映画『東京物語』あらすじと解説/ここが見どころ!

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概要>尾道に暮らす老夫婦の周吉ととみは、東京に住む子供たちに会いに行く。しかし忙しい子供たちは両親を充分に相手にできず、戦死した次男の嫁、紀子だけが優しい。尾道に帰ると、とみが亡くなる。周吉は心優しい紀子に感謝し、とみの形見を贈ると共に再婚を薦める。

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登場人物

平山周吉(笠智衆)
70歳。尾道で、妻と次女の三人で暮らしており、子供達に会いに上京する。
とみ(東山千栄子)
周吉の妻で、68歳。周吉と長く連れ添い、一緒に子供達に会いに上京する。
幸一(山村聡)
周吉の一番上の長男で、家族を持ち東京のはずれで内科の病院を開業している。
志げ(杉村春子)
周吉の二番目の長女で、東京で美容室のオーナーとして夫婦で自営している。
紀子(原節子)
周吉の三番目の次男、昌二の嫁で28歳、戦争で夫を失い商事会社に勤めている。
敬三(大坂志郎)
周吉の四番目の三男、大阪でJRに勤めており、まだ独身である。
京子(香川京子)
周吉の五番目の次女で、周吉、とみと一緒に暮らし尾道で学校の先生をしている。
文子(三宅邦子)
幸一の妻で、病院を手伝うかたわら、實と勇の二人の子どもを育てる。
實/みのる(村瀬襌)
幸一の長男で、周吉ととみに再会した時には中学生になっており反抗期。
勇/いさむ(毛利充宏)
幸一の次男で、周吉ととみに以前あった時はまだ小さく、今も恥ずかしがり屋。
金子庫造(中村伸郎)
志げの亭主で、忙しい志げに代わって義両親の相手をしようとする。

あらすじ(ネタバレあり)

小津監督の代表作品として、日本のみならず世界から高く評価されている。

瀬戸内の尾道に暮らす老夫婦が東京で生活する子供たちに会いに行く話のなかに、親と子の関係、故郷と都会、老いと死、そして戦争の残滓、戦後の経済発展というテーマがある。小津調と呼ばれる短いセリフとカメラのローポジションでの切り返す人物ショットの反復で人間の姿を冷徹な視線で描いた作品。

尾道に暮らす周吉と妻とみは、東京で生活する子供たちに会いに行く。

「東京物語」の始まりは、尾道から。住吉神社の大石灯籠が尾道を象徴する。

朝、旅支度をする老いた周吉と妻とみ、一緒に暮らす次女の京子は、駅まで見送りに行くという。隣の人が通りかかり「東京はお楽しみですなぁ、りっぱな息子さんや娘さんがおられて結構ですなぁ、ほんとうにお幸せですぁ」と声をかけ挨拶するところから始まる。

東京に着きます、煙をもくもくと吐き出す背の高い四本の煙突は、経済発展の象徴です。

周吉ととみの老夫婦は、荒川土手の近くに内科病院を開業する長男の幸一を訪ねます。

幸一の一家では、妻の文子と二人の孫の實と勇が迎えます。長男の幸一は、長女の志げと駅で落ち合い、周吉ととみを自宅に連れてきます。遅れて、紀子も幸一の家を訪れます。

紀子は、周吉の次男、昌二の嫁ですが夫を戦争で失くして一人で生活しています。

久しぶりの家族の集いで、幸一と志げは、尾道の知人の消息など尋ね会話が弾みます。明日は、幸一が両親を連れて出かける予定で、志げも紀子もやがてお暇します。

翌日曜日、幸一の患者の子どもの様態がすぐれず、急遽、往診に出向くことになりました。楽しみにしていた實は、またしても約束を破られて機嫌が悪い。幸一の妻も、子供たちの世話や家のことがあり外出できません。とみは、勇をつれて土手に遊びに出ます。

町医者の幸一は、急患などがあるので予定が立てづらく自由がありません。

周吉夫婦は、次は志げを訪ねます。志げは、美容室を経営していて淡白で気ぜわしい性格です。夫が両親にと美味しいお饅頭を買ってきても、志げは、せんべいで充分、お金がもったいないとそっけない。

