
「不人情」対決
①那美さん全裸になる!
「非人情」対決は聴覚的ドラマでしたが、「不人情」対決は視覚的ドラマです。
那美さんが、物語中の絵になる瞬間を演じ、画工がそれを目に焼き付けます。
7章「画工の不人情」ヒントです。
ただ這入る度に考え出すのは、白楽天の温泉水滑洗凝脂と云う句だけである。温泉と云う名を聞けば必ずこの句にあらわれたような愉快な気持になる。
『草枕』7章
白楽天(白居易)の「長恨歌」です。日本でも、平安時代から親しまれた玄宗皇帝と楊貴妃の物語。唐代の玄宗皇帝は、本当は息子のお嫁さんだった美女、楊貴妃を自分の妾にして、政治もおろそかになるほど彼女に夢中になります。すると国が乱れて反乱が起きてしまい、兵をなだめるために玄宗は仕方なく楊貴妃を殺しました。
権力ある男が勝手に女を妾にしておきながら都合が悪くなると殺してしまう――というところが「不人情」だと画工は捉えたのでしょう。7章と8章は「長恨歌」です。
「長恨歌」前半、楊貴妃が華清池という温泉に招待され、湯あたりしたのか入浴中フラフラと倒れてしまい、そのまま玄宗と結ばれるという、なんとも都合の良い展開になっています。現在は観光地である西安市華清池には、楊貴妃の裸の入浴像がたっています。那美さんは、この場面の楊貴妃を演じるので、画工の前に全裸で現れます。

出典ウイキメディアコモンズ
7章で画工は、ゆっくりと温泉を楽しんでいます。漢詩なので引用はしませんが、比べて読むと、彼は湯に浸かりながら、「古き世の男かと、我を疑わしむる。」と長恨歌の世界に漂っていることが分かります。するとどこからか、三味線の音が聞こえてきました。音楽の才能もあった楊貴妃の登場を演出するため、那美さんが弾いているのです。が、もうひとつ別の効果もあります。この三味線の音によって、画工は子供の頃、近所のお姉さんが弾いていた三味線を思い出し「二十年の昔に住む、頑是なき小僧と、成り済ました」のです。つまり、まだ物の道理が分からない子供の気持ちになりました。さすがに那美さんといえども真っ裸で男の前に現れるのは、かなり勇気が要るでしょうから、せめて子供のような気持ちになってもらわないと・・・・
心の準備が整ったところで、風呂場の戸がさらりと開き、一糸纏わぬ姿で那美さんが現れました。
ここで彼は、画家として裸体画についての持論を展開します。フランスの裸体画は、露骨すぎてどことなく下品だ、もっと余裕がなくてはいけない、画、詩、文章においても余裕が大切だ――とのこと。
お手本を示すべく那美さんのヌードを奥ゆかしい文章で描写します。その描写が終わったとたん、那美さんは「ホホホホ」と笑って飛び去ります。取り残された画工は、湯船のお湯をガブと呑みました。芸術家らしく澄ましていましたが、本当はドキドキしていたのでしょう。
8章 「画工の不人情」余韻。那古井旅館の主人である、那美さんのお父さんが主催するお茶会が開かれます。部屋には中国の調度品が置いてあり、中華気分が続いています。お客は三人、観海寺の大徹和尚、那美さんの従弟の久一さん、画工です。
一服したところで大徹和尚が、先日那美さんに会ったよ、という話をします。
「また独り散歩かな、ハハハハ。御那美さんはなかなか足が強い。この間法用で礪並まで行ったら、姿見橋の所で――どうも、善く似とると思ったら、御那美さんよ。尻を端折って、草履を穿いて、和尚さん、何をぐずぐず、どこへ行きなさると、いきなり、驚ろかされたて、ハハハハ。御前はそんな形姿で地体どこへ、行ったのぞいと聴くと、今芹摘みに行った戻りじゃ、和尚さん少しやろうかと云うて、いきなりわしの袂へ泥だらけの芹を押し込んで、ハハハハハ」
『草枕』8章
また那美さんがおかしなことをしたようなので、芝居です。これに似た場面を「長恨歌」に探してみます。
楊貴妃の死後、彼女が忘れられない玄宗は、死者の魂を召喚できるという道士に彼女の魂を探させます。道士は仙人が住むという山まで懸命に探し、どうも楊貴妃だろうと思われる美しい仙人を見つけました。彼女は自分が楊貴妃である証拠として、玄宗に形見の品を渡すよう、道士に頼みます。
かつて玄宗からプレゼントされた金のかんざしと螺鈿の小箱、かんざしの二股を引き裂き、小箱を蓋と本体とに分け、かんざしの片脚と小箱の本体を玄宗への形見としました。
さらに彼女は、伝言を頼みます。
二人の愛の記念日、七月七日に語り合った秘密の愛の言葉です。
「天にあっては比翼の鳥に 地にあっては連理の枝になりましょう」
道士として、那美さん演じる楊貴妃を探し当てた大徹和尚でしたが、受けとったのは、七月七日じゃなくて一月七日を思い出す、連理の枝じゃなくて芹の根でした。ただのダジャレで済ませるのかと思ったら、次はもう少し手の込んだ皮肉が効いています。
お茶の後、骨董品鑑賞がはじまるのですが、それがなんと、硯とその替え蓋なのです。楊貴妃が「箱と蓋」をかけがえのない一対の物と信じて、箱の本体を形見として玄宗に贈ったのに、「替え蓋」の話をするなんて!これは、蓋も替えがきくのだから、妾だって当然、替えがきくのだよ、という強烈な嫌味でしょう。
意地の悪い「不人情」の空気に包まれた8章では、いつもは拘りの無さそうな大徹和尚までもが、書やお道具に、遠慮なく辛辣に優劣をつけています。那美さんのお父さんが大事にしている自慢の硯の蓋を、“俗で安っぽい”と貶しました。ここでは、蓋=楊貴妃=那美さんですから、これは大徹和尚、那美さんに泥だらけの芹を袂に入れられた仕返しですね。
このお茶会で、ひとり遠慮がちに大人しくしているのが、那美さんの従弟の久一さんです。久一さんも絵を描くのですが、自分は下手だからとプロの画工を前にしきりに恥ずかしがって謙遜しています。「不人情」の世界で競争に勝った画工は、那美さんの裸が拝めて、負けた久一さんには残酷な仕打ちが待っています。召集されて戦地に行くのです。しかしこれだけは芝居ではなく、現実であることに気付いた画工は、胸を痛めるのでした。
9章 那美さんが全裸になる!という衝撃的な「画工の不人情」でしたが、このことを画工が休憩の9章で、「じゃ、昨夜の風呂場も、まったくご親切からなんですね。」と意地悪く、本人に問いただしました。那美さんは何も答えず、黙っています。彼女としては、別に親切心から裸になったわけではなく、画工の頭の中の台本とおりに演じているだけで、答えようがありません。だから何喰わぬ顔で大徹和尚の額を眺めて「竹影払階塵不動」と静かに読みました。これは、「うるさいわね。次は私の番だから、黙って見ていらっしゃい。」という意味ですね。ひょっとすると那美さんは、”この作中劇を意識している?”ということが、何となく感じられて面白いところです。