村上春樹『蜂蜜パイ』解説|愛する人々が、新たな故郷になる。

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解説

淳平の潜在意識下に深く沈んでいる空虚感

淳平は人見知りで友達が作れないが、人なつっこく現実的で決断力のある高槻とは、なぜか馬が合い心を許し合える仲で、そこに小夜子も加わり三人のグループができます。

本好きの小夜子と淳平は小説についていろいろと語る関係だが、高槻は文学にはさほど興味はなく新聞記者を目指す。それでも三人はいつも一緒で学生生活を謳歌していた。

小夜子こそが探し求めていた女性だと確信する淳平だったが、三人のグループの調和を重んじているところを、高槻から「俺は小夜子のことが好きなんだ。それで、かまわないか?」と告白を受け、抜け駆けされてしまう。

驚きと失意のなかで「かまわないよ」と淳平は答える。そして高槻は、

でもな、淳平、こいつはいつか起こっていたことなんだよ。それは理解してくれ。今起こらなくても、いつかはどこかで起こったはずだ。(201P)

と話し、「これまでどおり、三人で友達としてつきあっていきたい」と淳平に言う。

積極的な高槻の告白を小夜子は受け入れる。淳平は、落胆のあまりバイトも講義も休み部屋に閉じこもる、そこに小夜子が訪れる。

「淳平くんとはこれからも仲のいい友だちでいたいの。今だけじゃなく、もっと歳をとってからも、ずっと。私はカンちゃんのことが好きだけど、それとは違う意味で、あなたのことも必要としているの。こういうのって勝手な言い分だと思う?」

と彼女は話す。

小夜子は淳平の気持ちに気づいていた。涙を流しながら言う。

「何かをわかっていることと、それを目に見えるかたちに変えていけるということは、また別の話なのよね。そのふたつがどちらも同じようにうまくできたら、生きていくのはもっと簡単なんだろうけど」(204P)

この物語の中心となるメッセージです。

しかし淳平にはその意味が理解できない。

淳平は小夜子に口づけし抱きしめようとするが、小夜子は「駄目よ」と静かに言い「それは間違っている」と首を振る。

こうして仲の良い三人組は、恋人同士の小夜子と高槻(二人)と友達の淳平(一人)という構造に変わった。

失意のなかで、淳平は、小夜子と唇を交わした時に流れていた歌を死ぬまで忘れないと思った。翌日からクラスに顔を見せ、大学を卒業するまで親密な三人の関係を維持した。

いつかその曲もメロディも忘れてしまった。

このままどこかにいなくなってしまいたいという一時期の思いは、不思議なほどあっさりと消滅した。小夜子と唇をかさねたことで、淳平のなかで、小夜子が高槻を選んだという現実を受け入れたのだろう。

大学を卒業して高槻と小夜子は結婚する。高槻は志望通り一流の新聞社の社会部に配属され精力的に飛び回り、小夜子は大学院へ進んだ。淳平はいくつかの短編集も出した。

やや感傷的で暗い結末が多いと評されながらも順調に作家として活躍をはじめた。

小夜子は30歳で妊娠し、高槻は淳平に時間の流れの速さを感慨深げに語る。

「今だから言うけど、小夜子はもともとは、俺よりはお前に惹かれていたんだと思うな。」(P214)

「まさか」と淳平は笑って言った。高槻は続ける。

「でも、お前にはまだ本当にはわかっていないんだ。何故かというと、お前は救いがたくアホだからだ。(P215)

といい、沙羅の名付け親になってくれたことを感謝するが、

「お前には大事なことは本当には何もわかっていない(P215)」

と付け加える。

大事なこととは何なのでしょう。

それは、人間はどうにも抑えられないエゴに忠実であることだと思います。

沙羅の2歳の誕生日の少し前に破局を迎えます。高槻に恋人ができて二人は別れることを選択します。

小夜子からは、

「その方がきっとうまくいくと思うから。いろんな意味合いで」(217P)

