武者小路実篤『友情』解説|恋愛と友情の葛藤に、辿り着いた結末は?

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野島は杉子に熱烈な恋をする。一番の親友の大宮の助力を得て、思いを遂げるべく振舞うが、杉子は大宮に惹かれており、その思いを伝え、大宮はついに杉子との結婚を決意する。片想いと失恋。野島は苦しみに耐え再起し、仕事の上で大宮と闘うことを誓う。青春期の友情と恋の相克を描いた代表作。

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登場人物

野島
二十三歳で脚本家を目指す。大宮に深い友情を抱いており、仲田の妹 杉子への恋を打ち明ける。

大宮
野島の親友で二十六歳の有名な作家。裕福な家に育ち、頭が良く思いやりもあり、運動もできる。

杉子
仲田の妹で十六歳。美しく、親切で、利口で、快活で聡明な女性、大宮に思いを寄せている。

仲田
野島の友人で、杉子の兄。法科の学生で、妹に言い寄り結婚を申し入れる男たちに辟易している。

早川
仲田の同級で法科の特待生。男らしくさっぱりした運動家で、体格も良く利口で気のつく男。

村岡
二十七歳の脚本家で、早川の親友。杉子を自身の芝居の女優として、出演を依頼する。

武子
大宮の従妹で、杉子より一つ年上で、同じ学校に通っており仲が良い。大宮を兄と呼ぶ。

あらすじ

野島は作家として成功するためには、杉子が必要と考える。

野島と大宮は、お互いに尊敬しあい切磋琢磨する間柄だった。野島は脚本家を目指し、大宮は既に売れっ子の小説家となっていたが、一番の親友として、野島を尊敬し勇気づけてくれる。

ある日、野島は友人の仲田に誘われて帝劇に芝居を見に行く。村岡の脚本なので見に行く気はしなかったが、仲田が妹の杉子を連れてくるという。野島は、写真で杉子を見て好きになっていた

村岡は、世間に認められていた。しかし野島は、村岡の作品を嫌っていた

野島は、十六歳になった杉子に会って誰よりも美しいと感じた。彼は女の人を見るとすぐに、結婚して妻としてどうかを考える。結婚は彼にとって全てであった。女は自分だけを頼ってほしかった。野島は杉子が妻にふさわしい女に見えた。いやそれ以上の理想の女に見えた。

野島は、杉子のことをますます理想化していく。

野島は仲田のところを訪ねるが杉子はいなかった。仲田はロシアの政情や尊敬する人間像、理想社会などについて語るが、野島は杉子のことで頭がいっぱいで上の空で聞いている。

帰りに偶然に杉子に会い微笑んで挨拶をされて心がときめく。野島は二十三になっていたが、まだ女を知らなかった。

野島は熱烈に杉子を思い、たまらなくなり、一番の親友の大宮に会いに行く。

大宮は、作家としては野島よりも評価が高い。しかしお互いに尊敬しあっていた。大宮は、野島の作品に厚意を見せ、他人からの酷評にも、野島を慰め応援した。野島は感謝し強く友情を感じた。

しかし大宮に大きな雑誌から小説が依頼されたのを知ると、野島は嫉妬する。大宮が気を遣い、野島の作品を褒めると、野島の嫉妬はなくなった。野島は、そんな自分が情けないと思った。

野島は、自分だけを信じてくれて、賛美してくれる相手を求め、杉子にその役をしてもらいたかった。彼は文壇の先輩を軽蔑していたが、同時に、自分にそれほど資質があるのかどうか疑わしかった。

世界に思想の嵐が吹く中で、一本の大樹として嵐に立ち向かう力がほしかった。その力を与えてくれるのが杉子だと考えた。

ここは、野島が外見だけで一目惚れをして、妄想を膨らます恋愛気質であること。そして結婚が自身の仕事(=志)を左右するとの考えを持っており、妄想と現実の葛藤で悶々とする性格を表しています。

膨らむ杉子への妄想に対して、冷静な仲田の恋愛観を聞く。

野島は、杉子に言い寄る男たちが気になってくる。

妹に手紙を寄こす不良青年の話を仲田から聞いたり、自分の妹の結婚までのことを思い出したり、友人や大宮から聞いた話などを考えると、杉子のことを飢えた狼が狙っている気がした。

野島は、結婚は二人にとって幸福で、喜びでなければならない。喜んで自分のところに来てくれるのでなければ、自尊心が許さなかった。

ここは、家柄などでの釣り合いで親同士が決めた旧来の見合い結婚を封建的なものと捉え、自由恋愛を尊重しはじめた当時がうかがえます。野島は、相手には自分への強い尊敬や頼りにされることが必要だとします。立派と言えなくもないが、これは野島のかなり強いエゴの主張でもあります。

