太宰治『斜陽』あらすじ|恋と革命に生きる、新しい女性の姿。

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解説

寓意として象徴的に登場する蛇、その意味するものは何か。

蛇の描写が多く登場します。 地母神の象徴か、悪魔の化身か。幸運なのか、不幸なのか。

時系列でみると、かず子が一九歳の時に当主の父が亡くなります。その時、

・お母さまは、父上の臨終の直前の枕もとで、蛇をご覧になったこと。

・かず子は、父上が死んだ日の夕方、庭の木々に蛇が巻きついていたのを見たこと。

以来、お母さまは、蛇に対して崇め、畏怖の情をもっておられること。

十年後のかず子二十九歳の時、こんな蛇のエピソードがありました。

・かず子は、ある時、普通の蛇の卵をまむしの卵と間違えて燃やしてしまいます。

・母は、それを見て不吉で恐ろしい事をしていると思います。

・かず子は自分の胸の奥に、お母さまの命を縮める子蛇が、一匹入り込んだように思います。

・ある日、庭先で上品で美しい蛇を見る。それが卵を捜している母親蛇だと思います。

かず子はお母さまの深く悲しく美しい姿を母親蛇に見立てると同時に、いつか私の中のまむしのような子蛇が、お母さまを食い殺すのではと、なぜかそんな気がしています。

それは母が生きた華族制度と、その崩壊後の、かず子の新しい生き方の暗示を意味します。

それからかず子が上原に手紙を書く決断をするときに、

・鳩のごとく素直に蛇のようにさとかれと、イエスの言葉を用います。

・そして母は死に向かう最期の時に、蛇の夢を見たと言います。

そして庭を見るとほんとうに蛇がいました。かず子はあの時の卵を焼かれた親蛇の復讐は、もう思い知ったからあちらへお行きといいます。

そして母の死に瀕して、美しく死ねる時代は終わったのだと考えます。私は身ごもって、穴を掘る蛇の姿を想像します。私は 油断ならぬ悪賢い生き物に変わってゆくような気分になります。

まさに、崩れ行く現実から新しい価値への脱皮を暗示させています。

直治の遺書にみる、相対化していく時代への反感と諦め。

“人間は、みな同じ” という言葉。

それは思想でもなく、ただ民衆から湧いた言葉が、人をいやしめ、自分をもいやしめ、プライドも努力も放棄してしまう。

優れていると言えずに、同じとしか言えない奴隷根性の復讐。

貴族に生まれただけで、ユダヤの身内みたいに恐縮し謝罪しはにかんで生きならないような運命。そして今、貧乏になり人のほどこしを受けなければ生きていけなくなったと語り、さらに、せつなく苦しかった上原の奥様への恋をせつせつと告白します。

最期に、直治の遺書には “僕は貴族です” と記されています。

直治は 平等という言葉の中に潜む人間の嘘やエゴや狡さを見抜きます。

そして努力しても、そのような中に入ることのできない自身の苦悩に心身を病みます。直治は恋においてもかず子とは正反対で禁欲的でした。

そして最後に、かず子は、かず子の生まれた子を上原の妻に抱いてほしいと願います。

そしてこの子は、直治が好きな女性に産ませた子だと伝えたいと言います。

それが弟の直治という小さな犠牲者に報いるために、女の唯一のかすかな嫌がらせと思し召しお聞き入れ願いたいと結びます。

かず子が目指す「女大学」から「恋と革命」への時代背景とその行方。

華族制度の廃止や財閥解体など戦後の急速な変化に翻弄される高い階級の人々。

貴族階級は崩壊し平等となり、女性の生き方も変化していきます。

かず子は戦後社会の変化として貴族の没落、父と母と弟との死別、孤独、そして自身も一度の結婚に失敗し死産も経験します。それでも、汚れても平民として生きていこうとします。

それは最後の貴族であった母や、貴族として死を選んだ直治とは違う生き方です。

これまでの徳の規範にみちた「女大学」から「道徳革命」を起こして、恋のために戦闘を開始し、シングルマザーを誇りに思い、さらに強く生き抜く決意を表します。

上原への手紙に「恋に理由はございません」ただあなたの愛妾になり子どもが欲しいとあります。

そして母のように、人と争わず、憎まず、うらまず、美しく生涯を終わる事のできる人は最後であり、自分はどんなに辛くても革命として前に進んでいくことを誓います。

「斜陽」は女性の独白体で書かれ、「人間失格」の男性の独白体とは対照的です。

主人公の立場も違いますが、かず子の生き方を考えるときに、女性もまた道徳から解放されて自由に生きていくことの意義やその時代性をテーマにしているとも言えます。

同時に、太宰自身の苦悩やナルシズムも見えます。

太宰治著「斜陽」これまでの道徳に立ち向かう、新しい女性の生き方が強く描かれた作品です。

※太宰治のおすすめ!

太宰治『人間失格』解説|ただいっさいは、過ぎて行くということ。
太宰治『道化の華』解説|人と繋がるための道化と、弱者への慈悲。
太宰治『斜陽』あらすじ|恋と革命に生きる、新しい女性の姿。
太宰治『走れメロス』解説|愚かでもいい、ヒロイックに生きる。
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太宰治『きりぎりす』解説|お別れします、妻から夫への告白。
太宰治『ヴィヨンの妻』解説|神を信じぬ逞しさと、神におびえるエピキュリアン。
太宰治『桜桃』あらすじ|子育てと家事を横目に、創作の苦労を描く。
太宰治『グッド・バイ』あらすじ|人生即別離、さよならだけが人生だ。

作品の背景

『斜陽』は太宰の愛人の太田静子の日記を題材に作られています。「人間は恋と革命のためにうまれてきた」という有名なフレーズは、彼女が日記に綴ったものです。また、蛇とまむしのくだりの箇所もかなりの部分が日記の内容とされています。太田治子さんの『明るい方へ』に詳しいので併せて読まれることをお薦めします。女性の側から見た太宰治という人間像が描かれています。


太宰は終戦後のGHQによる農地改革で大地主だった生家、津島家の没落を見て『斜陽』というタイトルで小説を書くことを決めます。チェーホフの『桜の園』も意識し、既述の日記をもとに、旧来の女大学としての生き方から終戦後の民主主義下の新しい女性の生き方を描きます。「恋しいひとの子を生み、育てることが、私の道徳革命の完成」という、かず子の手紙は現代の自由な女性の生き方を先取りしています。また直治、上原の二人の男性には、若き日と晩年の太宰自身が投影されています。

太宰の生家である記念館は「斜陽館」と名づけられました。作品はベストセラーとなり「斜陽族」という言葉が流行しました。

発表時期

1947(昭和22)年、「新潮」7月号から連載され10月号で終わる。太宰治は当時38歳。太宰後期の代表的な作品。この年の春から、山崎富栄と知り合い、翌23年6月に玉川上水で入水し世を去ります。