謎解き『草枕』その5

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謎解き『草枕』目次

①「智・情・意」と「真・善・壮」

 残念ながら芝居合戦の間に、那美さんの顔に「憐れ」は浮かびませんでした。ご存知のとおり、最終章現実世界で元夫を見送る際、突然に「憐れ」は成就します。この理由が知りたくて、注意深く何度も本文を読みました。しかし『草枕』だけを読んでいる間は、どうしてもこの謎を解くことができませんでした。漱石の『文芸の哲学的基礎』と併せて読んで、やっと納得できる答えが見つかりました。『文芸の哲学的基礎』は『草枕』の謎解き編なのです。
 最終章に入る前に、少々ややこしい話をしますが、ミステリー的に面白いのは、ここからです。

 と、いう訳でここから『文芸の哲学的基礎』と『草枕』を突き合わせて説明します。自分で考えたいという方は、青空文庫に載っていますから、ぜひどうぞ。
 『文芸の哲学的基礎』は『草枕』を深く読むために欠かせませんが、長い講演なので該当箇所を読むだけでも構わないと思います。該当箇所というのは、漱石が文芸家の、もっと言えば人間の理想として「4種類の理想」を挙げているところ。それが最初に説明した「情・智・意」とどう関係するのか、という話をしています。簡単にまとめました。

文芸家の4種の理想「文芸の哲学的基礎」より

  • 美の理想】感覚物(自然と人間)そのものに対する情緒。
  • 善の理想】感覚物に対してが働く。愛、徳義的情操(忠、孝、義侠心、友情等)
  • 真の理想】感覚物に対してが働くことによって、情を満足させる。
  • 壮の理想】感覚物に対してが働く。荘厳に対する情操 ヒロイズム(徳義的情操+意志が発現)
  • 4種の理想は、平等な権利を有している。もちろん人によって好き嫌いの好みがあるのは仕方がない。しかし、ある理想が主張する上で、多少他の理想を損ねることがあっても、踏み潰すことがあってはいけない。
  • 現代の文芸においては「壮の理想」、とりわけ“heroism”がほとんど欠乏していて、「真の理想」が他を圧する程に勢力を得ている。

 「美の理想」は、自然や人間の見た目等の表面的なものに対する感動だと考えて、良いでしょう。きれいだとか、趣があるとか、素敵な雰囲気だとか。その他3種の理想と「情・智・意」の関係をしっかり把握してください。
 「他を圧する程に勢力を得ている真の理想」と評されるのは、当時(明治40年)流行していた自然主義文学です。人間の弱さと醜さを容赦なく描く自然主義は「真の理想」に分類されます。

 漱石が欠乏していると指摘する「壮の理想」という言葉は、目新しい感じがしますよね。その他は「真・善・美」とよく一括ひとくくりにされて、哲学などで使われる言葉です。「壮の理想」とそこに分類される「ヒロイズム」について、漱石が講演で、詳しく説明しているので引用します。

冬富士山へ登るものを見ると人は馬鹿と云います。なるほど馬鹿には相違ないが、この馬鹿を通して一種の意志が発現されるとすれば、馬鹿全体に眼をつける必要はない、ただその意志のあらわれるところ、文芸的なるところだけを見てやればよいかも知れません。貴重な生命を()して海峡を泳いで見たり、()(ばく)を横ぎって見たりする馬鹿は、みんな意志を働かす意識の連続を得んがために他を犠牲に供するのであります。したがってこれを文芸的にあらわせばやはり文芸的にならんとは断言できません。いわんや国のためとか、道のためとか、人のためとか、「情」の場合に述べた徳義的理想と合するように意志が発現してくると非常な高尚な情操を引き起します。いわゆる懦夫(だふ)をして()たしむとはこの時の事であります。英語ではこれを heroism と名づけます。吾人の heroism に対して起す情緒は実際偉大なものに相違ありません。

夏目漱石『文芸の哲学的基礎』

 「懦夫だふをしてたしむ」とは、臆病者を奮い起たせるということです。「吾人」は「我々」です。
 たとえ馬鹿げたことでも、命懸けで何かを成し遂げようとする「意志」の発現が「壮の理想」であり、その「意志」が「徳義的理想」と合わさったものがヒロイズムです。
『草枕』12章で、画工も徳義的理想について語っています。芸術家としてのヒロイズムです。

