宮沢賢治『注文の多い料理店』あらすじ|動物を食べるなら、人間も食べられる?

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概要>山で狩りをする二人の青年は、山奥の西洋料理店<山猫軒>を訪れる。そこは注文の多い料理店で、あれこれと指示に従うが、自分たちが料理され食べられることに気づく。何とか助かったが、その時の恐怖の顔は今も残ったまま。人間だけは許されると考える利己主義を自然が懲らしめる。

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登場人物

二人の若い紳士
金持ちで若く太っている青年、それぞれに高価な猟犬を連れ山で狩りをしている。
山猫軒の主人
西洋料理の店で、大きな猫の化け物が店主、店に入ってきたお客を食べてしまう。

あらすじ(ネタバレあり)

自然の生きものを殺傷しようとする二人に、山が怒っています。

二人の若い紳士が、イギリスの兵隊のような服装をして鉄砲をかついで、白熊のような高価な猟犬を連れて、山奥まで狩りにやってきます。

でも獲物はなく、収穫はありませんでした。

ひとりが「鳥でも獣でもいいから、早くタンタアーンと、やってみたいもんだなぁ」と獲物を仕留めるところを想像して言います。するともうひとりは、さらに「鹿の黄色いお腹に二、三発撃ち込んだら、鹿はくるくるまわって、どたっと倒れて、ずいぶん痛快だろうね」と生き物の苦しみや死んでいく姿を具体的に想像して楽し気に話します。

そんなとき、山深い自然が変化します。

案内人は、まごついてどこかに行ってしまいました。白熊のような犬も二匹一緒に、眩暈めまいを起こし、うなって、泡を吐いて死んでしまいました。

そんな異常なことが起こっているのに、二人は、それぞれの死んだ犬の購入した値段を言いあいながら、いくらのお金を損失したと嘆きあっています。

次第に気分が悪くなり、二人の青年は、山から帰ろうとします。収穫はなかったけれど、昨日の宿屋で、山鳥や兎でも買って帰ろうと考えます。

ところが、帰り道が分からなくなります。風が、どうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

なんだが、山が怒っているような感じなのですが、二人は、お腹が空いたので歩きたくないなぁと思っています。

どなたもお入りください、決して遠慮はいりません。西洋料理店<山猫軒>

一軒の西洋造りの家を見つけます、どうも食事が出来そうな感じです。収穫は、なかったけれど料理をただでご馳走してくれるようです。世の中、うまくできてるねと二人は喜びます。

戸を押してなかに入ると、「ことに肥ったお方や若い方は、大歓迎いたします」と書いてあり、僕らは、両方兼ねていると大喜びします。

ずんずん進むと、次々に戸があります。次の扉を開けようとすると、

「当店は注文の多い料理店ですからどうかそこはご了承ください」と書いてあり、「なかなか流行っているんだ、こんな山の中で」と二人は思います。

扉の裏側には「注文はずいぶん多いでしょうが、どうか一々いちいちこらえて下さい」と書いてあり、「注文が多くて支度が手間取るけれどご了承ください」という意味なんだと都合よく解釈します。

またひとつ扉が開きます。「髪をきちんと、そして靴の泥を落としてください」とあり、「作法の厳しい家だ、偉い人がたびたび来るんだ」と考えます。

すると、髪をくブラシがぽうっとかすんで無くなり、風がどうっと室の中に入ってきました。

次に進むと「鉄砲と弾丸たまをここに置いてください」「帽子と外套と靴をおとりください」「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他の金物類、ことに尖ったものはみなここに置いてください」と続きます。二人は全てを都合よく解釈していきました。

いや、わざわざご苦労です。さあさあ、お腹におはいりください。

次の扉には「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください」とあり、すぐその前に、さらに次の戸がありました。「料理はもうすぐです。十五分とはお待たせしません。すぐ食べられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけて下さい」とあります。

香水は、へんに酢くさい。と思いますが下女が間違えたのだろうとのん気です。

扉の裏側には「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」とあります。

二人は気づきます。西洋料理店というのは、来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家ということなんだと。

「つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが・・・うわぁ」逃げようとしますが戸は空きません。奥の方にまだ一枚扉があって、鍵穴かぎからきょろきょろ二つの青い目玉が、こちらをのぞいています。

二人は、あんまり怖くて顔がまるでくしゃくしゃの紙屑かみくずのようになり、ぶるぶる震え、声もなく泣きました。

中では、ふっふっふっと笑って叫んでいます。「そんなに泣いては折角のクリームが流れるじゃありませんか。親方がもうナフキンをかけて、舌なめづりをして待っていらっしゃいます」

二人は、泣いて泣いて泣いて泣いていました。そのとき後ろから「わん、わん、ぐわあ」とあの白熊のような犬が部屋の中に飛び込んできました。鍵穴の目玉はたちまち無くなりました。

犬が次の扉に飛びつくと、犬は吸い込まれるように飛んでいきました。扉の向こうの暗闇の中で「にゃあお、くわあ、ごろごろ」と声がしてへやけむりのように消えました。

二人は寒さに震え草の中に立っていました。上着やサイフやネクタイピンは枝にぶら下がったり根もとに散らばったりしていました。

風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

犬が戻り、案内人が「旦那あ、旦那あ」と叫びます。二人は安心しました。

しかし紙屑かみくずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとの通りにはなりませんでした。

解説(ここを読み解く!)

