夏目漱石『三四郎』あらすじ|人はみな、ストレイシープ。

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概要>九州から上京し、東京大学に学ぶ三四郎。都会の景色や知識人、友人等の人間関係に、郷里と学問と恋愛の三つを束ねる人生を夢見る。そして自由な恋愛観に生きる美禰子への初恋と失恋。明治日本の自我と自由に対して、警句を交え描く悩める青春小説。

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登場人物

小川 三四郎
東京帝国大学に合格し上京、郷里、学問、恋愛を考え、同じ年頃の美禰子に恋をする。
里見 美禰子
明治の新しく自由な恋愛観を抱く美しく聡明な女性で、三四郎の恋心を悩ませ続ける。
野々宮 よし子
宗八の妹。兄を通じて美禰子とは友人の関係、兄を慕うが我儘な甘えっ子の若い女性。
佐々木 与次郎
三四郎の大学の友人。広田先生を尊敬し寄寓、弟子を自任するお調子者だが憎めない。
野々宮 宗八
三四郎と同郷の七つ年上の先輩で、理科大で光線の研究をする。美禰子から慕われる。
広田 萇
一高の先生で独身。野々宮の師匠で幅広い教養を持つ、三四郎とは列車の中で会う。
原口
野々宮や広田先生と面識のある画家。西洋絵画のモデルとして美禰子の肖像画を描く。

あらすじ(ネタバレあり)

三四郎は上京する汽車で、女や日本についての認識を新たにする。

三四郎は、熊本の高校を卒業し東京帝国大学に入るため汽車で上京する。

九州から山陽線に移り、うとうとして目が覚めると京都で相乗りの女と爺さんが会話している。女は、子供の玩具は広島より京都の方が良いという。子供に会うのは嬉しいが、夫が戦後、大連に行ったきりで仕送りが途切れ仕方なく親の里に帰るのだという。

爺さんは、自分の子も戦争で死んだ。戦争は何の為にするのか分からないといい、信心が大切だ、きっと帰ってくると女を慰めて下りて行った。

列車は名古屋どまりで、三四郎は女に頼まれ仕方なく一緒に宿を探す。宿では二人連れと勘違いされ同じ部屋に案内されてしまう。三四郎が風呂に入ると、後から女が這入ってきて帯を解きだしたので、慌てて湯船を飛び出した。

それから蒲団が一枚しか敷かれず、仕切りをつくり三四郎は西洋手拭タオルを敷いて寝た。翌日、宿を出て停車場ステーションに着くと、別れ際、女は「あなたは、よっぽど度胸のないかたですね」と云って、にやりと笑った。

あの女は何だろう。三四郎は二十三年の弱点が一度に露見したような心持であった。狼狽した自分の意気地無さとともに、むやみに女に近づいてはならないと思った。

三四郎は気分を変えて、別世界の東京の暮らしに思いをはせる。

大学に入り、有名な学者に接し、品性のある友と交際し、図書館で研究する。そして著作をやり世間で喝采を受け、母を喜ばせる。そんなことを思った。すると元気が回復した。

筋向こうに髭を生やし面長でせぎすの神主のような男が乗っていた。三四郎は、男は中学校の先生だと思った。もう四十くらいだ。鼻の形だけは西洋人のようだった。

汽車が豊橋に着いた時、髭のある男と隣り合わせになった。男は水蜜桃を買って、「食べませんか」と云うので、三四郎は礼をいって一つ食べた。

浜松では、派手で綺麗な西洋人を見た。男は「いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね」と言う。三四郎は「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。

すると男は「滅びるね」と言った。熊本でこんなことを口にすれば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。

すると男が続ける。「熊本より東京の方が広い、東京より日本の方が広い、日本より頭の中の方が広い」そして「囚われちゃだめだ、いくら日本の為を思ったって贔屓ひいきの引き倒しになるばかりだ」と云った。

この話を聞いた時、三四郎は、真実に熊本を出たような気持がした。同時に、熊本にいた時分は卑怯だったと悟った。

野々宮を訪ねた後、池の端で団扇を持った美しい女に出会う。

三四郎は東京の沢山のものに驚く。

電車のちんちん鳴る音、その電車に多くの人々が乗降するさま。次に丸の内。東京がどこまでも続いていること。すべての物が破壊され、すべての物が建設される。

自分のこれまでの生活は、現実世界に少しも接触しておらず、自分が置き去りにされると思うと、とても不安になった。。

明治の思想は、西洋が三百年かかったものを、わずか四十年で取り入れようとしている。

国元の母から手紙が来たが、なんだか古ぼけた昔から届いたような気がした。母には、すまないが、こんなものを読んでいる暇はないと考えた。

三四郎は母の手紙に書いてあった同郷の野々宮宗八を尋ねることにした。理科大学を訪れ野々宮に挨拶し、何分よろしく願いますといった。

野々宮は穴倉に入り光線の圧力の実験をしていた。三四郎も望遠鏡を覗く。度盛が明るい中で動き出したが、度盛の意味を聞く気にもならない。礼を述べて、外に出て池の傍へ来てしゃがんだ。

