芥川龍之介『芋粥』あらすじ|夢は叶う時より、願う時こそ幸せ?

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概要>下級役人の五位は、一度で良いから好物の芋粥を飽きるほど食べたいと思うが、いざ目の前にたくさんの芋粥が用意されると、なぜか食欲が無くなってしまった。人は夢が叶うよう、人知れず願うその時こそが幸せで、他人に叶えてもらってもつまらない。

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登場人物

五位
平凡で冴えない四十代の下級役人で、芋粥を腹いっぱい食べたいと思っている。
藤原利仁
権力のある豪快な武人で、五位に芋粥を腹いっぱいに食べさせようと敦賀へ招く。

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あらすじ(ネタバレあり)

五位は、下級役人で風采の上らない意気地なしの臆病な人間だった。

平安朝の元慶がんぎょうの末か仁和にんなの始めの時代に、摂政せっしょう藤原基経に仕える下級役人に、何某という五位ごいがいた。

姓名を明かしたいのだが、旧記に伝わっておらず平凡な男だったのだろう。

五位は、風采の上がらない男で、背が低く、赤鼻で、目尻が下がっている。口ひげは無く、頬がこけていて顎が人並外れて細く見え、外見は平凡だった。

うだつのあがらない男で、周囲は、この五位に対して関心を持たず存在感すら無い。下級役人でも、誰も五位の言うことなど聞かないし無視している。上役は言葉を使わず、手真似で用事を申し付ける。それでも五位は、腹を立てることもなく意気地のない臆病な人間であった。

同僚や子供にまでもからかわれながら、五位は情けない生き方をしていた。

同僚は、五位の風采をからかい話し方を真似したり顔かたちを評して物笑いにする。さらに別れた女房やその女房の浮気相手のことも悪意をもって話題にする。

しかし五位は、これらの揶揄に対して全く無感覚。何も言われても顔の色さえ変えない。あまりに同僚の悪戯がこうじると「いけぬのう、お身たちは。」と言います。

ひとり青年の同僚が、人間の悲しさや、世間の下劣さを感じ嘆いたりもしましたが、他の者は誰も五位を気にする者はいませんでした。

五位は、周囲の軽蔑の中で犬のような生活を続けています。五位は、見すぼらしい着物で、刀も柄の金具も黒鞘の塗も剥げかかっており、赤鼻で草履をひきづり猫背で歩くので、通りがかりの物売りまでもが莫迦にします。

ある日、子どもたちがむく犬の首に縄をつけて打ったり叩いたりしているところをみつけ、普段は臆病な五位もこのときばかりは相手が子供でもあり「もう堪忍してやりなされ。犬も打たれれば、痛いであろう。」と声をかけました。

すると子供たちは上眼を使い蔑むように「いらぬ世話はやかれとうもない」と言い、高慢な唇をそらせ「何じゃ、この赤鼻めが。」と言います。五位はこれを聞いて、云わなくても良いことを言って恥をかいた自分が、情けなくなります。

芋粥を飽きるほど飲みたいとの夢があり、そのために五位は生きていた。

そんな五位ですが、彼は、芋粥いもがゆというものに、異常な執着を持っていました。

芋粥とは、山芋を切り込んで、甘葛あまづらという甘味の汁で煮た、粥の事です。

当時は、これがこのうえなく美味しいものとして、君主さまの食膳に上せられるほどでした。五位のような身分の者の口には、年に一度、最高位の客人の饗宴の時に、ほんの僅かに喉を潤す程度、飲めたくらいです。

そこで「芋粥を飽きるほどに飲んでみたい」ということが、五位の唯一の願いであり、もちろんそのことは誰にも話したことはありません。人間は時として、充たされるか充たされないかわからない欲望のために、一生を捧げてしまうものなのです。