と言われ、淳平は「いろんな意味合い」という言葉が分からない。

淳平には、高槻であれ、小夜子であれ、時々、その言葉の意味が分からないようです。

淳平と小夜子は正式に離婚をする。高槻は淳平に、小夜子との結婚を薦める。淳平は高槻が小夜子と別れたことを「ろくでもない馬鹿だよ」と言うと、高槻は「それは言えてる」と言いながら、

「どうしようもないことだったんだ。止めようもないことだったんだ。どうしてそんなことが起こったのか、俺にもわからない。申し開きもできない。でもそれは起こったんだ。今じゃなくても、いつか同じことがどこかで起こっただろう」(220P)

と昔と同じようなせりふ(201P)を言う。そして

「小夜子は世界でいちばん素晴らしい女だと今でも思っているが、だからこそうまくいかないことが世の中にはある」

と言う。

よく理解できない淳平は、高槻から

「お前には永久にわからない」

と言われる。

小夜子と高槻は協議の上、円満に離婚した。親権は小夜子にあり、定期的に高槻は沙羅に会うことができ、そのときは淳平が一緒であることが了解事項となった。

高槻が急な出張の時などは、小夜子と淳平と沙羅の三人になることもあった。

地震が勇気を奮い起こし、淳平に新しいふるさとができる。

二人が離婚して2年が過ぎる。淳平は小夜子に仕事の世話をして自分も小説家として名前を知られるようになる。小夜子に結婚を申し込むことについて、淳平は真剣に考えるが迷い続けて結論がでない。

阪神・淡路大震災。スペインに洋行中の淳平は、出身の神戸が崩壊し市街地に黒煙が立ち上るのをテレビのニュースを見る。それでも淳平は両親との確執で、ほぼ義絶状態で、連絡も取らず東京の生活に戻る。

しかし内奥に隠された傷あとは生々しく露呈され、巨大で致死的な災害が生活の様相を足もとから変化させる。淳平はこれまでにない深い孤独を感じる。

沙羅も地震で情緒が不安定になっていた。そんなときに頼る人間がいない小夜子は淳平に助けを求める。

小夜子に呼び出された淳平は沙羅のために、蜂蜜採りの名人の「熊のまさきち」の話を即席でつくって聞かせる。沙羅は鋭い質問を淳平にするが、淳平はひとつひとつ丁寧に答える。

沙羅が眠りにつくと、小夜子は淳平に御礼を言いながらくつろぎます。沙羅はこのところ毎日、真夜中過ぎにヒステリーを起こしてとび起きて、震えが止まらず泣きじゃくっているという。

「神戸の震災のニュースを見すぎたせいだと思う」と言う。地震男がやってきて、沙羅を小さな箱に入れようと手を引っ張り、関節をぽきぽき折るみたいにむりに押し込める。そこで悲鳴を上げて目を覚ますというのです。

沙羅を介して、小夜子と淳平の時間が静かに穏やかに流れていく。

約束していた日曜日に動物園に熊を見に行き、大きな熊を見て「とんきち」と名をつけ新たに即席の話を作るが、暗い結末になってしまう。

夕食を小夜子と沙羅の三人で一緒に過ごす。

ここでブラジャーはずしゲームなるもので、小夜子は時間記録を更新し、 沙羅を早々と寝かせる。そこに沙羅が目覚めて二人の前に立ち、「地震のおじさんがやってきて、みんなのために箱のふたを開けて待っている」と伝える。

ずるをしたと白状する小夜子は、淳平との二人の時間を尊重したのであろう。

沙羅が眠りについた後で、淳平と小夜子は結ばれる。そして淳平は学生の時と変わらない小夜子への思いに気づく。

そこに沙羅が起きてきて二人の前に立ち、「地震のおじさんがやってきて、みんなのために箱のふたを開けて待っている」と伝える。

淳平は何かが箱のふたを開けて待っていると思うと背筋のあたりに寒気がした。

震災のように、いつも不幸はどこかで隠れて口を開けて待っている。淳平は沙羅と小夜子と、二人の女性を護って生きなければならないと思う。

地震の不安と喪失感は、淳平に強い勇気と責任感を与えてくれたようです。

淳平は今度こそ小夜子に結婚を申し込もうと思う。そして暗い結末になったままの「まさきち」と「とんきち」の話を沙羅と小夜子が納得するハッピーエンドにして二匹が友達で終わる話に変えます。