野々宮は穴倉で研究を専念にやっているから偉い、生涯、現実世界と接触する気がないのかもしれない。自分には現実世界は必要らしいが、あぶなくて近寄れない気がする。

左手の岡の上に女が二人立っている。女の一人は団扇を持っている。もう一人の白いほうは看護婦だと思った。

団扇の女は左の手に白い花を持って、それを嗅ぎながら来る。「これはなんでしょう」と言って仰向くと、「これは椎」と看護婦が云った。

女は三四郎を一目見た。三四郎は女の黒目の動く刹那を意識した。その時、何とも言えぬ或るものに出逢った。「あなたは度胸のない方ですね」と云われた時の感じと似通っていた。三四郎は恐ろしくなった。三四郎の前を通り過ぎるとき、女は今まで嗅いでいた白い椎の花を落とした。

三四郎は茫然ぼんやりしていた。やがて小さな声で「矛盾だ」と云った。何が矛盾なのかはこの田舎出の青年には解らなかったが、ただなんだか矛盾であった。

三四郎は花から目を放した。すると野々宮君が石橋の向こうに立っている。

隠袋ポケットから半分封筒がはみ出している。書いてあるのは女の手蹟しゅせきらしい。三四郎は野々宮と一緒に歩いた。それから野々宮は、ちょっと買い物をしますからと店に入って、蝉の羽根の様なリボンを買った。

講義が始まる、三四郎は佐々木与次郎と友人になり親しくなる。

学年は九月十一日に始まった。大学の建物はそれぞれに美しかった。ところが鐘がなっても先生も生徒も来ず講義がない。三四郎は、癇癪かんしゃくを起こして、池の周囲まわり二遍にへん廻ってみて下宿へ帰った。

それから十日たってようやく講義が始まった。三四郎は、いくつもの講義に出て少し疲労した。さっき先生の似顔のポンチ画を書いていた男が来て「大学の講義はつまらんなぁ」と云った。この時から、この男と口をくようになった。

翌日、男に声をかけられ淀見軒よどみけんという所でラスカレーを食わしてもらう。男は選科の学生で佐々木与次郎といった。広田という高等学校の先生の家に寄寓しているという。

それから律義に講義に出たが、物足りない。与次郎に相談すると「生きている頭を死んだ講義で封じ込めちゃ助からない、電車に乗って風を入れると物足りる工夫はいくらでもある」と云う。

そして与次郎は、三四郎を伴い電車に乗り、料理屋に上がり、晩飯を食い、酒を飲み、寄席へ上り、小さんという落語家はなしかを聞いた。「どうだ」と聞く与次郎に、「有難う、大いに物足りた」と礼を述べる三四郎に、「これから先は図書館でなくちゃ物足りない」と云った。

翌日は、図書館に入る。

三四郎は、たくさんの本と人を見て、学者の生活は静かで深いものだと考えた。驚いたのはどんな本を借りても、誰かが一度は眼を通していることだった。

青木堂へ入ると、上京の列車のなかで水蜜桃を食べた髭の男がいた。挨拶しようと思ったが、できずに図書館に戻った。

借りたヘーゲルの本の見返し部分に、卒業生が書いたと思われる一文を発見する。「心身で体現すべき哲学を、日本人は、ただ “のっぺらぼう” に講義を聞き卒業している」とある。三四郎は思わず微笑み啓発された様な気がした。

そこに与次郎が現れ、「野々宮さんが君を探していた」と云う。野々宮さんは、与次郎の寄寓する広田先生の弟子で、学問好きで研究熱心で西洋人にも知られた人物であると云う。

病院で池の女に再び出会い、女が結んでいるリボンを思い出す。

三四郎は翌日夕方、大久保に引っ越した野々宮を訪ねた。野々宮が探していた理由は、三四郎のおっかさんが、野々宮に世話になるからと赤魚の粕漬を送って来た礼だった。

すると病気の妹から病院に来てくれとの電報が来た。野々宮は大久保に引っ越した後、まだ病院に行っていないので、妹のいたずらと思いつつも行くことにした。三四郎は、野々宮に留守を頼まれ承諾した。

