村上春樹『風の歌を聴け』解説|言葉に絶望した人の、自己療養の試み。

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「小指のない女の子」について。

ジェイの店に行ってビールを飲んで、顔を洗おうと洗面所へ入ると、その女の子は床に転がっていた。この「小指のない女の子」こそが「鼠」の恋人だったことが解る

おまけに彼女の左手には指が4本しかなかった。(33P)

の箇所は、最初の方に記された以下の部分、 

鼠はそれっきり口をつぐむと、カウンターに載せた手の細い指をたき火にでもあたるような具合にひっくり返しながら何度も丹念に眺めた。僕はあきらめて天井を見上げた。10本の指を順番どおりにきちんと点検してしまわないうちは次の話は始まらない。(15P)

と対の関係になっている。

「僕」はジェイと相談して、結局、この床に転がっていた女の子を家まで送る。どうして家が分かったの?と訝しがる彼女に対して、

君のバックをひっくり返してみると財布とキー・ホルダーと君あての葉書が一枚出てきた。(37P) 

そこで葉書の住所を頼りに、彼女の部屋まで送ったと言った。

1963年のケネディが、物語の象徴になっている。

「僕」と死んでしまった「仏文科の女の子」について、

僕は彼女の写真を一枚だけ持っている。裏に日付がメモしてあり、それは、1963年8月となっている。ケネディ大統領が頭を撃ち抜かれた年だ。(中略)さらにその写真は、それは見た人の心の中の最もデリケートな部分にまで突き通ってしまいそうな美しさだった。(101P)

そして彼女は、突然に消え去った

僕は、“1963年=ケネディという記号”を、人生のなかで一番美しい瞬間と感じている。それは彼女の13歳の写真であり、それは自殺した彼女が少女から大人へと向かう思春期の入口である。

そして、「鼠」と「小指のない女の子」の会話に続く。小説の話題になり、鼠は「俺ならぜんぜん違う小説を書くね」と言って僕に物語を披露する。

それは太平洋の真ん中で、鼠の乗った船が沈没し浮き輪につかまって星を見ながら夜の海を漂っていると、向こうから浮き輪につかまった女が泳いできて、二人は海に浮かんだまま世間話をする。そうして女は島がありそうな方に泳いでいき、俺は浮かんだまま飛行機の救助を待つ。そして何年か後に山の手の小さなバーで偶然めぐり合う。というものだった。

この物語は「鼠」と「小指のない女の子」の思い出を小説仕立てにしている。そして“別れ話”にいたるいきさつでもある。鼠が女の子に告げた言葉は、

ねえ、人間は生まれつき不公平に作られている」「誰の言葉?」「ジョン・F・ケネディー」(28P)

次には、「小指のない女の子」が「僕」に話したこと、

「ねえ、昨日の夜のことだけど、一体どんな話をしたの?」車を下りる時になって、彼女は突然そう訊ねた。「いろいろ、さ。」「ひとつだけでいいわ。教えて。」「ケネディーの話。」「ケネディー?」「ジョン・F・ケネディー。」(44-45P)

1963年は死んだ「僕」の彼女の最も美しい13歳の少女の時期であり、同時にケネディの暗殺の年。最初に “ケネディー” の話を「小指のない女の子」にしたのは、「鼠」。次に “ケネディー” の話を「僕」にしたのは、「小指のない女の子」。つまり、鼠から聞いた話を、女の子は、僕にしたのだ。だからきっと僕の彼女と同じように、次には突然に消え去る(=自殺する)と僕は心配してしまう。

ケネディは、「僕」と「仏文科の女の子」。そして「鼠」と「小指のない女の子」を結んでいる。そして、“死” の暗示となっている。

それからラジオ局N・E・Bの番組でTシャツが送られてきて、「僕」はそれを着て港の辺りの小さなレコード店に行く。そこで「小指のない女の子」に思いがけなくも、ばったり会う。

僕は<カリフォルニア・ガールズ>の入ったビーチ・ボーイズのLPと、グレン・グールドのベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番、そして<ギャル・イン・キャリコの入ったマイルス・デイビス>を買う。そして“グレン・グールドのベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番”を鼠の誕生日のプレゼントにする。

この「鼠」へのプレゼントは、「小指のない女の子」と関連づけられる。

「あなたの電話番号捜すのにずいぶん苦労したわ。」「そう?」「『ジェイズ・バー』で訊ねてみたの。店の人があなたのお友達に訪ねてくれたわ。背の高いちょっと変わった人よ。モリエールを読んでたわ。」(72P)