それは「熊のまさきち」が集めた蜂蜜で、「熊のとんきち」が美味しい蜂蜜パイを作り、淳平は小夜子と沙羅と一緒に暮らす決心をするという幸せな結末で、心温まるファンタジーに包み込みます。

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感想

「何かをわかる」こと。「それを目に見えるかたちに変えていける」こと。「この二つがうまくできない」 作品のキーメッセージだと思います。

奥底には人間の心の歪みがあるようです。私には高槻も小夜子もエゴの強い人間に映ります。エゴを良くないと言っているのではありません。二つがうまくできないからこそ、エゴが生じ、過ちも起こるのでしょう。

どこか大正期(1914年)に発表された漱石の『こころ』と比較してしまいます。

Kの死をめぐり自身の過剰な利己主義に心を苛(さいな)まれ自死する先生。

その作品から100年近くの歳月を経て、孤独を飼いならすことができるようになった現代人のエゴのなかでこの作品は成立しています。

前へ前へと進んでいく、例え何かが壊れたとしても、挫けず、めげず、そのことを受け入れ、また前に進む。悪いことではないと思う。自分の感情を信じ、決断し、行動し、そしてうまくゆく場合もあるし、うまくいかない場合もある。

それは起こるべくして起こったこと。予期せぬ不幸せに飲み込まれる前に、幸せの時を逃してはならない。

これが高槻や小夜子の生き方かもしれない。

淳平は、消極的である、前へ出ることをしない。確信し、決断し、行動するまでにたくさんの時間を必要とする。小夜子との離婚後に、高槻から小夜子と結婚して沙羅の父親(養父)になって欲しいと頼まれると、淳平は、驚き、戸惑い、ディセンシーの問題だと答えている。

ディセンシー(decency)=礼儀という意味は、淳平の主義や作法や有り方、つまりは流儀ということだろう。

淳平の深慮が、結果として、高槻に後れを取ってしまい、小夜子を奪われ、失意の底に堕ちた過去がある。そのディセンシーによって敗北感を味わい、懊悩を潜在意識下に沈めたが、地震という未曽有の惨劇が、淳平に強い覚悟を授けてくれた。

男性二人に女性一人、仲のいい三人組。それは『ノルウエイの森』(キズキ、ワタナベ、直子)や 漱石の小説『こころ』や『それから』を連想させる。もちろん内容は違う。

『蜂蜜パイ』は、『こころ』のように誰も自殺しない、いやむしろ、ひとつひとつの運命を受け入れているようだ。

漱石の『こころ』は、お嬢さんに好意をもっていた先生だったが、Kのお嬢さんへの恋情(れんじょう)を聞き、先回りしてお嬢さんに(母親を経由して)告白し、成就するが、その結果、Kは自殺してしまう。

その後の先生は抜け殻のように生きながら、最後に学生である語り手の私に、全てを遺書に残し自死してしまう話である。

そこには、西洋から入ってきた自由の思想の輝きの内側にある醜さが露わになっており、個人主義と利己主義の違いをきちんと見いだせないままに、現実の恋のなかで、懊悩し、人間の心と体を死に至らしめたのである。

「自由と独立と己に充みちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しさを味わわなくてはならないでしょう。」

漱石が先生に語らせたキーメッセージである。

『蜂蜜パイ』は、その後の自由と個人主義がどうなったかという視点で読んでみた。その思想が、誤認も含めて定着した現代の話である。

小夜子は高槻を選び、淳平に説明をする。ここで

「何かをわかっているということと、それを目に見える形に変えていけるということは、また別の話」

という言葉が登場する

淳平と小夜子は、お互いがお互いに両片思いをしている状況のなかで、積極的な高槻に先を越されるわけである。

はっきりと「好き」だと意思が示され、小夜子は高槻と恋人関係となる。淳平が自分の意思を表わさない以上は、小夜子は高槻の告白を受け入れた。小夜子は決して高槻を嫌いではない。高槻の告白で、小夜子も高槻を「好き」だと信じることができたのだろう。

