最後に感想です。
「物に騒がない大殿様もあのときばかりは、さすがに驚きになった」とある。
大殿様の評価は、最初は権現と見まがうほど偉大と評されていたが、良秀の娘への恋情を無理強いし、娘が死を覚悟して抵抗したあたりから残酷さをみせる。権力によって、自分の思いのままにならなかった良秀の娘を、腹いせに生贄にしようと考える。
しかし実際に焼かれる地獄を見て、喉の渇いた獣のように喘ぎつづけている。権力者といえでも、所詮、その程度なのである。
それに比べて、最初から嫌われ者の非常識で傲慢で自意識過剰な絵師の良秀は、溺愛する娘を我が元へ返して欲しいと何度も懇願するがかなわず、娘が大殿を拒絶したことで、行く末を覚悟している。さすればその苦悩を地獄変の中心となる構図に据えて、絵師として最高の芸術に高めようとする。
こうして娘への愛と死と引きかえに描き上げた「地獄変の屏風絵」は、今でも堀川の御家の至宝として語り草となった。
道徳を冒瀆した良秀は、死で贖う。その墓は雨風に晒され人々の記憶にないが、後世には「地獄変」の魂の芸術画が残された。
芥川自身も三十五歳の若さで服毒自殺をはかる。なぜ精神の闇のなかに入っていったのか。常人には知る術もない。しかし芸術が、芥川の生の拠り所だったことは違いない。
芥川は、天才的な作家であり大正期を代表する教養人だった。人間を懐疑的に見ており、その暗部を赤裸々にしてみせながら、道徳や人倫を説く作品が多くある。
作者は死んでも、芸術は生き続ける。死してその名を遺すということだろうが、寧ろ、芸術が芥川の精神を死の淵に追いこんでいったのかもしれない。
芸術至上主義という言葉で語るのは私には違和感がありますが、芥川の遺した作品は、後の人々に、魂の叫びを放ち続けている。誰よりも芸術に生きた作家だと思います。
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発表時期
1918(大正7)年5月、大阪、東京の毎日新聞に連載され、翌年、新潮社刊行の作品集『傀儡師』に収録。日本古典の説話集『宇治拾遺物語』の「絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事」および『古今著聞集』から、独自に創作する。芥川龍之介は当時26歳。芥川はこの年、2月に結婚、3月に大阪毎日新聞の社友となり生活状態も良くなる。生活的にも芸術的にも最も幸福な時代。作家への意欲も高まっていく。