夏目漱石『坊ちゃん』あらすじ|明治を生きた漱石の、本統の歴史観。

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概要>曲がったことが大嫌いで、正義のためなら自身を顧みない坊ちゃん。ずる賢い赤シャッに立ち向かい、そして潔く美しく敗北する。東京から松山の中学校に赴任した、坊ちゃんが巻き起こす正義感あふれる痛快で純朴な物語。漱石は近代日本をどう捉えていたのか。

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登場人物

坊ちゃん
東京生まれで、無鉄砲で正義感が強い。松山の中学校へ数学教師として赴任する。

校長先生、教育者の手本のような態度だが、事なかれ主義で、色が黒く目が大きい。
赤シャツ
教頭先生、大学出で表向きは優しい物腰だが、陰湿で偉そうにしている策士。
うらなり
英語教師、名前は古賀で控えめで品のあるおとなしい性格。マドンナの元婚約者。
山嵐
数学教師、名前は堀田で出身は会津。体が大きく、生徒たちに人望がある。
野だいこ
画学教師、名前は吉川で東京出身。羽織を着て芸人風で、赤シャツの腰巾着。
マドンナ
うらなりの婚約者だった令嬢。背の高い美人で、現在は赤シャツと交際している。

坊ちゃんの家の下女、明治維新で落ちぶれる。坊ちゃんの唯一の良き理解者。

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あらすじ(ネタバレあり)

無鉄砲で気性の荒い坊ちゃんは、幼少からいたずらばかり。父親からは、碌なものにならないと言われ、可愛がってもらえず、母親からも、乱暴で行く先が案じられると言われ、兄ばかりが贔屓にされます。

父も母も、おれに冷たかったが、清だけは、いつも褒めてくれた。

ただ、下女の清だけは、坊ちゃんのことを理解し可愛がります。清は、坊ちゃんのことを、“ 真っすぐで、良い気性だ ”とか“ 欲が少なくて、心が綺麗だ ”と褒めます。

そして将来は、必ず立身出世してりっぱな人になるというのです。

清だけは、どんな時も味方であり大きな愛情を注いでくれるのでした。やがて、母が亡くなり、父も亡くなり、家も人に譲り、兄とも別れます。

清も、坊ちゃんが偉くなるまで甥のやっかいになります。やがて坊ちゃんは、物理学校を卒業します。

坊ちゃんは数学の教師として、はじめて四国・松山に赴任します。

江戸っ子気質の坊ちゃんは、東京からはるばる遠く四国・松山の中学校に赴任します。そこは、二十五万石の歴史をたいそうがる旧藩の城下町でした。

さっそく教師たちにあだ名をつけます。狸、赤シャツ、うらなり、山嵐、野だいこ。

「ここはつまらん所だ。」と坊ちゃんは清に手紙を書きます。

坊ちゃんにとって、松山は田舎で、保守的で、よそ者を敬遠する風土でした。

江戸っ子の坊ちゃんは、さっそく教壇に立ちべらんめえ調で、生徒相手に奮闘します。

坊ちゃんのふるまいや、生徒たちのいたずらが、学校の話題に。

坊ちゃんは、持ち前の性格で自己流に生活し始めます、そこを生徒たちが見逃しません。

天婦羅蕎麦を四杯平らげたことで“ 天婦羅先生 ”と冷やかされたり、遊郭入口の評判の団子屋で団子を食べたことを疑ぐられたり、いつも赤手ぬぐいで出歩くこと、温泉で泳いだことなど、次々に、坊ちゃんの素行が生徒たちのからかいのネタになるのでした。

坊ちゃんは、生徒たちを持て余します。そして、極めつけのイナゴ事件が起こります。

宿直をしている坊ちゃんの蒲団の中に、あろうことか生徒たちが、イナゴを大量にしのばせて、嫌がらせをしたのです。坊ちゃんと生徒たちの対立はピークになります。

対決の構図は、赤シャツ・野だいこ vs 坊ちゃん・山嵐へ。

一旦は、この騒動は校長が納めます。

そんな折に、坊ちゃんは、赤シャツと野だいこに誘われて釣りに行きます。そこで、西洋の知識をひけらかす二人の会話に閉口します。さらに、赴任以来の素行を、陰湿な赤シャツと腰巾着の野だいこに、嘲笑され、不愉快になります。

