村上春樹『象の消滅』解説|消えゆく言葉と、失われる感情。

ある日、象がいなくなる。足には鉄の枷があり、枷には鍵がかかり、足跡も残っていなかった。仕事では商品の統一性や便宜性の重要さを宣伝文句にする僕だが、雑誌編集の彼女と意気投合して、思い切って象の消滅の話をしたが噛み合わなかった。バランスを欠いた世界に僕は生きている。

登場人物


大手の電機器具メーカーの広告部に勤めていて、象が消えたことを新聞で知る。

彼女
若い主婦向けの雑誌編集者で、僕の会社の商品キャンペーンにPR取材で会う。

あらすじ

物語の構成は、象がいなくなった経緯や状況を客観的に語る前半と、僕が知り合った彼女に自分の意見を主観的に語る後半とに分かれます。

町から象がいなくなったことの経緯や解釈は、すべて客観的事実ですが、そこには便宜的な言葉や社会の画一的な対応があります。

人々が最後に象と飼育係を見たのは、五月十七日の夕方の五時すぎ。人々が象のいないことに気づいたのは五月一八日の午後二時でした。

経緯をたどると、象が町に残ったのは老齢のためです。郊外の動物園が経営難で閉鎖され動物たちは全国の動物園に引き取られますが、老象は引き受け先がない。仕方なく老象は、居残り続けます。

動物園側は宅地業者に既に動物園跡地を売却し、業者は高層マンションを建てる予定です。町は開発許可を与え、象の処理が長引き金利はかさむ。殺すわけにもいかないので、⑴ 象は町有財産として無料で引き取る ⑵ 象の収容施設は宅地業者が無料提供する ⑶ 飼育係の給与は動物園側が負担する。そんな三者間協定が出されます。一年前の話です。

町議会の野党からは ⑴ 象問題は私企業間の問題で町が関与する理由がない ⑵ 管理費・食費等に金がかかりすぎる ⑶ 安全問題について ⑷ 像を飼うメリットが指摘された。町側は ⑴ 高層マンションで町税が増大するので開発プロジェクトへの関与は当然 ⑵ 象は高齢ゆえ食欲も少なく危害の恐れもない ⑶ 象が死ねば飼育地は町有財産になる ⑷ 象は町のシンボルになるというものでした。

結局、老朽化した小学校の体育館が象舎として移築され飼育係もそこに住みつく。象舎の落成式には町長が、「町の発展と文化施設」を演説し、小学生が「象さん、元気に長生きして」と作文を読み、象にはバナナを与えた。象は身動きせず、この無意味な儀式に耐え、無意識にバナナを食べ、人々は拍手をした。

象には小柄な老飼育係がいた。老人は子供たちが好きだったが、子供たちは老人に気を許さなかった。老人に心を許しているのは象だけだった。もう十年以上のつきあいで関係は親密だった。

僕には分からなかったけれど、象と老飼育係にはコミュニケーションが成立していた。簡単な人語を理解するのか、足の叩き方で情報を理解するのか、テレパシーのようなのがあるのか。

そして何事もなく一年が過ぎて、突然象が消滅してしまったのだ。

新聞は、「象が脱走した」と表現したが、明らかに「消滅」しているのだ。

消滅しか考えられない理由は、第一に象の足には鉄輪がはめられ鍵がかけられたままだった。鍵は二個あり、警察署と消防署のそれぞれ金庫に保管してあった。第二は脱出経路で象舎と広場は高く頑丈な柵に囲まれている。第三の問題は足跡が無かったことだ。

町長は記者会見を開き警備体制の不備を謝し、野党は町長の政治責任を追及した。僕はNHKで山狩りの様子を見た。警察署長は「なおも捜査を続ける」といい、TVのキャスターは「誰がどのように像を脱出させ、どこに隠し、動機が何だったのか、すべては深い謎に包まれている」としめくくった。

僕は象が好きで以前からたくさんの記事をスクラップしていたが、象の消滅から一週間経ち記事は減少し、やがて「解明不能の謎」となった。僕はときどき象舎に出かけたが、たった数ヶ月の象の不在は、荒廃をその場所にもたらし雨雲のような重苦しい空気を漂わせていた。

ここから後半、僕が仕事で知り合った彼女に自分の意見を主観的に語る部分に入っていきます。主人公が、なぜ象は消滅したと考えたのかを語り始めます。

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