坂口安吾『夜長姫と耳男』あらすじ|好きなものは、呪うか殺すか争うか。

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概要>残酷で無邪気な美しい長者の娘、夜長姫。姫の護身仏を造る飛騨の若き匠の耳男は、姫が次々に村人を殺すのを怖れ、遂には姫の胸を刺し殺す。芸術も恋愛も、好きならば呪うか殺すか競うしかないと言い残し息絶える姫。妖しい魔性に憑りつかれた仏師の運命。

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登場人物

夜長姫
夜長の里に住む長者の一粒種、美しく残酷な姫で人を殺すことを好み楽しんでいる。
耳男
二十の若者、飛騨の匠で、師匠の推薦で夜長の長者に招かれ姫の護身仏を制作する。
長者
夜長の里に住む長で、娘のために飛騨の匠三人に護身仏の弥勒菩薩を作らせ競わせる。
アナマロ
長者の使者で、飛騨の名匠の代わりに弟子の耳男を長者の里に連れていき紹介する。
青ガサ
耳男の師匠と並ぶ飛騨の三名人の一人で、夜長の里に招かれ姫の護身仏を制作する。
小釜(チイサガマ)
飛騨の三名人の一人、フル釜の倅で、夜長の里に招かれ姫の護身仏を制作する。
江奈古(エナコ)
東国のハタ織りの里の一番美しい娘で、夜長姫の着物を織るため長者に買われる。

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あらすじ(ネタバレあり)

オレは親方に推薦され、夜長の里に仏像を彫りに招かれた。

兎のような耳をもつ耳男みみおは、二十歳。夜長の長者に招かれて、飛騨随一の名人である親方の代わりとして、親方の推薦で夜長の里に訪れることになった。親方はオレを「まだ若者だが、仏像を刻めば深い命を現します、腕を見込んで差し出します」と云い、一度も褒められたことのないオレは驚愕した。

夜長の長者の使者のアナマロから「お前の師匠は耄碌もうろくしてあんなことを云ったが、まさか進んで応じるほど向こう見ずではあるまいな」と云われ、オレはムラムラ腹が立ち「オレの腕じゃ不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。オレの仏像が不足だという寺は天下に一つもない筈だ」と云うと、「お前が腕くらべをするのは師と並んで飛騨の三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」と云われ、オレは「青ガサもフル釜も親方すらも怖ろしいものか」と云い返した。

「キサマは幸せだ、どうせオメガネに叶うはずはないが、夜長姫の御身近くで暮らすことができる幸せのため長逗留の工夫をめぐらすように」とアナマロに云われ、オレはいらだった。

オレは旅の途中で、アナマロと別れて帰ろうと思ったが、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。

「一心不乱にイノチを打ち込んだ仕事をやりとげればそれでいい、道のホコラに安置されても構わない」と耳男は思った。

ヒメの護身仏のミロクボサツを彫ることを、三名は申し渡される。

邸に着いた翌日、長者に会って挨拶した。かたわらに夜長ヒメがいた。

長者の一粒種で、身体は生まれながらに光り輝き、黄金の香りがすると云う。

オレは一心不乱にヒメを見つめた。珍しい人や物に出会ったときは目を放すなと云うのが師匠からの教えで、その教えはずっとその先代の師匠からの教えだった。ヒメは、まだ十三で身長は高かったが子供の香がたちこめていた。威厳はあったが怖ろしさはなかった。

ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍岳のりくらだけが後々まで強くしみて残ってしまった。

アナマロが、「これが耳男みみおでございます。青ガサやフル釜にひけをとらぬ匠です」と紹介した。すると長者は、「兎のような耳だ、しかし、顔相は、馬だな」と云った。

オレの頭に血がさかまいた。オレは耳のことを言われた時ほど逆上し、混乱することはない。

すると、ヒメが、「本当に馬にそっくリだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそっくり」と叫んだ。侍女たちも笑った。オレはもう熱湯の窯そのもののようであった。

五.六日遅れて青ガサが着いた。さらに五.六日遅れてフル釜の代わりにせがれ小釜チイサガマが到着した。

三人のタクミが揃ったので、この度の仕事を申し渡された。

長者は「ヒメの今生後生こんじょうごしょうを守りたまう尊いホトケの御姿を刻んでもらいたい。持仏堂におさめてヒメが朝夕拝むもので、ミホトケの御姿と、おさめるズシが欲しい。ミホトケはミロクボサツ。ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいたい」とのことであった。

