正宗白鳥『何処へ』解説|ニヒリズムに酔う、寄る辺なき我が身。

正宗白鳥の代表的な短編『何処どこへ』は、求道的ゆえに絶対の真理を模索しながらも、不確かな現実に懐疑的な態度で生きるニヒリズムを描く。封建時代の権威や伝統が未だ残る時代であり、男子の立身出世や家系や家族の在り方、恋愛や友情など、人物描写のみならず情景描写も秀逸で、百年前の明治日本を味わえる。

あらすじ

三者三様の若者の自己と家族、そして名誉と富のある博士夫妻の視点。

菅沼、織田、箕浦みのうらの三人は学生時代からの知己で今も付き合いがある。伯爵の桂田博士かつらだはかせとその夫人は三人の未来を嘱望するが、菅沼だけが自我にもがき、将来の方向が定まらず「何処どこへ」も向かえない。

物語の主人公は、菅沼健次二十七歳。旗本の家系で長男、父親の期待を一身に背負っている。母親は健次に早く嫁をと考えており、二人姉妹の姉の千代は織田の妹、お鶴と同級で、その下に妹の光がいる。健次は織田に対しては弱者を庇うような態度をとるが、妹のお鶴を嫁に押しつけられ面倒くさく、自分よりも将来有望な箕浦へ嫁ぐことを薦めている。しかし健次の妹の千代は、箕浦に好意を持っている。

織田は私立学校で英語の教師の傍ら翻訳の仕事をする。既に妻帯者で身籠っており、胃癌を患う父親と無性者の母親と妹のお鶴を養い、一家の主人として塵労が多く、厳しい家計で酒も煙草も止めている。幾度も菅沼を通じて翻訳原稿を掲載してもらい、稿料の前借をお願いする。織田は菅沼を無二の親友と思い、妹のお鶴を嫁に貰って欲しく、お鶴もそう願っている。

箕浦は、織田を単純な人間だと思っているが、妹のお鶴には心を寄せている。桂田夫人の寵愛を受けているが、織田は箕浦のことを読書家だが自惚れが強く人生や宇宙を論じる空論家で、単なる独身のすねかじりだと嫌う。健次の妹の千代は、箕浦に好意を抱くが、健次は箕浦に対しては圧えつけるような態度をとっている。箕浦は健次には敬意を表し、厭がりもせず寧ろ一歩譲って満足している。

織田は、妹のお鶴を無二の親友の菅沼に嫁がせたく、菅沼は結婚など嫌うが、妹の千代は箕浦に好意を持ち、箕浦はお鶴に好意を持つが織田は嫌っている。そんな入り組んだ結婚話を軸に物語は進んでいく。

絶対的な真理を求めながら、全てに懐疑的でニヒリズムに酔う健次。

健次は「僕は阿片を吸って見たくてならん。あれを吸うと、身体がとろけちゃって、金鵄勲章きんしくんしょうも寿命も入らなくなるそうだ、阿片だ阿片だあれに限る」と独りで合点している。

健次は、自分の世界を包み込む権威や伝統や魂や宗教や幸福や長寿などの概念を受け入れられない。求道的であるがゆえに全てに懐疑的で将来の姿を描けず虚無的な日常を送る。

菅沼家は旗本の家柄。先祖は馬術の名人。一領の甲冑と一ふりの無銘の刀剣が宝物、健次の父親の自慢の種だ。毎年元旦にはこの宝物を床の間に飾り、祖先の武勇を談じ、「冑や刀に籠る精神を忘れてはならぬ」と説き聞かせ、独り喜ぶ。

誇り高い家柄を継承し、忠君や武勲を語り継ぐのである。“刀は武士の魂、義のために死を厭わぬ、如何なる苦痛も忍び、辱められれば死す” と教えられる。それは封建時代の家父長制度の名残である。

健次は学業に励むが、文科の大学の英文科を卒業できたのは桂田博士の助力が大きかった。桂田家と菅沼家は昔から縁故が深く、博士が健次の学才を認めていたのであった。

桂田博士は四十を過ぎたばかり、大学者で語学は英独仏に熟達し、親譲りの財産があり生活の憂いなく、結婚も三十五で行い、学問で社会を指導しえると確信し、青年にも親切で温和な紳士だ。

やがて健次は学業に興味を失くし博士夫妻の期待に背き遊び呆けた。卒業後は博士の推薦で中学教師となるが、もっと活気ある仕事がしたいと辞職、今の雑誌記者の仕事も嫌になり、酒と女で憂さを晴らす。近頃はそれにも飽きている。

健次は、日常の行為の下らないこと、将来の頼むに足らぬこと、仮面を脱いだ自己が浮かび、自分の肉体までも醜くあさましく思われてたまらなくなる。

桂田博士夫妻や両親の尤もらしい説教に、気が滅入りうんざりする。

健次は「家では気が滅入り下宿をする」と言いだし、母から「それがお前の我儘だ」とはねつけられる。博士は健次に「君は年々真面目でなくなる、学校時代とは人間が違ってしまった」と説教され、「君に比べると箕浦は感心だ」と褒める。