ここで「小指のない女の子」は、「僕」が「鼠」の友人であることを知る。

ひどい事をいったお詫びにと、ジェイズ・バーで会う約束をする。その時に、

「・・・ねえ、いろいろな嫌な目にあったわ。」「わかるよ。」「ありがとう。」(73P)

そして「小指のない女の子」は、翌日の夜、彼女の家でビーフシチューを「僕」に振る舞い、

「明日から旅行するの。」「何処に?」「決めてないわ。静かで涼しいところに行くつもりよ。一週間ほどね。」(94P)

と一週間の不在になることを話す。この一週間は「鼠」の調子がひどく悪い時期と重なる。

そして「小指のない女の子」は、帰ってきて「僕」と再会する。

「手術したばかりなのよ」(143P) 

実は旅行ではなかった。「小指のない女の子」は、鼠の子どもを堕胎したのである。

登場人物の構造は、「僕」と「鼠」のそれぞれのガールフレンドの関係となっている。

「僕」と「仏文科の女の子」=彼女は妊娠をして、僕を残して死んでしまう。

「鼠」と「小指のない女の子」=彼女は鼠と別れて堕胎し、僕に好意をもつ。

「僕」は彼女である「仏文科の女の子」が死んだ事実を受け止めきれず後悔している。だからジェイズ・バーで出会った「小指のない女の子」の自殺の気配を心配している。この堕胎に及ぶ経緯は、「鼠」の家柄(大金持ち)とお父さんを脳腫瘍で失くし金を使い果たし家族が空中分解した「小指のない女の子」の家柄(貧乏)との格差(鼠の家からの反対)による破綻だ。だから鼠は金持ちが憎い。

ねえ、人間は生まれつき不公平に作られている」(28P)

別れ話の辛さと同時に、金持ちである鼠の感情の少ない返答はこうだった。

「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ。」(14P)

物語の冒頭部分の鼠の言葉だ。「鼠」にとって「小指のない女の子」の傷心と、自身が金持ちの環境で育ち、大学では学生運動にのめり込み、気がつけば取り残され大学を止めて故郷に戻り、ジェイズ・バーで過ごす人生の時間を悩んでいる。

「時々ね、どうしても我慢できなくなることがあるんだ。自分が金持ちだってことにね。逃げだしたくなるんだよ。わかるかい?」「わかるわけないさ。」と僕はあきれて言った。「でも逃げだせばいい。本当にそう思うんならね。」(116P)

誰にも理解されない鼠の気持ちは、次第に暗鬱な世界へ入っていく。

そして「僕」は「小指のない女の子」が中絶手術をした夜に、彼女をいたわりながら添い寝をする。それは理由も分からず自殺した「仏文科の女の子」のことを感じており、同じことが繰り返されることを心配する「僕」の思いからだった。

ジェイズ・バーは、「僕」と「鼠」の交信拠点だった。

中国に行ったことがない中国人のジェイが経営する “ジェイズ・バー”は、「僕」と「鼠」のそれぞれの気持ちを翻訳してくれる。そして過去・現在・未来への旅の出入口への中継地点の役割を持つ。

ジェイはいつも「僕」と「鼠」のまん中に位置してくれ、おかげで二人は疎通することができる。

ジェイは、鼠のことをこう評価する。

多分取り残されるような気がするんだよ。その気持ちはわかるね。」(中略)「みんな何処かに行っちまうんだよ。学校へ帰ったり、職場に戻ったりさ。あんただってそうだろ?」(110P)

ジェイは、僕のことをこう評価する。

「そんな風に見えるのさ。昔からそんな気がしたよ。優しい子なのにね。あんたにはなんていうか、どっかに悟りきったような部分があるよ。」(112P)

ジェイは、許すことと憐れむことを受け入れることができる、ジェイは、翻訳者であり理解者であり批評者であり、バーは「鼠」と「僕」にとっての意思を伝える交信拠点。

ラジオN・E・Bのポップス・テレフォン・リクエスト。

突然、「僕」にリクエスト曲をプレゼントしてきた女の子。なかなか思い出せなかったけれど、それは僕の17歳のころの最初のガールフレンドだと判る。そしてディスク・ジョッキーとの対話に、なぜか、突然、腹が立ち始めた僕はN・E・Bの DJ を自称 “犬の漫才師” にしてしまう。

