映画『東京物語』|家族のかたちは変わっても、恒常なる日本人のこころ。

尾道に暮らす老夫婦の周吉ととみは、東京に住む子供たちに会いに行く。しかし子供たちは忙しく、両親をもてなすことができず、戦死した次男の嫁、紀子だけが優しい。尾道に帰ると、とみが亡くなる。周吉は紀子に感謝し、とみの形見を贈り再婚を薦める。小津安二郎監督の代表作品として、日本のみならず世界から高く評価されている。

解説

戦後の高度成長がもたらした、良き共同体の崩壊を静かに描いていく。


老夫婦が東京に住む子供たちに会いに行く物語。そこに、親と子、故郷と都会、老いと死というテーマをこめる。小津調と呼ばれる短いセリフ回しとカメラのローポジションでの切り返しの人物ショットの反復で人間の姿を冷徹な視線で描いた作品だ。あらすじを追いながら、その主題を解説してみたい。

『東京物語』の始まりは、尾道の住吉神社の大石灯籠のアップで始まります。

朝、旅支度をする周吉と妻のとみ、近所の人が通りかかり「東京はお楽しみですなぁ、りっぱな息子さんや娘さんがおられて結構ですなぁ、ほんとうにお幸せですぁ」と声をかける。

現代の感覚で観ると、親しみを越えて少し覗き趣味的に感じる。昭和20年代後半の田舎である。
日常が戻って来たという頃だろうか。

1941(昭和16)年に大東亜戦争が始まり、終戦が1945(昭和20)年。その僅か10年後、1956(昭和31)年の経済白書は「もはや戦後ではない」とうたい、序文には “回復を通しての成長は終わった。今後の成長は近代化によって支えられる” とある。復興経済から近代化というのだ。人々は都市に向かう。

この映画は1953年の公開で、近代化と共に家族のかたちが変わっていく。

老夫婦は東京に着く、煙を吐き出す背の高い四本の煙突は、経済発展の象徴。

周吉ととみは、荒川土手の近くに内科病院を開業する長男の幸一こういちを訪ねます。一家では、妻の文子と孫のみのるいさむが迎えます。幸一は、長女のげと駅で落ち合い、周吉ととみを自宅に連れてきます。遅れて、紀子も訪れます。紀子のりこは、周吉の次男、昌二しょうじの嫁で夫を戦争で失くし、一人で生活しています。

久しぶりの家族の集いで、幸一と志げは、尾道の知人の消息を尋ね会話が弾みます。

明日は、幸一が両親を連れて出かける予定で、志げも紀子もやがておいとまします。

翌日曜日、幸一の患者の様態がすぐれず、急遽、往診に出向くことになります。楽しみにしていたみのるは、約束を破られて機嫌が悪い。幸一の妻も、子供たちの世話や家のことがあり外出できません。
とみは、いさむをつれて土手に遊びに出ます。

町医者の幸一は、急患があるので予定が立てづらく自由がありません。

次は志げを訪ねます。志げは、美容室を経営していて、淡白な性格で気ぜわしい。夫の庫造こうぞうが、老夫婦に美味しいお饅頭を買ってきますが、志げは、せんべいで充分、お金がもったいないとそっけない。

庫造も集金で時間が空かず、志げのところも両親をどこにも連れていけない。

志げは、商事会社につとめる紀子に電話します。紀子は会社を休み、周吉ととみをはとバス観光に連れていきます。広々とした皇居、華やかな銀座四丁目、松屋の屋上から望む東京の街、遠くに国会議事堂が見えます。老夫婦の初めての東京見物です。

帰りに紀子のアパートに寄ります、次男の昌二しょうじを失った未亡人の紀子は、つつましく質素に暮らしています。

両親をもてなすお酒を隣家に借りに行く。お互い貸し借りをして助け合う関係が残っている時代です。出前をとって膳をつくる紀子は、実の子でもないのに、一番、優しい。昌二の遺影も部屋のなかに大切に飾られています。

