夏目漱石『現代日本の開化』解説|令和の時代に思う、現代日本の開化。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

本作品のメッセージと感想

実に江戸から明治にかけて、国難を乗り越えてきた我々の父祖たちの歴史は筆舌に尽くしがたい状況だったでしょう。確かに明治日本の開化は外発的であり、漱石の指摘の通りやむを得なかったのでしょう。科学技術であれ学問知識であれ、西洋に追いつき近代化を急ぐことは日本にとって国家の生存にかかわることだったのす。

では、あれから150年以上の年月を経た、平成・令和の日本はどうなのか。少し考えてみました。

令和の文明開化について

現在の世界では、人も物も金も瞬時に移動できる時代となっています。

先の昭和の大戦を乗り越えて、日本の戦後は10数年で復興を果たし高度経済成長となり力強く発展を遂げました。79年にはJAPAN AS NO.1と評されもしました。ITなどの情報分野は遅れをとりましたが、自動車や機械の分野は今でも先端です。

産業分野であれ学術分野であれ、時代は次々に発展しています。さらに自由で平等という理念は苛烈な競争を生み、一般の人々にとって、ますますストレスの大きな社会であることは漱石の予言通りです。

しかし、技術の上で日本が欧米諸国より圧倒的に劣等だとは思えない。また日本も世界も文化の面で、それぞれ個性を持ち多様性を認めているのではと思う。

その意味では、科学技術や学問知識であれ娯楽の領域であれ、平成・令和の日本は明治日本と比べれば充分、伍していると言えるのではないか。

漱石のいう活力節約の行動、活力消耗の趣向の二通りの分野は先人たちのおかげで、現在は先進国の一角としての日本を築いてくれたのだと思う。

漱石が外発的という言葉で説明した「外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取る」というフレーズ。もうそれは無くなったのかと考えてみる。

気になるのは国家レベルの戦略の欠如や成長分野への投資の無さの問題である、さらに日本の政治家の劣等さと矜持のなさ。その背景には強国のスタンダードに合わせろとばかりの外圧を感じることである。

日本が西洋の近代化を猿真似までしたのは、独立国として生きていくためだったはずである。それは不平等なものを打破するための父祖たちの戦いの歴史であったはずだ。

プラザ合意や半導体摩擦や日米構造協議など政治課題の交渉での弱さが多くみられる。時に、強引なルールチェンジを迫られ、それは現在も続いている。

開化という内発的要素、つまり自己本位。国家の伝統や文化や道義に根差し、そのうえで西洋との融合をはかる意志が欠落しているのではないか。

現代日本の政治に自主性がなく外圧に屈する場面が目立つ。それは隷属的でさえある。

戦後生まれの日本の政治家には哲学がなく保身しか考えない人間が多いのではないか。

そこには漱石の小論『私の個人主義』とも相まって、日本の道徳・伝統・文化を守り戦うタフな政治家はいなく、学者もジャーナリズムも彼らの組織や地位に恋々として権力、金力にまみれた自己中心主義となっている。

その意味では漱石が予言した不安は、現在、和魂を失いプライドを失い最も醜い形となっているかもしれない。

令和日本の開化は、国益を優先し国民の生命や財産、国家を守り、伝統や文化を保持しながら世界と協調することを着地点とするならば、まったく程遠い地点である。 漱石は講演の最後に言います。

とにかく私の解剖した事が本当のところだとすれば我々は日本の将来というものについてどうしても悲観したくなるのであります。ただできるだけ神経衰弱にかからない程度において、内発的に変化して行くが好かろうというような体裁の好いことを言うよりほかに仕方がない。

残念ながら日本全体の精神が病んでいく感覚すらある。漱石が予期した通りなのかもしれない。

「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」当時、文明開化に浮かれる西洋かぶれの世相を、まげを落として「散切り頭を叩いた音」がすると皮肉ったユーモアあふれる都都逸どどいつだ。

明治の人は、ほんとうにうまいことをいうもんだねぇ、と思う。

日本がなく、哲学も信念もない、カラッポの音しかしない人間を切り捨てて、我々はよき指導者を応援したい。日本の伝統、文化、道徳を守り、世界を尊重し、良きものは融合し調和することが必要ではないのか。

本居宣長は、「敷島の大和心を人問はば朝日に匂う山桜花」と歌ったではないか。和魂漢才の時代でも和魂洋才の時代でも、和の魂は、日本人のなかに生きていると信じたい。世界のなかで日本の良識と繋がりあう開化を目指していきたいと思うのです。

※夏目漱石のおすすめ!

夏目漱石『草枕』完全解説!全ての謎と物語の構造を解く|謎解き『草枕』その1
夏目漱石『坊っちゃん』解説|正統とは何か?
夏目漱石『三四郎』里見美禰子と四人の男(ラストシーンに隠された主題)
夏目漱石『こころ』解説|自由と孤独の時代をいかに生きていくか
夏目漱石『現代日本の開化』解説|令和の時代に思う、現代日本の開化。
夏目漱石『私の個人主義』解説|漱石の語る、個人主義とは何か。

作品の背景

この作品は、修善寺の大患の翌年に行われた講演を小論としてまとめたものである。現在では、文庫として『漱石文明論集』に収録されている。1908年(明治41年)の小説『三四郎』のなかで、主人公の三四郎が列車のなかで一等国となった日本に期待を寄せる場面で、相席した広田先生に「日本は滅びるね」と言わせており、その根拠としてこの小論を味わうことができる。平成・令和の日本の開化を、漱石の定義である「開化は前後の変化の状況」という視点で捉えてみると、「自己本位」を失い「外圧=外からの無理押し」に屈する事態がさらに酷くなっていく感すらある。漱石の100年以上も前の予言は、悲しいかな言い当てられていると思わずにいられない。

発表時期

1911年(明治44年)の和歌山の講演『現代日本の文明開化』が1913年(大正2年)に実業之日本社から出版されている。この中には、草枕の背景となる「文芸の哲学的基礎」や、その他「創作家の態度」などの素晴らしい講演の記録が収められている。