エンデ『モモ』解説|時間とは何か?大人たちへ心の在り方の箴言。

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効率主義の先に来る人間性の喪失、危機を警鐘する近代文明批評。

モモの精神世界、それは宇宙に組み込まれた魂の象徴としての存在である。

円形劇場跡に現われたモモは、人間ではありません。あるいは人間だとしても超越的な霊力を持っています。人間は物質の世界だけに生きているのではなく、それを超えた霊的な世界を感じています。現象界だけではなく叡智界があるとする考え方。モモが日本人に愛される理由はこの霊性への共感があるからかもしれません。

自然科学万能の現代とは異なり、太古の人間は “五感” ではなく、霊的な “知覚” が鋭く備わっていたはずです。神がかり的になりますが、精神世界や感覚世界を特別な人間は持っていました。それはギリシアやローマそして日本でも神話や伝説の口承の所以でもあります。

それが次第に希釈され、産業革命以降に決定的に時間=貨幣に換算され、現代に至ります。

このような現代に、エンデが文学に重視したのは「治癒」の作用です。

詩人に金を払う人たちは、無駄に金を捨ててるっていうのかい?詩人からちゃんとのぞみどおりのものをもらっているじゃないか!

ミヒャエル・エンデーモモから引用

ジジのセリフはエンデの考えでもあります。想像力で次々に作り話を生む観光ガイドのジジは、詐話師と言えなくもありませんが、そも芸術は創造であり、生きる活力として人の心を癒します。

悠久の宇宙、煌く星々、太古に人間の喜怒哀楽を描いた劇が円形劇場で上演され、人々は物語に自身の人生を思い重ねる。その記憶を思い起こすために、廃墟にいつか不思議な女の子モモが大きな黒い瞳を輝かせて現れたのです。モモのおかげでジジの創作は素晴らしいものになります。

人々の話を聞きながら、人間の心を見透す不思議な力を持つモモと一緒にいると、感じることができる素晴らしい時間。そんな時間を失ってしまった現代社会の人々。エンデは豊かな時間を取り戻す冒険ファンタジーとして『モモ』を現代に贈ります。

時間の質と量、どちらが大切なのか。判断は、あなたのなかにある。

多くの大人は、『モモ』の物語はあくまでファンタジーで、社会がここまでになってしまっては、もう取り返しのつかない、どうしようもないことだと考えるでしょう。

人生の最大の目的は、成功すること、金持ちになること、豊かな暮らしを送ること。そこで「高効率、生産性向上、付加価値の最大化」―そんな経済優先の社会に、私たちは深く組み込まれています。

人々が何度も見聞きする言葉。会社の役職や幹部の言葉に、壁の張り紙のスローガンに、書店では啓発本が溢れます。企業だけでなく役所も学校も、病院も介護施設も、皆、同じです。

追求されていく一人ひとりの生産性と付加価値、フリーライダー(ただ乗り)は許されない。結果的にセカンドキャリアのために早期退職の制度が企業には敷かれる。その対象は、理髪店のフージー氏と同じ40歳を超えたあたりでしょう。

時間泥棒は耳元でもっともらしく囁きます。「時は金なり!」―時間を効率的に、無駄を省いてー

時間には量と質の双方があります。「僅か1時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあります。時間とは、生きることそのもの。人の命は心を住みかにしている」とエンデは言います。これはベルクソンの提唱した主観的、質的な時間の哲学のようでもあります。

量として計測される「時間の空間化」だけでは、人間のみが有する質的な時間が奪われていきます。現実はどちらも大切なはずです。ただ一方だけに偏ってしまうのは危険だと、多くの人が感じているのではないでしょうか。

時間の価値を一番知っているのは、灰色の男たちです。なぜなら彼らこそが、時間効率の先にある利益を吸い上げて生きているからです。

<モモにとっての時間の価値>と<灰色の男たちにとっての時間の価値> この二つは、トレードオフの関係にはありません。

人間は自分の時間をどうするかは、自分自身で決めなくてはならないからだよ。だから時間を盗まれないように守ることだって、自分自身でやらなくてはならない。

ミヒャエル・エンデーモモから引用

マイスター・ホラのセリフです。ホラは誕生した美しい時間を人々に配る役割をしているだけで、その時間をどう使うかの判断は、あなたにあります。すなわち、あなたの主観的な自由意志なのです。

『モモ』の物語は、全てが精神世界の出来事であるとも言えます、ここがファンタジーであることの所以です。モモの内なる自我が、現実の時間を生命いのち溢れるものとして蘇らせるために、時間泥棒との闘いを自らの意志として決断したのです。あなたの場合は、いかがでしょうか?

エンデは「芸術は何よりも治癒の課題を負っている」と言います。私たちは『モモ』の物語世界を通して、静かに耳を澄ましながら、急ぎ足を止めて、星空の声を聞くことの大切さを学びます。

Bitly