「謎解き草枕」その2

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謎解き草枕目次

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「人情」対決

①「人情」にふける画工

 3章 就寝前に画工は「竹影階払塵不動ちくえいかいをはらってちりうごかず」の額を読みました。上演の合図です。
芝居合しばいあわせ、人情対決、画工編が始まります。真夜中に目を覚ました彼は、歌っているような女の小声を聴きます。その細く低い声に、耳を澄ませると「あきづけば、をばなが上に、おく露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも」という文句を何度も何度も繰り返しています。昼間に茶店の婆さんから聞いた「長良の乙女」が詠んだ和歌です。しばらくは布団の中で我慢してこの声を聞いていた画工ですが、遂に布団をすり抜けて障子を開けて、中庭を確認しました。声が聞こえる方を見ると、月光の下すらりとした女の影が、彼の部屋とつながった向かいの棟に消えました。

 影の正体は、那美さんです。これが彼女の最初の奇行であり、画工編「人情」の芝居です。彼女が演じているのは、もちろん「長良の乙女」。画工編「人情」として、彼が出してきた物語は「長良の乙女」なのです。

 最初に「草枕はジグソーパズルに似ている」「ピースの使い回しもアリだ」と述べました。それが当てはまるのが「人情対決」です。「見立て①能の仕組」のシテとして登場する「長良の乙女」と「鏡が池の嬢様」を「見立て②能役者の所作」では、芝居合の演目として再登場させます。

 「長良の乙女」の情報を、念のためもう一度貼ります。

長良の乙女
  • この村の伝説で、「長良ながらの乙女」と呼ばれる、美しい長者の娘。
  • 二人の男が一度に娘を好きになり、娘は思い煩った挙句、淵川へ身を投げて自死。
  • 死に際に「あきづけば をばなが上に置く露の けぬべくもわは おもほゆるかも」という和歌を残した。  

 二人の男に懸想けそうされた長良の乙女、どちらか一方を選べば、傷つけたり、争いになったりすると考えたのでしょうか。それより自分が消えることを選び、淵川へ身を投げました。儚く消えた彼女ですが、美しい和歌を残しました。

 秋づけば 尾花おばなが上に 置く露の ()ぬべくも()は 思ほゆるかも
本当は万葉集の和歌ですが、「長良の乙女」の気持ちになって意味を考えると、
(秋になって すすきの穂にかかる露が 儚く(はかなく)消えるように 私も消えてしまおうと思うのです)という感じでしょうか。

 「長良の乙女」のように、二人の男に求婚されて女が命を落とす物語は、
平安時代前期の「大和物語」という歌物語によくある典型的なものです。「人情」の板挟みで死んでしまった可哀想な女の物語だけど、「人情」つまり感情を存分に表現した日本の和歌、和歌を中心に構成された歌物語って「あはれ」でしょう、というのが、画工の意図です。

 画工編「人情」は、和歌が栄えた平安時代の空気に半分浸っています。画工と那美さんの出会いの場面も、その影響を受けました。
 真夜中に那美さんの影だけを見た画工は、その姿を俳句に詠みます。うとうとと眠りかけたところへ部屋に忍び込む女の幻に、妖しい気分になります。那美さんが画工の寝た頃を見計らって、こっそり自分の着物を取りに来たのでしょう。ついでに、画工の枕元に置いてあった写生帖しゃせいちょうをそっと持ち出したはずです。翌朝、彼が風呂に入っている5分間の間に、またこっそり部屋に戻しておきました。そして風呂上り真っ裸の画工の前に、いきなり現れて、そっと着物を着せかけてくれました。       
 この時初めて、二人はお互いの顔を見たのです。画工は、生まれたままの姿を見られてしまいました。部屋に戻った彼が写生帖を見ると、昨夜作った俳句に対して、添削のような返句のような句が書いてあるのを発見します。
 二人の出会い方、まるで、顔も見ないまま歌を贈り合い、暗闇の中で契り、翌朝ようやく相手の正体を見る、平安王朝の恋人たちみたいでしょう?和歌という文芸を花開かせた、宮廷貴族の恋の形式を真似てみたのです。

 明るい光の下、 画工は那美さんの顔をじっくりと観察します。2章で茶店の婆さんの顔をものすごく褒めていたのに、那美さんに対しては、とても手厳しいのです。しかしここで、彼自身の弱点も露見しました。那美さんの顔をけなすついでに、こんな事を言ってしまいました。
 