赤シャツの陰謀で、イナゴ事件で生徒を扇動したのは山嵐だと言われ、疑心暗鬼にもなります。赤シャツは、坊ちゃんに「学校は情実が必要で、勝手をするきみは危険だ」と脅されます。

坊ちゃんは、正直さや純粋さに難癖をつける赤シャツが我慢なりません。

坊ちゃんは、赤シャツと野だいこを嫌います。 先日のイナゴ事件の問題究明の場で、先生たちの多くは保身からずる賢い赤シャツ党でまとまります。

そして生徒の非より、坊ちゃんの素行や態度を問題視します。

ただ山嵐だけは、教育の精神は、高尚な、正直な、武士道な元気を鼓吹すると同時に、野卑で、軽躁で、暴慢な悪風を掃蕩そうとうすることにあるとし、非は全面的に生徒にあるとして、坊ちゃんを擁護します。

赤シャツの狡猾な策略に、正義感が爆発する坊ちゃん、いざ決戦へ!

坊ちゃんは、新たな下宿先のお婆さんに、マドンナをめぐっての、うらなりと赤シャツの噂を聞きます。

そして、赤シャツが、うらなりの婚約者であるマドンナをずる賢い策略で横取りしたことを知って、正義感が燃え上がります。赤シャツは、うらなりの家に不幸があり、暮らしぶりが悪くなったことにつけこみ、 その隙に、マドンナを手なづけます。

さらに、 教頭の立場や権力を使い、うらなりを宮崎へ左遷人事をはかり、人が良いうらなりは、文句も言わず、素直にその異動を受け入れてしまいます。

坊ちゃんは、このことで義憤にかられます

久しぶりの清からの手紙には「むやみに人にあだ名なんかつけてはいけない、田舎者は人が悪そうだから気をつけろ」と書いてありました。しかし、うらなりの送別会の場での校長や赤シャツの美辞麗句で、いよいよ赤シャツへの敵意をむき出しにします。

赤シャツの報復に山嵐は辞職、坊ちゃんも義を貫き、学校を辞めます。

その後、戦争の祝勝会の余興で、中学校と師範学生の間で喧嘩が起こります。

坊ちゃんと山嵐は仲裁をしますが、巻き込まれてしまいます。赤シャツは、喧嘩を二人が扇動したと新聞社にデマ情報を流します。

赤シャツとそりの合わない山嵐は、窮地に追い込まれて学校に辞表を出します。

坊ちゃんは、赤シャツに増給をちらつかせられ慰留されますが、自身も義を貫くことを選びます。

仲直りをした山嵐と坊ちゃんは、芸者遊びを終えて、朝帰りをする赤シャツと野だいこをつかまえ、懲らしめてやっつけてしまいます。

やがて坊ちゃんも学校を辞めて、 山嵐と共に松山を去ります。

東京に戻った坊ちゃんは街鉄の技師となり、清と一緒に暮らしますが、清は肺炎を患い、坊ちゃんと同じ寺に埋めてほしいと言い残して亡くなります。

解説(ここを読み解く!)

主人公の坊ちゃんは、理不尽なことが嫌いで、損得勘定ではなく、正しいことを貫き、後先を考えずに行動する人物像です。対する、狸や赤シャツ、野だいこは、役職やお金が大切で、うまく世渡りをする人間として描かれます。また生徒たちも、そのような先生に教わるため、根性の無い卑怯ないたずら者たちになっています。坊ちゃんは、学校の先生のあり方はもとより、生徒に対してもその心根を直そうとします。

●なぜこれほどまでに、清は、坊ちゃんを慕っていたのか。

新潟あたりの由緒ある家柄の清は、瓦解で没落したとされています。瓦解とは、“幕府の瓦解”つまり江戸の良き封建時代が崩れてしまったのです。

坊ちゃんは、明治三十九年(一九〇六年)の発表です。すると、清は、お婆さんですから六十歳くらいでしょうか。清の娘時代は、忠君の良き封建時代なのでしょう。

確かに、坊ちゃんは小さい頃からいたずらばかりで気性が荒い男の子でした。比べて兄は、行儀のよい子で、親は兄に将来を期待しています。さらにいえば兄には親に媚びる一面もあるようです。

家父長制度の孝行は受け入れつつも、自我が芽生えており、これが兄のような媚び方ではなく、坊ちゃんは内発的で素行はいたずらや気性の激しさばかりが目立ちますが、実は、「曲がったことが大嫌い」で、そこを清は真っすぐで、良い気性だ ”とか“ 欲が少なくて、心が綺麗だ”と評価しているわけです。