夫も集金で時間が空かず、志げのところも両親をどこにも連れていけない。

志げは、商事会社につとめる紀子のところへ電話します。

紀子は会社を休み、周吉ととみをはとバス観光に連れていきます。広々とした皇居、華やかな銀座四丁目、松屋の屋上から望む東京の街、遠くに国会議事堂が見えます。老夫婦の初めての東京見物です。

帰りに紀子のアパートに寄ります、次男の昌二を戦争で失って未亡人となっている紀子は、つつましく質素に暮らしています。両親をもてなすお酒を隣家に借りに行く。お互いが貸し借りをしながら助け合う関係がまだ残っている頃です。

出前をとって膳をつくる紀子は、実の子でもないのに、一番、優しい。昌二の遺影も部屋のなかに大切に飾られています。昌二の思い出を偲ぶ周吉ととみに、紀子も懐かしくそして孤独をかみしめる。

日々の生活に忙しくて両親の上京を持て余す幸一と志げは、一計を案じ熱海で過ごさせることを考えます。風光明媚で温泉や食事も楽しめるので妙案だとうなずき合います。

周吉ととみは、熱海で温泉に入りゆっくりとくつろぐ。旅館の窓から静かな海、その先に初島が見える。

ところが夜になると、会社員風の客でごった返し、遅くまでバンド演奏や宴会の声や麻雀の音で老夫婦は寝つけません。翌朝、防波堤に腰掛けて海を見る二人は、そろそろ尾道に帰ろうかと思案します。「東京も見たし、熱海も見たし、もう帰るか」「帰りますか」と夫婦は話し合います。少しとみは眩暈がするが、立ち上がり防波堤の上を歩きながら帰っていきます。

都会の忙しさの中、思うにまかせず、周吉は旧友たちと愚痴をこぼしあう。

戻ってきた両親のあまりの早さに、志げは困惑します。

居場所を失い、周吉は旧友の服部のところへ、とみは紀子のところへ泊めてもらうことにします。「とうとう宿なしになってしもうた」と周吉は笑います。

上野の丘から東京を眺め「なぁおい、広いもんじゃなあ東京は」「そうですなぁ、うっかりこんな所で、はぐれでもしたら一生涯、探しても会われしませんよ」老いた夫婦は、広大な東京を見ながらしみじみと確かめ合います。

周吉は服部をたずねます。東京に長く暮らす服部は、郷土の尾道を懐かしがる。服部は、近所に住む尾道出身の沼田も誘い、三人は酒を酌み交わし旧交を温める。

服部は息子を二人、周吉は息子を一人、戦争でとられている。戦争は、こりごりだと三人は同調する。「子供いうもんはおらなおらなんだで淋しいが、おりゃおったでだんだん親を邪魔にしよる。」「ふたつええことは無いもんじゃ。」と沼田がこぼす。

さらに沼田は「東京は人が多すぎるんだ。」という息子に対して「敢闘精神というものが何にも無い。」と酔いが回ってくる。

周平は「わしも今度、東京に出てきてみて、もうちょっとよくできていると思った。」しかし「これは世の中の親の欲じゃ、欲ばったらきりがない、こりゃ諦めんとならん。」と言う。「幸一も、あんな奴じゃなかったんじゃが、しょうがないわい。」「東京は人が多すぎる。」と我が身を納得させて言う。

沼田も「今どきの若いもんの中には平気で親を殺す者もおるんじゃから、それに比べるとましな方じゃ」と同調する。

とみの方では、紀子が肩をもみながら甲斐甲斐しく世話をする。とみは、昌二の写真を飾ってくれる紀子に感謝しながら、再婚を薦める。紀子に苦労のさせどおしに、とみは心を痛める。「年を取ったら寂しくなる」というとみに、「私、年取らないことに決めていますから」と微笑みながら言う紀子に、「ええ人じゃの、あんた」とすすり泣きながら、眠りにつく。

泥酔した周吉と沼田は、巡査に引率されて志げの家に帰ってくる。

翌日、周吉ととみは尾道に帰る。東京駅には幸一、志げ、紀子が見送りに来る。

とみは「もう思い残すことは無い。」といい、「もしもの時でも尾道にはもう来てもらわんでいい。」と東京でのひとときの感謝を、周吉と共に子供たちに言う。

途中、気分が悪くなったとみは大阪で下車し三男の敬三にお世話になる。

周吉は、「子どもより孫の方が可愛いというが、周吉は子どもの方がいい。」「志げも子供の時分は、もっと優しい子じゃった。女の子は、嫁にやったらおしまいじゃ。」と言うと、とみも「幸一も、もっと優しい子じゃったでした。」と言う。周吉は「なかなか親の思うようにはいかんもんじゃ。」と言う。「欲をいえばきりがないが、まぁええほうじゃろう。」「ええほんですとも、よっぽどええほうです、わたしら幸せでさぁ。」と口を揃える。