「これから国家に尽くそうとする青年が、こんな浮薄な感情を持ってどうする、碌に読書もせず書物を軽んじ、人間の義務を満足に尽くさず、世の中を攻撃するのは大間違いの話じゃないか。これも今の雑誌や文学が作った悪結果の一つだろう、どうも軽佻浮薄だ。武士道の精神も衰え、新倫理観が青年に不足しているから、こんな嘆かわしい現象が起こる。」と厳しい。

まさに立場ある人が、世の若者に垂れそうな訓話である。そして「世間で苦労をしないから、空論に迷わされる」と断じられる。

健次は桂田博士の妻君にも期待されている。妻君は「健次を自分の息子だと思って世の中へ立派な人間として働かせたい、女は世間へ出て何もできないから」と言うのが理由だ。

「僅かな寿命だけれど、人間は何かでごまかされなくちゃ日が送れない。酒でごまかしたり、恋でごまかしたり、書物でごまかしたり、子供に奇麗な着物を着せて飛んだり跳ねたりさせて慰みにしなけりゃ、人間は毎日泣き面をしていなくちゃならん」と言うのだ。

ここでは、明治女性の自由な気風よりも、上流の階級社会で生きる婦人の窮屈さや孤独が現れている。

四五年前の昔、妻君は宝石入りの指輪を光らせはしゃいでいたが、今は人生に飽きている様子だ。そこで妻君には寵児が一人欠かせず、箕浦である場合も、健次である場合もあるのだ。まるで妻君の玩具のようである。

「僕は、誰にも好かれたくも同情されたくもないんです。あなたがいくら同情して下すったって、私と貴女とは霞を隔ててお話しするんです、現在の親だって自分の子を解し得ないで、勝手に自分の頭でこしらえ上げて喜んだり悲しんだりしている。人間は一人だ。自分と他人との間には越えることの出来ない深い溝渠みぞが横たわっている、箕浦だって織田だって、要するに私からは赤の他人で、互いに本性を包んで交際つきあっているんです」と健次は言う。

健次は「結婚しろ、真面目になれ、勉強せい」と言われうんざりしている。

キリスト教の博愛主義もマルクスの理想主義も、世界を救ってはくれない。

健次は織田を訪れると「妹を貰ってくれないか」と頼まれる。自分より箕原を薦める。しかし織田は詩人肌の織田を嫌っており虫が好かない。群衆の中から演説が聞こえる。

「皆様懺悔なさい、神様におすがりなさい、日本国の興廃は軍人や政治家によって決するのではありません。神様の道を世間に行うか行わぬかによって定まるのであります」と伝道者が説いている。

白鳥自身は、キリスト教に熱心に傾斜したことがある。「僕は救世軍にでも入りたいな。心にもないことを書いて、読者のご機嫌をとる雑誌稼業よりゃ、あの方が面白いに違いない、あの男は欠伸をしないで日を送ってるんだ、生きてらぁ」と宗教に感じ入る。

健次は、少年時代を思い出す。自分より強い奴、自分に喧嘩を吹きかけてきた隣の鉄蔵が懐かしい。身体中に生命が満ち、張合いのある日を送っていた。近松や透谷の作を読んで泣き、ナポレオンの生涯に胸を躍らせた時分は、星は優しい音楽を奏し、鳥は愛の歌でも詠んでいたのに、不幸にも世が変わった。

「浅薄や深刻は本当の問題ではなく、打たれようが罵られようが、自分のしている事が何であろうと構うものか、もっと刺激の強い空気を吸わにゃ駄目だ」と健次は思う。

自己の内実に向き合い、魂が開放されるような生命を健次は願っている。

「愛されるは幸いなり、愛する者も幸いなり」と言うが、少なくとも俺にはあわない。愛せられれば愛せられるほど、自分には寂しくて力が抜けて孤独の感に堪えられない。

それに比べて、

「迫害される者は幸いなり」此奴(こいつ)は当たっている言葉だ。苦しめられようと泣かされようと、傷を受けて倒れようと、生命に満ちた生涯。自分はそれが欲しいのだ。

物語の作者は「彼は主義に酔えず、読書に酔えず、酒に酔えず、女に酔えず、己の才智にも酔えぬ身を、独りで哀れに感じた」と健次を評する。

日露戦争後の日本こそが、鎮魂のなかでニヒリズムを誘発している。

日露戦争後の日本、国家主義は多くの戦死者を出し、キリスト教の博愛主義もマルクスの理想主義も幸福をもたらさず、強い酒にも酔えず、女にも夢中になれない、自身の才能にも期待はできない。ひとりニヒリズムのなかで、阿片でも吸っていい気持ちになりたい。才能はありながら淪落を続ける健次はまさに虚無的だ。

