川端康成『雪国』あらすじ|男女の哀愁と、無に帰す世界。

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概要>親譲りの財産で無為徒食の生活をする妻子ある島村は、雪国の温泉町で駒子と出会い、その一途な生き方に惹かれる。一方で、献身的に尽くす葉子の儚い美しさを知る。怜悧で虚無な島村の心の鏡に映る、駒子の情熱と葉子の透明さを哀しく美しい抒情で描く。

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登場人物

島村
東京の下町出身で妻子持ち、親譲りの財産で無為徒食の生活をしており雪国の越後に向かう。
駒子
十九~二十一歳、行男の許婚との噂で療養費を稼ぐために、温泉町で芸者をしている。
葉子
行男の恋人で病気の看病を甲斐甲斐しくしている、駒子とも表向きは親しい間柄の様子。
行男
二十六歳、病人。三味線の師匠の息子で葉子の恋人、駒子とは幼馴染の許婚との噂がある。

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あらすじ(ネタバレあり)

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。

十二月、島村は、東京から越後湯沢の温泉場へ駒子に会いに行く。

雪国に向かう汽車の中で、病人の男に付き添う若く美しい女、葉子に出会い興味を持つ。それは娘のようでもあり、年上の男をいたわる夫婦のようでもあった。

島村は、これから会いに行く女をなまなましく覚えている人差し指を動かしている。

その人差し指で、蒸気で曇った窓ガラスに線を引くと女の片眼が浮き出た。顔を窓に寄せ掌でこすると斜めに向かいあっている二人が鏡のように映った。葉子が病人を世話する姿を見ながら、二人は果てしなく遠くへ行く者の姿のように思われる。

鏡に流れる夕景色は、女と二重写しに動き、この世のものではないような象徴の世界を描く。特に、野山のともし火が、彼女の顔のなかを流れて通るとき彼女の眼と光が重なって、夕闇の波間に浮かぶ妖しく美しい夜光虫のようだった。

それから半時間して、葉子達も島村と同じ駅に下りた。そこは極寒の雪景色だった。

駒子に会いに来た島村だが、駒子は、濃い青のマント姿で先ほどの駅のホームに来ていたことを客引きの番頭から聞く。夕景色に葉子にいたわられていた病人は、駒子の踊りの師匠の息子で、駒子はその息子を迎えに来たのだった。

「指が覚えている女」と「ともし火をつけていた女」との間に、何があり何が起こるか、島村には心のどこかで見えるような気がして、あの夕景色の流れは、時の流れの象徴のように思う。

新緑の頃、初めて駒子と会い、不思議なくらい清潔な印象だった。

あの時 ―島村は最初に来た時のことを思い出すー それは五月、新緑の登山季節に入った頃だった。

無為徒食な島村は、国境の山歩きをして七日ぶりに温泉場に下りてきて芸者を頼んだ。あいにく道路普請の落成式で芸者の手が足りず、島村の部屋にお酌に来たのは、芸者ではないが三味線と踊りの師匠の家にいる娘だった。

女の印象は不思議なくらい清潔だった。それが、十九歳のときの「駒子」だった。

駒子はこの雪国の生まれで、東京でお酌をしているうちに旦那に受け出され、やがては日本踊りの師匠として身を立てさせてもらうつもりのところ、一年半ばかりで旦那が死んだという身の上だった。

歌舞伎の話などすると、女は俳優の芸風や消息に精通していた。根が花柳界出の女らしく、うちとけて夢中になって話をする。

島村は、芸者を呼ぶよう女に頼む。すると女は、「ここにはそんな人ありませんわよ。」と言う。

島村は、この女とはさっぱりつきあいたいから男女の仲ではなく友情でいたかった。

島村にとって、彼女は素人で清潔すぎたのである。女は、島村の話に同意した。

やがて十七歳くらいの肌の底黒く、腕が骨ばった、初々しく人が好さそうな芸者がやってきた。島村は、興ざめた顔をすまいとするがものを言うのも気だるくなってしまい、うまく帰して若葉の匂いの強い裏山を荒っぽく登って行った。

ほどよく疲れたところで下りてくると、女が「どうなすったの」と聞くので、「止めたよ」と答えた。はじめからこの女をほしいだけだ、遠回りしていたのだと島村は知ると、自分が厭になる一方、女がよけい美しく見えた。小さくつぼんだ唇はまことに美しい蛭の輪のように伸び縮みがなめらかで、美人というよりもなによりも、清潔だった。

その夜の十時ごろ、女が廊下から大声で島村の名を呼んで彼の部屋に入ってきた。

別の座敷で、芸者を呼び大騒ぎとなり飲まされたという。やがて座敷に戻ったが、一時間ほどすると長い廊下にみだれた足音で、あちこちに突きあたり倒れたりしながら入ってきて島村の体にぐらりと倒れた。外の雨の音が俄かに激しくなった。「いけない。いけない。お友達でいようって、あなたがおっしゃったじゃないの」と幾度、繰り返したかしれなかった。

夜の明けないうちに帰らねばならないと言って、ひとりで抜け出して行った。そして島村はその日、東京に帰ったのだった。

再会して一夜を過ごし、駒子の家を訪れ行男と葉子の関係を知る。

冬は初めてだった、十二月だった。島村が内湯から上がると、帳場の曲がり角に、裾を冷え冷えと黒光りの板の上に拡げて女が立っていた。女は「駒子」という名前の芸者になっていた。

