エンデ『モモ』解説|時間とは何か?大人たちへ心の在り方の箴言。

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蕾から花咲き、そして枯れる、<時間の花>それは連続する生命でした。

「時間とは生命いのち」なのです。時間とは生活であり、生活は心の中に宿ります。

心臓はちゃんと生きて鼓動しているのに、何も感じとれない心をもった人がいる。それは灰色の男たちに時間を、生活を、生命いのちを奪われているのです。

「あなたは死なの?」とモモは訊ねます。マイスター・ホラは「時間を知れば、人々は死を恐れない」と答えます。そう、ここは魂の行き来する精神世界なのです。

「人間が死とは何かを知っていたら、こわいとは思わないだろう」とホラは言います。

死を恐れないようになれば、生きる時間を人間から盗むことは、だれにもできなくなる。死への恐れが、生への執着を生む。この執着が、不老を願い、金やモノで満たされた暮らしを求めていく。

そうしてマイスター・ホラは、モモに時間の源である<時間の花>を見せます。

金の円天井から光柱が大きな振子ふりこのように動いています。下には黒い鏡のような生命の池がある。星の振子が池の暗い水面からつぼみをもたげて膨らみはじめ、見たこともないような美しい花が咲きました。

そして振子が遠ざかると、花は萎れはじめ、散っていきます。するとまた違う蕾から、さらに美しい花が咲きました。それは時間の誕生の瞬間であり、大きな宇宙であり、私たちの心の中心なのです。

唯一無二の奇蹟の花は、この上もなく美しく、新たに花が咲いては、そして萎れ枯れて、黒い池の底知れぬ深みに消えていきます。生から死へ、死から生へと続く永遠の循環です。

わたしたちの時間も、<こちら側>から現われ、<むこう側>に帰ってゆき、それは生となり死となり、ひとつの音になり、宇宙の調べとなるのです。

モモはそこから音が聞こえるのも気づきます。その音は、円形劇場後で、星空の荘厳な静けさに耳を傾けた時に、遥か彼方から聞こえたあの音楽だったのです。これが<時間の花>であり、宇宙に包まれていることをモモは知ります。

モモの見た時間は、モモだけに贈られた生命いのちであることをマイスター・ホラは伝えます。一人ひとりに、このような時間をホラは配っているのです。

モモが訪れた自我の世界、それはモモの心の中の世界だったのです。心の中にいて、時間のなかに微睡まどろみます。モモの時間が、生まれてきて、そして死んでいくのを感じます。

<感じるという心>―それは愛すること、そして愛されるということ。金でもなく物でもなく、心の震えを知覚すること。

マイスター・ホラはモモに「植物の種が土の中で太陽が回るのを待つように、待たなければならない」と命じます。そしてモモは眠りにつきます。それは無から生命いのちを生むための熟成の時間です。

やがてモモは眠りから醒めると、そこは円形劇場でした。モモは円天井の下で見聞きした星々のあの声をうたってみました。言葉がひとりで口をついて出てきます。記憶のなかの声が、言葉を語っているのです。

時間泥棒の手に落ち、ジジもベッポも町の人々も変わり果てる。

そのころ観光ガイドのジジは、想像力豊かに話を作る才能で次第に有名になっていき、いまではラジオやテレビに出演するほどに大忙しです。三人の女性秘書がつき契約を結び、スケジュールがいっぱいです。モモの行方を心配していましたが、忙しくて探しになど行けません。

すると灰色の男から電話がかかります。物語を作り饒舌に話す目立ちたがり屋の性質を逆手にとられて、ジジは灰色の男たちによってスターに作り上げられたのでした。

ジジは夢がかない大金持ちになりました。しかしスターの仮面をかぶっただけの憐れな自分に気づきます。しかし灰色の男たちにからめとられて、もうどうすることもできませんでした。

こうしてジジはただのイカサマ師と自分を思うようになり、モモのことを忘れようとしました。ジジが自ら何とかしようという意志がない以上、どうすることもできません。

掃除夫のベッポは、モモが行くえ知らずになった後、警察に駆け込み、これまでの事情を説明しますが、頭のおかしな男として精神病院へ送られてしまい、そこに灰色の男たちが現れ、10万時間と引きかえにモモを開放するという嘘の約束を承諾させられ、病院から出されます。

退院後のベッポは人が変わったように仕事への愛情を棄て、時間節約のために夜も昼もただひたすらに死に物狂いで働くのでした。

灰色の男たちにとって子どもたちは難事業でした。そこで大人たちを使います。過去のデモ行進は、ひとりぼっちの子どもたちが増えたせいだとして、野放しにすると堕落し、非行に走るとして、各地区に<子どもの家>ができました。

