太宰治『お伽草紙/瘤取り』解説|性格は、人生の悲喜劇を決める。

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解説

新説、太宰の瘤取りは性格の違いが人生の悲喜劇をつくる。

気の毒な結果になってしまいました。左の頬に瘤のある旦那と呼ばれるお爺さんは、別段、悪人でもなく、寧ろ立派な方だったのですが、緊張のあまり気負いすぎて、踊りがうまくいかなかっただけです。

もちろん酒飲みのお爺さんも、家族も、剣山に住む鬼も、誰も悪くはありません。

典型的な「こぶとりじいさん」のお話では、悪いことをした人が悪い報いを受けると言う結末になりますが、この物語はだれひとり不正をした人はいないのです。

ではこの話から日常倫理の教訓を言えと詰め寄られたら、性格による悲喜劇というものであり、人間生活の底流には、いつも、この問題が流れている ことをあえて教訓にしたいと記します。

子供に絵本を読み聞かせながら書かれた新説、お伽噺。

冒頭の前書きに、

物語を創作するというまことに奇異なる術を体得しているのだ。ムカシ ムカシノオ話ヨなどと、間の抜けたような妙な声で絵本を読んでやりながらも、 その胸中には、またおのづから別個の物語が醞醸せられているのである。

引用:太宰治 お伽草紙

当時、日本の敗戦は色濃く容赦なく傷痍爆弾が落とされ、日本人は安全を求めて逃げ惑っていました。太宰はこの「お伽草紙」を防空壕の中で、子どもたちを守りながら原稿を握りしめていました。

生命の危険に晒されながらも子どもたちには絵本を読み聞かせ、胸中では太宰流に日本古来の昔話に新解釈を加えている。

それは戦争という極限の有事の中にあってもひるむことなく、大人たちへ向けて風刺に満ちた創作活動を続ける太宰の気概でもありました。

Bitly

※文豪の新説、お伽噺!

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作品の背景

太宰晩年の作品にあたります。昭和20年3月に「前書き」と「瘤取り」の執筆にかかりますが、東京大空襲となります。その後、甲府市の妻の実家へ疎開を決断し、5月から「浦島さん」「カチカチ山」、6月から「舌切り雀」が書かれます。7月7日未明、ついに疎開先も焼夷弾攻撃をうけて妻の実家も全焼。知人宅に身を寄せ、28日、妻子をつれて東京を経由して津軽に向かいます。31日、津軽金木町の太宰の生家に着きます。『お伽草紙』の巻頭にも記されている通り、太宰はこの話を防空壕の中で子どもをあやしながら書き上げていきます。

発表時期

1945(昭和20)年10月、筑摩書房から刊行。短編小説集として「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」の4編を収める。太宰治は当時36歳。まさに戦火が熾烈を極めるなかでの創作活動です。空襲が激しくなり物資の欠乏から作品発表の場が制約されていく中、これほどの創作活動を展開した文学者は文壇にはいませんでした。