太宰治『お伽草紙/舌切り雀』解説|あれには、苦労をかけました。

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戦時中、安全を求め転々と疎開する家族。落下する焼夷弾に怯えながらも、防空壕の中で子どもを抱きあやしながら絵本を読み聞かす太宰が考えた新説、お伽噺し。面白くて、可笑しくて、滑稽で、風刺的。「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」を1作ずつ紹介。読者を楽しませる想像力と空想力、物語作家としての創作力が素晴らしい。

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登場人物

お爺さん
ほんとうの年齢はまだ40歳前。虚弱体質で本ばかり読む世捨て人。

お婆さん
妻33歳。もとは女中で学はないが、一身にお爺さんの面倒をみる。

小雀
お爺さんに懐きお婆さんは苦手、雀のお宿での名前は「お照さん」

父 読み手(太宰)
防空壕の中で、子どもに絵本を読み聞かせながら新説のお伽噺を創作。

あらすじ

話し伝えられる昔話には、いろいろなストーリーや類型があり、同じような話は、日本だけでなく世界にあります。まず、典型を確認して太宰流の新説を味わっていきます。

典型的な「舌切り雀」のお話。

むかしむかしあるところに老夫婦がいました。

ある日、お爺さんは怪我をした雀を連れ帰り手当てをします。雀はお爺さんに懐き、お爺さんも雀を可愛がります。お婆さんは雀を愛でるお爺さんを快く思っていません。

お爺さんが出かけたある日、雀はお婆さんがこしらえた糊を食べてしまいました。怒ったお婆さんは雀の舌を切って外に放してしまいます。

お爺さんは心配して山に雀を探しに行きます、藪の奥に雀のお宿がありあの雀が出てきて、お爺さんに糊を食べてしまったことを謝り、来てくれたことに感謝してご馳走や仲間の雀と歌や踊りでおもてなしをします。

帰り際に大小のつづらがお土産として用意され、お爺さんは自分は年寄りなので小さな方をいただきます。家に帰ってあけて見ると金銀財宝がいっぱいでした。

それを見たお婆さんは雀の宿に行き大きなつづらを持ち帰ります。家に帰るまで待ちきれず途中で中を開くと魑魅魍魎が現れ、お婆さんは気絶してしまいます。

その話を聞いたお爺さんはお婆さんに「無慈悲な行いをしたり、欲張るものではない」と諭します。

新説、太宰の舌切り雀のお爺さんとお婆さんの家庭の事情は・・・

それでは太宰の新説、「舌切り雀」のお話の始まりです。

お爺さんと言うが、この男は実はまだ40歳手前の年齢です。

世間的にいう駄目な男です。体が弱く顔色も悪い。朝起きても障子にはたきをかけ、箒で塵を吐き出すと、もうぐったりして、あとは机の傍らで寝たり起きたりしています。

夕食をすますと布団を敷いて寝てしまいます。自分のことを「翁」と呼び、周囲のものにもそう呼ばせています。

元は大金持ちの三男坊ですが父母の期待に背き職業にもつかず、晴耕雨読を続けるうちに病気になり、父母も親戚一同も病弱の馬鹿の困り者として、月々、困らぬ程度の少額の金を仕送りしている。仕事もなく、世継ぎもなく、世間人としての義務を果たしていません。

細君はと言えば今年三十三歳の厄年で、最初はお手伝いだったのが病弱のお爺さんの世話を持たされ、いつしか妻として生涯を受け持つようになりました。

このお爺さん、何もせずに手がかかる。洗濯をしようと着替えをせかしても、「この次」と言って、いうことを聞きません。お婆さんは「私は何も洗濯をしにこの世に生まれてきたわけではありませんよ」と、ぼやきます。

