三島由紀夫『憂国』あらすじ|大儀に殉ずる、美とエロティシズムと死。

概要>反乱の汚名を着せられた青年将校と、彼らの大義に自らも殉じる。死して生を輝かせるために命を捨てる武士道の精神。愛する若妻との最後の永遠の契りを交わし、様式美としての切腹の描写、死後半世紀、日本人とその民族の尊厳を世界に示した不滅の三島文学

登場人物

武山信二中尉
近衛歩兵一聯隊勤務、二・二六事件を起こした親友の逆賊の汚名に懊悩のすえ自害。
麗子
武山の夫人、軍人の妻としていつなんどきでも死を覚悟することを黙契する。

あらすじ(ネタバレあり)

昭和十一年二月二十八日、二・二六事件の三日目に、武山信二中尉は、親友が反乱軍に加入したことに懊悩を重ね、皇軍が相対する事態となる情勢に痛憤し、自宅八畳の間において軍刀にて割腹自殺を遂げ、妻の麗子夫人も夫君に殉じて自刃を遂げる。

中尉の遺書には只一句のみ「皇軍の万歳を祈る」とあり、夫人の遺書は「軍人の妻として来るべき日が参りました」と記されていた。中尉は享年三十歳、夫人は二十三歳。

武山信二と麗子は結婚し、軍人とその妻として死を覚悟の黙契を交わす。

結婚の記念写真は、軍服姿の中尉は軍刀を左手に突き右手に脱いだ軍帽を提げて、雄々しく新妻をかばって立っていた。新郎の凛々しい顔立ちと、新婦の白い打掛姿の美しはたとえようもなく、写真を見た人々は美男美女ぶりに感嘆の声を漏らした。自刃の後は、写真の新郎新婦は、間近の死を透かし見ているようであった。華燭の典を挙げてからわずか半年に満たなかった。

二人は、四谷青葉町に新居を構え、第一夜を過ごした。信二は、軍人の妻たるものはいつなんどきでも良人おっとの死を覚悟しておかねばならないと言い、妻は、懐剣かいけんを膝の前に置き黙契が成立した。

二人とも健康な若い肉体を持ち、その交情は激しかった。最初の夜から一か月を過ぎると麗子は喜びを知り、中尉もそれを知って喜んだ。これらのことはすべて道徳的であり、教育勅語の「夫婦相和シ」の訓えに叶っていた。

神棚には、皇太神宮の御札とともに、天皇皇后陛下のご真影が飾られ出勤前は深く頭を垂れた。厳粛な神威に守られ、身も震えるような快楽に溢れていた。

武山中尉は大儀に殉じ自らの死を決め、麗子の良人に従う覚悟に安らいだ。

二十六日の朝、惨劇の後、中尉は集合ラッパを聞き軍刀をもって雪の朝の道へ駆けだし二十八日の夕刻まで帰らなかった。麗子はラジオのニュースでこの突発事件の全貌を知る。

麗子は、中尉の顔に死の決意を感じ後を追う覚悟ができている。彼女は、ひっそりとみのまわりの物を片づけた。脳裏に浮かぶ死は少しも怖くはなく、良人おっとの肉体と同じように快適な死へ連れて去ってくれるのを固く信じた。

麗子は、良人の友人の何人かが決起した人々の中に含まれており、すでに死んでしまったことをラジオのニュースで知った。そして、それは、はじめは維新のために決起したと見られたものが、反乱の汚名を着せられつつあることをつぶさに知った。いついくさが始まるか知らなかった。

二十八日の夕刻、帰ってきた中尉は、無精髭に覆われて別人のようにやつれている。頬が落ち、光沢と張りを失っている。

加納も、本間も、山口も、麗子もよく知る良人おっとの友人だった。彼らは新婚の武山をいたわり行動を伴にさせなかったが、明日にも勅命が下り反乱軍の汚名を着るだろう。

武山は部下を指揮して彼らを討たねばならず、そんなことはできないと言う。

麗子には、中尉は悩みを語っているのに逡巡がないこと、つまり死を覚悟していることが分かっていた。中尉は二日にわたる懊悩の果てに、我が家で美しい妻と心の安らぎを覚えた。妻が言外の覚悟をしていることがすぐにわかった。

自分の肉の欲望と憂国の至情はひとつのものと考え渾身の自由を味わった。

中尉は「いいな、俺は今日腹を切る」と言い、麗子は「覚悟はしておりました、お供をさせていただきとうございます」と言う。中尉は「よし。一緒に行こう。但し、俺の切腹を見届けてもらいたいんだ。いいな」と言う。