結婚マリエージ?」「ノンセンス!結婚して家庭を造る、開闢かいびゃく以来億万人の人間が為古しふるしたことだ」と健次は思う。

日曜日、一家は朝餉の膳につく。父親は軍人の腐敗に、武士道の精神が衰え、日本の国家が案じられるという。そして健次は菅沼家の大事な宝だとし、代々高潔な考えを以て忠孝と武勇を励んだ家柄で、系図に少しのきずも無いことを誇りとし、健次も名誉を世界に伝えるようにせねばならんと説く。

健次は、自分が大英雄にでもなるように期待される口振りを聞き、不快になる。

彼は激烈な刺激に五体の血を沸き立たさねば、日に日に自分が腐りゆくと感じ、青春の身で只時間の虫に喰われつつ生命をつないでいる状況を溜まらなく思う。

毎日の出来事、四方の境遇、何ひとつ自分を刺激し誘惑しとりこにする者がない。只日々世界の色は褪せて行き、幾万の人間のどよめきは葦や尾花のそよぐのと同じで、無意義に聞こえる。

確かに作者の白鳥が振り返るように『何処どこへ』という作品は上っ調子の浅薄なものかもしれない。しかし、健次はただ単に無気力ではない、青年の頃の思索の果てに同じ気持を持つ人々は多いのではないか。現代とは異なるが、多くの死傷者を出した戦争と当時は長兄に家の期待は大きくのしかかり、内なる自我の苦悩は、絶対を求めればこそ大きいものであったろう。

織田は新しい職が桂田博士の紹介で決まり、給料は二倍になり生活が楽になり愉快になる。健次に家賃のこと食費のことを詳細に話し、生活の勝利の話をする。そして織田の妹と健次の縁談話を繰り返す。

箕浦を嫌う織田は、妹を健次の嫁に、健次の妹の千代を箕浦の嫁にすることを持ちかける。千代も健次に織田の妹のお鶴をあてがい、自分は箕浦の嫁にと考えていることを知り、健次は小憎らしく思う。

「しかし僕は、君や箕浦とは異なって何処へ行くのか方角が取れんから仕方がないさ」と断ると、「君は学生時代と同じような気でいるが、よく家族の事を思わず、浮々うかうかしてられるね。目の前に責任が転がっているじゃないか」と真面目な口調で織田に返され、「だから僕は家が厭だよ」と健次は苛立つ。

何処へ行くのか方向の知れない健次、その深い孤独と虚無。

桂田の家で晩餐をかねて小園遊会が開かれ、博士夫妻やその親戚、箕浦、織田等の家族、健次も招かれる。博士の甥にあたる少尉の久保田は、立身出世の象徴だ。

健次の目には、五六年の歳月を経て先生夫妻は艶気が無くなって見える。妻君も幾ら飾っても、心の艶は失せている。二人ともお墓に埋もっているようで、妻君は独りでもがき、若者たちの息を嗅ぐことで、心を慰めている。

「婦人に対しても、恋愛に対しても、もっと真面目に深い意味を見なくちゃならんよ」という箕浦に対して、健次は「人間は寄生虫、女は肉の塊、昔から聖人がそう云っている」と返す。

健次は箕浦を連れ立ち、お鶴の傍に坐らせ、「さあ飲みたまえ。君のライフはこれで幸せになる、君の不安の念も消えてしまう」と酒を無理強いし、箕浦は不快な顔で盃を下に置く。

すると健次は、代わりにガブ飲みし、一座は皆食ったり飲んだりして賑やかになる。

久保田は「死ねや死ね死ね五十年の命、何の惜しかろ国のため」と土佐節を唄い、「僕は戦争に行って死ぬんです、国家のために死ぬるんです。今二年、日露戦争が遅かったら、遼東りょうとうかばねさらすのだったが、無念だと」と声を張り上げ、大の字に寝てしまう。

一時の騒ぎが大嵐の後のように静まり誰も口をきかぬ。一座はそれぞれに異なったことを思って、化石のように座っている。

健次は張り詰めた気が弛んで誰かにすがりついて、自分の本音を吐いて泣いてみたくなる。「世界に取り残された淋しい人がある」と、自分が頼りなく厭になると、博士の妻君の顔も同じ思いを現わしているように見える。

絶対なる真理を求めながらも、すべてを懐疑的に見ている健次の心に、空虚が充満する。豊かに幸せに生きている妻君も、健次の目には同じように孤独のなかで淋しい姿に映る。

妹の千代が「父さんが健次に話がある」と伝える。父親は「健次を立派に育て上げたことだけが大事業だと思っている。自分は死んでも、魂は子供の頭に伝わっている。何時いつかはえらい学者か政治家になる」と信じている。

健次をたまらず家を出て織田のところへ向かう。箕浦も織田に呼ばれて訪れていた。織田は妹のお鶴を箕浦に嫁がせることを決めたようだ。あんなに箕浦を嫌っていたのに・・・。健次は不思議に気がむしゃくしゃして、立ち去る。健次の足は、行き場所に迷った末、千駄木へ向かった。

何処へ・入江のほとり (講談社文芸文庫)
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