芥川龍之介『神神の微笑』解説|「破戒する力」ではなく「造り変える力」

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本作品のメッセージと感想

一神教と八百万の神の違い

キリスト教の考えは、自然は神が作った被造物であり、人間は神の代行として自然を支配することを許されると考えるのでしょうか、あるいはその力を発揮する使命を負っていると考えるのでしょうか。

こうして神と被造物の二元論となります。

西洋社会の考えるヒューマニズム=人間中心主義は、人間を自然の上に置きます。

芥川は、これを「破壊する力」と表しています。

それは日本の調和の考え方とは違います。

日本では自然を対象化しません。山や石や川や虫や草や木に神がいるのです。だから八百万の神や祖霊を信仰します。

神道しんとうの考えは、森羅万象に神が宿るとします、人間もその自然の一部であり、神の意に即して生きることを惟神かんながらの道とします。

芥川は、この調和を「造り変える力」と表しています。

芥川は、西洋の宗教・哲学・思想にも造詣が深く、キリスト教にもたいへん興味を持っていました。

彼の切支丹物には、狂信的な教徒を描くものもありますが、この『神神の微笑』は、キリスト教文化に対して懐疑的、否定的です。

西洋のキリスト教という一神教の「破壊する力」と日本人の伝統精神である「造りかえる力」との戦いの構図があります。そうです、絶対神であるキリスト教にとって、それ以外は邪教であり、排除する必要があるのです。勝つか負けるかの二者択一です。西洋の一神教と日本の八百万の神神の対決です。

教義としてのキリスト教はたいへん素晴らしいと思います。

しかし同時に、当時の西洋が南米・アフリカ・アジアを未開の地として、宗教を尖兵に武力で征服し、土地の文化を滅ぼしたことも事実です。

屏風絵に描かれた南蛮たちは、この頃にはアステカやインカの文明を滅ぼしています。さらにアフリカの富を略奪し、東南アジアにも襲いかかります。日本でも神社の破壊や人身売買などが起こります。

日本の文化である「造りかえる力」と、当時の武士による日本全体の武装化が、結果的に西洋による日本の植民地化を困難なものにしたのです。つまり文化と武力が日本を守ったのです。

芥川の生きた時代。

内的には、大正デモクラシーという自由や民権の運動があります。その反面、戦後の恐慌で疲弊し、資本主義の弊害で共産主義や社会運動が激化します。両極端の思想の混乱がありました。

外的には、当時、欧州戦争(後に第一次大戦と呼称)が終結し、アメリカの提唱で1920年に国際連盟が設立され、日本も常任理事国に選任され世界の5大国となり、一等国民の意識をもっていたことでしょう。しかしその後、日英同盟は失効します。

『神神の微笑』は、1922年、大正11年に発表されます。芥川は29歳です。

古い日本の霊がオルガンティノに放った「負けですよ」の言葉は、力による勝ち負けではなく破戒する行為の無意味さを諭し、「微笑」という言葉のなかにある、柔らかく包みこみ、優しさをもってバランス良く、まとまっている状態だと思います。

 しかし翌23年には関東大震災に見舞われ、25年には治安維持法が制定されます。

日本の精神文化と、西洋文化との融合は叶うことなく、混乱はさらに大きくなります。結果、国家主義が高まってきます。

その後、「ぼんやりとした不安」という言葉を残し1927年、芥川は35歳の若さで服毒自殺により世を去ります。西洋文化と日本文化の融合のあり方をきちんと評価すべき時期だったのかもしれません。

そして天皇機関説の考え方、国体明徴の声明を経て、日本という国家の正統な解釈として1937年「国体の本義」という書物が文部省から出版されます。

その後は、西洋と日本の文明の衝突さながらに、 大東亜戦争(太平洋戦争)に発展し、終戦を迎え、GHQの管理下を経て現在に至ります。

現代の世界は、大国や国際金融資本家たちの権謀術数が渦巻いています。

昭和・平成そして令和の御世みよとなり東西冷戦の時代が終わり、アメリカ一国主義の時代から米中の覇権争いの時代、さらに世界は今、いくつかの多極化の時代へとパラダイムシフトしています。

そして科学の技術は神をも否定するかのように進化し脅威を増していきます。

この作品のなかで記された西洋の「破戒する力」ではなく、日本は「造り変える力」を信じて、

やがては我々の事業が、断定を与うべき問題である。君はその過去の海辺から、静かに我々を見てい給え。

と芥川は後世の人々にその答えを託しています。

この作品の発表から、100年が経ちます。日本はグローバリズムの荒波のなかにあります。遺憾ながら隷属の状態であり、「造り変える力」という文化建設は道半ばです。

その認識下で、日本や日本人とは何かという原点をこの作品は感じさせてくれます。

私たち日本人は歴史を正しく学び、調和をはかるという日本文化を尊び、世界のなかの日本を造り上げていく事業に、ひとりひとりのできることで参画していくことが大切なのではと思います。

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