太宰治『グッド・バイ』あらすじ|人生即別離、さよならだけが人生だ

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解説>太宰晩年の作品、紳士淑女のさまざまな別離の様相を描こうと構想され10回までの原稿を渡し絶筆、未完となる。一部のみの作品だがユーモアとペーソスが入りまじり、ドンファンの別れの顛末エピソード。戦前、戦中、戦後と小説で愛をとどけた人生に合掌。

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登場人物

田島周二
雑誌編集長で34歳。ヤミ商売の手伝いでもうけている。
永井キヌ子
同じヤミ商売の担ぎ屋の仲間、田島の相談に乗る。
不良な文士
葬式で田島と会い相談を持ちかけられた初老の男。
青木さん
田島の愛人の一人で美容室に勤める30歳前後の戦争未亡人。
永井ケイ子
田島の愛人の一人で30歳前の洋画家。

あらすじ(ネタバレあり)

ヤミ商売から足を洗い、愛人たちとも別れようと考えるが名案がない。

田島周二は、表向きは雑誌編集長だが、裏ではヤミ商売で金をため込んでいる。

その金で酒に浸り、愛人を10人近く養っているという噂だ。

後妻の細君もいるが妻子を実家にあずけていて、終戦のごたごたの時期にしこたま儲けたようである。
しかし戦後3年経って世の中も変わり始め、田島はヤミ商売から足を洗い編集に専念しようと考える。

そのためにも、女たちと上手く別れなければならないが、これがなかなか難しい。

ある時、葬式で会った初老の文士に相談してみると “男振りが良くて、金があって、若くて、道徳的で、優しいとなれば、相手が承知しない”と言う。

その文士が言うには、すごい美人を見つけてきて、そいつを女房という事に仕立て上げて、そして二人して、愛人を一人一人訪問すると効果てきめん、女は黙って引き下がるのではと言う。

田島は、この不良文士の案をばからしいと、内心一応は反発してみたものの名案が浮かばない。

担ぎ屋の仲間、永井キヌ子と組んで別れ話を行動に移す田島。

すごい美人を見つけてくること。そう文士は言った。

田島は、ダンスホール、喫茶店、オフィス、デパート、工場、映画館、レヴュー、女子大、美女コンテスト、映画のニューフェイスのオーディション会場などいろいろと探すもそんな女はいなかった。

絶望しかけたころに、ヤミ商売の担ぎ屋の仲間の永井キヌ子に偶然、出会った。

ヤミの仕事の時は、さかな臭くてドロドロのものを着てモンペにゴム長の乞食同様の恰好をしているが、
偶然会ったその時は、服装を整えシンデレラ姫のような高貴な姿に変身していた。

すごい美人だ。ただし、 声が悪い。カラス声だ。だけど話さえさせなければ、使える。

田島はキヌ子に相談をするが、ままならない。やむを得ず、キヌ子の要求するままに高価なご馳走や買い物にも目をつぶり、なんとか説得して二人で夫婦を装い、いよいよ行動に移す。

最初は、日本橋で知り合った美容室の青木さんのところへ。

30歳前後の戦争未亡人で、彼女から田島に言い寄ってきて、今では田島が、生活費の補助をしている。青木さんも美人な方なのだが、キヌ子と並ぶと銀の靴と兵隊靴ほどの差がある。

キヌ子の髪のセットが終わるころ、田島は紙幣の束を青木さんのポケットに入れ“グッド・バイ”と囁く。

別れの切なさと対象的に、げびたキヌ子がカラス声で青木さんの感想をいい、田島はいらつく。

田島は、大飯くらいで、高価な買い物あさりをして、金ばかりがかかるキヌ子を、ものにしてしまうことで、従順で質素で小食の女に変えようと企てアパートを訪れる。

そこで、田島はキヌ子と関係を結んで言いなりにしようとするが、逆に商売上手のキヌ子にカラスミは売りつけられるわ、無理強いしようとして襲い掛かると逆に、殴られて顔は腫れるわで散々な目にあった。

それでも何とか、この仕事を1日5千円で請け負うことを約束させる。

次なる愛人は、水原ケイ子という30歳前の洋画家が相手だった。彼女には兵役を終えた兄がいる。
兄は満州での軍隊生活の後、シベリアから引き揚げケイ子の部屋に居候している猛者である。

田島は、ケイ子との別れ話に、もしこの兄が乱暴を働くようであれば、その時こそ、キヌ子の怪力がものをいうと好都合に考えた。

さてこの先、田島の別れ話の作戦はどのように展開していくのか。

ここで作品は未完となり終わっています。

田島は、永井キヌ子にいろいろと振り回されながらも、10人の愛人たちと別れるべく、さまざまな状況を展開していく予定だったのでしょう。

評価(ここがポイント!)

作品冒頭に、唐詩選の五言絶句、人生即別離の一句が引用されています。

それを太宰が師と仰ぐ井伏鱒二が、“「サヨナラ」ダケガ人生ダ” と訳します。

それを受けて、私たちは常に惜別の情の中に生きているとする格調の高い前文で小説が始まります。

しかしその内容は、気の弱い主人公の田島と下劣な美女キヌ子のコンビで繰り広げられる抱腹絶倒な
ユーモアたっぷりペーソスたっぷりのドタバタの明るい作品のようです。

太宰は、この作品で人生の別離百態をコメディタッチで軽妙に描こうとしました。

『グッド・バイ』の初回の草稿を渡した後、自殺のため未完のまま終わってしまいます。

文中、道徳的でもないくせに律義な一面があり、女と別れる方法を思案する田島に、老文士が言います。

まさか、お前、死ぬ気じゃないだろうな。実に、心配になってきた。
女に惚れられて、死ぬというのは、これは悲劇じゃない、喜劇だ。
いやファース(茶番)というものだ。滑稽の極みだね。誰も同情しやしない。
死ぬのはやめたほうがよい。

まさに自殺を暗示すると同時に諧謔を弄する内容です。

本作品は、朝日新聞の連載小説で80回の予定でした。構想では、グッド・バイしようとは全く思わなかった自分の女房に、グッド・バイされてしまうという結末でした。

まだまだ読み進みたかった日本中の多くの太宰ファンの残念な顔が浮かびます。

太宰治著「グッド・バイ」。死の直前まで、奉仕の精神旺盛なドンファンの絶筆です。

作品の背景

太宰最晩年の作品にあたります。妻と3人の子供たちに囲まれての創作活動でした。前年の昭和22年の春に山崎富栄と知り合います。その後、新潮から「斜陽」を発表しベストセラー作家への道を歩み、11月には、その「斜陽」のモデルだった愛人との間に女児が生まれます。そして翌年の昭和23年3月に「人間失格」に着手。人間の本質を暴きながらも適応できない弱者への慈愛をその破滅の人生に描きます。そして太宰自身の自殺という大きな出来事が起こります。戦後の荒廃した時代ともあいまって、太宰の身体の疲労はひどくなり、しばしば喀血します。表現者として自己の内面を暴きその中に救いをこめながらも、エンターティメントの要素を含む稀代の人気作家の最期の未完の小説が『グッド・バイ』です。そして人間愛を私小説を通じて創作し続けた功績は現代の人々に色あせることなく、寧ろより迫って語りかけてきます。

発表時期

1948(昭和23)年5月中旬ごろから「朝日新聞」に連載予定で執筆し、下旬に10回分の草稿を渡す。太宰治は、38歳。翌6月の13日に山崎富栄と玉川上水で入水自殺しますので、死の直前の最期の執筆であり未完の作品となります。尚、遺体が発見されたのは奇しくも6月19日、太宰が生まれた月日でした。