仲田が不良青年からの手紙を見せ、「自分のことばかり考えて、相手の意志を見ていない、女を物品なんぞのように思って、自分が欲しいという強さだけを楯にして要求する」と云い、野島も同意します。

しかし、野島は自分の滑稽画を見せられたような気がする。まさに、自分もその一人だと、内心はわかっているのです。

仲田は杉子の兄なので、言い寄ってくる男たちの心根や人柄がよく見える。仲田は「妹が男の善し悪しが分かるようになるまでは手紙を見せない」と云う。

ここは、明治以降、西洋から入ってきた自由な恋愛結婚の思想を実践するにあたり、当時は男女ともに不慣れで、危うさもあり、杉子に言い寄る男たちに、兄の仲田は心配して守っている立場です。そして野島の思い方もまさにその不慣れな状況そのものなのです。

仲田は、「恋は画家で、相手は画布だ」と云い、「人間はみな、自分のうちに夢中になる性質を持っていて、相手は幻影をぶちこわさないだけの資格を持っていれば良いのだ。恋が盲目というのは、自分の都合のいいように見すぎることを意味するのだ。相手は唯一ということはない、世界には何千、何万といる」と云う。

野島が、「一生彼女に会わない人もあるだろう」と云うと、仲田は、「それは布があっても画が描けない人だ」と云う。

野島が、深い恋をしたが結婚ができなくて、二人で心中してしまった男の話をすると、

仲田は「親の云う通り結婚して幸福になった奴もあれば、恋している女とむりに結婚してすぐ飽きる奴もいる、結婚できないと云って心中するが、助かってお互い顔も見るのも嫌になる奴もいれば、五年たっても十年たっても同じ女を思いくよくよしている奴もいる。しかし大概の人はいい加減に恋して、いい加減に結婚する。それが利口らしい。要するに恋だけが人生じゃない」と云う。

杉子の兄であり、野島の友人でもある仲田は、現実的である。仲田のこのような恋愛観を聞いて、野島は恋の話をやめた。恋愛に夢を抱く野島は、仲田の話には同意できないのである。

大宮の恋愛の考え方に、野島は同意して勇気づけられる。

野島は、無二の親友である大宮だけは自分の気持ちが分かってもらえると思い、会いに行く。

野島は、一人の女を多勢おおぜいが恋をすると思うと嫌な気がする。出世のためとか、持参金目当てとか、もてあそぶことばかりの男もいるだろうと思うとたまらない。

仲田の云うような、布の上に画を描くのとは違うと主張する。

「もう少しお互いの精神が、何処かで働いていると思う。お互いに引き合っている。だから幸福や美しさがある」そして「相手の意志が加わらない一人角力すもうの恋は自然とは思われない」と云う。

しかし野島は、自分で云っている内に、なんだかわからなくなる。

大宮は、「人間に恋が与えられている以上、恋があって相手の運命が気になり、相手の運命を自分の運命と結びつけたくなる。それでこそ家庭というものが自然になる」と云う。

野島は自分が賤しく不正な人間でないことを、大宮の言葉で勇気づけられる。

野島は、仲田の冷たい恋愛観を否定し、「女を欲することと恋は違う。女の運命を第一に気にするのが恋で、自分の欲望を満たそうとするのが肉欲だ。」と云う。

野島は死んだ姉を思い出し、「いくら親でも他人の意志で結婚させられてはたまらない」と云う。

二人の表現で、野島は「精神」という言葉を使い、強い意志を感じさせますが、大宮は「恋」という言葉を使っています。つまりは、大宮には男女の自由な湧きあがる感情を尊重していますが、野島にはその自由よりも精神が優先しています。

この部分は、野島の言葉足らずを、大宮がうまく言い表しているように見えますが、実は、本質的には全く異なる価値観なのです。

神に祈り、杉子が自分のことを一番尊敬してほしいと思う。

仲田を訪ね、二人で下手なピンポンをする。杉子が加わり上手なくせに野島に気を遣いながら打ちかえす姿に、親切で利口で快活な思いやりがある愛らしい女を感じる。杉子の妹や母親まで出て来て和やかな雰囲気になった。

