井伏鱒二『山椒魚』あらすじ|悪党になった山椒魚と、悟りをひらく蛙。

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概要>山椒魚は二年の間に頭が大きくなり岩屋から外に出られない。次第に性格が悪くなり、たまたま紛れ込んだ美しい蛙を閉じ込め同じ運命に引き込むが、蛙は死を前にして悟りを開き、山椒魚を許して死んでいく。残された山椒魚は、ひとり孤独な死を待つのみとなる。

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登場人物

山椒魚
岩屋に棲むが、自分の頭の成長で出られなくなり次第に性格が悪くなっていく。

美しく水の中を泳いでいたが岩屋に迷い込み、山椒魚と共に幽閉生活をおくる。

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あらすじ(ネタバレあり)

山椒魚は二年間で大きくなった頭がつかえて、岩屋の外に出れなくなる。

山椒魚は悲しんだ。

彼は、棲家である岩屋から出てみようとしたが、二年間で体が大きくなり頭が出口につかえて岩屋から出れなくなった。彼は、狼狽し悲しみ、「何たる失策であることか!」と嘆く。

岩屋の中を泳いでみたが、そこは狭かった。彼は深いため息をつき、「どうしても出れない場合には、俺にも相当な考えがある」と呟くが、うまい考えがあるはずもなかった。

岩屋の天井には、杉苔や銭苔が密生していて、銭苔は緑色のうろこのように繁殖し、杉苔は細く紅柄の先端に花を咲かせ、そして実を結び花粉を散らしはじめた。

山椒魚は杉苔や銭苔は、水が汚れてしまうと疎んじていた。岩やの天井の凹みに生えるカビも消えたり生えたりして、繁殖しようとしない愚かな習性だと思った。

群れで動くメダカの不自由さや、考え込む小エビを嘲笑し莫迦にする。

山椒魚は、岩屋の出入口に顔をつけて外の光景を見るのが好きだった。

出入口から谷川の大きな淀みを眺めることができ、水底の一叢ひとむらの藻が発達し、一本ずつの細い茎となり水面まで一直線に伸び、水面から空中に藻の花をのぞかせている。

メダカは藻の茎の林のなかを泳ぎ抜けることを好むらしく、押し流されまいと群れを成して、先頭の動きに合わせて、右に左によろめきながら泳いでいく。

山椒魚は、彼らを「なんという不自由な奴らだろう」と嘲笑した。

水面の花弁も淀みの渦の中で、散って吸い込まれていく、山椒魚は、目がくらみそうに思った。

ある夜、一匹の小エビが岩屋の中に紛れ込んで、山椒魚の横腹にすがりついた。産卵期で岩と間違えて卵を産みつけようとしたのか、何か一生懸命に物思いにふけっているようだった。「考え事にひたっているようなやつは、莫迦だ」と思った。

どうしても頭がつかえて外に出れない山椒魚は、絶望し神を恨んだ。

山椒魚は、それを見て岩屋からでなければと決心した。

全身の力をこめて岩屋の出口に突進したが、頭がつかえてコロップの栓をつめるのと同じ状況になり、それを抜くには、全身の力を込めて、今度は後ろに身を引かなければならなかった。

この騒ぎで岩屋は、水が汚れ、小エビは狼狽したがその光景を見て思わず大笑いした。

山椒魚は、何度も岩屋の出口に突進するが、頭が穴につかえた。彼の目から涙がながれた。たった2年間うっかりしていただけで、一生涯この穴の中に閉じ込めてしまうとは、神様は横暴だ。今にも気が狂いそうになった。

誰でも、同じ境遇になれば、同じ心境になるのだから、この山椒魚を嘲笑してはいけない。

美しく泳ぐ蛙が入ってきて、山椒魚は岩屋に閉じ込め痛快になった。

岩屋の外では、遊んでいた二匹のミズスマシが、蛙に追われて逃げ回るさまが見える。山椒魚は、このミズスマシと蛙の活発な動作と光景を感動して見ていたが、羨ましくて目を避けた。

彼は目を閉じてみた、悲しかった。目を閉じると強大な暗闇があり、際限なく広がる深淵があった、彼はすすり泣いた。

山椒魚は、次第に善くない性質を帯びてきた。ある日、岩屋の窓から入ってきた蛙を外に出れないよう閉じ込めた。蛙は山椒魚がコロップの栓になったので、狼狽して岩壁によじのぼり銭苔に縋りついた。この蛙は、勢いよく水底から水面に泳いで、山椒魚を感動させたあの蛙だった。

山椒魚は、蛙を自分と同じ状況に置くことが痛快だった。

「一生涯ここに閉じ込めてやる」と山椒魚が言うと、蛙は安全な凹みから頭を出して「俺は平気だ」と言う。そうして山椒魚と蛙は「出てこい」「出ていこうと行くまいとこちらの勝手だ」と激しい口論を始めたのである。しまいには「お前は莫迦だ」「お前は莫迦だ」と翌日もその翌日もお互いに同じ言葉を繰り返した。

一年が過ぎた。山椒魚と蛙は、夏のあいだ口論をした。このとき蛙は「山椒魚の頭が肥大して、岩屋から抜け出せないこと」を見抜いていた。

諦観の中、蛙は悟りをひらき、山椒魚は話し相手が無くなるのを悲しんだ。

更に一年の月日が過ぎた。

今年の夏はお互いに黙り込んで、嘆息が相手に聞こえないように注意していたのである。

ところが、蛙は不注意にも嘆息をもらしてしまった。山椒魚はこれを聞き逃さず、友情を瞳に込めて「もうそこから降りてきてもよろしい」と言うと、蛙は「空腹で動けない、もう駄目なようだ」と言う。

しばらくして山椒魚が「お前は、今どういうことを考えているのだろうか?」と訊ねると、蛙は遠慮がちに「今でも別にお前のことを おこってはいないんだ」と答えた。

解説(ここを読み解く!)