宵の口に、「あああ、もう少しの間だ」という声がした。三四郎は土手を這い降りた。「轢死じゃないですか」周囲の声がする。若い女だ。三四郎は、女の声と顔の奥に潜む無残な運命を考えた。

三四郎は、この時、汽車で水蜜桃をくれた男が、危ない危ない、気をつけないと危ない、と云った事を思い出した。自分は危なくない地位であればあんな男にもなれる。世の中を傍観している人はー批評家で―此処に面白みがあるかもしれない。

野々宮から電報が来た。妹無事、明日朝帰るとあった。

野々宮が帰ってきて、病院で広田と一緒だったと聞く。三四郎は、汽車で水蜜桃をくれた男を広田だと想像する。帰り際、野々宮から妹の病院へあわせを一枚届けるよう頼まれた三四郎はうれしく思った。

病院に着き、「野々宮よし子」と札のある病室の戸口で佇んだ。半分ほど開けて表情を見ると、ものうい憂鬱と隠さざる快活があった。「御這入おはいりなさい」その調子は安らかな音色で、ふる相識しりあいのようで、笑いにはなつかしい暖味あたたかみがあった。三四郎には遠い故郷の母の影がひらめいた。

少し話して部屋を出る。向こうを見ると、長い廊下の上り口に池で逢った女が立って、こちらに歩いてくる。すれ違いざまに女が振り向く、二重瞼の切長の落付いた格好である。同時に綺麗な歯があらわれた。

女は、きりりとしながらも鷹揚おうように「十五号室はどの辺になりましょう」と聞く。「野々宮さんの部屋ですか」と三四郎は云う。

玄関を出た三四郎は、頭の中に女の結んだリボンが映った、野々宮が買ったリボンと同じと考えた時、急に足が重くなった。

その後、与次郎に会ったが、三四郎は気分が悪いといって学校を休んだ。

三四郎の頭には三つの世界ができ、すべてが備わることを考えた。

三四郎の魂はふわつきだした。講義に身が入らず、馬鹿々々しくて堪らない。与次郎に向かって近頃は講義が面白くないと云いだした。半月ばかりたつと、与次郎の方から、生活に疲れているような顔だと云われた。

東京の秋が来た。野々宮の妹は退院したという。三四郎はふわふわしながら方々を歩き廻った。ふわふわするほど愉快になった。例のリボンだけが気にかかるが、だいたいはのん気である。

突然、与次郎があらわれた。やはり隣にいるのは広田さんであった。神主のような顔に西洋人の鼻をつけている。与次郎が双方を紹介した。それから三人で広田先生の部屋を探した。

広田先生は、高等学校の先生で独身ひとりみだという。学校では英語しか教えていないが、人間がおのずから哲学にできあがっている。与次郎は、広田先生を大学教授にしようと応援している。そして引越しの時はぜひ手伝いに来てくれという。

下宿に帰った三四郎は、母からの手紙を読みながら考えた。三四郎には、三つの世界ができた。

第一の世界は、遠くにある。明治十五年以前の香りがする。平穏だが寝ぼけている、母さえもここにいる。ここは手紙などが来たときに、しばらくこの世界に低徊ていかいして旧歓をあたためる。

第二の世界は、苔のはえた煉瓦造りがある。たくさんの書物がある。きっと貧乏である。現世を知らないから不幸だが、火宅を逃れるから幸いである。広田先生や野々宮さんのいる世界。三四郎もこの空気を理解できはじめるが、趣味を棄てるのも残念だ。

第三の世界はさんとして春の如く動いてる。電燈や銀匙ぎんざしや歓声そして美しい女性がある。三四郎にとって最も深厚な世界である。この世界は鼻の先にある。ただ近近づき難い。

三四郎は、この三つを比較して、かき混ぜて、要するに国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、身を学問に委ねることにこしたことはない。三四郎は、少し広田先生にかぶれたなと思った。

広田の引越しで三四郎は美禰子と会い、与次郎や野々村も集まる。

翌日、広田先生の引越しが決まり、弥次郎から手伝いに来るように頼まれた。

あくる日、西片町の引越し先に行くと、あの池のはたで見た女が庭の中にあらわれた。女の目が三四郎のひとみに映った。何かを訴える、えんなるあるものを訴えている。女も掃除を頼まれたという。