ハタ織りの里のエナコは口論の末、オレの左耳を斬り落とした。

三人がその仕事を正式に受けて挨拶が終わると、酒肴が催された。

酒席では、ハタ織りの里から虹の橋を渡って、ヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来た母娘を紹介された。母は、月待ツキマチと云い、娘を江奈古エナコと云う。そしてヒメの気に入ったミホトケを造った者には、美しいエナコを褒美ほうびに渡すという。長者が金で買い入れたハタを織る美しい奴隷であった。

オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持ちはなかった。馬の顔そっくりと言われて、仏像ではなく、怖ろしい馬の化け物を造るため精魂を傾けると覚悟を決めていた。

エナコを褒美にと云う長者の言葉に驚き、激しく怒り、ムラムラと嘲りも沸いた。

雑念を抑えようとタクミの心になりきろうとオレは思い、タクミの心構えでエナコを見つめた。エナコはオレの視線に気がつき、エナコの顔色が変わった。オレとエナコは互いに、憎しみをこめて睨み合った。

エナコはたくらみの深い笑いで「私の生国では馬は人を乗せて走るのですが、こちらの国では馬が着物を着てノミを握りお寺や仏像を造るために使われていますね」と云った。

オレは「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が野良を耕すから、馬の代わりに女がハタを織るようだ」と言い返した。

するとエナコは、静かに立ち上がりオレの背後から耳をつまんだ。オレは耳に一撃を受けた。エナコは懐剣でオレの耳を斬り酒杯のなかへ落として去った。

それから六日すぎた。

オレたちは邸内の一部に銘々に小屋を立て、籠って仕事をすることになった。オレは、高窓を二重造りにし、戸口も特別にして仕事が出来上がるまではのぞかれないように秘密にした。

アナマロがやってきて「長者とヒメがお召しであるから斧を持ってついてくるがよい」と云った。

そして「青ガサやチイサ釜と腕くらべしたい気持ちは殊勝だが、耳をそがれて痛かったろう、ここに居たところでロクなことは無い。命に関わることが起こるかもしれぬ。悪いことは云わぬ、ここに一袋の黄金があるので、これを持ってここから逃げて帰れ」と云う。

オレは「だったら一文もいただかなくても、ここでオレが勝手に三ヵ年仕事をする分には差し支えありますまい」と云うと、アナマロはシミジミとオレを見つめて「お主のために良からぬことが起こる。長者はお主の身のためを考えておられる」と云った。

オレははらを決めた。「飛騨の匠は、仕事のほかに命をすてる心当たりはない、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そっちの方を選ぼうじゃありませんか」

アナマロはあきらめた。にわかに冷淡になり「オレにつづいて参れ」と歩いた。

奥の庭へ導かれ、向かい合わせにエナコが控えていた。後手に縛られじかに土の上に座っていた。

オレは耳を斬り落とされたことは考えても、この女のことを考えたことはめったにない。片耳を斬り落とされた痛みぐらいは仕事の励みになった。

片方の耳もエナコにそがれ、3年後モノノケの像が出来上がった。

長者はアナマロに「耳男みみおに沙汰を申し伝えよ」と云い、アナマロは申し渡した。

「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落としたときこえては、ヒダのタクミ一同にもヒダの国一同にも申し訳がたたない、よってエナコを死罪にするが、耳男の斧で首を討たせる」と。

オレは、「それには及びますまい」と云い、斧でエナコの縄を切った。

「エナコの死に首よりも、生き首がほしいか」と聞かれ、オレは顔に血が上った。「東国の森に棲む虫ケラに耳を噛まれたと思えば腹も立たない。虫ケラの死に首も、生き首も欲しかねぇや」とわめいた。

その時、ヒメの声が聞こえた「お前、エナコに耳を斬り落とされても虫ケラにかまれたようだって?ほんとうにそう?」無邪気な明るい笑顔だった。

「ほんとうにそうです」とオレが答えると、ヒメはエナコに向かって「耳男の片耳もかんでおやり」と云って、懐剣をエナコに渡し、エナコはズカズカとオレの目の前に進みオレの耳をそいだ。オレは、ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。オレの目には一粒ずつの大粒の涙が溜まっていた。

それからの足かけ三年は、オレの戦いの歴史だった。

オレはヒメの笑顔を押し返すために必死に戦った。怖ろしいモノノケの像をつくらねばと思った。ひるむ心の時は、水を何十杯と浴び、松ヤニをいぶして足ウラの土フマズに火を当てて焼いた。蛇をひきさき生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。ヘビの怨霊がオレに乗り移り、仕事にも乗り移れと念じた。モノノケの像にもしたたらせた。

小屋の天井は、吊るした蛇の死体でいっぱいになり、いっせいに襲いかかってくるような幻を見ると、かえって力が湧いた。

三年目の春が来た時に、仕上げの急所にかかり、オレは蛇の生き血に飢えていた。山に分けこんで兎や狸や鹿をとり胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落として、その血を像にしたたらせた。