●山椒魚はメダカの大群や小エビを笑うが、自分の孤独を知る。

山椒魚は、岩屋の二年間の歳月で、自分の頭が大きくなり外に出られない。打開する方法は無いのに、うまい考えがあると虚勢を張る。

彼は、それまでは出入口から世界を見るのが好きだった。暗いところから明るいところ、そして小さな窓から覗き見するのは、真実の世界の一部分でしかないのに。

藻の茎の林を泳ぐメダカの集団の動きを右往左往と感じ、自由が無い状態と考える。そして彼は、そんなメダカを嘲笑した。紛れ込んだ小エビは岩と間違えて山椒魚の横腹に卵を産もうとして考え込むのを見て、小エビは莫迦だと思った。

山椒魚は岩屋から出ようと何度も出入口に突進するが出られないことが分かり、どうして自分だけがこんな身の上なのかと気が狂いそうになり、神は横暴だと思った。

そして水すましと蛙の活発な動作と光景を感動の瞳で見ていたが、羨ましくて目を閉じた。目を閉じると闇だけが広がり、独りぼっちだとすすり泣く。

寓意として置き換えれば、知識ばかりの頭でっかちが自身を過剰に過信して、高いところから、あるいは安全なところから世間を見て評論しているような愚行である。

その視点は、メダカの集団を、先導者のいない中で右往左往する民衆たちに喩え、小エビを、見当違いのことで熟考する無知な者としている。

ところが自身の身の上に起こった出来事に関しては、己の不注意は棚に上げて不条理を主張し神を恨む。そして目の前の美しいものを否定するために見ないようにして自身の暗黒の世界で痩せ我慢をする。

●迷い込んだ蛙を幽閉し罵り合うも、やがて蛙の悟りに自らの弱さを知る。

悲嘆にくれる山椒魚は、ついに悪党になる。あの活発な動作と美しい光景を感動の目で見ていた蛙が、岩屋に入ってきた。そこで、山椒魚は、蛙を閉じ込める。

自分と同じ状況にして痛快に思う。一生涯、ここに閉じこめてやると呪いの言葉をかけるが、蛙は安全な凹みを探して応戦した。お互い「お前は莫迦だ」と繰り返す。

一年が過ぎて、冬眠から目覚めても口論は続いた。蛙は山椒魚の頭がつかえて出られないことを知った。しかし蛙も用心深く岩の凹みから離れない。そしてお互い罵り合いを続ける。

二年目の夏は、心身ともに衰弱して持久戦であり、お互い黙り込んで自分の嘆息が相手に聞こえないように注意した。ある時、蛙は、岩屋の杉苔が花粉を散らす光景を見て、美しさに思わずため息を漏らす。

不自由な生活を恨み、すっかり悪党になり果てた山椒魚と違い、蛙は、美しいものを見て、感動する心を失っていなかったのだ。蛙のため息を聞いた山椒魚は、蛙がついに弱音を吐いたと勘違いして、急に自分の優位を確信し、蛙にもう降りてきても良いと言う。

だが死を前にした蛙の心は、悟りの境地に達していた。自分を閉じ込め、一生を台無しにした山椒魚に対して、「今でもべつにお前のことを おこっていないのだ」と許してくれた。

寓意とすれば、感動の目で見ていたもの、素晴らしいと思っているものに対して復讐をする。そして力で圧して、自分より弱い者の生殺与奪を握り支配欲を満足させる山椒魚。

最後は、偽善ぶって友愛をみせるが、相手は、悟りをひらいている。悪党になった山椒魚と屈しない蛙。この世の美しさを見ながら死にゆく蛙。その後、山椒魚は暗闇の孤独のなかで死ぬことになる。

自身の境遇を呪い、他者を妬んでばかりいると、美しいものに気づく心さえ失ってしまいます。

作品の背景

井伏鱒二のデビュー作品で作家生活60年のあいだ、改筆が続けられた。最初に着手されたのは1919年(大正8年)早稲田大学在学時で当時21歳。このとき動物を主人公にした短編のひとつ「幽閉」が「山椒魚」の初稿にあたる。それから6年後に全面改稿したものが「山椒魚-童話-」として掲載される。その後、1985年(昭和60年)10月、『井伏鱒二自選全集』の刊行にあたり、米寿を迎えた井伏鱒二は「山椒魚」を訂正する。従来の最後の「今でもべつにお前のことをおこっていないんだ」の部分が削除された。

発表時期

1929年(大正18年)、同人雑誌『文芸都市』5月号に初出。井伏鱒二は当時、31歳。学生時代の習作「幽閉」を改訂したものである。その後、作品集『夜ふけと梅の花』に収録。