施設では、子どもたちの創意工夫のある遊びを止めさせて大量の専門技術者や労働者を作り出すためのプログラムが用意されました。そして、楽しさや夢中になること、想像することを忘れさせられます。

子どもたちは、小さな時間貯蓄家となり、腹立ちまぎれの、とげとげしい騒ぎかたを始めました。もう円形劇場跡にはだれも訪れませんでした。

こうしてジジもベッポも子どもたちも誰もいなくなりました。カシオペイアは、モモが1年の間、眠り続けていたことを告げます。町も人々もすっかり変わっていました。モモはただ一人孤独です。

モモは1年前にジジが残した手紙を読みます。

時間を盗まれた人々は、やがて感情や愛する心を失い精神が死んでいく。

ジジの手紙に書き残してあった通り、モモはニノのところへ行きます。

驚いたことに、ニノの居酒屋は “ファストフード レストラン ニノ” に変わっていました。皆が寛ぐことのできた店は、時間効率を優先するスタイルに変わっています。一定のメニューが設定され、回転率が上がり、売上げは上がりますが、人々の我先との注文の声が殺到し、ニノは忙殺されていました。

モモはニノからジジは有名人になって豪邸住いに、ベッポは精神病院に入れられたが今はもう退院していること、そして子どもたちは<子どもの家>で保護されているのを聞きます。

モモはジジに再会します。しかしジジはすっかり変わり果てていました。モモは、ジジが病気だということ、死の病いに蝕まれていることが、わかりました。

ひとりぼっちのモモは、孤独を彷徨い続けます。それでもマイスター・ホラとの記憶を思い起こすと、逆に勇気が湧いてきて不安も孤独も消えて行きました。。

一方、時間銀行の灰色の男たちの幹部会議では、侃々諤々かんかんがくがくの議論が繰り広げられ、モモに手助けをしたのはマイスター・ホラだと結論づけられます。ホラがモモに方策を授けて、対抗することを灰色の男たちは恐れます。

議論の末、灰色の男たちは、ホラを始末して全ての時間を奪い、世界を征服しようと考えます。

モモの目の前に、たくさんの灰色の男たちが現れました。モモはあの花々と、壮大な音楽の声を思い起こしました。するとたちまち恐ろしさは消え、力が沸き起こりました。

モモは灰色の男たちを恐れません、モモは友人達の時間を取り戻そうと決意します。

これまで無口で話を聞くだけだったモモが、闘う決断をする。この部分は、マイスター・ホラのもと、勇気を授かったモモの自我を表しています。潜在意識下の態度変容です。

灰色の男たちは、マイスター・ホラと会うことができたら、モモの友達を開放すると嘘の条件を示します。モモは、いなくなったカシオペイアを探したが見つかりませんでした。ところが灰色の男たちの話の後、円形劇場跡にカシオペイアはまた現れました。

モモの話を聞くと、カシオペイアの甲羅に「ホラノトコロニ イキマショウ」の文字が出て、心配するモモに「ユクコトニナッテイマス」と出ます。

ジジやベッポや子どもたちを救うために、もういちどカシオペイアに連れられてマイスター・ホラのところへ向かいます。灰色の男たちも、マイスター・ホラから時間をまとめて奪い取ろうとモモとカシオペイアの後を追います。

急ぐときは、ゆっくりと。やがて<さかさま小路>に曲がる角です。後ろを向いたモモはたくさんの灰色の男たちの軍勢が追いかけてくるのを知り驚きます。

しかし不思議なことが起こります。灰色の男たちが<さかさま小路>にかけこむと、眼の前で消えて無くなったのです。時間が戻ることで灰色の男たちの時間も後戻りして、消えてしまったのです。やがて<どこにもない家>に着きます。

モモはマイスター・ホラと再会します。「盗んだ時間で生きている灰色の男たちは、時間の逆流に巻きこまれると吸いだされてしまう」とホラは言います。

灰色の男たちは時間の花を奪い、コチコチに凍らせて地下の貯蔵庫に入れているはずだ。時間を補給しながら、花びらを灰色に固くなるまで乾かして、小さな葉巻を作っている。灰色の葉巻にしてふかす・・・ことで時間は死んでいく。この人間の死んだ時間で、やつらは命を繋いでいる。