「血を吸え、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」

秋の中ごろに、チイサ釜が仕事を終えた。秋の終わりには、青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって像を造り終えた。ズシも大晦日の夜に仕上げることができた。

バケモノ像は魔除けに、オレはヒメの顔を彫ることを許された。

ヒメの十六歳の正月、ヒメがオレの小屋の中に入ってきた。三年のうちにヒメの身体はオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔は澄み切った童女のままだった。

ヒメは珍しそうに室内や天井を見まわした。「みんな蛇ね」見終わると満足して小屋を燃やした。「珍しいミロクの像をありがとう、他の二つにくらべて、百層倍も千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから着物を着がえておいで」と明るい無邪気な笑顔であった。

いよいよヒメに殺されるのだろうと思った。この笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の海も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノ像などはママゴト道具のたぐいだろう。

オレの造ったバケモノ像になんの凄味があるものか、本当に怖ろしいのはあの笑顔だ。あの笑顔こそは、生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一のものだろう。

オレの死の運命を切り抜けるには、このひとつの方法があるだけだと考えた。

「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔を刻ませてください」と云うと、以外にもアッサリとヒメは了承し、「お前のミロクは皮肉の作だが、気魄、凡手の手ではない。ヒメが気に入ったようだから、よくやってくれた」と長者は云った。

長者とヒメは数々のヒキデモノをくれ、エナコが懐剣で自害したこと、耳男の着物はエナコの着物を仕立て直したものだと告げられた。

そのころ、山奥に疱瘡ほうそう流行はやり、あの村も、この里にも死ぬ者がキリもなかった。

家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉ざし日夜神仏に祈っていたが、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。長者の家でも邸内の雨戸をおろしたが、ヒメの部屋だけは雨戸を閉めさせなかった。

ヒメは耳男の造ったバケモノの像をズシごと門前に据えさせた。長者の邸には高楼があった。時々、ヒメは高楼に登り村を眺め、森の中に死者が捨てられるのを見てち足りた様子だった。

オレは、今度こそヒメの持仏じぶつのミロクの像に精魂をかたむけていた。オレのミロクは、ヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目、尖端に珠玉をはらんだような鼻、ただオレが精魂かたむけねばならぬものは冴えた明るい無邪気な笑顔だった。

村人の死を祈るヒメが、生きていることを怖ろしいと思った。

疱瘡神が通りすぎた、村の五分の一が死んだ。長者の邸は一人も死なずオレの造ったバケモノが村人に信心された。

「呪いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさに疱瘡神も近づくことができないのだ」と長者は吹聴した。

バケモノは、長者の邸から山の下の池の淵のホコラの中に鎮座した。オレは名人となり、長者一家を護ったのはヒメの力による、尊い神がヒメの生き身に宿っておられるという評判が村々へ広がった。

そしてヒメは、いま造っているミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないと云った。確かにいまのオレは心に安らぎを得ていて不安な戦いはなかった。

疱瘡神が通り過ぎて五十日もたたぬうちに、ちがった疫病が渡ってきた。

バケモノのホコラも今度は役に立たなかった。

ヒメは「耳男よ、蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」とオレに命じた。

「私の目に見える村の人々がみんなキリキリと舞って死んでほしいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人もみんな死んでほしいわ」ヒメの声は透き通るように静かで無邪気だった。

ヒメは、ニッコリと無邪気に笑って蛇の生き血を一息に飲みほした。そして蛇体を高楼に逆吊りにした。あまりに無邪気で、怖ろしかった。蛇の生き血を飲み、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、村の人々がみな死ぬことを祈っているのだ、このヒメが生きているのは怖ろしいとその時はじめて考えた。

オレはヒメのいいつけ通りに山へ分けこみ、蛇をとることに必死になった。ヒメは高楼に待っていた。みんな吊るし終わると、何べんもとってくるようにヒメは云った。

今に高楼の天井いっぱいに蛇の死体がぶらさがるが、そのとき、どうなるのだろうと考えると苦しくてたまらなかった。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行うか、それはとても人間どもに思量しうることではない

ヒメは村の人々がキリキリ舞いをしながら死んでいくのを楽しんでいる。ヒメが村の人をみな殺しにしており、高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊るし終えたとき、村に最後の一人が息を引き取るだろう。

このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。

オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。

「サヨナラの挨拶をして、それから殺して下さるものよ。そうしたら、私もサヨナラの挨拶をして胸を突き刺していただいたのに」

好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊るして、いま私を殺したように立派な仕事をして・・・」

ヒメの目が笑って、とじた。オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。