夏目漱石『現代日本の開化』解説|令和の時代に思う、現代日本の開化。

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明治の時代、技術や思想が西洋から入ってくる。前時代から近代への目まぐるしい変化に戸惑う日本人。漱石は、まず開化とは何か、次に日本の開化とは何か、最後に西洋と日本の開化の違いとその先の未来を憂い、外発的な日本の開化が精神にもたらす影響を説く。明治、大正、昭和。さらに戦後民主主義を経て平成・令和の時代まで続く外発的な開化に伝統や文化を失い神経症になる日本人の現状を考える。

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解説

この『現代日本の開化』と題された小論は、1911年、明治44年8月の講演を活字にしたものです。翌年から元号は大正となりますので、近代化に邁進した明治という激動の時代の総括でもあります。

当時の欧米の科学技術や学問、知識は最先端であり、植民地となることを恐れた日本は西洋文明や文化を急速に受け入れ、アジアのなかでいち早く、近代化を成し遂げます。

その開化が明治の日本にいかなる影響を与えたかを漱石は話しています。そして令和の現代の日本では、その問題はどうなっているのかを考えてみます。

開化とは何か

まず講演の冒頭に、

漱石は、「現代」「日本」「開化」という3文字、つまり現今の日本の開化について説明するのだ、と前置きします。しかしこの「開化」をどのように取り扱い、対処すべきかは、私には答えがないので皆さんの意見にお任せすると最初から諦めの気持ちを述べています。

では開化を説明して何になる? とこう御聞きになるかも知れないが、私は現代の日本の開化という事が諸君によく御分りになっているまいと思う。

と切り出します。明治の日本が体験している「開化」とは一体、何なのかの解明です。

「泰平の眠りをさます上喜撰たった四盃で夜も眠れず」と有名な狂歌があります。

イエズス会のザビエルが16世紀くらいに日本にキリスト教を伝来し、南蛮貿易が始まり、まあ信長・秀吉と時勢を捉えた対応をしています。それが1853年、明治維新の15年前、蒸気で動く船が4隻、江戸に近い浦賀に現れて開国を迫る訳です。外圧ですよね。

この砲艦外交によって国を開かされて、尊王攘夷思想から急に舵をきって西洋の技術や文化を取り入れて急ごしらえの近代化に日本は邁進します。

平たく言えば「現代日本の開化」とは江戸から御一新し西洋文明をひたすら取り入れて、天皇を君主とした中央集権体制のもと新たな統治機構の確立と富国強兵や殖産興業をスローガンにした資本主義による近代化と言うことになるでしょう。

このことで日清・日露の2つの大きな戦争に勝ち、日本は世界の一等国の仲間入りを果たします。儒教や武士道をそなえた明治人の精神と近代化の達成の結果でもあります。

開化は人間活力の発言の経路である。

漱石は「開化」をこう定義します。人間が活動するとき、つまり生きていくうえで、体を動かしたり頭で考えたりするときに、時間の流れに沿って発明され形づくられるもので、漱石はここには二種類のものがあるとします。

積極的と消極的、開化は二通り

漱石は「開化」には二通りあるというのです。

一つは積極的のもので、一つは消極的のものである。

積極的とは人間活動のエネルギーを発散であり、消極的とは人間活動のエネルギーの節約や工夫である、とします。

漱石は、人間の生命せいめいとは、人間の活動と表現するしかない。これが外側の刺激でどう反応するかを観察すれば生活の状態が分かり、そして多人数が過去から今日に及んだものを開化だと考えます。

強引に要約すると、物質や思考がもたらした前と後の状況の変化ということでしょうか。

そして、活力をなるべく制限節約し、できるだけ使うまいとする工夫、これを便宜的に活力節約の行動と名づけ、自ら進んで刺戟を求めできるだけ活力を消耗して快を得る手段、これを便宜的に活力消耗の趣向と名づけます。

さらに、この活力節約の行動は義務という刺戟しげきに対して起るとします。

義務の束縛をまぬかれて早く自由になりたい、人からいられてする仕事は手軽に済ましたいという願望が常にある。その根性が活力節約の工夫となって開化の一大原動力を構成する。