家族に看取られとみは逝く。周吉は、紀子に感謝と再婚を薦めて別れる。

とみの危篤の知らせを受けて、幸一と志げ、紀子は尾道に訪れる。

周吉は、「治るよ、治る、治る、治るさぁ」と静かに呟く。

医者である幸一は、「明日の朝まで持てばいいほうだ」と周吉と志げに告げる。志げは号泣する。周吉は動ぜず、「そうか、いけんのかぁ」「そうか、おしまいかのぉ」と言う。

そして家族は、とみの最期を看取る。敬三が遅れてやって来たころ、周吉は外に出ていた。探しに来た紀子に、周吉は促されて家に戻る。

葬儀を終えて、精進落としの席を家族が囲み、とみのありし日を懐かしむ。志げは「そう言っちゃなんだけど、お父さんが先のほうが良かったわねぇ」と話し、とみの形見の着物をもらおうとする。

周吉は、遠いところから来てくれた家族に礼をする。幸一も志げも敬三も子供達は皆、夕方に帰るという。紀子はもうしばらく残ることにした。

京子は紀子に、幸一や志げがそそくさと帰ったことを不満に思う。慌ただしく形見分けを願い出た志げに対して、京子は「親子ってそんなもんじゃないと思う」と言う。紀子は「誰だって自分の生活が一番大切になってくる。」と諭すが、京子は「それじゃ親子なんてつまらない」と言い返す。

数日後、紀子も帰る時間になり、周吉は、「とみが、紀子の家に泊まったあの晩がいちばんうれしかった。」と言っていたと、そして「昌二のことは忘れてもらっていい」と言う。

紀子は「そういつもいつも昌二さんのことを考えてはいません、このまま一人でいたらどうなるんだろうと夜中に考えたりします。どこか心の隅で何かを待っているんです。私、ずるいんです。」と答えると、周吉は「やっぱりあんたはいいひとだよ、正直で。」と言って、とみの形見の時計を紀子に渡す。

周吉は「気兼ねなく先々、幸せになってくれることを祈っている。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらに良くしてくれた。ありがとう。」と言う

紀子は、形見の時計を携えて、列車に乗って東京へ戻っていく。

解説/ここが見どころ!

●戦後の高度成長のなか、良き共同体の崩壊を静かに描いていく。

1941年の大東亜戦争の始まり。そして終戦が1945年。1956年の経済白書は「もはや戦後ではない」と謳い、その序文には“回復を通しての成長は終わった。今後の成長は近代化によって支えられる。”とする。まさに復興経済から、近代化での成長となる。この映画は、過渡期にある1953年の製作です。近代化が、良きものを崩壊させていく過程の映画でもあります。

子供達を頼りに上京したけれど、思うように相手にされず、時間を持て余す老夫婦。

仕事を求めて東京や大阪へ巣立った子供たちが、それぞれ分割された核家族を支え、近代化へ向けた経済成長の時代に、気ぜわしく忙しい。故郷や両親を思う余裕は無い。

子供達を育て上げた親の気持ち、人生はひとそれぞれさまざまだ。戦争の惨禍の後、愛する人を失くしたり、生き別れなどの人々も多い。

当時は、大家族である。そして戦争の記憶が残り復興目覚ましい時代だった。

平山家も五人の子供たちがいる。長子から末子までの年齢差が10~15歳くらいあっても不思議でない時代だ。さらに男親の長男への期待や長女は母親よりになる。

幸一と敬三の、志げと京子の年齢差や兄弟姉妹の位置の違いが歴然に描かれる。

京子が生まれる前まで、周吉は酒で妻とみを困らせ、幸一と志げは当時を幼心おさなごころに覚えている。そのため、憎まれ役の志げだが、周吉と長女の気安い関係は自然だし、泰然を装う幸一だが、周吉と長男のこの関係もまた自然である。周吉が、旧友の沼田とともにお互いの長男を愚痴るところもそういう理由からだ。

