作品の背景
全部で25の断章があるが、デビュー作「風の歌を聴け」と同じように、この作品もランダムに組んで構成されている。また「1973年のピンボール」では、「僕」と「鼠」の話がパラレルに展開され、「鼠」の章についてはリアリズムとしての話になっている。
読者は前作を引きずるので「僕」の章は幻想的な話の展開だが、「鼠」の章は暗鬱なものとなり明暗がはっきりする。また「直子」は、前作の「仏文科の女の子」と符合し、「小指のない女の子」は前作では双子の一人であり、本作でも異界と交信できる案内人としての存在となっている。中心となるテーマは、時空間を越えて、魂の在り処を探す旅であり、言葉によって存在を明示すること。
前作の言葉の絶望から、自身への癒しの試みとしての手記から発展して、ピンボール台に憑依する霊性を感じ取り、ついには直子の自殺の真相を確認する場所まで辿り着く。しかし結局は、その答えを得ることは出来なかった。しかし何とか捉えようとした思索の旅を経て、透き通った気分として日常生活に戻ることで閉じられる。
村上春樹『風の歌を聴け』解説|言葉に絶望した人の、自己療養の試み。
政治の季節だった1969年、団塊の世代が青年の頃。故郷で再会した「僕」と「鼠」の二人、恋人を失った傷心のひと夏の出来事。デタッチメントな生き方はこの作品から始まる。村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』のあらすじと解説。鼠三部作の第一弾。
村上春樹『羊をめぐる冒険』解説|邪悪な羊を呑み込み、自死を選ぶ鼠。
鼠三部作の完結編。『羊をめぐる冒険』のあらすじを読み主題を解説。僕は彼女と「星形の斑紋のある羊」を探しに北海道へ。右翼の大物秘書、羊博士と緬羊牧場の歴史、謎の羊男。羊の正体。欲望の現象界に抗い、道徳に殉じ死んだ鼠と邂逅し、僕の旅は終わる。
発表時期
1980年(昭和55年)、文芸誌『群像』3月号に掲載。6月講談社より単行本化される。村上春樹は当時31歳。「鼠三部作」の二作目。デビュー作「風の歌を聴け」、三作目「羊をめぐる冒険」を加え初期三部作と呼ばれている。
言葉を通じて世界を語ることをテーマに、デビュー作は言葉の絶望を受けての癒しの試みだが、さらに言葉に新しい観念を吹き込み、すり抜けていく存在を捉えようとする。「1973年のピンボール」を読むときに、新しい出口を模索し始めた1980年以降の日本人を語る現代文学の作法を感じることができる。