仲田の友人で同じ法科で特待生の早川がやって来た。野島は嫌な予感がしたが、杉子とはまだ何もないことが分かり安心する。早川と杉子がピンポンをし二人はいい相手だった。

家に帰って日記を書き「神が二人の上に幸福を与え給ふ」ことを祈る。

野島は「自分はあなたの夫に値する人間になります、それまで他の人と結婚しないでください」と祈った。彼は「どの男よりも自分がすぐれたものを持っている」と考えた。

野島は、夏休みに仲田から鎌倉の別荘に誘われる。大宮の話になり、仲田が小説家として彼を評価し、杉子も愛読し感心していると云うと、野島は自分のことを一番尊敬してほしいと思う。

仲田は、大宮を頭が良くて思いやりもあり、家にも金があり申し分ないと評する。

「日本でいちばん有望な小説家」だと云うが、野島は大宮のことを褒めたくなかった。 

仲田は鎌倉に行く。大宮の別荘も鎌倉にあったので、野島も鎌倉に行き大宮と一緒に生活した。大宮と仲田は良き友だった。大宮は評判がいいので、野島は嫉妬するが、大宮は野島に信頼と尊敬を示す。

二人は散歩し砂丘のほうを歩くと女の歌う声がした。そこには仲田たちがいて、一緒に散歩をしようと二人を誘う。大宮は遠慮して、野島も仕方なく皆と別れた。

ここは、大宮が初めて、野島からいつも聞き、従妹の武子からも聞いていた杉子を見ることになります。大宮と杉子は、このときお互いが一目惚れをしたのですが、この時点では、そのことは明かされず、大宮は親友として野島の恋を助けることに専念します。

野島は大宮に云われて初めて、杉子さんの歌のうまいことを知る。大宮はしばらく黙ってのち、「僕は君の幸福をのぞむよ」と云う。

早川も一緒にいることを大宮は気づいて、野島に注意するように云う。

大宮は、「恋はあつかましくなければ出来ない」と云うと、野島は、「本当の恋はあつかましいものには出来ない」と云う。

自分は恋する女の為に卑しい真似はしたくない。野島はいくら恋をしても、自分の誇りを捨てることができない男だった。

早川や村岡など、杉子に言い寄る男たちに苛立つ。

大宮の従妹である武子も、その母も鎌倉にやって来た。杉子もよく遊びに来た。

野島は、次第に早川に嫉妬してくる。体格が良く、気性はさっぱりして、男らしく、よく気がつき、利口な点を恐れた。自分より愛される資格を持っているように見えた。無邪気な杉子が、早川をますます信用して楽しそうに泳ぎを習っているところを見て、

「あんな女は豚にやっちまえ、僕に愛される価値のない奴だ」と怒ったり、そう思う自分が卑しいような気もした。

杉子と早川が並んで立つ。背格好も体格も実に似合いの夫婦のようだ。野島は体格が良くなく、痩せている。そして大宮の筋肉が締まって、釣り合いがとれている身体に気がついた。

神の存在について意見を求められ、野島は持論を展開するが、早川にからかわれ杉子も神の存在を認めないと云うと、

「勝手にしろ!杉子とは絶交だ」という気になった。

野島は家に帰り部屋に入って、「自分は杉子の心を愛しているのではなく、美貌と、身体と、声とか、形とかを愛しているのだな」と思った。

杉子が武子を訪ねて来る。野島は、杉子が和解に来たのだと思う。大宮の部屋で、皆でトランプをする。女同士と男同士に分かれてやるが、殆ど、武子と大宮の勝負だった。

杉子は時々トランプのことを忘れているように見えた、ときどきまちがった札を出して、顔を赤くして手を震わせた。野島は何か見てはならないものを見るような気がした。

ここは、杉子が大宮に恋をしている状態で、大宮も杉子の視線を感じている。杉子と大宮はすでにお互いの恋を感じ始めている。それを野島も少し疑いの目で見ている。

杉子を送る散歩道で、村岡の脚本に杉子が女優として出演することを依頼され、どうするかを、兄から野島と大宮に聞くように云われる。二人が否定して、武子が村岡を大嫌いだと云うと、杉子は出演を断ることを決める。

野島は大宮の洋行を聞き、腹の底のどこかで喜ぶ。

野島は海岸に出て砂丘の上に腰かけて海を見る。野島は杉子と一軒家を持つことを考えた。杉子が自分一人に頼り、媚び、笑顔し、化粧し、原稿を整理し、料理を作り・・・そう考えると幸せを感じた。