あんなことがあったのに、手紙も出さず、会いにも来ず、本を送るという約束も果たさず、詫びを言うのが順序だったが、駒子は、島田を責めるどころか体いっぱいに懐かしさを感じてくれた。

翌日、島村は駒子が前夜、見下ろしていた坂道を下りてゆくと、葺いた上に石が置きならぶ家々があり、芸者が五六人立ち話をしていた。今朝、宿の女中から芸名を聞いた駒子もそこにいそうだった。

島村が歩いてくるのを見て、駒子が走ってきて「うちへ寄っていただこうと思って」と言い、島村は「君の家、病人がいるんだろう」と言い、「昨夜の汽車に自分も乗っていて、病人のすぐ近くに座っていたこと、駒子が濃い青のマントを着て迎えに来たこと、親切に病人の世話をする娘が付添っていたこと」などを話すと、駒子は「そのこと昨夜どうして話さなかったの。なぜ黙っていたの。」と気色ばんだ。

島村は、駒子に誘われ、彼女の住む踊りの師匠の家の屋根裏部屋に行き梯子を登らされた。「お蚕さまの部屋だったのよ。驚いたでしょう。」と駒子が言う。家は朽ち古びていたが清潔感が感じられた。蚕のように駒子も透明な体で、ここに住んでいるのかと思われた。

「病人の部屋からだけれど、火は奇麗だって言いますわ。」と炬燵の灰を掻き起す。病人は腸結核で、故郷で死ぬために帰って来たのだった。師匠の息子で行男といい今年二十六歳という。すると煤けた襖があいて葉子が現れた。ガラスの尿瓶をさげていた。山袴をはいていて、島村は、葉子はこの土地出身だろうと思った。

葉子は、ちらっと刺すように島村を一目見ただけで土間を通り過ぎた。それは遠いともし火のように冷たく、野山のともし火と瞳が重なった昨夜の印象を思い出した。それを思い出すと、鏡のなかいっぱいの雪に浮かんだ駒子の赤い頬も思い出されてくる。

駒子の家を出て島村は、声をかけた女の按摩に温泉宿で揉んでもらいながら話を聞く。駒子の三味線が達者になったこと、この夏に芸者に出たこと、師匠の息子が東京で長患いをしたため病院の金を工面していること、駒子と息子は許婚という噂であることなど。

もし駒子が息子の許婚だとして、葉子が息子の新しい恋人だとして、駒子が許婚の約束を守り通し、身を落としてまで療養させたとしても、やがて死ぬとすれば徒労ではないかと島村は思った。そう考えると、駒子の存在が純粋に感じられてくるのだった。

駒子の勧進帳の撥に一途な女の情念と、徒労な純粋さを知る。

島村は、温泉宿で虚しい切なさにさらされていると、温かい明りのついたように駒子が入ってきた。

駒子は少し酔っぱらっていて、「もう知らん。頭痛い。難儀だわ。」「水飲みたい、水頂戴。」と言い楽しげに笑い続けたあとに、静かな声で、「八月いっぱい神経衰弱だったと話す。何か一生懸命、思い詰めてたけれど何を思いつめているのか自分でも分からず気ちがいになるのかと心配だった。」と言う。

翌朝、島村が目を覚し、湯から戻ると、駒子は部屋の掃除をしていた。島村が朝らしく笑うと、駒子も笑った。島村は、「君はあの息子さんの許婚だって?」と聞くと、駒子は「許婚は嘘よ」と否定する。

そして、駒子は「お師匠さんが、息子と私が一緒になればいいと思った時があったかもしれない。心のなかだけのことで口には出さないけれども。お師匠さんの心のうちは息子さんも私も薄々知っていたけれど、二人は別になんでもなかった。ただそれだけ。」と言う。

そして「人のこと心配しなくてもいいわよ。もうじき死ぬから。」「あんた、そんなこと言うのが良くないのよ。私の好きなようにするのを、死んでいく人がどうして止められるの?」と言われ、島村は返す言葉がなかった。

しかし、駒子は葉子のことに一言も触れないのは、なぜだろうかと思う。

島村が遠い空想をしていると「駒ちゃん、駒ちゃん」という葉子の美しい呼び声が聞こえた。三味線と稽古本を駒子が頼んだのを、葉子が持ってきた。

さぁと身構えして、島村の顔を見つめた。島村は、はっと気おされた。勧進帳であった。

島村は、頬から鳥肌が立ちそうに涼しくなり腹まで澄み通る。全く彼は驚いてしまった、と言うよりも叩きのめされてしまった。敬虔けいけんの念に打たれ悔恨の思いに洗われた。山峡の自然を相手として孤独に稽古するが、その孤独が哀愁を踏み破って、野生の意力を宿していた。

雪の晴天を見上げて「こんな日は音がちがう」と 駒子が言っただけのことはあった。音は純粋な冬の朝に澄み通って遠くの雪の山々まで真直ぐに響いて行った。

島村には虚しい徒労とも思われる、遠い憧憬しょうけいとも哀れまれる駒子の生き方が彼女自身への価値で、凛と撥の音に溢れでるのであろう。三曲目の都鳥は艶な柔らかさのせいもあって温かく安らいで駒子の顔を見つめた。そうするとしみじみ肉体の親しみが感じられた。