作品の背景
全部で40の断章をランダムに組んで構成されているこの小説は、29歳になった語り手の「僕」が、21歳の大学生で帰省した1970年の8月8日から26日までの19日間の出来事を手記にする。「僕」は架空の作家、デレク・ハートフィールの言説を引用し「文章を書くという作業は、距離を確認することであり、必要なものは感性ではなく、モノサシだ」とする。
村上文学の特徴となる<デタッチメント>だ。それは高度経済成長を横目に60年安保の反対運動と敗北、そして団塊世代の70年安保の反戦運動を経て大きな挫折と時代の転換を背景にしている。三島由紀夫(70年自死)、川端康成(72年自殺)の後、文学において近代の精神性や国家観や家制度などは中心テーマでは無くなった。
自己のアイデンティティ探しが中心になる。実存といっても良い。それは、それまでの日本の近代文学との訣別でもある。境界に位置し影響を受けながらも従属も深い関与もしない。その意味でも出来事と自分との間にモノサシを持ち “しかるべき距離を置くこと” が必要と考える。
この団塊の世代を境に、アイデンティティの不安や、言葉の虚無感、未来への閉塞感が忍び寄る。それゆえ固い殻に閉ざした自己と他との繋がり方は大きなテーマとなる。この作品は、言葉に絶望した作者本人と現代を生きる人々への自己療養への試みである。
発表時期
1979年4月(昭和54年)、第22回 群像新人賞を受けて、『群像』6月号に掲載。7月講談社より単行本化される。村上春樹は当時30歳。新人賞応募時のタイトルは「Happy Birthday and White Christmas」この言葉は表紙の上に小さく書かれている。
続く「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」を加え初期3部作とか鼠3部作と呼ばれている。近代文学と現代文学を比べる時に、まさに戦後民主主義の風の方向に漂流しはじめる時代感覚を無視できない。そして「風の歌を聴け」を読むときに、近代だけでなく、さらに、いにしえの日本と現代との転換点となった作品であると思える。