村上春樹『1973年のピンボール』解説| 魂の在り処を探し、異なる出口に向かう僕と鼠。

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作品の背景

全部で25の断章があるが、デビュー作「風の歌を聴け」と同じように、この作品もランダムに組んで構成されている。また「1973年のピンボール」では、「僕」と「鼠」の話がパラレルに展開され、「鼠」の章についてはリアリズムとしての話になっている。

読者は前作を引きずるので「僕」の章は幻想的な話の展開だが、「鼠」の章は暗鬱なものとなり明暗がはっきりする。また「直子」は、前作の「仏文科の女の子」と符合し、「小指のない女の子」は前作では双子の一人であり、本作でも異界と交信できる案内人としての存在となっている。中心となるテーマは、時空間を越えて、魂の在り処を探す旅であり、言葉によって存在を明示すること。

前作の言葉の絶望から、自身への癒しの試みとしての手記から発展して、ピンボール台に憑依する霊性を感じ取り、ついには直子の自殺の真相を確認する場所まで辿り着く。しかし結局は、その答えを得ることは出来なかった。しかし何とか捉えようとした思索の旅を経て、透き通った気分として日常生活に戻ることで閉じられる。

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発表時期

1980年(昭和55年)、文芸誌『群像』3月号に掲載。6月講談社より単行本化される。村上春樹は当時31歳。「鼠三部作」の二作目。デビュー作「風の歌を聴け」、三作目「羊をめぐる冒険」を加え初期三部作と呼ばれている。

言葉を通じて世界を語ることをテーマに、デビュー作は言葉の絶望を受けての癒しの試みだが、さらに言葉に新しい観念を吹き込み、すり抜けていく存在を捉えようとする。「1973年のピンボール」を読むときに、新しい出口を模索し始めた1980年以降の日本人を語る現代文学の作法を感じることができる。