浅田次郎『月島慕情』あらすじ|身請け話に、月島で見た真実は。

吉原で生きる女郎ミノは、いなせな侠客の時次郎に苦界から身請けされ、やっとの思いで強運を引き寄せる。夢のような幸せのなか、憧れの月島でみた光景とは。江戸ッ子のばかやろうは、愛の言葉と同じ意味。浅田次郎の大正ロマンな人情お伽噺し。

いなせな時次郎と女郎のミノ
二人の「ばっかやろう」に涙する。

あらすじ

三度目の身請け話は強運で、相手は侠客の時次郎だった。

ミノという名前は好きではなかった。明治二十六年の巳年生まれだから「ミノ」と名づけられた。

十二歳の頃に人買いが村にやってきた。ほとんどは上州か諏訪の製紙工場に売られるが、器量良しは東京へ売られる。ミノは喜んだ。毎日おいしいものを腹いっぱい食べ、きれいな着物を着て暮らせる。

売られた吉原亀清楼で、ミノは「生駒いこま」という源氏名を授かる。ミノという名前は、牛や馬のような名前だと思っていたのでやっと人間になれた気がした。

十七歳の初見世から三十歳を越えて、生駒太夫は金看板の御職おしょく、吉原亀清楼の最上位となっていった。

一度目の身請け話は、初見世から二年も経たぬころで相手は横浜の貿易商。玉の輿だったが “吉原の大火” に見舞われ話は立ち消えてしまった。二度目は、大戦景気で大儲けした海運業だったが大暴落でそれどころではなくなった。

そして三十歳を過ぎ、年もいった年増女郎の生駒太夫に身請けがあった。三度目の相手は、侠客の駒形一家の平松時次郎だった。

借金二千円を身請けするという。二千といえばりっぱな家が建つ大金だ。時次郎は親分が金を貸すくらいの信用と信頼がある、目をかけられた男気だった。

時次郎は常盆の壺をふり、いずれ深川か月島のシマを預かるほどの男になると、親分に見込まれた筋金入りの侠客だった。

ミノは鳥越神社の祭りで待つ時次郎に会いに吉原大門を出る。二十年ぶりに吸う自由の風だ。

苦界くがいではあるが、吉原はミノのふるさとだった。 生まれ故郷を捨てた時は泣いたが、ここを去る時は笑って出ていこうと思った。

引用:浅田次郎 月島慕情

星空を見上げると思い出が映し出された。十七での水揚げ、すぐに三十人のお女郎の中で三番太夫を張る。二十三で二番太夫、二十六で金看板の御職に、一夜の揚代は三十円という値になった。

それでも最高位を張るために衣装や髪代がかかり借金は減らず、出世したお女郎は身請け話がまとまるまでは飼い殺されるのだった。三十を過ぎての身請け話は珍しく、惚れた男に添うことよりもミノはこの強運がうれしかった。

時次郎のいなせな「ばっかやろう」は、愛の言葉と同じだった。

鳥越神社のお祭りで、ミノは時次郎と落ちあう。

「素顔がいい」という時次郎に、堅気かたぎな装いで神社へ向かう。境内の賑わい、縁起物を売る夜店。ミノはそっと幸せをかみしめる。時次郎と会いランデヴーを楽しみ、将来のことを語り合う。

汚れちまって、ありがとうの涙も出ない。心底、時次郎に惚れてはいるが、ミノの夢は苦界から這い出ること。

時さんのためなら何でもする、借金が大変なら、お金はいつだってつくれるから。

引用:浅田次郎 月島慕情

三十を過ぎての身請け話は強運で、惚れた男に添うことより、強運がうれしかった。

感謝するミノに、時次郎は言葉少なく「ばっかやろう」という。

江戸ッ子のばかやろうは、愛の言葉と同じだった。

所帯のために幸せをき込む熊手も買ってもらった。熊手を買うときの “値の駆け引き” で時次郎のいなせっぷりがミノは嬉しくて仕方がない。嬉しいのは平松ミノになるからだった。

ミノは一人で月島へ、時次郎に会いに行く。

時次郎は生まれ育った月島で、ミノと所帯を持とうと思っている。平松ミノ、ミノという嫌いな名前を、平松という幸せでくるんでくれるのだ。

ミノは時次郎との暮らしを思い、月島での暮らしを思う。ミノは相生橋の向こうの月島を知らない。

美しい名だと思う。東京湾に浮かぶその美しい島でこの人と生きていくのだと思う。ミノは、どうしても時次郎に会いたかった。そして、そこで見たものは貧しく暮らす、時次郎の母と兄妹だった。