きりのアリーの墓地を心配する。

それからホールデンは、フィービーに会おうと考えこっそり家に戻り忍び込む。フィービーから「どうしてうちに帰るのが水曜日でなくなったの?」と訊ねられ、「早く帰してくれたんだ」というホールデンに、勘のいいフィービーは「学校を追い出されたんだわ!そうよ、きっと!」と言い、こぶしすねをぶたれる。それからフィービーは「お父さんに殺されちゃうんだから」と繰り返す。

フィービーに呆れられ「いったい何になりたいの」と問われ、ホールデンは、自分がなりたいのは「子供たちがライ麦で遊んでいて崖に落ちそうになったら助けてあげるキャッチャーなんだ」と答える。

その後、両親が帰って来たのでそっと出て行く。その時、フィービーにお金を借りると急に泣いてしまう。ホールデンは赤いハンチング帽を彼女にやって、アントリーニ先生のところへ行く。ホールデンは先生の助言を聞きながらあくびがでてしまう。眠りから目を覚ますと先生が頭を撫でていて、変態と思い怯えたホールデンは急いで身支度をして出ていく。

翌朝、ホールデンは家に帰らずにどこか誰にも知れない西部の遠くに行って、そこでガソリン・スタンドで雇ってもらい聾唖者のふりをして生きようと考える。誰とも無益で馬鹿らしい話をせずにすむし、必要なことは紙に書いて知らせ合えばいいと思う。稼いだ金で小さな小屋を建てて、同じ聾唖者と結婚して子供は学校にやらずに自分たちで育て、そこで死ぬまで暮らそうと考える。

フィービーにさよならを言うために美術館の入り口で待ち合わせするが、やって来たフィービーは自分も一緒についていくと言い出す。言い争いになり困り果てたホールデンは、動物園まで歩いていき回転木馬にフィービーを乗せる。そしてフィービーの乗った木馬が廻り始めるのを見て心が安らぐ。

ホールデンはフィービーに家に帰ることを約束する。雨がひどく降ってきたが、ずぶ濡れでも平気だった。フィービーが廻り続けるのを見ながら、突然、とても幸せな気持ちになった。

そして後書きに、17歳のホールデンはこの神経症による病院での療養のなか、9月からの学校のことをぼんやり考え、兄のDBから心配されていることを思い、あのストラドレイターやアックリーやモーリスにさえ懐かしい気分を感じる。

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