『海と夕焼』は、1955年(昭和30年)に発表された短編です。
自選短編集『花ざかりの森・憂国』のなかに収録され、僅か13ページの分量ですが、巻末にある三島自身による解説で「この作品の主題はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ」と述べています。
三島の年齢は昭和の元号と同じで、この時、30歳です。彼の語った「一生を貫く主題」とは、どういう意味なのかを考えてみました。そのヒントとなる言葉が、同じく解説のなかの「さらにふしぎな不思議」という表現に込められていると思うのです。
そこで、今回は、テーマを「さらにふしぎな不思議とは何か?」としました。
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まずは、『海と夕焼』のあらすじから・・
文永9年(西暦1272年)、鎌倉の建長寺の寺男の安里は,仲間外れにされている唖で聾の少年を連れ立って裏の山に登ります。安里は日本人ではありません。もうずいぶんと年老いてしまったフランス人です。
安里は、自らに起きた過去の出来事を母国語(仏蘭西語)で語ります。当然、少年は理解できず、会話もできませんが、安里は少年の澄んだ目を通して、きっと解ってくれると信じ、遠い日の思い出を語りはじめます。
読者は、こんな山深い禅寺に、なぜ、異国の寺男がいるのだろうと思いながら、寺の裏の勝上ヶ岳から眺める晩夏の風景描写の美しさに浸っていると、鰯雲が羊の群れに変わり、海を眺める寺男の心象に誘われます。
安里の想いは、暮れ始めた空を映しだす夕焼の海に明かされていきます。
その昔、故郷セヴェンヌで羊飼いをしていたアンリ少年の前に,ある時、基督(キリスト)が現れ「エルサレムを奪い返すのはお前だ」と告げられます。神の啓示です。たくさんの子供たちがアンリの下に集まり弟子となります。その数は100人を下りません。フランスだけでなく、ドイツでも同じことが起こりました。
子供十字軍の遠征です。聖地の奪回のためでした。
マルセイユに着けば、そこで地中海が二つに分かれて、聖地に導くだろうと言われ、アンリは神の言葉を信じます.アンリ(安里)は他の少年たちを連れだってマルセイユを目指します。途中、多くの困難のなか仲間たちは命を失っていきます。何とかマルセイユ港へ着きますが、子供たちは1/3にまでになっていました。
海は分かれることはありませんでした。
そこに一人の信心深い様子の男が近づいてきて、自分の船でエルサレムまで連れて行かせてくれと懇願します。アンリ(安里)は信じて乗船しますが、男は奴隷商人で、少年たちはエジプトの奴隷市場でことごとく売られてしまいます。
安里は、黙って無念を思い返しているようです。空には晩夏の壮麗な夕焼が始まっていて空は燃えさかる炉のようです。 安里は焔のなかに故郷の風物や人々や自分を見ています。
アンリ(安里)は、ペルシャの商人の奴隷となり、さらに売られてインドへ行きます。ここで、宋の禅僧、大覚師蘭渓道隆に助けられて自由の身にしてもらいます。その恩返しに、生涯、仕えようと思い、師が日本に渡る際に、お供して、以来、建長寺で寺男をしているのです。
安里は、20数年の年月がたった今でも、夕焼を眺めるときに思います。
何のふしぎもなく、基督(キリスト)の幻を受け入れた少年の心が、決して分かれようとしない夕焼の海に直面したときのあの不思議を・・・
つまりは神のお告げをきいたという不思議を受け入れながら、現実に分かれ なかった海に直面した不思議を思い返さずにいられません。
やがて晩夏の太陽は稲村ヶ崎あたりに沈む。海は血潮を流したようでした。
安里は、今では還りたいとは思いません。何故なら、セヴェンヌは、羊たちは、故国は、夕焼の海の中へ消滅してしまったからです。海が二つに分かれなかったときに、それらは悉く消滅したのですから・・・
このようなお話です。
三島自身の解説ではっきりと、この作品を『海と夕焼』は、奇蹟の到来を信じながらそれが来なかったという不思議、いや、奇蹟自体よりもさらにふしぎな不思議という主題を、凝縮して示そうと思ったとしています。
テーマとした「さらにふしぎな不思議」
変わった言い回しですよね。当然ながら、三島のなかでは、きちんと論理的に説明できるからこそ、こんな表現を用いたのだと思います。
それも天才、三島が用いているわけですから、正直、うまく説明はできませんが、私なりに「さらにふしぎな不思議」という二重のフシギについて考えてみます。
最初の「不思議」は、「奇蹟の到来を信じながらそれが来なかった」ということだと思います。
「さらにふしぎな不思議」とは、平たく言えば、「海が分れる」という奇蹟を、信じ続けている安里(三島)という人間のなかにある性質の“不思議”と捉えました。
物語では、安里は、1217年~1272年の60年を経ても、つまりは少年時代から年老いた現在に至るまで、分かれることのない海を見つめながらも、未だ信じているのです。
分かれなかったことを不思議だと考えているのです。これは安里に備わった霊性というか霊的な生命エネルギーのようなものなのかもしれません。
三島の魂が、神や宇宙に繋がっているのです。その大いなるものに自己の人生を捧げたいとする思いだと考えます。
70歳を超える老人となった安里ですが、その思いが今もなお、続いているのでしょう。「海が分かれる」という奇蹟以上に、自身が神と霊的なものとつながっているという不思議を感じているのでしょう。