「あなたは」と三四郎が尋ねると、名刺には「里見美禰子さとみみねこ」とあった。

「あなたには、お目にかかりましたな」と三四郎が云うと、「いつか、病院で」「それから池の端で」と女はすぐ云った。

そうして、三四郎と美禰子は、掃除をはじめた。ひととおり済んだ後は、二人ともだいぶ親しくなった。

美禰子は二階に上がり、青い空に白い大きな雲が渡るのを見ている。

遠くから荷車の音が聞こえて与次郎がやって来た。与次郎と三四郎と美禰子は、先生の書物を西洋間に入れる。そこへ広田先生が帰ってきて四人は、きれいに片付いた書物をながめた。

広田先生のことを与次郎は「なんでも読んでいる。けれどもちっとも光らない。偉大な暗闇だ」という。三四郎は、図書館で借りた「アフラ・ベーン」という本について広田に尋ねた。

広田は、それは英国の十七世紀の閨秀けいしゅう作家であり、オルノーコという小説を読んだことがあるといいその内容を語った。与次郎は先生の煙草のみを評して、鼻から哲学の煙を吐くといった。

そしてサザーンという人がその話を脚本にした中の有名な句「Pity’s akin to love」で哲学の煙をさかんに吹き出した。弥次郎が「可哀想だた惚れたって事よ」と訳すると広田先生は「下劣の極」だと苦い顔をした。三四郎も美禰子も笑いだした。

野々宮さんもやってきた。与次郎が「可哀想だとは惚れたということよ」と云うと、今度はその原文を美禰子が「Pity’s akin to love」と美しくきれいな発音でいった。「なるほどうまい訳だ」と野々宮が言った。三四郎はその態度と視線を注意せざるにはいられなかった。

それから菊人形を見に行こうという話になった。

抜け出した美禰子は、迷い子(ストレイシープ)とつぶやく。

三四郎は、野々宮の家を訪ねる。よし子が応対をする。「おはいりなさい」「お掛けなさい」「お敷きなさい」三四郎は、子供の様なよし子から子供扱いされながら、少しも自尊心は傷つけられない。

三四郎は、よし子が里見さんの家へ行くのか、里見さんと野々宮さんは元から懇意なのかなどを聞いた。よし子は、美禰子のお兄さんが野々宮と同年の卒業であることや、そのまた上のお兄さんが、広田先生の友人だったが亡くなったことを話した。さらに美禰子の両親は早くに亡くなったようである。

下宿へ帰ると「明日午後一時、菊人形を見に行くので広田先生の家にいらっしゃい」と美禰子から端書はがきが来ていた。その字は野々宮さんの隠袋ポケットからはみ出していた封筒の上書きに似ていた。

翌日、三四郎が行くと、広田先生、野々宮、美禰子、よし子、と皆が待っていた。

菊人形細工を見に出かける。四人の後を追う三四郎は自分の生活が熊本当時よりも意味深いものに感じた。かつて考えた三個の世界の第二第三の世界はこの一団で代表されている。半分は薄暗く、半分は花野のごとく明るい。

野々宮と美禰子が空中飛行器の話の続きをしている。野々宮は広田先生に向かって「女には詩人が多いですね」と言うと、「男子の弊は、純粋の詩人になりきれないところにある」と広田先生が言う。

大観音の前に乞食がいる。「る気にならない」とよし子が言う。「始終いてちゃ、焦っ着きばえがしないから駄目ですよ」と美禰子が評した。「場所が悪いからだ」と広田先生が言う。「山の上の淋しい場所だったら遣る気になる」と野々宮が言う。

三四郎は、これまでの徳義上の観念を傷つけられたように感じたが、自分の不愉快な感じを反省してみると四人の方が己に誠だと思った。そして都会人種であると悟った。

菊人形の人込みに押され美禰子が出口の方へ行く。三四郎は群衆を押し分けながら、後を追っていった。「どうかしましたか」と云うと、「もう出ましょう」と云う。

美禰子は心持ちが悪いという。三四郎は谷中の町を横切って根津に抜ける石橋を渡った。もう少し歩いて休むのにいいところに来た。

美禰子は、鈍く重なる白い雲が大理石に見えるといった。菊人形で客を呼ぶ声が二人が座っている所まで聞こえる。「ずいぶん大きな声ね」「大観音の乞食と同じ事なんですよ」と美禰子が云う。「場所が悪くないですか」三四郎は珍しく冗談を云って笑った。

三四郎が、「広田先生や野々宮さんがぼくらを捜しているでしょう」と言うと、「大丈夫よ、大きな迷子ですもの」と美禰子は言う。そして「責任を逃れたがる人だから、丁度いでしょう」と言った。

