夏目漱石『草枕』完全解説!全ての謎と物語の構造を解く|謎解き『草枕』その6

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現実世界で浮かぶ「憐れ」

13章 画工は那美さんの家族と一緒に、川舟に乗って山を下りて、汽車の駅へ向かいます。同時に夢幻能に見立てた世界から出て、現実世界に戻ることになります。駅に向かう目的は、戦争に行く久一さんの見送りです。しかし那美さんは、生きて帰ることができないかもしれない従弟いとこに、ちっとも同情の気持ちがありません。

「久一さん、(いく)さは好きか嫌いかい」と那美さんが聞く。
「出て見なければ分らんさ。苦しい事もあるだろうが、愉快な事も出て来るんだろう」と戦争を知らぬ久一さんが云う。
「いくら苦しくっても、国家のためだから」と老人が云う。
「短刀なんぞ貰うと、ちょっと戦争に出て見たくなりゃしないか」と女がまた妙な事を聞く。久一さんは、
「そうさね」
(かろ)首肯(うけが)う。老人は(ひげ)(かか)げて笑う。兄さんは知らぬ顔をしている。
「そんな平気な事で、(いく)さが出来るかい」と女は、委細(いさい)構わず、白い顔を久一さんの前へ突き出す。久一さんと、兄さんがちょっと眼を見合せた。
「那美さんが軍人になったらさぞ強かろう」兄さんが妹に話しかけた第一の言葉はこれである。語調から察すると、ただの冗談(じょうだん)とも見えない。
「わたしが? わたしが軍人? わたしが軍人になれりゃとうになっています。今頃は死んでいます。久一さん。御前も死ぬがいい。生きて帰っちゃ外聞(がいぶん)がわるい」

『草枕』13章

 出征する久一さんに向かって「短刀なんぞ貰うと、ちょっと戦争に出て見たくなりゃしないか」なんてことを聞く那美さんです。兄さんは、妹の性格をよく理解していて、冗談抜きで「那美さんが軍人になったらさぞ強かろう」と言っています。もし彼女が戦争に行くならば、武勲を立てて英雄として死んでやる、という勢いで行くのでしょう。久一さんの様子には、そういう勇ましさが全然感じられない。「そんな平気なことで、軍さが出来るかい」と那美さんに言われてしまいます。
 でも大人しい久一さんは、別に英雄になりたくて積極的に戦争に行くわけではないでしょう。どちらかと言えば、忠心の気持ちで仕方なく行くのです。己のために死ぬのではなく、他のために惜しい命を捨てる。その気持ちだって美しい。那美さんがつまらないと嫌った「長良の乙女」と同じです。「善の理想」に気付くならば、久一さんの姿に「憐れ」を感じるはずですが、今の那美さんには、それが見えません。
 「生きて帰っちゃ外聞(がいぶん)がわるい」と思ってしまうところに、彼女の心情が表れています。世間の不人情さが、身に染みているのです。画工が10章で述べるとおり、出戻りの自分に冷たい世間に「勝とう、勝とう」焦る気持ちがあるせいで、自己を犠牲に他を思いやるような人の優しいところが、見えなくなっているのでしょうか。どうやら、愛とか忠心という徳義的情操が働く「善の理想」に、那美さんが心動かされることはないようです。
 漱石が講演で述べています。「4つの理想は平等の権利があるが、好みは人それぞれ違う。」彼女が「善の理想」を好まないからと言って、非難することはできません。

 「先生、私のをかいてくださいな」と注文する那美さんに、画工が彼女の後ろ姿を詠んだ「春風にそら()繻子(じゅす)(めい)は何」の句を書いて見せると「もっと私の気象(きしょう)の出るように、丁寧にかいてください」と文句をつけます。しかし彼女の顔に、画工の描きたい絵に必要な「憐れ」は、まだ浮かばないのです。

 川船で下りながら、遠くに山々の景色が見渡せます。画工は、旅のはじめ、自分が転んで尻餅をついた辺り、あの天狗岩を探してみました。

天狗岩(てんぐいわ)はあの辺ですか」
「あの(みどり)の濃い下の、紫に見える所がありましょう」
「あの日影の所ですか」
「日影ですかしら。禿()げてるんでしょう」
「なあに(くぼ)んでるんですよ。禿げていりゃ、もっと茶に見えます」