そうして<どこにもない家>から配られた時間が、灰色の男たちの死んだ時間と混ざると、人々は死ぬほどの重い病気にかかると言います。

その病気は、無関心になり、無気力になり、日ごとに週ごとに激しくなっていく。心は空っぽになり、感情が無くなり、何もかもが灰色でどうでもよくなってしまう。

そして人も物もいっさい愛することができなくなる。この病気の名前は、<致死的退屈症>です。

盗まれた時間をモモがとりかえし、人々の心に生命が蘇ってきます。

マイスター・ホラは眠って「時を止める」と言います。さらにホラは続けます。

時間が止まり、灰色の男たちは葉巻が無くなれば補給に行く、だからモモが時間貯蓄銀行に忍び込み、扉を閉める。すると灰色の男たちは時間を失い消えていく。

そして次には蓄えられて時間を人々に解放して欲しいとモモに依頼します。しかし失敗すれば、マイスター・ホラは眠りから醒めることなく永遠に時間が止まります。

こうしてモモに与えられた時間は1時間、そして1時間分の<時間の花>が授けられました。失敗すれば二度と目覚めることは無く、世界は時を止めてしまうのです。

マイスター・ホラは、眠りにつきます。モモは一人で遂行することを、勇気をもって決断します。

「ワタシモ イッショニイキマス!」時間の圏外に生きているカシオペイアが伴をします。モモと灰色の男たちの闘いが始まります。

ぐらっと揺れ、時震じしんとともに無数の時計が、ぴたりと静まりました。時間が止まったのです。包囲している灰色の男たちも時間が止まったことを知ります。

葉巻が無くなるとたいへんです。仲間割れとなり、灰色の葉巻の争奪戦が始まりました。男たちは一人また一人と消えて行きます。灰色の包囲の全軍は退却し始めました。

片手に花を、片手にカシオペイアを抱いたモモが灰色の男たちを追いかけます。

大通りに飛び出したモモは、全ての時間が止まっていることを知ります。道脇に掃除夫のベッポを見つけます。大都会の北の外れで左官屋のニコラがいました。ニコラの指す土管にモモは潜ります。

ものすごい勢いで滑り地下道に出ました。目の前に大きな広間があって会議用テーブルがあります。そこにかろうじて生き残った灰色の敗残兵が座っています。広間の奥には巨大な金庫の扉が見えました。扉は開いていました。

灰色の男たちは残り少ない蓄えを、仲間を間引くことで生きながらえようとしています。偶数と奇数の選別をコインの裏表で二度、三度と行ないます。六人が残りました。

モモは、会議用テーブルにもぐり込み、扉を花でさわり手で押しました。金庫の扉が閉まります。慌てる灰色の男たちを横目に、モモは素早く地下道に姿を消しました。追いかける灰色の男たちですが、時間が間に合わず、葉巻がきれ消えていきました。ついに灰色の男たちはすべて消えてしまいました。

モモは<時間の花>の最後の花びらの一枚で、今度は扉を開けました。あたりはだんだん温かくなって温室のようになりました。何十、何万という時間の花が、モモのまわりに渦を巻くように飛びながら通り過ぎていきます。それは春の嵐のようです。

「トンデオカエリ モモ トンデオカエリ!」 モモまで花になったように風に乗って浮かび上がり空を運ばれます。

花々は静止した世界に雪のように舞い降りました。その瞬間に、時間は再び蘇り、あらゆるものが動き始めました。人間がだれもかれも、急にたっぷりと時間があるようになったのです。

ベッポも昔に戻りました。モモとベッポは円形劇場跡に向かいます。どちらにも話したいことが山ほどありました。子どもたちは道路のまんなかで遊び、仕事に出かける人も美しい花に目を止めるようになりました。お医者さんも患者ひとりひとりに時間を割き、労働者もゆっくりと愛情をこめて働きます。

円形劇場跡には、モモ、掃除夫のベッポ、観光ガイドのジジ、子どもたち、居酒屋の二ノと赤ちゃんを抱いたおかみさん、左官屋のニコラなど近所の人々がいます。

お祝いが始まります。歓声、抱擁、握手と笑い。そしてモモはあの星の声と時間の花に思いをこめて歌いました。こうしてあの楽しく賑やかに語らった時間に戻ることができたのです。

一方、<どこにもない家>では、マイスター・ホラがあの何でも見える眼鏡でモモとその友達の様子を見ていました。カシオペイアの甲羅には、この物語を読んでくれた人にしか見えない文字が、ゆっくりと浮かび上がりました。<オ・ワ・リ>

