芥川龍之介『桃太郎』解説|鬼が島は楽土で、桃太郎は侵略者で天才。

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本作品のメッセージと感想

鬼ヶ島は楽土で、人間が野蛮。理由の分らぬ侵略は何故?

芥川の物語の “鬼ヶ島” は、美しい天然の楽土で、鬼たちは平和を愛しています。

そこに、桃太郎一行が傍若無人にやってきて、犬は噛み殺し、雉は突き殺し、猿は凌辱する。あらゆる罪悪が行われた後、鬼たちはついに降参します。

鬼の側に立てば、なんという不条理、侵略された側の鬼の反撃は必至です。 物語は鬼の復讐にあいながらも、それでも全体的には桃太郎の武勇伝になっています。

戦争というものを考えたときに、理不尽なことですが、侵略者の方に無理筋な正義が存在することです。イデオロギーとかレジームチェンジなどというカタカナ言葉を正義のようにふりかざしますが「未開だから文化を広めてあげる」と言われ、強引に壊していく。余計なお世話で迷惑で、許されないことのはずです。

上から目線で高圧的。そして戦争を始めるにあたり、嘘やいいがかりを持ちこみます。

しかし覇権主義による弱肉強食の構図、当時の世界はそんな非常識で不道徳がまかり通っていたのでしょうか。

平和な鬼ヶ島を、桃太郎一行が傍若無人に滅ぼし、財宝を持ち帰り凱旋し自分たちは幸せになると言うお話です。どうみても侵略です。

芥川は、人間は野蛮な生き物であるとしていますそれなのに、“天才”としてしめくくられています。どう読み解けばよいのかが難しいところがあります。

もちろん素直に日本帝国主義のアジア侵略への警鐘であり、軍国主義批判を描いているという捉え方が自然ですが、それだけなのだろうかとも思ってしまいます。

時代という運命のなかで、求められる天才。

どうしても疑問となる部分が、冒頭と最後の長い文にあります。

まず、冒頭には、桃あるいは桃の木について、以下のように記されています。

何でも天地開闢てんちかいびゃくの頃おい、伊弉諾いざなぎみこと黄最津平坂よもつひらさかに八つのいかずちしりぞけるため、桃の実をつぶてに打ったという

引用:芥川龍之介 桃太郎

この神話の伊弉諾いざなぎの国産みの神代の桃の実から、枝がなり、一万年に一度、花を開き、実をつける。その実の中に美しい赤児を孕んでいた。そしてこの実は、一千年の間は地に落ちないのだが、運命が、一羽の八咫烏やたがらすとなって、ひとつついばみ、それが人間のいる国へ流れたと、由来を前置きしています。

そして、物語の最期には、

しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らずに眠っている。あの大きい八咫烏やたがらすは、今度はいつこの木の梢へもう一度姿をあらわすであろう?ああ未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らずに眠っている。・・・

引用:芥川龍之介 桃太郎

と「未来の天才」という言葉を二回も使いしめくくられています。芥川がこう書いている以上、そうそう単純な話では片付かないはずです。

神武東征の道案内をしたとされる八咫烏を思い起こすと、この桃太郎を神聖なものと考えてしまいます。桃太郎はただの人間ではなく、少なくとも神に近い存在なのです。

時代は西洋列強がアジアへの覇権主義を唱えており、侵略された側は何故?という意識が高かったはずです。時代の運命に日本も巻き込まれ、日清・日露の自衛の戦いから第一次世界大戦を経て、次第に陸軍は膨張していきます。  そして西洋列強と同じように日本の帝国主義的な蛮行が隣国に及びます。

芥川は当然、侵略を是としません。しかし時代の中で強いリーダーシップが必要な現実もあります。
そこで日本人に最も親しまれ愛されてきた桃太郎に、皮肉を込めて侵略者としての悪徳感を描きます。

当時の世界の弱肉強食の時代にあって、国を守り国を繁栄させるためには、有事の際には天才の為政者が待望される。この時代背景の中に、寓意として桃太郎の物語があります。

皇国史観と同時に民意の尊重が大正デモクラシー運動の中で芽生えていることもまた事実です。国民の支持と理解は大きな力であり、それなくしては戦えません。

列強に肩を並べようとする日本と、侵略された側の立場やそのことで生まれるそれぞれの愛国心による戦いの連鎖もまた人間の歴史の常なのでしょう。

統治者と従者あるいは普通の人々の関係、ここでは桃太郎と犬、猿、雉であり読者です。

あるいはそれを俯瞰する文豪、芥川の複雑な気分と捉えることができるでしょう。最後に、ブラックユーモアな落ちで物語を閉じています。

生き残った鬼たちが、復讐や反撃を誓う、すべての国にナショナリズムがあり、そこに時代の連続性があり、最後には人間の感じる無常観があります。

時節柄、検閲を意識したという側面は当然ながらありますが、それ以上に当時の世界の現実と人間性の狭間で苦悶し悲観する芥川の姿と捉えることができます。

※芥川の新説、お伽噺!
芥川龍之介『猿蟹合戦』解説|蟹は死刑、価値観は急に変化する。
芥川龍之介『桃太郎』解説|鬼が島は楽土で、桃太郎は侵略者で天才。

作品の背景

明治25年に生まれ昭和2年に自殺した芥川ですが、大正十年、大阪毎日新聞社の海外特派員として中国視察に赴きます。そこで日本の軍人のひどい仕打ちを耳にして、中国人の反日感情を知ります。

芥川は当然、侵略を是としません。そこで日本人に親しまれ愛されてきた桃太郎に、皮肉を込めて侵略者としての悪漢 桃太郎を描き、当時の世界の弱肉強食の時代にあっての寓意として表したのです。

この「桃太郎」は、帝国主義日本を日本民話になぞらえた戯画となっています。冒頭の神話からはじまり、最後に冒頭の神話をもう一度、受けて終わるところが、皮肉たっぷりで面白く、軍部が暴走していく姿を比喩的に描いた作品として意義深い。

余談ですが、それから24年後、芥川を尊敬する太宰治は、御伽草子として「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」の4編を書きますが、「桃太郎」は書きませんでした。日本一の桃太郎は、完璧な話なのでとの理由で書かないことを、太宰の「舌切り雀」の篇の冒頭で語っています。太宰が師と仰ぐ芥川への敬意であり、芥川と太宰のお伽噺の現代風解釈の違いを楽しめます。

※太宰の新説、お伽噺!

太宰治『お伽草紙/浦島さん』解説|年月は、人間の救いである。
太宰治『お伽草紙/カチカチ山』解説|少女の心には、残酷な兎がいる。
太宰治『お伽草紙/瘤取り』解説|性格は、人生の悲喜劇を決める。
太宰治『お伽草紙/舌切り雀』解説|あれには、苦労をかけました。

発表時期

1924(大正13)年7月、サンデー毎日 夏季特別号「創作」欄に掲載。芥川龍之介は32歳。芥川は24歳で「鼻」を発表し、尊敬する漱石より大絶賛され、その後、人気作家としての道を歩みます。