こんなかんがえをもつ余を、誤解してはならん。社会の公民として不適当だなどと評してはもっとも不届ふとどきである。善は行い難い、徳はほどこしにくい、節操は守り安からぬ、義のために命を捨てるのは惜しい。これらをあえてするのは何人なんびとに取っても苦痛である。その苦痛をおかすためには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかにひそんでおらねばならん。画と云うも、詩と云うも、あるは芝居と云うも、この悲酸ひさんのうちにこもる快感の別号に過ぎん。このおもむきを解し得て、始めて吾人ごじんの所作は壮烈にもなる、閑雅にもなる、すべての困苦に打ち勝って、胸中の一点の無上趣味を満足せしめたくなる。肉体の苦しみを度外に置いて、物質上の不便を物とも思わず、勇猛精進しょうじんの心をって、人道のために、ていかくらるるを面白く思う。もし人情なるせまき立脚地に立って、芸術の定義を下し得るとすれば、芸術は、われら教育ある士人の胸裏きょうりひそんで、じゃせいき、きょくしりぞちょくにくみし、じゃくたすきょうくじかねば、どうしてもえられぬと云う一念の結晶して、さんとして白日はくじつを射返すものである。

『草枕』12章

 上記は、12章冒頭で紹介されている「オスカー・ワイルドの説」を詳しく説明した文章、でもあります。
基督キリストは最高度に芸術家の態度を具足ぐそくしたるものなり
 ワイルドらしい剣呑けんのんな説です。解りやすく言い換えるとこういう事です。
(あのイエス・キリストという人は、生涯を通し命を懸けて、人々のために「救世主」という役を完璧に演じきったのだ。なんとみごとな芸術家だろう。)

 すべての困苦に打ち勝って、美しく生きる。そのこと自体に、芸術作品を創りあげるような愉快を感じることができるのが、最高の芸術家なのです。最高の芸術家には、この世のしがらみと苦しみなど物ともせずに、美しい行いをする「胸中の一点の無上趣味」があるのです。
 大徹和尚さんにも芸術家の資格がある、と画工は言います。神の子を自称するイエスと「底のないふくろのように行き抜けの心」を持つ大徹和尚とは、タイプは違うでしょう。『文芸の哲学的基礎』を読むと、「突兀とっこつ的情操」「飄逸ひょういつ的情操」というのがあるのですが、この二人の態度を説明したものかもしれません。

 画工も芸術家として「胸中の一点の無上趣味」を持っているのでしょうから、これを満足させるためならば「壮烈」にもなれる、つまり勇敢にもなれるはず。12章で彼は、東京で画家として生きていく覚悟を決めようとしています。ちょっと難しいですが、芸術家としての矜持を語り主人公の気分が一番高まる所、彼の思索の旅のクライマックスです。丁寧に読んでみてください。

 次に画工は「藤村みさおの死」について語ります。
 「藤村操の死」というのは、現実にあった出来事です。『草枕』が書かれる3年ほど前、藤村操という青年が、日光の華厳の滝に身を投げて自死しました。彼の遺した「巌頭がんとう之感」という遺書は、当時の社会に波紋を投じました。“煩悶青年”と呼ばれた彼が、夏目漱石の教え子であったことは、よく知られている事実です。彼の死に漱石は心を痛めました。
 滝への身投げは、厳密には水死と呼べないでしょうが、作者はここで「藤村操の死」を描き「水死したシテ達」に加えた形にして、鎮魂の願いをこめたのかしら・・・と思うのは考えすぎでしょうか。

 画工は、彼の死についてこう述べています。

 昔巌頭がんとうぎんのこして、五十丈の飛瀑ひばくを直下して急湍きゅうたんおもむいた青年がある。余の視るところにては、かの青年は美の一字のために、捨つべからざる命を捨てたるものと思う。死そのものはまことに壮烈である、ただその死を促すの動機に至っては解しがたい。されども死そのものの壮烈をだに体し得ざるものが、いかにして藤村子の所作をわらい得べき。彼らは壮烈の最後を遂ぐるの情趣を味わい得ざるがゆえに、たとい正当の事情のもとにも、とうてい壮烈の最後を遂げ得べからざる制限ある点において、藤村子よりは人格として劣等であるから、わらう権利がないものと余は主張する。

