●目次
- 『ゴッドファーザー』|あらすじと主要登場人物について
- 『ゴッドファーザー』|家族の名誉をかけた荘厳なオデッセイ|原作の解説その1
- 『ゴッドファーザー』|原作の解説その2
- 『ゴッドファーザー』|原作の解説その3
- 『ゴッドファーザー』|原作の解説その4
- 『ゴッドファーザー』|愛するということ、女たちのサイドストーリー
マフィアの歴史を知り、父ヴィトーの選んだ道を理解するマイケル
マイケルはシシリーに逃れて、父親の性格と自分に負わされた宿命を理解する。また自己の宿命に対して逃げ腰になることが何を意味するかを知った。
ドンがいつも言う「人間はそれぞれ一つの運命を持っている」という言葉の意味を始めて理解した。法律や権威への軽蔑、沈黙の掟―オメルターを破った者への憎しみを理解できた。
マイケルはソッロッツォと警部殺しでニューヨークを追われ、父親の友人の領地のコルレオーネに身を隠した。その名をドン・トッマジノ、五〇代の半ばを過ぎていた。ヴィトーの身寄りはもう誰もこの村には生き残っていなかった。
トッマジノは、貴族の所有する土地の監督官の仕事をして、農民が法律で許可されている未耕作地を購入しようとすると、傷を負わせるか殺すかして追っ払うことを仕事とするマフィアだった。さらに水利権を握りローマ政府によるダム建設を差し止めていた。井戸から汲み上げた水を売り捌くという割のいい商売を侵されないためである。
古いタイプのドン・トッマジノはパレルモのマフィアとは不仲だった。彼らはアメリカから追放された連中で、麻薬取引や売春を行っている新しいタイプだった。
マイケルは、トッマジノの叔父で七〇代の後半になる医者ドクター・ターツァの地所に匿われていた。ターツァの悪癖は売春女のご機嫌伺いと膨大な読書だった。
マイケルは、自分の父親が生まれ育った土地の歴史を学んだ。“マフィア” という言葉は “隠れ家” の意味だったが、人民を弾圧する支配者に対抗するために生まれた秘密組織の名称になっていた。
土地を支配する貴族、カトリック教会、警察までもが、シシリーの従順な人々を弾圧した。人々は怒りや憎悪を表に出さないことを学んだ。社会は敵であり、彼らは救いを求めるときは地下の反逆組織であるマフィアのもとへ行くようになった。
そしてマフィアは沈黙の掟―オルメターを創ることで力を強固にしていった。
マフィアの首領は、民衆の下僕であり、食料と仕事を用意する地方の顔役であり、保護者なのだ。
ドクター・ターツァは触れなかったが、昨今のシシリーのマフィアは富豪の非合法的な手足となり、合法的政治組織の補助的な警備の役目を果たしていることを知った。反共産主義、反進歩主義を旗印に、堕落した資本主義的組織に手を貸すのだ。
マイケルは、父のような人間が何ゆえ泥棒や殺人者となる道を選んだかを理解した。アメリカに移住してきたシシリー人も、そこに無慈悲な権力組織があることを感じとったに違いない。
マイケルは父親の組織に思いを馳せ、今のまま繁栄が続けば、この島のようにニューヨークでも全国を破滅に追い込む癌のような存在になると思った。
マイケルは、組織の在り方を考え始めている。それは新興し変質していくマフィアではなく、シシリーの村に根差したマフィアの誕生した原風景のなかで思索を巡らせた。その結果がファミリー自らが合法的な組織に戻ることだった。これが後のコルネオーネ・ファミリーのネバダへの移転と合法的な企業運営となっていく。
マイケルはシシリーの美しさに心を惹きつけられる。紀元前に掘られた蛇の口からほとばしる水、たわわに実ったオレンジがトンネルのように続く果樹園、廃墟となった古代ローマの別荘風に建てられた家々。
七ヵ月を過ぎる頃、ドン・トッマジノは “新しいマフィア” との揉め事に忙殺されていた。