五位が、夢にまでみた「芋粥を飽きるくらいに飲んでみたい」という願いは、思ったより簡単に現実のものとなります。

大饗宴で藤原利仁という権力者が、芋粥の願いを叶えてようと言う。

ある年の正月二日、その年の大饗宴が執り行われ、五位も一緒に相伴をします。大饗宴といっても昔のことゆえ品数は多くても碌なものはありません。餅、きくらげ、蒸しアワビ、干し鳥、宇治の氷魚、近江の鮒、鯛の干し物、鮭の卵、焼蛸、大海老、大小の柑橘果物、橘、串柿などです。ただその中に、例の芋粥があったのです。

五位は、毎年この芋粥を楽しみにしていますが、今年はとくに人数が多いので自分が飲めるのはいくらもありません。五位は飲みあけた碗をみながら「いつになったら飽きるほど芋粥が飲めるのだろうか」と呟きます。

すると「飽きるほど芋粥を飲まれたことが無いそうな」とあざ笑いながら鷹揚おうような武人の声がします。声の主は同じ基経に仕える越前の権力者の藤原利仁ふじわらのとしひとで、肩幅の広く背が高い逞しい大男でだいぶ酔いがまわっています。利仁は「お望みなら、利仁がその望み叶えましょう。」と軽蔑と憐憫を一つにしたような声で言います。

五位は、皆の視線が集まっているのを感じ、答え方に苦慮しながらも「いや・・・かたじけのうござる」と答えました。すると皆が、いっせいに大笑いしました。最も大きな声で、機嫌よく笑ったのは、利仁自身でした。「では、そのうちにお誘いしましょう。」と利仁は言いました。

五位は、衆人のなか恥ずかしながらも芋粥を思うと夢心地でした。

五位を京都から敦賀へ連れて行く途中、武勇をみせ狐を捕まえ伝令を出す。

それから四五たった日の午前、利仁と五位は二頭の馬に乗り二人の付き人を連れて出発します。

加茂川の河原に沿い粟田口あわたぐちの街道を進みます。物静かに晴れた日です。「どこでしょうか、私をつれて行ってやろうといわれるところは」と五位は訊ねます。「すぐそこじゃ、案じるほど遠くはない」と利仁は答えます。粟田口を過ぎ、山科やましなを過ぎ、関山せきやまも後にして昼を少し過ぎた時分に三井寺の前に来ます。

そこで昼をすませ、利仁は五位に「敦賀つるがまで連れて行く」と言います。

当時は、盗賊が四方に横行した物騒な時代です。五位は敦賀と聞いて、もし「芋粥を飽きるほどに飲む」ことが、彼の勇気を鼓舞しなかったら、恐らく京都へ帰ってきたことでしょう。

利仁は、付き人を呼び、弓を受け取って勇ましく馬を進ませ、意気地の無い五位は、利仁に盲従し心細そうに荒涼とした原野を、赤鼻を鞍の前輪にすりつけるようにして、とぼとぼついて行きます。

突然、利仁が五位に声をかけます。「あれに、よい使者が参った。敦賀への言づけを申そう。」と言います。五位は意味がよく分かりませんが、見れば、野狐が歩いています。

すると利仁の馬が狐を追い捕まえ、そして物々しい声で「今夜のうちに敦賀の利仁の館に行って、利仁は客人を連れてきているので、明日の巳の時ころ高島の辺まで馬をひいて迎えに来るように」と狐に伝え放しました。狐は、まっしぐらに走っていきました。

五位は、狐さえ思いのままにする野育ちの利仁の顔を仰いでみました。

敦賀では五位の望みを叶えるべく、大掛かりな芋粥の準備の命令が下る。

一行は、予定通り翌日の巳の時に、高島の辺に来ます。ここは琵琶湖の近くで、向こうから二頭の馬をひき、二三十人の男たちが迎えにやって来ます。

その日の夜。五位は、寝つけない長い夜を明かします。夕方ここへ着くまでの利仁や付き人との時間が五位の心に浮かんできて、この館に着いた時にはほっとした気持ちになりました。