そして彼女から借りたレコード “カリフォルニア・ガールズ” を返すために、港の辺りのレコード店に行く。そこでレコード店に勤める「小指のない女の子」と再会する。

自称 “犬の漫才師” のDJがポップス・リクエストの番組を進行し、ひと夏の出来事を応援する。

『風の歌を聴け』では、「ポップス・テレフォン・リクエスト」のDJの言葉と流れる音楽が、切なく哀しい物語を動かしていく。

N・E・Bの次の週では、リクエストの前に、病院で入院生活3年になる17歳の女の子の手紙を自称 “犬の漫才師” のDJが紹介する。

彼女は本も読めず、テレビも見れず、散歩もできない。それどころかベッドに起き上がることもできず、寝返りを打つことさえできない。それでもどんなに惨めなことからも人は何かを学べるし、だから少しづつでも生き続けることができるという。手紙を受け取り港から山を眺め、いろいろな人がそれぞれに生きてきたことを思い感じる。そしてDJは涙が出てくる。そして「でも君に同情して泣いたわけじゃないんだといい、僕の言いたいことはこういうことなんだ、」と続ける。

僕は・君たちが・好きだ(149P)

この言葉は、物語の冒頭の

金持ちなんて、、、、、、みんな、、、糞くらえさ、、、、、。」(14P)

と対を成している。

冒頭の言葉は、「」(=カギカッコ)で括り、傍点・・・がついている。これは、鼠自身の言葉であり内側に向かっていることを強調している。比してDJの発する言葉は、広く一般に伝えたい外側に向かっての思いになっている。同じ3文字区切りで、届き方が全く異なる。

僕は・君たちが・好きだ この言葉はこの作品のメインメッセージだ。

全ての価値が変わりはじめ、人を信じることも難しいつまらない世界である。それでも生きていくことを応援している。

この自称 “犬の漫才師” DJは誰なのか・・・・DJ=鼠ではないか。少なくとも鼠の分身である。

人々を愛する、しかし生き方が不器用な鼠を印象づける。

「鼠」が僕からベートーベン、ピアノ協奏曲第3番のレコードをプレゼントされた時の反応は、

ム・・・・聴いたことないね。あんたは?」(69P)

だった。このム・・・を手掛かりにすれば、これはN・E・BのDJと僕のやりとりで、始終、DJが発する会話の癖である。「ム」という癖=DJ自称 “犬の漫才師”=鼠。

そう考えれば「カリフォルニア・ガールズ」のリクエストは「鼠」の自作自演となり、「鼠」と「僕」の出会いでは3年前で、

まるで記憶がない。共通の友人でもいたのだろう。(18P)

共通の友人とは、「僕」の最初の17歳の女の子で、「鼠」も彼女を知っているのだ。「鼠」は親の威力で別れることになる「小指のない女の子」との恋のやるせなさから、共通する二人の友人の女の子のリクエストにみせかけてビーチ・ボーイズのLPの話の顛末を自作自演し、「僕」に「小指のない女の子」の様子が心配で確認させている。

そして「風の歌を聴け」が、伝えたかったこと。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」(7P)

3番目の彼女の「仏文科の女の子」が、この小説の舞台となった1970年8月の半年前の3月に自殺している。29歳の「僕」はこの自殺に苦悩するが、完璧な絶望は存在していない。それはどういった理由で、どういった目的で、彼女が自殺をしたのか、僕にはわからない。そして誰にもわからないからだ。

だからそのことを小説にすることを試みている僕の完璧な文章も存在しない。

文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしかすぎないからだ。(8P)

もともとの「僕」は無口な少年だった。心配した両親が、知り合いの精神科医に僕を連れて行ったくらいである。さらに学生闘争では「言葉」への強い不信感さえある。

正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くにへと沈み込んでいく。(8P)

として、言葉で伝えることの難しさや危うさを感じている。「それでもうまくいけばずっと先に、美しい言葉で世界を語り始めるだろう」と語っている。

そして小説家を志望する「鼠」が、物語の中で言葉には出来ない感覚を表わす場面がある。

「その時に俺が感じた気持ちはね、とても言葉じゃ言えない。いや、気持ちなんてものじゃないね。まるですっぽりと包みこまれるような感覚さ。つまりね、蝉や蛙や蜘蛛や風、みんなが一体となって宇宙に流れていくんだ。」「そして夏草や風のために何かが書けたらどんなに素敵だろうってね。」(119P)

誰もがクールに生きたいと考える時代があった。しかし・・・

「僕」は、心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。(中略)そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。(113P)

村上文学のテーマのひとつである<デタッチメント>である。そして「僕」は自分に言い聞かせる

「もう何も考えるな。終わったことじゃないか。」(113P)あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。(152-153P)

それは、1980年代から大きく変わっていく世界の中で、自己のアイデンティティを見失う感覚、しかしそのことを“没個性”とは認識せずに、“自然や人や世界が一体となって宇宙に流れていくような” そんな風の歌を聴きながら、言葉を紡ぎ世界を語っていこうとする漂流する時代の始まりとしている。

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