愛するアポロニアの死で贖った、マイケルの生と復讐の決意
ある朝、マイケルはコルレオーネの向こうの山まで二人の羊飼い兼 ボディガードを連れてハイキングをする。一人は無口で表情のないカロ、もう一人は陽気なファブリッツィオで、彼らはいつもルパラという散弾銃を携えていた。
あたり一面ピンクの花々、オレンジの果樹園、アーモンドやオリーブの樹々はまるでエデンの園のようだった。
オレンジの木立の通じる道を少し下がったところに村の娘の群れが現れた。
彼女らは追いかけっこを始め、追いかけられ役の娘は木立を目がけて走ってきた、男に気づき、はっと止まり、つま先立ちになっている。彼女はすべてが卵型だった。目、顔の輪郭、額。皮膚はココア色で、目は大きく、瞳は濃い紫か茶色。唇は甘く豊かで深紅に染められている。信じがたいほどの愛らしさだった。
マイケルは、胸をどきどきさせながら、その場に立ち上り、軽い眩暈さえ覚えた。血が体内のすみずみを駆けめぐり、手足がぶるぶる震えるようだった。
「稲光に打たれたってわけだ、うん?」ファブリッツィオが言った。
それは思春期の一目惚れでもなく、ケイに対する愛情、やさしさや知性に、肌の色のちがいに基づく愛情とも異なっていた。それは圧倒的な所有への欲求だった。
マイケルは逃亡のあいだ、片時もケイを忘れたことがなかった。しかし、自分は殺人者であり、ケイとは二度と再び恋人に、いや友達でいることすらあるまいと覚悟していた。
それでもケイのことを想っていた。だが今や、ケイのことさえ意識から拭い去られた。
ここにマイケルのシシリー人としての原点をうかがわせている。シシリー人の血統をひく人間として、まるでその野生が目覚めるように、この村の美しい自然とそこで育まれている美しい女性への所有の欲求を本能のなかに感じている。自分がどこで生まれた何者であるかのアプリオリな実存の姿の発見でもある。
彼女の名前はアポロニア。マイケルはアポロニアとの結婚を決意する。
カフェを営む彼女の父親、二人の兄、親戚、村の人々に見守られた素朴だが清々しい結婚式だった。コニー・コルネオーネの結婚を思い出してみよう。ロングビーチの大邸宅で豪華で賑やかに、たくさんの現金が祝儀袋に埋め尽くされた世俗とは正反対である。シシリーの島の聖なる神々に守護された神話のような世界で描かれている。
そしてマイケルはアポロニアと結ばれ、つかのまの幸せの日々を過ごした。アポロニアの処女の情熱がマイケルの結婚したての欲望とぴったりと重なりあい、二人はいつまでも愛しあった。
やがて “ソニー・コルネオーネの死” という悲しい知らせがもたらされた。
マイケルは棲家の別荘を後にして、シシリーの南海岸に移る予定だった。二人の羊飼いの護衛も一緒だった。いよいよ出発の時、「車を出してくれ」とマイケルが言う。車の用意ができて、運転席にいたアポロニアは車を動かしてマイケルを驚かそうとしていた。カルロは荷物を積み込み、ファブリッツィオが門の外に出て行くのをいぶかしく思った。
アポロニアがイグニッションのスイッチを回した瞬間、すさまじい炸裂音が鳴った。
アポロニアは、ファブリッツィオの裏切りでマイケルの身代わりとして爆死した。
それはパレルモの “新しいマフィア” たちの仕業であった。その背後にニューヨークのマフィア、バルツィーニの影があったのだ。
マイケルは意識不明で昏睡を一週間続け、そして目覚めた。彼はドン・トッマジノに言った「父さんに伝えてくれ、ぼくはいつまでも父さんの子どもでいたいって」それから三ヵ月後、マイケルはニューヨークへ戻った。
ほんの一瞬の美しい命だった。愛するアポロニアの死で贖われた、マイケルの生と、彼に流れるシシリーの血は、敵の復讐にかりたてるものだった。