例えとして、できるだけ労働を少なくして僅かな時間に多くの働きをしようしようと工夫する。その工夫がつもり積って汽車汽船はもちろん電信電話自動車となりますが、元をただせば面倒を避けたい横着心の発達した便法に過ぎないとする。

要は、楽したいってことですね。この定義は容易に賛同できます。身近なところでは洗濯機や掃除機や電子レンジをはじめ家庭用品の発展は労働を軽減してくれます。

一方では積極的に活力を消耗しようという精神、解りやすく言えば、道楽という刺戟に対し起るとしています。

釣魚つりをするとかビリヤードをするとか、を打つとか、または鉄砲をかついで猟に行くとか、現代で言えば、カラオケとかゲーム機なんかそうですね。

さらに、この精神が文学にもなり科学にもなりまたは哲学にもなる。ちょっと見るとむずかしげなものも皆道楽の発現に過ぎないといいます。

この二通りの精神、義務の刺戟に対する反応としての消極的な活力節約道楽の刺戟に対する反応としての積極的な活力消耗とが互に並び進んで、混ざり合って、開化と云うものができる、と漱石は考えます。

活力に対して消費があるというこの工夫精神、技術による商品の発展のみならず、文学・科学・哲学も新たな潮流が生まれたりします、これらは休みなく働き、発展している。そして人々は精神なり身体なりを消費しようとする。

人間というものは、エネルギーの節約と消耗のために、技術と道楽において発展進化を求め続ける生き物であり、これが縦糸となり横糸となり、それが混ざり合って開化という現象が起こっているというのです。

開化というパラドックス

次に、漱石はこの開化は一種妙なパラドックスを起こすことを説きます。

何故、こういう開化が起こるかを自問してみるが、それは人間というものが生れながらそう云う傾向をもっているからと答えるしかないとし、それでは

昔よりも生活が楽になっていなければならないはずであります。けれども実際はどうか?

と、さらに大切な問題提起をします。

開化が進めば進むほど競争がますますはげしくなって生活はいよいよ困難になるような気がする。

近代化は「生活の程度は高くなった」つまり「便利」だったり「快楽」だったりしますが、「生存の苦痛」は変わらないというのです。

時間軸で捉えると、活力節約の思いで技術はより高度となり生活は便利になる、活力消耗のほうも思考がより発展して楽しくなる。しかし「生存の苦痛」はますますひどく感じるというのです。さらに、

今日こんにちは死ぬか生きるかの問題は大分超越している。それが変化してむしろ生きるか生きるかと云う競争になってしまった

と言います。生きるか生きるかとは不思議な表現ですね。

通俗の言葉で云えば人間がますます贅沢ぜいたくになり、その限りない欲望は、人を競争に駆り立て、精神的に疲弊していくことを意味しているのでしょう。

これほど労力を節減できる時代に生れても、頭はすでにそれが当然となりそのかたじけなさが頭にこたえなかったり、これほど娯楽の種類や範囲が拡大されても全くそありがたみが分らなかったりする以上は苦痛の上に非常という字を附加しても好いかも知れません。これが開化の産んだ一大パラドックスだと私は考えるのであります。

近代化、あるいは流行といったものが人間に与える影響をパラドックスとして、つまり開化が進めば進むほど、精神の疲弊は大きくなるというのです。この現代日本の現代とは、明治の日本のことです。この講演の明治44年においても開化は休みなく続いています。

漱石は、この時すでに西洋近代化における物質文明や思想が日本人を神経症に陥れると予期しています。

日本の開化は内発?外発?

西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。

とします。

つまり漱石は、日本の開化は一般的ではないと考えています。では一般的な開化とは何か?それは内発的なものであるとしています。

「内発的」とは内から自然に出て発展するという意味で、花が開くようにおのずからつぼみが破れて花弁が外に向うのを云うのだと、例えます。

日本は「内発的」ではない。そして仕方なく「外発的」という言葉を使い、説明を加えます。

「外発的」とは外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取る状態とします。平たく言えば、外からの力で強引に「一種の形式」、とりあえず形を整えている状態をとらされる、つまりは自然ではない、それは本来の開化とは異なるというのです。

