村上春樹『国境の南、太陽の西』解説|初恋の幻を追う、囚われの自我からの帰還

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作品の背景

『国境の南、太陽の西』は、村上春樹の7作目の長編小説となる。『ねじまき鳥クロニクル』の執筆に際して、妻から「多くの要素が盛り込まれすぎてる」と指摘され3つの章を分離させ、別途、物語として書かれたものが『国境の南、太陽の西』となっている。

バブル絶頂期の東京が舞台で、これまでの村上文学の表層と深層の意識世界の往還はこの作品でも行われるが、青と赤やカクテルの色彩、さらには空中庭園のようなジャズ・バーや車やファッションなどの物質文明と相まったバーチャルな幻想的な世界を強く漂わせている。ナット・キング・コールの『国境の南』と、『太陽の西』というヒステリアシベリアナの話が交錯して、主人公が覆われていた不完全な歪みが露わになっていく。

最後には何とか繕われようとするが、結局は歪んだままの異形として残っているようだ。主人公は不完全のままに大人になった自己の生体解剖を試み、スタイリッシュな世界と超自然な世界を錯綜させ、まるでデヴィッドリンチのミステリアスで倒錯的な世界に沈めてしまったような作品である。

発表時期

1992年(平成4年)10月、講談社より刊行された。1995年、講談社文庫として文庫化。村上春樹は当時43歳。1991年2月にアメリカに渡り、プリンストンを住まいとして『ねじまき鳥クロニクル』の執筆にかかる。日本はこの頃、株や土地が急騰しバブルのピークを越えたが、なお続き、次第に崩壊の段階を迎える。まさに空前絶後の実態の無い浮遊感の中に漂った時期であった。