自分の脚本が世界を征服し、主演を杉子がやる。二人は一緒に旅する。そんな妄想を思い描いていた。

そこに大宮がやって来て、野島と杉子の関係をあらためて応援をする。

杉子を中心にいろいろな男が集まりだした。あるとき仲田の家でピンポン大会を開くので、来てくれと杉子が言って来た。

杉子も武子に云われてピンポンを行ったが調子がよくて、兄の仲田や、早川や村岡を負かした。そして野島の代わりに大宮が受けて立った。

皆のピンポンは女王のお相手をしているのに、大宮は獅子が兎を殺すにも全力を使うと云う風だった。勝負は無造作にかたがついた。

翌朝、野島は風邪をひき休んでいる所に大宮がやって来た。

大宮は突然「西洋に行きたくなった」と云った。

野島は腹の底のどこかでは、このことをよろこんだ。

大敵は早川でも村岡でもなく、大宮だと感じていたからだ。

これが自分の本音か? 自分の友情か? 骨の髄まで利己主義のような気がした。

杉子の思いが大宮にあることを、野島は気づいた。

その晩、大宮の部屋には大勢の客が来ているらしかった。大宮と武子と仲田と杉子の笑いの中で、病気の自分を放っておかれた感じで、杉子のことが嫌になる。

自分は自分を偉大にする。自分は乞食ではない。愛を嘆願しない。自分を愛することも尊敬することも出来ないものに用はない。

翌日になると熱が無くなり、元気になって皆と同じように水泳に出かけた。

杉子は「私はだんだん神というものがあるような気がしてきましたわ」と云い、「これからわからないことがあったら、色々教えて頂戴ね」と野島に云った。

ここは、神の存在をこれまで信じないと云っていた杉子が、神を信じ始めたと云っているのは、大宮への思いを叶えてほしいがための神である。それに対して野島は、大敵となった大宮の洋行の幸運と、杉子が自分に信頼を寄せたので神を思ったと考え、気分が良い。

野島は幸福を感じ、全ての人に愛と感謝を持ってみたく思う。空、海、日光、水、砂、松、自然はどうしてこんなに美しいのだろうと。自分の傍らに杉子がいる。自分を尊敬し、自分を頼ろうとしている。

大宮が外国に行くとき、東京駅に皆で送った。

大宮が野島に近づき「僕は君の幸せを祈っているよ」といきなり云った。杉子は大宮を見つめていた。野島は杉子の心がすっかり分かったように思った。

野島は杉子が大宮に恋していることを、このとき瞬間的に直感した。

それから野島はだんだん落ち着かなくなり、いつなんどき杉子が人妻になるのか分からない気がした。一年後に、人をたてて杉子の家に結婚の申し込みをする。しかしていよく断られた。仲田から「本人は結婚する意志はまるでない」と知らされる。

野島は杉子宛てに手紙を書くが、断りの手紙がくる。 

野島は、杉子のことを巴里にいる大宮に手紙で送るが、大宮は杉子のことに触れなかった。野島は、自分の傷に触れないためと思った。自分は実に全世界を失ったという気がした。そして大宮が送ってくれたベートーヴェンのデスマスクに顔をあてた。

そして大宮から手紙がくる「自分は君に謝罪しなければならない。全ては某同人誌に出した小説を見てくれば分かる」それで僕たちを裁いてくれとあった。

杉子と大宮の手紙の往還に、熱烈な思いが綴られる。

某同人雑誌に載った小説という形の手紙の往還を、野島は読み進む。

杉子から大宮への手紙

「大宮さん、怒らないでください。私が手紙を書くには随分、勇気がいりました。」と杉子は前置きして、野島の杉子への告白に対して「私は野島さまの妻には死んでもならない」「野島さまのわきには一時間以上は居たくないのです」と残酷に書かれている。それはつまりは神経の話、生理的に受けつけないということである。

そして「自分こそが大宮をもっとも尊敬している良き理解者であり、日々、健康と幸福を祈っている」という内容だった。

大宮から杉子への手紙

大宮は杉子からの手紙に戸惑い、「野島の魂を見てほしい」「野島に恋されたのはあなたの名誉です」「愛される価値のある男で、人づきあいが悪く不愛想で怒りっぽいが、人のいいことは無類とし、野島を愛することを杉子に嘆願する。

杉子から大宮への手紙

杉子はこれに対して「野島さまから愛されたことはありがた迷惑である」「尊敬するが、愛するわけにはいかない」そして自分の死力を尽くして運命の門を開きたいと大宮への思いを綴る。そして私のことを一個の独立した女としてどう思うかを書いてほしいと頼む。