自由や自我の美名のもと、西洋文化に侵されていく当時の日本人に対して、坊ちゃんの気質を清の愛情が守り応援する構図です。

「自分のことは、清だけが分かってくれている」

言い換えれば、清以外は誰も分かっていないという意味になります。

清は物語の随所に登場し、松山の人たちと比較されます。つまり清こそが、正しい生き方の手本だと言いたいのです。

では正しくない生き方とは何か。物語は、象徴として「先生」であり、「生徒」であり、システムである「学校」ということになります。

●佐幕派の思いによせて、正直な生き方の価値を問う坊ちゃん。

「おれは、元は旗本で、旗本の元は、清和源氏で多田の満仲の後裔だ。」とあります。そう、坊ちゃんは源満仲の子孫という訳です。山嵐も、会津の出身のようです。

対する、赤シャツや野だいこは、西洋の様式や習慣を取り入れた、キザで薄っぺらなシンボルでしょう。その描写は、赤シャツの服装や西洋かぶれのカタカナ使いにあらわます。

この構図は、佐幕派の会津(会津藩ー山嵐)や新潟(越後藩ー清)そして坊ちゃんは清和源氏の流れをくんでいますので本流です。比して象徴としての倒幕派は、西洋かぶれの赤シャツや権威主義の野だいことなります。

維新の強者の論理で、近代化が急速にすすみ、合理化や機械化は貧富の差を生み、道徳や倫理は荒廃します。そして武士道を頂点とした士農工商から四民平等となります。

近代化を急ぐ日本は、同時に、良きものまで捨て去ってしまいます。

その象徴として坊ちゃんは、赤シャツに立ち向かいますが、組織の原理や権力には勝てずに敗れてしまいます。

それでも絶対にくじけずに、信念を通す坊ちゃんに、“やれー、やれー”と読者の喝采が聞こえそうです。卑怯は、男子のすることではない。ましてや魂の隷属などは、とんでもないという訳です。

●それは、明治という近代日本を生きた漱石の思いだった。

それは、明治の文豪であり、国民作家である夏目漱石の時代への苦悩であり警鐘でした。

漱石はイギリスに官費で渡り、つらい毎日を送ります。金銭的に家族に迷惑をかけながら西洋文学を学びます。

そうして気づいたことは、自由や自我を享受しつつも、西洋にかぶれ、大切なものを失っていく日本人。日本人の身につけようとする自由や自我は、あくまで西洋から輸入された外発的なもので、日本人自らに沸き起こった内発的なものではない。

そんな憂鬱な気持ちのなか、<本統>とは何かを爽快で明るい物語に託しています。

江戸から明治・大正と生きた漱石や、坊ちゃんに喝采を送った人々の心情を想像すると、功利的で自我肥大な現代社会への警鐘とも感じてしまいます。

夏目漱石著『坊ちゃん』正義感にあふれた、ユーモアにあふれる作品です。

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作品の背景

主人公の坊ちゃんは、東京の学校を卒業したばかりの江戸っ子気質の血気盛んな無鉄砲で正義感の強い数学教師。本作は、坊ちゃんが赴任先の松山の中学校で先生や生徒たちと繰り広げる痛快ユーモア物語。坊ちゃんのつけたユニークな先生たちの渾名と悪戯好きな生徒達との熱血対決から繰り広げられ、先生や生徒達を通じての衝突や陰口、狡猾、痴情、義理人情などそれぞれの人間模様が、他の漱石の作品と比べて読みやすく大衆的で、多くの人に愛されている作品です。また西洋近代の文化文物を風刺する漱石の気質がそこここに表れている。

発表時期

1906年14年(明治39年)『ホトトギス』第九号第七号(4月1日発行)の「付録」として発表。漱石は、当時39歳。実際に、漱石が高等師範学校の英語の嘱託として松山の中学校で1895年(明治28年)4月から教鞭をとった体験を題材にしています。本作は10日足らずで書き上げたという。あえて登場人物の中で漱石は誰かと問われれば、唯一、文士である赤シャツということになると自ら話しています。シニカルに自分を赤シャツに喩えてみせる漱石に、厭世的ながら本統の個人主義や日本を思う文豪の気概を感じさせます。