周吉は「欲を言えばきりがないが、わしら、これでもいいほうですわ」と言う。とみも「ええ、ほうですとも、よっぽどええ方です。わたしら、幸せです」と返す。「まぁ、幸せな方じゃのう」と二人は同意し、生きてきた夫婦の助け合う絆をうかがわせる。

是非はともかく、どこまでも妻が夫を立てる時代であった。

●「今年も暑うなるぞ」周吉の言葉に、喪失を超えた恒常性を感じる。

とみの危篤の知らせを受けて、子供たちは都会から尾道に帰ってくる。

周吉と子供たち、紀子に看取られながら、とみは息を引き取る。静かに時間が流れていく。東京で子供たちそれぞれに流れていた慌ただしい時間が、この時、生まれ故郷の尾道に戻ってきた。それは死を囲む静かな時間の共有だった。仕事の都合で遅れてきた三男の敬三。敬三の到着を知らせに、外に出ていた周吉を紀子は探しに行く。

周吉は、浄土寺にいた。石燈籠の傍で、尾道水道の先の向島に目を向け、周吉はひとり言のように紀子に告げる

「きれいな夜明けじゃった、今日も暑うなるぞ・・・」

人は生まれ、やがて死んでいく。そこに親子の関係ができる。静かな尾道、忙しい都会、戦争の惨禍、戦後の復興、変わりゆく家族。近代化は生産や消費の拠点を田舎から都市に移し、故郷の共同体はゆっくりと崩壊していく。

その中に在っても、四季は訪れる。一日は始まり、同じように時間が流れ、変わらずに過ぎていく。四季のなかに人間の営みが生かされていることを確認するように。「今日も暑うなるぞ・・・」としみじみと周吉は呟く。

東京物語は、近代化とともに変貌していく共同体を描きながらも、自然と共に人間のこころの奥底に変わらずにある恒常性が描かれており、その恒常性こそが人間の生を支えていることを描く。

●紀子の幸せを願い、時間を進めていくことを良しとする周吉の想い。

最後に周吉と紀子が二人、話す。紀子は周吉に向かって「私、ずるいんです」という。

戦争で死んだ次男、昌二。紀子は20歳で平山家に嫁ぎ、すでに8年の間、未亡人のまま一人身でアパートに暮らし、部屋には遺影が飾られている。紀子は、娘として義理の父母、兄弟姉妹に尽くしてきた。終戦まじかに昌二は戦死しているので、結婚生活はほんの数年しかない。すでに未亡人である年月のほうが紀子には長くなっている。

再婚の自由を奪うような強制力がある訳ではないが、当時の嫁入りや夫婦の関係には、一定期間、寡婦かふとして貞淑であれとの慣習のようなものがあった。

紀子は上京してきた老夫婦を、義母であるとみを見すぼらしいアパートに招き優しく迎える。倹約した暮らしの中から小遣いまで渡す。周吉は「実の子供達よりも紀子の方が優しかった」と、とみが生前に話していたことに、紀子へ心から感謝する。

そして、大切なとみの形見の金時計を紀子に授け「いつでも気兼ねせずに、嫁に行ってくれ。」と、再婚という新しい時間の始まりを薦める。

嫁とはいえ他人である紀子に、もっとも優しくされたことに感謝し、とみの形見の時計を渡し義理の親子の関係という「時間」を、周吉は喪失させ終結させようとする。

形見の時計は、紀子に、嫁ぎ先の平山家と疎遠になることを良しする証で、夫である、ひとり残された周吉が、そうしむけている、周吉の言葉は、紀子を安心させている。

時間の流れの中で家族や夫婦の在り方が、抗いようもなく変化し、それもまた家族や夫婦の新しい形であり、心の中でその絆が生き続けていくことを静かに描く。

物語は、周吉の「一人になると、急に日がなごうなりますばい。」という隣の人への挨拶で終わる。

小津安二郎監督、野田高梧・小津安二郎脚本
映画『東京物語』1953年公開の日本映画
昭和28年出度文化庁芸術祭参加作品
2012年英国映画協会「史上最高の映画ベストテン」で1位に選ばれている。
周吉を演じる笠智衆の淡々とした演技と、紀子を演じる原節子の感情を吐露する尾道での心温まる会話が優しい。「晩春」1949年「麦秋」1951年とともにヒロイン「紀子」の名で「紀子三部作」と呼ばれる。