この作品の情景描写は、声を出して朗読したいほどの美しい文章ですが、この作品の主題が、「私の一生を貫く主題になるもの」という認識を踏まえながら読む時、「平岡公毅」から「三島由紀夫」という作家となった人間の生き方が、昭和の元号と同じ年齢という意味でも象徴的です。
三島が6歳(1931年、昭和6年)の頃に、満州事変が勃発。11歳(1936年、昭和11年)で2・26事件、12歳(1936年、昭和12年)で支那事変(日中戦争)、ついに英米を相手に16歳(1941年、昭和16年)の時に大東亜戦争となります。
最初こそ、華々しい戦果をあげますが、ミッドウェイ開戦後の戦局は悪化し続け、最後は特攻作戦まで行います。
敗色が濃くなる中、20歳(1945年、昭和20年)の徴兵検査で、肺浸潤の疑いで、三島は戦地へ行くことができませんでした。多くの若者は戦死しています。
三島は、この体験を複雑な思いとして、戦後の作家活動の方向を模索していくことになります。昭和と共に生きた三島由紀夫は、戦争の時代を生き、断絶された戦後民主主義を傍観します。
『海と夕焼』の発表の翌1956年、「もはや戦後ではない」と経済白書は敗戦後の復興を高らかにうたいあげます。
この年、31歳の三島は『金閣寺』(1945年、昭和31年)を発表します。主人公の溝口は、金閣寺の美が自身の生を妨げている気がして、美を滅ぼそうとします。そして金閣寺に火をつけます。金閣寺は燃えますが、その核である究竟頂の扉は、溝口を受け入れません。拒絶されたのです。
裏の山に逃れた溝口は、自殺を計画していましたが、もう一時、生きてみようと考えなおします。
この作品で、三島は人生との間に立ちはだかる金閣の美への呪詛と執着のアンビバレントな感覚を取り上げ、どこか天皇の存在を暗示しているように私は感じます。ここでも吃音症の修行僧を主人公にしています。
さらに、三島36歳の『憂国』(1961年、昭和36年)では、2.26事件の外伝として、美とエロチシズムをテーマとし、至誠を尽くし、恋闕の情に散った青年将校の想いを描きます。
続く三島41歳の『英霊の聲』(1966年、昭和41年)』では、昭和天皇の人間宣言に対して、青年将校や神風特攻隊員という英霊たちが、「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまいし」と呪詛する設定となっています。
私は、『英霊の聲』の解説動画のなかで、三島由紀夫VS林房雄の対談を紹介していますが、三島は天皇が神でなければならなかったと本心から語っており、深い友情で結ばれている師弟関係(三島と林)ですが、この部分だけは、二人の意見は最後には決裂してしまうのです。
三島は強く神を、霊的なものを信じている、あるいはそうでなければならないと考えているのです。
巻末の三島自身の解説の別の部分には、人はもちろんただちに、「何故神風が吹かなかったか」という大東亜戦争のもっとも怖ろしい詩的絶望を想起するであろう。なぜ神助がなかったか、ということは、神を信ずる者にとって終局的決定的な問いかけなのである。としています。
作品において、子供十字軍の史実(1212年)を題材にして、時空を越えて、60年後の1272年(文永9年)の晩夏を捉え、鎌倉建長寺裏の勝上ヶ岳から眺める海と夕焼を描く。
やがて海は、西に沈む太陽を飲み込んで真っ赤に染まっていきます。この夕焼に染まる海の赤は、血であり、鎮魂の赤なのかもしれません。寺の鐘の音が聞こえる。その重々しい音のたゆたいは、時を溶解して、久遠のなかへ運んでいく。とあります。
安里は目をつぶって聞いています。目をあいたときは、安里の身は夕闇に ひたっている。
寺男の安里は、きっと今も「海が分かれなかった」ということが信じられないのでしょう。
その意味では、この場面は、虚無でもなければ絶望でもなく、まさに不思議なのです。
安里は、いや三島は、なぜ不思議に思うのか?
それは科学の理ではなく、別の理があるからだと思うのです。
別の理とは何か? それは科学では説明できないもの・・・
安里が、三島が、神聖なるものを信じ続けているからでしょう。
神風がこの戦争に吹くことは科学的ではありません。しかし、信じたのです。特攻隊員はじめ、散華した多くの若者たちは、家族-妻や子供たち、あるいは恋人、さらにはお母さんと呼びかけ愛する者の幸福を願ったことでしょう。
戦争なんて、普通の幸せを望む人間は、誰も支持などしません。 それでも祖国のために、命を賭したはずです。だからこそ、たとえ黙契であれ、神の助けを願い、神の国、日本と信じたかったのかもしれない。
なぜなら・・・ 疑いの気持ちのなかで、信じたものは、やがて朽ちて滅んでいく運命にあるからだと思います。疑わないこと、信じ続けること、その先にこそ、生のエネルギーは輝き続けるのではないでしょうか。
三島の魂や意識、目に見えないものを信じる強い情熱。だからこそ、逆説的に、海と夕焼を眺めることに安らぎを感じることができるのでしょう。
・・・となれば、遺作となった『豊饒の海』と最後の自裁についても、決して、虚無でも絶望でもなく、三島は、自らが信じ続ける、永遠の生のために死を選んだのだと思います。
美しい散文詩の浪漫主義調のこの作品に、三島は自身の生涯の方向性を定めていたのかもしれません。
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