三四郎は、この女にはとてもかなわないような気がどこかでした。同時に自分の腹を見抜かれたという自覚に伴う一種の屈辱をかすかに感じた。

美禰子は迷子の英訳を「迷える子(ストレイシープ)ーわかって?」と言った。

「私そんなに生意気に見えますか」その調子に弁解の気持ちがある。この言葉で、霧が晴れた。明瞭な女が出てきた。晴れたのが恨めしかった。

帰り道、泥濘ぬかるみに腰が浮いて胸が前に出て、美禰子の両手が三四郎の両腕の上へ落ちた。

迷える子ストレイシープ」と美禰子が口の内で言った。三四郎はその息を感じた。

同級生の懇親会では、新時代の青年の自由のために乾杯をする。

三四郎は、講義を筆記するのが嫌になり、Stray sheepと無暗に書く。与次郎は、「全然まるで Stray sheepだ、おい、一寸ちょっと来い」と三四郎に云う。

与次郎は桜の木の下で、懐中から「文芸時評」という雑誌を三四郎に見せた。標題に大きな活字で「偉大なる暗闇」とある。下には零余子れいよしと雅号を使っている。偉大なる暗闇とは広田先生を評する語で、先生が大学に這入はいれる下地を作るのだという。

下宿に帰り湯から上がると、机の上に絵葉書がある。小川をかいて緑に羊を二匹寝かして向こう側に大きな悪魔を模した男が書いてある。脇にちゃんとデビルと仮名がふってある。宛名の下に、迷える子と小さく書いてある。

迷える子は、美禰子ばかりでなく自分も入っていたのである。嬉しく思った。Stray sheepの意味がはっきりした。

三四郎はようやく「偉大なる暗闇」を読みだした。論文は、文学文科の西洋人を手痛く罵倒している。適当の日本人を招聘しなければ学問の最高府たる大学も寺小屋同然の有様になるとして、広田先生の讃辞に終わっている。

三四郎は、与次郎を誘いに西片町に行く。今夜は同級生の懇親会がある。与次郎は、今夜の会で科の不振を慨嘆し挽回策を講ずる、そして人選に広田先生の名を持ち出すので、三四郎は与次郎に口を添えて先生を賞賛しろというものだった。

新しい黒の制服を着て髭をはやしたすこぶる背の高い男が演説を始める。我ら新時代の青年は偉大なる心の自由を説かねばならぬ時運に際会さいかいしたと信じる。

我々は、旧き日本の圧迫に堪え得ぬ青年であり、同時に新しき西洋の圧迫にも堪え得ぬ青年であることを世間に発表しなければならない。

新しき西洋の圧迫は社会の上においても文芸の上においても我ら新時代の青年にとっては古き日本の圧迫と同じく、苦痛である。

我々は西洋の文芸を研究するが、研究と屈従は根本的に相違がある。我々は、心を解脱せんがために研究しているのである。

文芸は、より多くの人生の根本義に触れた社会の原動力である。

そして与次郎が「新時代の青年を満足させるような人間をひっぱってこなくちゃ。西洋人じゃだめだ。第一幅がきかない。」と云うと満堂は喝采した。

あくる日、三四郎は朝のうちに湯に行った。夕べから急に新時代の青年の自覚が強くなったが、身体の方は元のままであった。

運動会を抜け丘に上がり、三四郎と美禰子は最初の出会いを語る。

今日は昼から大学の陸上運動会を見に行くつもりだ。

与次郎の話では、競技より女を見に行く価値があるのだそうだ。よし子も美禰子もいるだろう。午過ひるすぎになって出かけた。ところが婦人席は別になっていて、普通の人間は近寄れなかった。

三四郎は、運動会を見るに耐えられず会場を抜け出し丘の頂点まで来た。すると、よし子と美禰子も日向へ出てきた。それからよし子は病院の看護婦の所へ行った。

美禰子と三四郎は二人きりになって高い丘の上から木陰を指さした。「彼処あすこですね。あなたがあの看護婦と一所に団扇を持って立っていたのは‥‥」、それは三四郎が初めて美禰子を見た池のはただった。

女は「あなたは、未だこの間の絵葉書の返事を下さらないのね」と云うと、三四郎は「上げます」と答えた。

よし子は美禰子の家にいて、野々宮さんは大久保を引き払い、また下宿をするという。絶えず往来すれば野々宮さんと美禰子の関係も近づくのではと三四郎は疑う。

三四郎は赤門で二人に別れた。自分と野々宮を比較してみるとだいぶ段が違う。自分は大学に入ったばかりで学問という学問もない、見識という見識もない。そう思うと、今日まで美禰子の自分に対する態度や言語を一々、繰り返してみるとどれもこれも悪い意味がつけられる。