お爺さんが助けた小雀が、ある日突然、人語を発します。

住まいは仙台の郊外、愛宕山の麓、広瀬川を臨んだ大竹藪の中にありました。

この年の秋の終わり霰が降る朝に、庭の土の上に脚をくじき仰向けにあがいている小雀をお爺さんは見つけます。拾って部屋の炉端で餌を与えると、雀は怪我が治ってもお爺さんの部屋で遊び、お爺さんの投げる餌を啄みます。糞をするとお婆さんは「あら、汚い」と言うのですが、お爺さんはそっと無言で懐紙で拭きとってあげます。

雀は甘えていい人と、そうでない人の見分けがつき、お爺さんが現れると飛んできて頭の上に停まったり、机の上を跳ねたりしています。

ある日突然、机上の小雀が人語を発します。「あなたはどうなの?」

それから小雀とお爺さんは意見を交わしあいます。

小雀が「あなたは何のために生まれてきたの?」と問うと、お爺さんは「おれは本当の事を言うために生まれてきたが、世の中の人は皆、嘘つきだから話をするのが嫌になった」と言います。小雀は「それは怠け者の言い逃れで、ちょっと学問すると横着な気取り方をする」と返します。

お爺さんは「時が来れば大いに働く」と言うと、小雀は「意気地なしの内弁慶に限って、そんな気炎をあげるのよ」と言う。「まぁそうかもしれないが、おれは無欲だ、婆さんはまだ世間に色気をもってやがる」と、お婆さんと比較して言います。

小雀との会話が夫婦喧嘩の元になり、お婆さんは雀の舌を切ります。

お婆さんが聞いて「色気なんかありませんよ、誰か、若い娘さんの声がしていましたね」と訊ねます。

そしてお婆さんは「若い時からお世話をしてきたのに、世間の夫婦のような語らいも団欒もなく優しい言葉もない」とお爺さんへの不満を愚痴りました。

お爺さんは「おれをこんな無口な男にしたのはお前じゃないか。夕食の時の世間話なんて、近所のひとの品評や悪口ばかりで、おれは優しいからついその陰口を聞き、おれも話に巻き込まれて品評を言いそうになる。おれは人間が怖いよ」と言います。

すると婆さんは「私にあきたのでしょう。なんだい相手が若い女性だとぺちゃくちゃと話すくせに、私にも挨拶ぐらいさせてくださいよ」と言います。

お爺さんは「これだ」と小雀を指します。お婆さんは「冗談じゃない、雀がものを言いますか」と言うと、お爺さんは「言う、それもなかなか気の利いたことを」と返します。

お婆さんはそんなに意地悪く私をからかうならと小雀をつかみ、気の利いたことが言えぬよう舌を取ってしまいましょう。いつもこの小雀を可愛がっているのがいやらしくてと言い、小雀の舌をむしり取って放り出してしまいました。

小雀ははたはたと、空高く飛び去っていきました。

お爺さんは雀を探しに竹藪へ、雪が落下し失神してしまいます。

翌日からお爺さんの大竹藪探索が始まります。

お爺さんは雪の中を何かに憑りつかれたように探します。

お爺さんは生涯、一度もなかった情熱で行動します。それは恋というよりもはるかに侘しいものですが、生まれてはじめての積極性でした。

ある日、お爺さんは竹に積もった大きな雪が、頭上に落下して失神し倒れてしまいます。

そこに雀たちが集まってきて「気を失っただけだよ」とか、「なぜあの子は早く出てこれなかったの」とか、「舌を抜かれて涙を流して寝ているのよ」とか口々に話しています。

そして舌を抜かれた小雀に同情しながらも、お婆さんも悪い人ではないんだけれど、あの家はお爺さんがお婆さんを馬鹿にしすぎることに原因があるとか、そこにもってきて小雀の “お照さん” がお爺さんといちゃついていたのがいけなかったとか。まぁ、みんな悪いんだからほっとけとか、話が続きます。

すると「ああ、あなたこそ焼き餅を焼いているんじゃないの、あなたはお照さんを好きだったんでしょう、この大竹藪でいちばんの美声家は、お照さんって言ってたじゃないの」と声が聞こえ、「焼きもちを焼くなんて下品な俺ではないが、少なくともお前よりお照の方が良い」などと聞こえてきます。