昌二の思い出を偲ぶ周吉ととみに、紀子も懐かしく、孤独をかみしめます。

日々の生活に忙しく両親の上京を持て余す幸一と志げは、一計を案じ熱海で過ごさせることを考えます。風光明媚で温泉や食事も楽しめて妙案だとうなずきます。

周吉ととみは、熱海で温泉に入りゆっくりとくつろぐ。旅館の窓からは、静かな海、その先に初島が見える。

ところが夜になると、会社員風の客でごった返し、遅くまで宴会で騒ぐ声で寝つけません。翌朝、防波堤に腰掛けて海を見る二人は、そろそろ尾道に帰ろうかと思案します。「東京も見たし、熱海も見たし、もう帰るか」「帰りますか」と話します。とみは少し眩暈めまいがして、ゆっくり立ち上がり防波堤の上を歩きながら帰っていきます。

居場所を失い、周吉は旧友の服部のところへ、とみは紀子のところへ泊めてもらうことにします。
「とうとう宿なしになってしもうた」と周吉は笑います。

都市への集中は近代化を進め、同時に伝統や慣習を希釈させていく。

上野の丘から東京を眺め「なぁおい、広いもんじゃなあ東京は」「そうですなぁ、うっかりこんな所ではぐれでもしたら一生涯、探しても会われしませんよ」と、老いた二人は、しみじみとします。

子供達を頼りに上京したけれど、思うように相手にされず、時間を持て余す老夫婦。

仕事を求め東京や大阪へ巣立った子供たちが、それぞれに核家族を支え、近代化へ向けた経済成長の原動力となり気ぜわしく忙しい。両親を思う余裕はありません。

周吉は服部はっとりを訪ねます。東京暮らしの長い服部は、郷土の尾道を懐かしがる。服部は、近所の沼田も誘い、三人は酒を酌み交わし旧交を温める。

服部は息子を二人、周吉は息子を一人、戦争でとられている。戦争はこりごりだと三人は同調する。「子供いうもんはおらなおらなんだで淋しいが、おりゃおったでだんだん親を邪魔にしよる。ふたつええことは無いもんじゃ」と沼田がこぼす。

沼田は「東京は人が多すぎるんだ」といつも言い訳する息子に、「敢闘精神というものが何にも無い」と酔いが回ってくる。

周吉は「わしも今度、東京に出てきてみて、もうちょっとよくできていると思った」しかし「これは世の中の親の欲じゃ、欲ばったらきりがない、こりゃ諦めんとならん」と言う。「幸一も、あんな奴じゃなかったんじゃが、しょうがないわい。東京は人が多すぎる」と我が身を納得させる。

一方、とみは、紀子から肩を揉まれ甲斐甲斐しくされる。とみは、戦死した昌二の写真を飾ってくれる紀子に感謝しながら、再婚を薦める。「紀子に苦労のさせどおしだ」と心を痛める。

「年を取ったら寂しくなる」と言うとみに、「私、年取らないことに決めていますから」と微笑みながら言う紀子。

とみは「ええ人じゃの、あんた」とすすり泣きながら、眠りにつく。

子供達を育て上げた親の気持ち、人生は人それぞれさまざまだ。戦争で愛する人を失ったり、生き別れた人々も多い。当時は、大家族である。そして戦争の記憶が残り復興目覚ましい時代だ。平山家も五人の子供たちがいる。長子から末子までの年齢差が十~十五くらいでも不思議ではない時代だ。

翌日、周吉ととみは尾道に帰る。東京駅には幸一、志げ、紀子が見送りに来る。

とみは「もう思い残すことは無い」といい、「もしもの時でも尾道にはもう来てもらわんでいい」と東京での感謝を、子供たちに言う。途中、気分が悪くなったとみは大阪で下車し、三男の敬三にお世話になる。

周吉は「子どもより孫の方が可愛いというが、子どもの方がいい」と言い、「志げも子供の時分はもっと優しい子じゃった。女の子は、嫁にやったらおしまいじゃ」と話すと、とみも「幸一も、もっと優しい子じゃったでした」と言う。