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主要登場人物について

モモ

大都会の南の外れ、市街地もつきて原っぱや畑が続くなかの小さな円形劇場の廃墟に、ある日、住みつく。背が低くやせっぽちの10歳位の女の子で髪はくしゃくしゃで真っ黒な巻き毛。目は大きくて、美しく真っ黒。足は裸足で、スカートはつぎ切れを縫い合わせ、ポケットのたくさんついた古ぼけただぶだぶの男ものの上着を着ている。モモは身寄りのない子として施設に入れられていたが、格子がはめられ、毎日ぶたれる生活から逃れて、ここにやってきたようだ。ミヒャエル・エンデは年齢不詳、出自不詳の不思議な存在の主人公のモモに、全身全霊で人々の話に耳をかたむけ、真実を浮かび上がらせるという人間ばなれした霊力を授けながら、時間の概念を解き明かさせようとする。ここで現れたモモとは、人間の自我の象徴であり、魂である。ゆえにモモは現実世界と精神世界を往還する。

道路掃除夫のベッポ

モモの仲の良い親友の一人、思慮深く無口な老人で円形劇場の近くの小屋に住んでいる。内気なベッポは、朴訥な言葉の中に、自らの体で覚えた哲学を持っている。白髪が立つように生え鼻に小さなめがねをかけ、小柄で背中をまるめモモと同じくらいの背丈に見える。いつもニコニコ笑っていて、口数が少なく、答えるときもじっくりと長い時間、考える。ベッポは、世のなかの不幸は、皆が嘘をついたり、正しくものを見極めずうっかり口にするせいだと考えている。掃除をとても大事な仕事と考え、ゆっくり丁寧にすることで、意味深い考えが心に浮かんでくる。とても長い道路を掃くときも、一歩ずつ、ひと掃きずつ気持ちを込めることが大切だとモモに教える。モモを助けるため時間銀行に貯蓄した後は、せっかちに働き自分を失ってしまう。

観光案内のジジ

モモの仲の良いもう一人の親友の一人、本名はジロラマだが、ジジと呼ばれる。ベッポとは正反対の若者で外交的で楽天家。夢見るような目をした器量よしで口達者で冗談を振りまく。お話が得意で、自分とモモを王子と姫に見立てた話を作り誰にも内緒にしている。ジジには、いつかは有名になり、金持ちになりたいという夢があった。庭園に囲まれた美しい家に住み、金の皿で食事をして、絹の布団で寝たいと思っている。ジジはモモと一緒にいることで素晴らしい物語を作ることができた。しかし時間銀行に貯蓄した後は、有名にはなれたが、想像力を失くし、生きる屍のようになっていく。現代の人間たちの目指す夢とその末路のような設定である。

灰色の男たち

人間の暮らしの上昇志向につけ入り、生産性や効率性を説きながら将来のためという名目のもとに時間を盗む。次第に人間は生の活力を失い虚無の淵に落ちていく。彼らは人間ではなく近代の生んだ功利の産物であり合理的精神の賜物である。常に拡張的で、病原菌のように伝播性が高く、その奪った時間が自分たちの生きる糧であるとして、拝金主義や物質主義にまみれた資本主義社会の文明批評となると同時に、近代人にとって功利主義が現実である側面も疑い得ない。エンデは、この生き方は精神の死と直結していると考えている。

マイスター・ホラ

時間の国に住み、宇宙の時間を司っている。ホラは人間ではなく、超越存在としての観念の主体のようなもの。よって精神世界に棲んでいる。時間の花から生まれた時間たちを人間一人ひとりに配っている。モモに時間の概念を解き明かし、時間とは個人の所有する命であり、個人を離れると時間は死んでしまうことを伝える。ホラは「現在」「過去」「未来」という三つの時間を往還することができ、老い(未来)から若さ(過去)までを変幻自在に移動し肉体の外観を変えることができる。正式な名前は、<マイスター・ゼクンドゥス・ミヌティウス・ホラ>。マイスターは賢者の尊称、ゼクンドゥスは秒、ミヌティウスは分、ホラは時間を意味する。

カシオペイア

モモの道先案内をする亀。モモの自我を、日常が支配する物質世界から時空の境界を超えて、マイスター・ホラの棲む観念の精神世界(モモの潜在意識)へと導いていく役割を担う。甲羅の模様が光って文字を浮き出し、30分先までの未来が見える能力を持ちモモの冒険を助けながら伴をする。カシオペイアもまた五感の感覚世界ではなく、時間の圏外の叡智界に存在し、自分だけの時間を持っており、現実世界が停止してもカシオペイアの世界は止まらない。現実世界と精神世界の2つの世界を往還することができ、僅かながら予知能力がある。