『草枕』13章

 那美さんには禿げているように見えるのに、画工は天狗岩の辺り見て、(くぼ)んでいて日影になっているから、濃い色に見えるのだと言っています。しかし画工も1章では、禿げている、禿山だと言っていたのですよ。これはどういうわけでしょう?もしかすると彼の物の見方が、以前より進化したのかもしれません。画家として成長したということでしょう。旅に出た甲斐がありました。

 一行は舟を下りて、駅に到着しました。出発の時間まで茶店で(よもぎ)(もち)を食べながら、画工は汽車論を考えます。「汽車」を「スマートフォン」に言い換えると、21世紀の私たちにも、ぴったりです。

 汽車ほど個性を軽蔑(けいべつ)したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする。

『草枕』13章

 いよいよプラットフォームで久一さんと別れる瀬戸際になっても、那美さんは「死んでおいで」と言い放つばかり。出発の時間が来て、汽車の戸が閉められ、久一さんは車室の窓から首を出しました。

 「あぶない。出ますよ」と云う声の下から、未練(みれん)のない鉄車(てっしゃ)の音がごっとりごっとりと調子を取って動き出す。窓は一つ一つ、(われ)(われ)の前を通る。久一さんの顔が小さくなって、最後の三等列車が、余の前を通るとき、窓の中から、また一つ顔が出た。
茶色のはげた中折帽の下から、(ひげ)だらけな野武士が名残(なご)(おし)()に首を出した。そのとき、那美さんと野武士は思わず顔を見合(みあわ)せた。鉄車(てっしゃ)はごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然(ぼうぜん)として、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「(あわ)れ」が一面に浮いている。
「それだ! それだ! それが出れば()になりますよ」と余は那美さんの肩を(たた)きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟(とっさ)の際に成就(じょうじゅ)したのである。

『草枕』13章

 待ち望んでいた那美さんの「憐れ」は、不意に現れた野武士風の元夫の顔を見た時に、突然浮かびました。彼は一瞬顔を見せるだけで、なぜ彼女の「憐れ」を引き出すことが出来たのでしょう?最後の謎です。
 まず、この元妻に金を出してもらってまで、わざわざ満州に行く元夫は、どういう人間を想定して描かれているのかを考えてみます。12章で那美さんと画工が、元夫について話をしていました。

「そうですかね。あなたは今の男をいったい何だと御思いです」
「そうさな。どうもあまり、金持ちじゃありませんね」
「ホホホ()くあたりました。あなたは(うらな)いの名人ですよ。あの男は、貧乏して、日本にいられないからって、私に御金を貰いに来たのです」
「へえ、どこから来たのです」
城下(じょうか)から来ました」
「随分遠方から来たもんですね。それで、どこへ行くんですか」
「何でも満洲へ行くそうです」
「何しに行くんですか」
「何しに行くんですか。御金を拾いに行くんだか、死にに行くんだか、分りません」
この時余は眼をあげて、ちょと女の顔を見た。今結んだ口元には、(かす)かなる笑の影が消えかかりつつある。意味は()せぬ。

『草枕』12章

 この会話と時代背景からして、彼は当時「大陸浪人」と呼ばれた人たちの類であることが推察されます。彼らの目的は様々で、個人的経済活動のため、政治的運動のため、色々です。那美さんも「あの男は貧乏して、日本に居られないからって」とか「何しに行くんですか。御金を拾いに行くんだか、死にに行くんだか、分りません」と言っています。ただ「今結んだ口元には、(かす)かなる笑の影が消えかかりつつある。意味は()せぬ。」との含みを持たせているので、本当は何か知っているのかもしれません。

 少ない情報から考えてみます。もしこの貧乏している夫が「金を拾いに」大陸に渡ろうとしているならば、彼女の「憐れ」は、惨めな夫に対する同情の気持ちということになります。しかしそれでは、久一さんの出征に「死んでおいで」と言い放つ、彼女の意地の悪さが強調されている点と、どうも辻褄つじつまが合わない。離婚したとはいえ元夫との別れだから、さすがに彼女も感極まった、なんて安易な理由はありえません。『草枕』は普通の小説ではないのです。だとすると考えられる原因は、元夫が大陸に行く理由は、金ではなく「死にに行く」。つまり命懸けの政治活動のためということであり、那美さんはその姿に心動かされて「憐れ」を浮かべた、ということになるのでしょうか・・・?今ひとつ、確信が持てません。