大宮から杉子への手紙

大宮は、「杉子が私に厚意を持ち出したのを感じて日本を離れた」「私たちは恋に酔っている暇なんかないように思う」「あなたは僕を理想化している」そして、世界的な仕事をどんどんしていかねばならず、野島に親切にしてやってほしいと綴る。

杉子から大宮への手紙

杉子は強い思いを綴る。あなたは嘘つきで、あなたこそが私を本当に愛して下さる。私を嫌い冷淡を装っている。「野島さまは私をそっちのけにして勝手に人間ばなれしたものに築き上げ、勝手に賛美している」「万一一緒になったらただの女なのに驚きになるでしょう」「あなたは何もかもご存知のくせして友情を奮い起こして、払いのけようとなさっている」

野島さまは私があなたの処に参ればお偉くなる方です。私にはあなたのお役にたつことにより他に望みはないのです。私はあなたのわきにいて、あなたを通じて世界のために働きたい。友情という石でたたきつぶさないでください。

大宮から杉子への手紙

僕は迷っている。「親友の恋している女を横取りはできません」「それは友を売ることです」この手紙を出さない方が本当と思う。だが出す。野島よ、許してくれ。

杉子から大宮への手紙

あなたのお手紙はどんなに私を喜ばしましたろう。「私ほど幸せ者は世界中にありません」そして十四のとき、はじめて会ってから、これまでのことを回想して綴る。ずっと思い続けたことを。そして「世の中では女に生まれても本当の女のよろこびを味わうことができない」「義侠心と男らしさと私へのいたわり」と続き、

友への義理より、自然への義理のほうが良い「それから」の代助も云っている。と綴る。

私の一生も、名誉も、幸福も、誇りも、皆あなたのものです。あなたのわきにいて、御仕事を助け、あなたの子供を産むためにこの世に生きている女です。

そして大宮は、対話の形式で自問自答しながら気持ちを語る

友が恋をしている女として思おうと冷淡にし、好きにならないように注意した / 月のいい夜に、その女が自分を見ていることを感じた / 一寸釘づけにされたが、この女は友人の恋人だ、自分は愛することは禁じられている、好きになってはいけないと思った / あるところまで成功し、道徳的誇りを感じた / だがその女が自分の厚意を持っていることを知った / 自分は人間を愛するのに不安を感じる男だった / 人間はいつ死ぬか分からない。自分の心はいつ変わるか分からない / 尊敬する友との女の奪い合いはあさましく見えた / 自分は友のために去るのが本当と思った / しかし手紙が来て、写真までも来た / 露骨に友達を嫌い、露骨に自分に厚意を持ってくれた / それでも冷淡な手紙を出した / その後はもう自然に任せるより仕方がないと思った / 君からの失恋の手紙を受けて、石膏のベートーヴェンのマスクを送り友の脚本を仏蘭西の雑誌に出してもらうことを罪滅ぼしとした / 君はこのことで参らない、本当に鍛えて偉大な仕事をする / 僕は女を得て、ますます仕事をする力を得る / 両方が日本及び人類にとって有意味であることをのぞむ / 俺は女を失うわけにはいかない。お互いに愛している / 二人で生きることは幸せだという言葉は本当だ / 俺は運命の与えてくれたものをとる / 君は孤独の道に神の言葉を聞く / 俺のわきには天使がいて、俺をなぐさめ、俺に勇気をくれる / わが愛する天使よ、巴里へ武子と一緒に来い。

わが友よ。大宮は、野島に二人の手紙を公にする。

大宮は、こうして事実をそのままに野島の面前にさしつける。

二人の手紙を書き直すことは君を侮辱するようなことになると思う。露骨な事実が、君が悲しみに打ちって起き上がってくれると信じる。つまらぬ同情をせず事実を云う。

自分はあるものにあやまり許しをこいたいが、一方自分は正当だと思い、やむを得ないと思う。自分のとった態度は必然のような気がする。

かくて僕は、杉子さんと結婚することになるだろう。

野島は、この小説を読んで、泣いた、感謝した、怒った、わめいた、そしてやっと読み上げた。彼はベートーヴェンの石膏のマスクを粉々にする。そして野島は、大宮に手紙を書いた。

「僕はもう処女ではない、孤独な獅子だ。そして吠える。君よ、仕事の上で決闘しよう。僕も男だ。参り切りにはならない。これが神から与えられた杯ならば飲み干さなければならない

野島は「自分は淋しさをやっと耐えてきた。今後なお耐えなければならないのか。全く一人で。神よ助け給え」と日記に書いて初めて泣いた。

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