村上春樹『パン屋再襲撃』あらすじ|非現実的な、不思議な襲撃の結末は。

解説>僕と妻は、お互い同時に、かってないほどのひどい空腹感に襲われた。その理由はパン屋を襲撃した呪いが、かかったままだからのようだ。結婚したての二人に訪れた都合よく行かない問題と共同作業。心理学や精神分析学のような村上春樹の世界。

登場人物


28-29歳、法律事務所に勤めている。10年前に相棒とパン屋を襲撃したことがある。

年齢は、夫より2年8か月年下、デザインスクールで事務の仕事をしている。

あらすじ(ネタバレあり)

1981年の「パン屋を襲う」の続編が、1985年の「パン屋再襲撃」です。

僕と妻、同時にかってないほどの飢餓感に陥ってしまいます。

夜中の2時前に僕と妻、二人とも同時に目を覚ましてしまい、理不尽ともいえるような圧倒的な空腹感に襲われます。このことが僕に10年前のパン屋襲撃事件のことを思い出させます。

僕は、妻に外で食事をしようと提案しますが、妻から “夜12時過ぎに食事のために外出するなんて間違っている”といわれ、それが啓示として耳に響きます。

つまり夜の外出程度で解消してはだめだと言われたことと、古風なことを言う妻とは、まだ結婚して2週間で、お互いの食生活の共同認識がありません。

僕との結婚が、妻は原因ではないかと考えています。

妻は、このかって経験のしたことの無い空腹感は、僕との結婚に訳があるのではと思っています。

僕が、この気持ちは10年前のパン屋襲撃のときと同じだと妻に話すと、彼女がそれは何のことかと尋ねるので、僕はパン屋襲撃の話をします。ここで1作目の「パン屋を襲う」の話が妻に語られます。

それは、貧乏な青春時代に相棒と二人でパン屋を刃物で襲ったときの話です。

そこで、クラシック音楽が好きな店主は僕らにある条件を提示します。店主はワーグナーを聞いてくれたら、好きなだけパンを差し上げると言うのです。

僕らは、その提案に従い、そして好きなだけパンを持ち帰り食べました。

結局、僕らは襲撃ではなく、交換を行うことで、うまくいったと思っていました。けれども、ずっとこの“ワーグナーとパンの相関”について悩み続けていて、僕らの行為に重大な間違いがあったのではと思っていたのでした。そんな昔話でした。

妻は、そのことが結婚してもまだ続いていて、この空腹の原因なのだといいます。

妻はその呪いを解くために、パン屋を再襲撃しなければと言います。

妻は、この空腹感はきっとその時の呪いがかかった状態だからだといいます。そして妻は結婚生活にも、その呪いの状態を感じているといい、だから今すぐ二人で力を合わせこの呪いを解くべきだといいます。

そして、呪いを解くためにはパン屋を再襲撃しなければならないというのです。

僕らは夜の東京を車に乗って探し求めましたが、結局、パン屋はみつかりませんでした。妻はマクドナルドをみつけ、妻と僕は、そこを襲撃することにしました。散弾銃で店員を脅し、金は要らないのでビッグマック30個をと要求します。

店員は、灯かりを消しシャッターを閉めろとの指示に対して、そんなことを勝手にやれば、本部に叱られて罰則となると応え、また30個を無料で渡すとレジ会計が面倒臭くなるから、お金を渡すと言います。それでも脅して、何とか30個を袋に詰めて持ち帰ることができました。

マクドナルドはマニュアル的で、再襲撃の効き目はあったのか?

店員が「ビッグマックを30個食べて、それが何の役に立つの」と聞くので、「悪いと思うけれど、パン屋が開いていなかったのよ」と妻が説明します。

そして、我々はこころゆくまでハンバーガーを食べました、僕は6個、妻は4個。

「こんなことをする必要があったのだろうか」と尋ねる僕に、「もちろんよ」と彼女は答えます。そして、妻は眠りにつきました。

一人きりになってしまうと、僕はボートから身を乗り出して、海の底をのぞきこんでみたが、そこにはもう海底火山の姿は見えなかった。

解説(ここを読み解く!)

●村上春樹の不思議は、まるで精神分析や心理学の世界 のようだ。

僕の空腹と、妻の空腹と、それは同時に起こってしまい、これまで経験に無いほど激しいものでした。
そして、どうも過去のパン屋襲撃が関係しているように思えます。

10年前は、僕と友人の話だけど、今回は、僕と妻の問題なので二人で解決する必要があるとのこと。
その理由は、今は、妻が僕の相棒なのだからということです。

果たして僕は、過去のパン屋襲撃の話を妻にしたことが正しかったかのかと思いますが、話してしまったことは話してしまったことだし、それが原因で生じた事件は、既に生じてしまったんだと考えています。

そして妻との会話や行動のなかでボートから海底火山をのぞくと、その距離がどんどん近づいたり、無くなったりしています。洋上に浮かぶボートは、平和な日常(事件がない平常)の象徴でしょうか。とすれば海底火山は、感情の起伏を表すマグマの予兆なのでしょうか。

1作目の「パン屋を襲う」では、もしパンを強奪すれば、呪ってやると店主が話し、お金がない二人にワーグナーを聞くなら、好きなだけパンを持っていって良いとのことで、この条件を飲みますが、この合意が、“呪い”になっているようです。

2作目の「パン屋再襲撃」のマクドナルドでは、最初は、マニュアル範囲外の行動に困惑しますが、保険にも入っているので、店員は最終的には淡々と30個のビッグマックを手渡します。

“どうしてこんなことをするのか”との店員の問いに対する妻の回答に、店員からはマニュアルでも理解できないようなあきれた様子を示されてしまいます。つまり襲撃の恐怖は伝わっていないのです。

そう、1作目も2作目も、襲撃で想定した“恐怖”の醍醐味は達成されていないのです。

「マクドナルドはパン屋じゃない」と指摘する僕に対して、「パン屋のようなものよ」と、妥協も時に必要だと、妻は言います。妻は、空腹を満たし眠りにつき、僕の海底火山は見えなくなり、一応は、二人は和んで平常な状態になったようです。

それでも、二人の夫婦の呪いが完全に解消したかどうかは分かりません。

●“特殊な飢餓感”を解くヒントは、以下の4つになります。

この空腹感を映像で例えるなら、

➀ 僕は小さなボートに乗って静かな洋上に浮かんでいる

② 下を見下ろすと、水の中に海底火山の頂上が見える

⓷ 海面とその頂上のあいだはそれほどの距離はないように見えるが、しかし正確なところは分からない

④ 何故なら水が透明すぎて距離感がつかめないからだ

まさに、精神分析のテストのようなヒントです。

それぞれの意味するものは何か、僕と妻の二人の共同作業は、これで十分に達成されたのでしょうか。

不思議な村上春樹の世界です。「パン屋を襲う」の続編が、「パン屋再襲撃」です。

2つの作品を読むと、繋がりは分かりますが、それでも、正確な作者の意図は解りません。そして、この作品が暗示するものは何なのか、心理学や精神分析学をするような気分にさせてくれる作品です。

村上春樹著「パン屋再襲撃」文春文庫 2011年3月新装版 初期の傑作全6編の表題作。

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