周吉は「なかなか親の思うようにはいかんもんじゃ」と言いながらも、

「欲を言えばきりがないが、わしら、これでもいいほうですわ」と言う。

とみも「ええ、ほうですとも、よっぽどええ方です。わたしら、幸せです」と返す。

「まぁ、幸せな方じゃのう」と二人は同意し、夫婦の時間を偲ばせる。

とみの危篤の知らせを受けて、子供たちは都会から尾道に帰ってくる。周吉は、「治るよ、治る、治る、治るさぁ」と静かに呟く。医者である幸一は、「明日の朝まで持てばいいほうだ」と周吉と志げに告げる。志げは号泣する。周吉は、動ぜず、「そうか、いけんのかぁ。そうか、おしまいかのぉ」とつぶやく。

周吉と子供たち、紀子に看取られて、とみは息を引き取る。静かに時間が流れていく。東京で子供たちそれぞれに流れていた慌ただしい時間が、故郷の尾道の時間に戻る。

それは死を囲む静かな時間の共有だった。仕事の都合で遅れてきた三男の敬三。敬三の到着を知らせに、外に出ていた周吉を紀子は探しに行く。

幾星霜を経ても変わらぬ感情、周吉の言葉に喪失を超えた恒常性を感じる。

周吉は、浄土寺にいた。石燈籠の傍で、尾道水道の先の向島に目を向け、周吉はひとり言のように告げる

「きれいな夜明けじゃった、今日も暑うなるぞ・・・」

人は一人で生まれ、やがて一人で死んでいく。その間に親子の関係ができる。不思議な感じもする。静かな尾道、忙しい都会、戦争の惨禍、戦後の復興、変わりゆく家族。近代化は生産や消費の拠点を田舎から都市に移し、故郷の共同体はゆっくりと崩壊していく。

一日が始まり、同じように時間が流れ、変わらずに過ぎていく。四季のなかに人間の営みが生かされていることを確認するように、「今日も暑うなるぞ・・・」としみじみと周吉は呟く。

人間の心の奥底には、自然を感じる恒常性があり、その恒常性こそが人間のせいを支えている。

幸一や志げが先に帰った後、しばらく残っていた紀子もいよいよ帰ることになり、周吉は「とみが、紀子の家に泊まったあの晩がいちばんうれしかった。」と、そして「昌二のことは忘れてもらっていい」と話す。

紀子が「そういつもいつも昌二さんのことを考えてはいません、このまま一人でいたらどうなるんだろうと夜中に考えたりします。どこか心の隅で何かを待っているんです。私、ずるいんです。」と答えると、周吉は「やっぱりあんたはいいひとだよ、正直で。」と言う。

戦争で死んだ次男、昌二。紀子は二十歳で平山家に嫁ぎ、すでに八年の間、未亡人のまま一人身でアパートに暮らし、部屋には、遺影が飾られている。

紀子は、娘として義理の父母、兄弟姉妹に尽くしてきた。結婚生活はほんの数年しかない。紀子はすでに未亡人である年月のほうが長くなっている。

周吉は、紀子の幸せを願い、時間を進めることが良いことだと考える。

紀子は上京してきた老夫婦を、義母であるとみを、女一人のアパートに招き優しく迎える。倹約した暮らしの中から小遣いまで渡す。

周吉は「気兼ねなく先々、幸せになってくれることを祈っている。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらに良くしてくれた。ありがとう」と話す。

嫁とはいえ他人である紀子に、優しくされたことに感謝し、とみの形見の時計を渡し、義理の親子の関係という「時間」を、周吉は喪失させ終結させようとする。

形見の時計は、紀子に、嫁ぎ先の平山家と疎遠になることを良しする証で、とみに先立たれ、ひとり残された周吉が、そうしむけている。周吉の言葉は、紀子を安心させている。

時間の流れの中で家族や夫婦の在り方が変わり、新しい形になることは抗えない。紀子は形見の金時計を手に東京に向かう。最後にまた、最初に登場したあの近所の人が通りかかり、「ほんとに、急なことでしたなぁ」と声をかける。

周吉の「いやぁ、一人になると、急に日がなごうなりますばい」という言葉で締めくくられる。