「毎日毎日この大竹藪を探しているお爺さんは実のある人だ」と言うと、「いい年をして雀の子のあとを追い廻すなんて、呆れたばかだよ」と誰かが言います。「でもお照さんに会わせてあげましょうよ。お照さんも舌を抜かれて口がきけないのだから」などと聞こえてきます。

そして鎮守の森の神様に頼んでみようということになり・・・。

目覚めると雀のお宿、お爺さんは饗され簪を土産に持ち帰ります。

お爺さんが目を覚ますと、そこは竹の柱でできた小奇麗な座敷でした。

身長二尺くらいのお人形さんが出てきて「ここは “雀のお宿” です」と言います。

お爺さんが「あの舌切雀か」と訊ねると、「私は “お鈴” で、“お照さん” は寝ています」と言います。そうか、あの舌を抜かれた小雀は “お照さん ”って名前なのか。

「早く行って会っておあげなさい、可哀想に口がきけなくて毎日ぽろぽろ泣いています」とお鈴さんに言われ行ってみると “お照さん” は寝ていました。 “お鈴さん ”よりもさらに上品で美しいお人形さんで、お爺さんの顔を見つめてぼろぼろと涙を流します。

お爺さんははじめて心の平安を経験し、その喜びが幽かな溜息となります。

お鈴さんは静かにお酒とお肴を運んできて「ごゆっくり」と言う。お爺さんは酒を一つ手酌で飲み、お膳のたけのこを一つつまんで食べる。すごく良いお酒だと言うとお鈴さんは「笹の露です」と答えた。

お照さんも微笑んでいた、お爺さんもお照さんの方を向いて話しかけた。

そして、それでは失礼しようとお爺さんは言う。

「お土産に葛籠つづらのどれかをお持ちください」というお鈴さんに、「荷物を持って歩くのは嫌いです」とお爺さんは言います。そこでお鈴さんはお照さんに確認し、まもなく稲の穂をくわえて帰ってきて「これお照さんのかんざし。お照さんを忘れないでね」と渡します。

ふと我に返るとお爺さんは、竹藪の入口にうつむいて寝ていました、なんだ夢か・・・。

しかし右の手には稲の穂が握られています、そして薔薇の花のような良い香りがします。お爺さんは大事そうに家に持って帰って、自分の筆立てに稲の穂をさしました。

欲張りなお婆さんは大きな葛籠を持ち帰るが、重さで倒れ凍死した。

「おやそれは何です」と稲の穂を見つけて聞くお婆さん。お爺さんは雀の里から貰ったと言います。

お婆さんがしつこく聞くので、お爺さんは自分の不思議な経験を話し始めました。

信じないお婆さんは、どうもお爺さんがあの若い娘が来た時から別人のようになったと言い、その娘が藪の中に住んでいると考えます。

お婆さんはそこまでばからしい出鱈目をいうのなら、その雀の宿の大きい葛籠を背負ってきたら信じましょうと言います。お爺さんは「おれは荷物は嫌だ」と言うと、お婆さんが「だったら私が行ってきましょう」と言います。

「葛籠が欲しいんだね」とお爺さんに言われたお婆さんは、「そうですとも」と開き直って、雀のお宿に行って貰ってくることにしました。お婆さんは積雪を踏み分けて竹藪の中へ入っていきます。

黄昏時、重い大きい葛籠つづらを背負い雪の上にうつむいたまま、お婆さんは冷たくなっていました。葛籠が重くて起き上がれず、そのまま凍死したのでした。

葛籠の中には燦然たる金貨がいっぱいにつまっていたといいます。

この金貨のおかげでお爺さんは、のち間もなく仕官しかんして、やがて宰相の地位まで登りつめました。世人はこれを雀大臣と呼んで、往年の雀に対する愛情の結実であると誉めたたえました。

そのようなお世辞を聞くたびに、お爺さんは「いや女房のおかげです、あれには苦労をかけました」と言ったそうです。

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