淳平は、食事も喉を通らず、大学もいかなくなるほどの落ち込みようだが、自分の性格を考えれば、こうなることが必然だとも思っている。小夜子も、淳平への思いはありながらも動き出した時間を自分の選択として受け入れ前進している。そして、大学を卒業するタイミングで結婚をする。その後も三人の関係は続く。

しかし小夜子は、高槻の浮気が原因で協議離婚をする。小さな沙羅は小夜子のもとに残る。それから、淳平は新たな気持ちで小夜子を見ることになる。

ここで、この作品に暖かさと癒しを与えてくれる、沙羅と熊の「まさきち」と「とんきち」との話、沙羅を通じて小夜子と繋がっていく淳平。

淳平は「地震おじさん」から沙羅を守り、小夜子と新しい三人で生きる決意をする。そこには地震という人間にはアンコントローラブルな壊滅的な一瞬と、静かで平和な日常の対比がある。

小説『こころ』のお嬢さんと先生とK、『蜂蜜パイ』の小夜子と淳平と高槻の関係を思い浮かべてしまう。

『こころ』とは異なる、破綻(自殺)しない関係、しかし、潜在意識下に懊悩を沈めたままの淳平の姿がある。

地震の後、青春の記憶を、その恋心を、淳平と小夜子は語り合い、ここではじめてお互いを確認し抱きあい、結婚を申し込むことを決意する。

その意味で、地震の惨劇が、淳平に再生を与えてくれたことになる。

これまで感傷的な暗い作品が多かったが、こうしてハッピーエンドの小説が淳平はかけるようになる。

愛するものを守るために強くなることを決心した淳平は、守りぬく勇気と優しさをもったことになる。淳平が、自身のディセンシーの問題に対して、自身が導いた解答なのだろう。

どこか、うっすらと、ハードボイルドな味わいも隠れていませんか。

そして淳平には、父親と義絶した神戸ではなく、小夜子と沙羅の心のなかに、新しい故郷ができたのです。

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作品の背景

連作短編集の『神の子どもたちはみな踊る』の一篇。本短編集は1995年1月の阪神・淡路大震災および同年3月にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の影響を色濃く表しています。全6篇の収録の中で、最後に収められたこの『蜂蜜パイ』だけが書き下ろしとなっています。

4歳の女の子が地震のニュースを見て情緒が不安定になるが、その娘を通して主人公の淳平の人生が勇気と責任を携えて大きく変わっていく。

この作品は二人の男と一人の女性のあいだで、学生時代から大人まで続く三人友達の関係、結婚した二人と残された一人の男、離婚する二人と残された一人の男、結婚を決意する男と再婚する女性と別れた一人の男という時間軸の人生の変遷に<地震>という出来事が起こった後の心象の変化を描き、主人公の淡々と語られていた内なる廃墟が「after the quake」をきっかけに、逆に力強く人生が転回する心温まる癒しの作品となっています。

発表時期

2000年(平成12年)2月、新潮社より刊行された。村上春樹は当時51歳。当初『新潮』1999年8月号から毎月5篇の短編が「地震のあとで」という副題付きで連載された。2002年2月、文春文庫として文庫化、「after the quake」と表記される。

表題作「神の子どもたちはみな踊る」のほか「UFOが釧路に降りる」「アイロンのある風景」「タイランド」「かえるくん、東京を救う」「蜂蜜パイ」の全6篇を収録。エピローグにドストエフスキーの『悪霊』一節と、さらにジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』の一節を引用している。英語版は2002年8月に『after the quake』でクノップ社より刊行。訳者は、ジェイ・ルービン。