●童話集にこめた宮澤賢治の思いを「序」の内容から読み解く。

童話集『注文の多い料理店』の「序」の部分を引用しながら、込められた思いを確認します。

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃色のうつくしい朝日の日光をのむことができます。

ここから始まる文章には、自然のいとなみやそのなかに見出せるものが対象で、それは素晴らしく、かけがえのないものとして捉えられていることを紹介しています。

ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたしはそのとおりに書いたまでです。

そうして賢治の空想の世界が広がっていきます。自然の中から詩や歌や童話の素材をもらって、そして物語として紡がれていきます。何よりも「あなたもこの世界に入ると同じような気持ちになりますよ」と誘ってくれているようで、自分もそんな世界に参加してみようという気になります。

ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

自然のなかで感じたものをそのままの<心象スケッチ>であるという注釈です。この基底には、生きものそれぞれが大切な仲間であり、人間もその一部であるという賢治の宗教観と、少し謙遜してまだまだ修行の身ゆえすべてが判明していないところもあるとことわっています。そして、あなたにも自ら感じてほしいと呼びかけています。

これらのちいさいものがたりの幾きれが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

この童話集のなかの数篇が、あなたの人生にとって生き方の指針のようなものになることを願っているということです。そして冒頭にかえり“ほんとうのたべもの”というのは“きれいにすきとおった風”であり“桃いろのうつくしい朝の日光”なのです。それは物質よりも自然の恵みのなかの真理を探し得た生き方です。

●都会人の勝手気ままな傲慢に対して、仕返しする自然の生きものの話。

作品の注記に『糧に乏しい村のこどもらが、都会文明の放恣ほうしと階級とに対するやむにやまれぬ反感です』と書いてあります。

ひとりは「何でも構わんから、早くタンタアーンと、やってみたいもんだなあ」と言い、もうひとりは「鹿の黄色い横っ腹に、二、三発お見舞いしたら、ずいぶん痛快だろうね。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねぇ」と話します。

東京から田舎の山に狩りにやってきた金持ちの青年二人。人間の傲慢さで命をもてあそぶ狩猟であり、動物たちは殺されても構わないという考え方です。

大正のこの時代は、恐慌がおこり、貧しい村の暮らしはさらに一層、厳しくなります。信仰心を持ち、農民と共に生きた賢治は、その苦しみや不条理を知っていたはずです。

都会文明の名のもとに、勝手気ままに自然を汚したり、生きものを殺生する姿勢に、強い反撥はんぱつがあったことでしょう。人間を<主体>として、それ以外は<客体>で何をしても許されるとする自己中心主義に、反感を持ち、<主客を逆転>させてみる。

自然の心象をスケッチする賢治にとって、「注文の多い料理店」は、人間が、山猫たち(自然の怖れの象徴)に食べられようとする話になりました。自然の脅威や怒りを童話の世界にして届けます。

案内人は消え、二匹の犬も泡を吐いて死んでしまいます。不道徳な狩りの次は、ただ空腹を満たしたい二人。どこまで行っても自己欲求だけ。そこに現れた西洋料理店<山猫軒>。次第に異変に気づいた二人は、命を奪われる側の恐怖を味わいます。

そしてまさに食べられそうになったすんでのところで、催眠から目覚めます。それでも味わった恐怖で、紙屑かみくずのようにくしゃくしゃになった顔は、東京に帰っても風呂に入っても元には戻りませんでした。山の霊のおそろしさといましめが、いつまでも二人の記憶に残り続けます。

人間と動物の不思議な逆転の話ですが、自然が、傲慢な二人を異界に誘惑して、こっぴどく懲らしめます。

作品の背景

宮澤賢治は、1896年(明治29年)、岩手県花巻の裕福な家に生まれています。幼少のころから鉱物、植物、昆虫などに熱中します。この「注文の多い料理店」は、賢治の唯一の童話集です。自然界の“いのち”は、どれもみんな人間の“いのち”の大切さと同等であるという考え方です。

1920年10月、賢治は国柱会に入会、法華文学はその布教の活動のひとつでもあります。国柱会は元日蓮僧侶の田中智学により「我日本の柱とならん」から命名、創設された法華宗系在家仏教団体です。お題目は“南無妙法蓮華経”で、仏教の輪廻転生の生まれ変わりを信じていた賢治は、人間の心は過去からの無数の生物の記憶の集積と考えます。そこで心に起こる現象を記録すれば、それはあらゆる生物の心の集合体であることの証明で、世界がひとつの心をもつという理想社会に近づけると考えます。

それが賢治の童話の根幹にあり“法華文学”でもあります。有名な「雨ニモマケズ」は、そんな自己犠牲の精神の自身への訓戒でもあります。そして賢治はその自然のテーマを文科ではなく理科の眼で、自然の仕組みの中に、人間も自然科学のなかのひとつとして組み込まれるイーハトヴの世界となっています。

発表時期

1924年(大正14年)12月1日、盛岡市杜陵出版部、東京光原社から童話集『注文の多い料理店』が刊行される。当時、宮沢賢治は28歳。初版1000部のうち100部を印税にかえ受け取り、その後、売れ行きが芳しくなくさらに200部を買い取る。初版本の「イーハトヴ童話」の副題がついている。先立って4月には『春と修羅』が刊行されている。前年には、この「イーハトヴ童話」の「序」が書かれている。尚、「注文の多い料理店」は東京にいた賢治が、妹トシの病気の知らせを受けてトランク一杯の書きためた原稿をもって帰郷したときの25歳の11月に書いている。その生涯を法華経信仰と農民生活に根ざした創作を行う。