そして時間が経っていくのが待ち遠しいという気持ちと、夜が明けると「芋粥を食う時が来る」ということが、そう早く来てはならないような気持と、この矛盾した二つの感情が、状況の急激な変化から落ち着かない気分になります。

すると外の広庭で声がします「この辺の下人、承はれ。殿の言われるには、明朝、卯の時までに切口三寸、長さ五尺の山芋を、おのおの一筋づつ持ってくるように、忘れないように」と二三度繰り返し命令が下ります。

五位は、山芋は芋粥に使うのだろうと思います。そう思うと、あまりに早く芋粥にありつきたくないという気持ちで、どうもこう容易に「芋粥を飽きるほどに飲む」事が現実となっては、せっかく今まで何年も辛抱して待っていたのが如何にも無駄な骨折りのように見えてしまいます。

こんなことを考えながら五位は、旅の疲れで熟睡してしまいます。

海の如くたたえた大量の芋粥を前に、五位の食欲は無くなります。

翌朝、目が覚めると広庭には二三千本の切口三寸、長さ五尺の山芋があります。

広庭のところどころには、釜が五つ六つあり下女が何十人も働いている。皆、芋粥を作る準備で眼がまわるほど忙しい。五位は、この巨大な山芋が、この巨大な釜の中で、芋粥になることを考えます。そうして自分が、わざわざ芋粥を食べるために京都から越前まで来たことを考えます。

これほど情けないことはない、すでに食欲は半減しています。

それから一時間後、五位は、利仁としゅうとの有仁とともに朝飯の膳に向います。前にあるのは、なみなみと海の如くたたえた恐るべき芋粥です。

五位は、あの積み上げた山芋を何十人かの若い男が勢いよく切り、下女たちが釜へすくって入れ、芋のにおいと甘葛あまづらのにおいを含んだ芋粥を見た時に、未だ口にしていないうちから既に、満腹を感じます。

「芋粥を飽きるくらいに召しあがったことが無いそうですね、どうぞ遠慮なく召し上がって下され」舅の有仁はそう言って、童児にいいつけて芋粥を膳の上に並ばせます。

五位は、眼をつぶっていやいやながら芋粥を飲み干します。

「父も、こう言っているので遠慮などは全く無用です。」と利仁は意地悪く笑いながら言います。

五位は弱ります、遠慮なく言えば、始めから芋粥は一碗も吸いたくない。それを今やっとの思いで、半分平らげた。これ以上飲めば、吐き出しそうだし、飲まなければ利仁や有仁の厚意を無にすることになる。

そこで半分の三分の一を飲み干し「何とも、かたじけのうござった。もう充分に頂戴しましたので。」とそう言いました。

夢は簡単に叶わないから幸せであり、それが生きていく喜びでもある。

その時、野狐が軒でおとなしく座っていました。それは利仁が枯野の道で手捕りにした、あの野狐だったのです。「狐も芋粥が欲しさに見参したそうな。あの狐にも食わせてやれ」と利仁の命令に、軒から降りた野狐は芋粥の馳走にあずかります。

五位は、芋粥を飲んでいる狐を眺めながら、ここへ来ない前の自身をなつかしく心の中でふり返ります。

それは多くの侍たちに愚弄されている彼であり、京童に「何じゃ、この鼻赤めが」と罵られる彼でした。ぼろをまとい飼い主のないむく犬のように、朱雀大路をうろついてあるく憐れむべき孤独な彼であった。しかし、同時に、芋粥を飽きるほど飲みたいという欲望を唯一人、大事に持っていた幸福な彼でした。

五位は、野狐をみてこれ以上、芋粥を飲まずにすむという安心と共に汗が乾いていてゆくのを感じます。敦賀の朝は寒い、五位はあわてて鼻をおさえるが堤に向かって大きなくしゃみをしました。