「謎解き草枕」その6

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②「智・情・意」三部作

 漱石の代表作を紹介する時に「前期三部作」(三四郎・それから・門)
 「後期三部作」(彼岸過迄・行人・こころ)という呼び方をしますが、
草枕・虞美人草・三四郎 を「智・情・意 三部作」と勝手に名付けてみました。
この三つの作品には、どれも「智・情・意」が隠れているからです。

 『虞美人草』――ヒロイン「甲野藤尾」を取り巻く3人の男は「哲学者の兄、欽吾」「文学者の小野」「外交官を目指す宗近」。3人の職業が「智・情・意」になっています。
 厭世的な兄「欽吾」と、美人で我の強い妹「藤尾」は腹違いで、父は既に亡くなっています。この二人、なんとなくハムレットとサロメを兄妹にしたような取り合わせです。藤尾の母は、サロメの母よりも欲深い女で、死んだ夫の財産を全て藤尾に相続させようと企んでいます。
 藤尾は許嫁の宗近ではなく、文学者の小野との結婚を望んで画策します。藤尾は、小野を愛しているというより、彼女の美と詩趣を理解し崇拝してくれる男として、小野を選んでいるのです。許嫁いいなずけの宗近は、藤尾を外交官の妻としてふさわしい、という程度にしか見ていませんから。
 結末、権力者である王がサロメを殺すように「道義」を持ち出す宗近が、藤尾を糾弾し、彼女の詩趣の象徴である金時計を壊した途端に、藤尾は死んでしまいます。幼い頃から大事にしていた、宝石を散りばめた金時計と共に死ぬ。鏡を懐に抱いて身を投げる「鏡が池の嬢様」にも似ています。 
「詩趣はある。道義はない」(虞美人草12章)が藤尾を形容する言葉。我儘で美しいサロメのような藤尾の悲劇です。

 『三四郎』は『草枕』の逆さまの世界です。『草枕』と比べながら読むと多くの発見が有ります。
どちらもヒロインをモデルにした一枚の絵が出来上がるまでの物語です。草枕と違って、時間の経過に沿って物語が展開する点で、普通の小説ですから読み易いですが、「三と四」すなわち「智・情・意と真・善・壮・美」を踏まえて読めばもっと楽しめますよ、と『三四郎』という題が、そっと教えてくれています。
 
『草枕』は、一人の男が 四人の女に「四種の理想」を見る物語でしたが、
『三四郎』は、四人の男が 一人の女に「四種の理想」を見る物語です。
二つの作品、どんな風に逆さまになっているのか?考えながら読んでみて下さい。

最後までお読み頂き、有難うございました。
令和二年八月  猫枕読書会 

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