村上春樹『スプートニクの恋人』解説|自分の知らない、もうひとりの自分。

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作品の背景

『スプートニクの恋人』は村上春樹の9作目の長編小説となる。アメリカでの『ねじまき鳥クロニクル』執筆の後、日本に帰ってきて「オウム真理教の地下鉄サリン事件」に遭遇する。被害者側と教団側に対して中立の立場で行ったインタビュー形式の『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』をまとめ上げる。『スプートニクの恋人』は、その翌年の作品となる。この作品も基本的にはこれまでの村上作品でとりあげられる<こちら側>と<あちら側>の境界を往還する物語である。

先の2つの作品『アンダーグラウンド』のあとがき的な<目印の無い悪夢>と『約束された場所で』のあとがき的な二度にわたる河合隼雄との対談である<アンダーグランドをめぐって>及び<「悪」を抱えて生きる>を経て、すみれの失った母を探す記憶の旅や、ミュウのドッペルベンガーの意識など人間の潜在性が主なテーマとなり、その救いとして終盤で、にんじんの万引きのエピソードから厳しい現実の世界と、置き去りにされていく人々の歪み。そこに向き合い語らうことや気づき合うことの大切さを描く。。

95年に起きたオウム事件という未曽有の惨劇が及ぼした人間社会の闇について、自身がテーマとする深く自己を追求する異界との出入口としての鏡や井戸や壁、深層意識の表出。さらにはその核となる魂の問題を作家として追求する位置を確認している。そしてこれまでの<デタッチメント>から<コミットメント>へと転換されていく。

発表時期

1999年(平成11年)4月、講談社より刊行された。2001年、講談社文庫として文庫化。村上春樹は当時50歳。この小説は村上自身が語るように彼の文体の総決算として、あるいは実験の場とされている。本書の原型となった1991年発表の短編小説「人喰い猫」が挙げられる。尚、この『スプートニクの恋人』の扉には、1957年に初めて打ち上げられたスプートニクの概要が記されている。