このゆえにどうと名のつくものは必ず卑しい。運慶うんけい仁王におうも、北斎ほくさい漫画まんがも全くこの動の一字で失敗している。

『草枕』3章

 この見解は、画家として偏りすぎですね。那美さんを見習って『遠羅天釜おらてがま』を読んだほうが良いでしょう。「静」と「動」両方の大切さが書いてありますから。

 それでも画工の観察の目は確かです。那美さんの表情に、複雑な心境が表れていることは間違いありません。まだ20代半ばの那美さんですが、当時の女性としては「出戻り」という苦しい立場です。
『この女の顔に統一の感じのないのは、心に統一のない証拠で、心に統一がないのは、この女の世界に統一がなかったのだろう。不幸にしつけられながら、その不幸に打ち勝とうとしている顔だ。不仕合ふしあわせな女に違いない。』と断定します。
 ただ表面的に見れば、彼女はなかなかの美人、いきでお洒落で、気の利いた会話ができる魅力的な大人の女性です。3章の終わり、画工は那美さんの後ろ姿をじっと見つめます。

「ほほほほ御部屋は掃除そうじがしてあります。って御覧なさい。いずれのちほど」 と云うやいなや、ひらりと、腰をひねって、廊下を軽気かろげけて行った。頭は銀杏返いちょうがえしっている。白いえりがたぼの下から見える。帯の黒繻子くろじゅす片側かたがわだけだろう。

『草枕』3章

 那美さんの髪型は、漱石作品では定番の銀杏返いちょうがえし、着物については「不断着ふだんぎ銘仙めいせんさえしなやかに着こなした」と12章に記述があります。銘仙めいせんというのは、着物の格としては木綿の次に低く、実直でカジュアル、レトロモダンな雰囲気の大胆な柄のものが多いです。上の引用文に、帯の描写があります。「帯の黒繻子くろじゅすは片側だけだろう。」これはおそらく裏側に黒いサテン地を使ったリバーシブルの半幅帯はんはばおびを斜めに折って、左右非対称に裏の黒を見せて結んでいます。いきで気取りのない着こなしの彼女の帯の結び方は、色っぽい“片流し”でしょうか。画工はその後ろ姿を見ながら、(あの帯は簡単に解けるのではないかしら)と誘惑を感じたに違いありません。この時の気持ちを正直にんだ句を13章で披露しています。

 春風に 空繻子じゅすの 銘は何 ―『草枕』13章
(やわらかな春風に 自然と解けてしまいそうな繻子帯じゅすおびの あの粋な女は何者だろうか。)

4章 「画工の人情・余韻」の4章ですから、「非人情」を気取る画工もずいぶんと「人情」に立ち寄ってしまいます。昼食を運んできた小女郎こおんなに、那美さんについて詮索する質問をしつこく浴びせます。昼食後も部屋でごろごろしながら、(もしあの銀杏返しいちょうがえ懸想けそうしたら・・・・)と英詩を思い浮かべたり、本当に恋をしてしまったらどんなに苦しいだろう、と想像します。 そんな彼の気持ちを察してか、那美さんがお茶と羊羹ようかんを持って、部屋に来てくれました。二人は色々と話をします。なかなか手応えのある反応をする那美さんです。画工が長良の乙女の詠んだ和歌を「あの歌は憐れな歌ですね。」と言いますが、彼女は同意してくれませんでした。

「どうれで、むずかしい事を知ってると思った。――しかしあの歌はあわれな歌ですね」
「憐れでしょうか。私ならあんな歌はみませんね。第一、淵川ふちかわへ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」
「なるほどつまらないですね。あなたならどうしますか」
「どうするって、訳ないじゃありませんか。ささだ男もささべ男も、男妾おとこめかけにするばかりですわ」
「両方ともですか」
「ええ」
「えらいな」
「えらかあない、当り前ですわ」

『草枕』4章

 この会話の後、(うぐいす)が「ほーう、ほけきょーう。」と(さえず)ります。すると那美さんが「あれが本当の歌です」と言ってのけました。例の和歌を夜中に繰り返していましたが、これは画工の頭の中を読み取って演技をしていただけであって、彼女自身は「長良の乙女」にまったく共感できない様子です。勝気な那美さんは、男二人に挟まれて、進んで犠牲になる女を美しいとするような物語には感動できない。鶯の鳴き声のような自然の美こそ本物の美なのだ!と言いたいわけです。

 次は、10章 那美編の「人情」で彼女の主張を見ていくのですが、その前に「休憩の9章」で起きる重要な出来事について考えます。