『草枕』12章

 死の動機が何であれ、藤村青年の死には「壮烈」という美がありました。「壮烈な最期をぐるの情趣」というものがあるのです。「荘厳に対する情操」です。その情趣が理解できない人間は、どんなに正当な、死に値するような事情があっても、壮烈な死を遂げることが出来ないのだから、藤村青年より人格的に劣っている。そういう人間に彼を笑う権利は無いのです。

 彼の自死を芝居じみていると笑う人が、当時きっと大勢いたのでしょう。16歳の青年の単なる自己陶酔だと思って笑ったのかもしれません。おそらく自己陶酔もあったでしょう。けれど「壮烈な死を遂げる己」に酔うことと「壮烈な死を遂げる情趣」に酔うことに、区別がつけられるでしょうか。自己陶酔は、過ぎれば見苦しいけれど、やせ我慢をしてでも自分の「意」を貫こうとするときに助けにもなるでしょう。

 藤村青年の「壮烈な死」を想起することによって、画工は「壮の理想」に気付いたようです。「探偵に屁の勘定をされる間は、とうてい画家にはなれない」とずっと悩んでいた彼が、この直後「余は画工である」と急に勇ましく宣言します。

 余は画工である。画工であればこそ趣味専門の男として、たとい人情世界に堕在(だざい)するも、東西両隣りの(ぼつ)風流漢(ふうりゅうかん)よりも高尚である。社会の一員として優に他を教育すべき地位に立っている。詩なきもの、()なきもの、芸術のたしなみなきものよりは、美くしき所作が出来る。人情世界にあって、美くしき所作は正である、義である、直である。正と義と直を行為の上において示すものは天下の公民の模範である。

『草枕』12章

 他を教育すべき地位に立っている高尚な「天下公民の模範」なのだと自信を持ち得ました。この強い気持ちを東京でも持つことが出来れば、画家としてやっていけるでしょう。ヒロイックな気分に浸って、芸術家である自分に陶酔しているようでもあります。鷹揚おうような大徹和尚と違って神経質な彼は、多少「芝居気しばいき」や、自己陶酔の力を借りなければ、覚悟を決めることができないのかも。
 少々自己陶酔的、ナルシシスティックであっても、エゴイスト(利己主義者)で無ければ良いのではないでしょうか。もちろん、美しい詩趣あるいは守るべき義「胸中の一点の無上趣味」を持つ己、であってこその自己陶酔です。

 自己陶酔と言えば「鏡」です。「鏡」を懐に抱いて死んだ人がいました。「鏡が池の嬢様」です。彼女は池に身を投げる際、己を映す「鏡」を抱いていました。これが「鏡が池」の由来になったという話ですから、この点を重視するべきです。すると彼女の自死の本当の理由が見えてきます。

 虚無僧と一緒になることを許さなかった親の「不人情」もあったとはいえ、「鏡」を抱いて身を投げた嬢様の胸中にあったもの。それは、恋した虚無僧への想いよりも「悲恋に死ぬ美しい私」であり「悲恋に死ぬという詩趣」だったのではないでしょうか。
 彼女はその詩趣を貫こうとする「意」と共に死んだのです。代々気の強い志保田家の嬢様ですから、親に反抗する「意」もありそうです。こう考えると「鏡が池伝説」は「壮の理想」を表現した物語です。

 すると「芝居合戦」は、3人のシテの死因の特定から間違っていたことになります。シテの女たちを「人情・非人情・不人情」の被害者だとしたのは、勘違いでした。
 彼女達は「情・智・意」の物語のために死んだのです。ですから芝居対決のお題も「情・智・意」と設定するべきであり、このお題に対して「善・真・壮」の理想を表現した文芸を挙げることが望ましかったのです。これが二人の芝居対決の失敗の原因です。

 ――と、述べたところ、お前の勝手な想像だろう、という声が聞こえる気が致します。本文に書かれていない「芝居合戦のお題」を勝手に想像した上に、それが間違っていたのだ、なんて言っても納得して頂ける訳がありませんね。この結論に至った理由をご説明するために、次は視点を変えて『草枕』の物語の構造について述べることにします。