漱石はこれまでの日本の歴史を訪ねて、少なくともこの間の日本の開化は、半島や中国からのものであれ比較的内発的なものであった。

しかし明治の現代日本の開化は、江戸200年の鎖国を開かされて、突然、西洋文化の刺戟にね上ったようなもので、このような強烈な影響は有史以来まだ受けていなかった、といいます。

そう、「泰平の眠りをさまされ」たかと思えば、「夜も眠れず」の状態が続くわけですから。確かに、黒船来航は度肝を抜かれるほどの驚きだったことでしょう。

日本の開化はあの時から急に曲折し始めた。また曲折しなければならないほどの衝動だった。つまり近代化に遅れれば西洋の餌食となり国が滅びる危機でもあったのです。

だから、開国以来、曲折止む無しの現実だったのでしょう。 漱石はこれを、内発と外発を使い分けて、

今まで内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って外から無理押しに押されて否応いやおうなしにその云う通りにしなければ立ち行かないという有様になったのであります

と表現しています。「自己本位の能力」つまり「自らが主体的に形づくる能力」を失う状態で、言われるがままにしかできない状況です。

以来、ずっと四五十年もの間、時々に刻々に無理押しの状態が続いている。そして、

向後こうご何年の間か、またはおそらく永久に今日のごとく押されて行かなければ日本が日本として存在できないのだから外発的というよりほかに仕方がない。

西洋の開化は、我々よりも数十倍の労力節約の機関を有する開化で、また数十倍の娯楽道楽の方面に積極的に活力を使用し得る方法をもった開化である。と日本と西洋文明の格段の差がある状況を例えます。それは、

この圧迫によって吾人はやむをえず不自然な発展を余儀なくされるのであるから、今の日本の開化は地道にのそりのそりと歩くのでなくって、やッと気合を懸けてはぴょいぴょいと飛んで行くのである。

西洋人が百年かけてようやく今日に発展した開化を日本人が十年に年期をつづめてやろうとしているのである。

こういう開化の影響を受ける国民はどこかに空虚の感がなければなりません。またどこかに不満と不安の念をいだかなければなりません。それをあたかもこの開化が内発的ででもあるかのごとき顔をして得意でいる人のあるのは宜しくない。

つまり西洋の10分の1に時間を短縮しようとすれば、異常なほどの精神的な負担を強いられることになり、相当な神経症に陥るのが当然の成りゆきとなるはずだ。

それをハイカラぶるのは宜しくない。虚偽でもある。軽薄でもある。と漱石は何度も当時の風潮を批判しています。つまり西洋かぶれの、知ったかぶりの浅はかな態度を非難しているのです。

そして同時に、あえてそうしなければ立ち行かない日本人はずいぶん悲惨な国民と云わなければならないと憂います。

例えば、西洋人と日本人の社交を見てもわかる。西洋人と交際をする以上、日本本位ではどうしても旨く行かない。交際しなくともよいと云えばそれまでであるが、情けないかな交際しなければいられないのが日本の現状である。

これって私たちがすぐに思い浮かべるのが、鹿鳴館外交ですね。実際の場所は当時の首相官邸ということですが、鹿鳴館時代の舞踏会での外国との社交の模様。

不平等条約改正のためとはいえ、西洋のマナーやエチケットに戸惑い、器械のように猿真似となり、かえって笑いものとなる。しかし強いものと交際すれば、どうしても己を棄てて先方の習慣に従わなければならない。

しかも自然天然に発展してきた風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるよりほかに仕方がない。

そういう些細な事に至るまで、我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば現代日本の開化は皮相、上滑うわすべりの開化であると云う事に帰着するのである。

明治日本の開花はかなり無理をしていることがわかります。

しかし漱石は、それが悪いからおしなさいと言っているのではなく、事実やむをえない、涙をんで上滑りに滑って行かなければならないと云うのです。

私の結論はそれだけに過ぎない。ああなさいとか、こうしなければならぬとか云うのではない。

どうすることもできない、実に困ったと嘆息するだけで極めて悲観的の結論であります。

ただできるだけ神経衰弱にかからない程度において、内発的に変化して行くが好かろうというような体裁の好いことを言うよりほかに仕方がない。

このように漱石は講演をまとめています。

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