目の前には苦痛も死もなく、自由な、ひろびろとした野が広がるように思われた。

中尉は、軍服を脱ぎ湯に入る。麗子は、火鉢の火加減を見、酒の燗の支度をする。中尉は、風呂で髭を剃り、温められた体が苦悩が癒されて、死を前にしながら楽しい期待に充たされているのを感じた。自分の肉の欲望と憂国の至情はひとつのものと考えた。

剃られた顔はふたたび美しく輝いた。その顔は、中尉の所有を離れ軍人の記念碑の顔になっていた。

麗子は手早く顔を直していた。頬は花やぎ、唇は潤おいを増し悲しみの影はなかった。

「ここへ来い」と中尉は言った。それから麗子は良人に抱かれた。悲しみの情緒と喜悦きえつ、涙の滴が次々と目尻から光って流れた。妻が風呂に入っている間、中尉は、肉の欲望が死に向かっているように感じられ、渾身の自由を味わった。

心も体も、さわぐ胸も、これが最後の営みだという思いに湧き上がった。

「お前の体を見るのも最後だ。よく見せてくれ」と中尉は言った。忘れがたい風景を心に刻んだ。

「見せて・・・私にもお名残りによく見せて」麗子は定かでない声音こわねで言った。

こうして二人は至上の喜びを味わった。若い美しい肉体の隅々までがひとつになった。

美しい妻の姿に、身を捧げてきた皇室や国家の幻を見るような気がした。

「さあ、支度をしよう」それは決然たる調子だが、温かな優しい声だった。水の流れるように淡々とそれぞれの支度にいそしんだ。

素肌の上に軍服をきちんと着た中尉が風呂からあらわれた。「皇軍万歳 陸軍歩兵中尉武山信二」とだけ書いた遺書が見られた。中尉は、軍刀を携え、麗子は白無垢の帯に懐剣をさしはさみ遺書をもって、神棚の前に並んで黙禱した。掛け軸の「至誠」はそのままにした。

中尉は、床柱を背に正座して軍刀を膝の前に横たえた。麗子は畳一畳いちじょうを隔て端座たんざした。

中尉は、押し殺した声で「介錯がないから、深く切ろうと思う。見苦しいこともあるかもしれないが怖がってはいかん。どのみち死というものは、傍から見たら怖ろしいものだ。それを見て挫けてはならん。いいな」と言った。「はい」と麗子は深くうなずいた。

中尉は、戦場の死と同等同質の死の姿を妻に見せるのだ。

妻の美しい目に、自分の死の刻々こくこくを看取られることは、香り高い微風に吹かれながら死に就くようなものである。

目の前の花嫁のような白無垢の美しい妻の姿に、自分が愛しそれに身を捧げてきた皇室や国家や軍旗や、それらすべての花やいだ幻を見るような気がした。麗子もまた、死に就こうとする良人おっとの姿を、この世にこれほど美しいものはなかろうと思って見つめた。

うなじをつらぬき血がほとばしり、青々とした刃先を立てて静まった。

「じゃあ、行くぞ」とついに中尉が言った。麗子は畳に深く身を伏せてお辞儀をした。

軍刀の尖を五六寸あらわし白布を巻き、軍服の襟のホックを外した。ボタンを外し、胸が、ついで腹があらわれ、右手に軍刀の白布握りをとり、鷹のような目つきで妻をはげしく凝視し、刀を前へ廻し、腰を持ち上げ、上半身が刃先へのしかかるようにして体に力をこめた。一瞬くらくらしたが、やがて意識が戻る。思わずうめきかけたが下唇を噛んでこらえた。

これが切腹というものかと中尉は思っていた。天が頭上に落ち、世界がぐらつくような感覚だった。麗子は、駆け寄ろうとする自分と戦っていた。とにかく見なければならぬ。見届けねばならぬ。それが良人が麗子に与えた職務である。

中尉は、右手でそのまま引き廻そうとしたが刃先は腸にからまりながら全身の力を込めて引いた。三四寸切れた。ふと見ると、刃がすでにへその下まで切り裂いているのを見て、満足と勇気を思えた。ようやく右の脇腹まで引き廻したとき嘔吐が激痛を攪拌かくはんして傷口から腸が弾け出た。それは、健康な、いやらしいほど生き生きとした姿で、喜々としてすべり出た。肩で息をして、目を薄めにあき、口からよだれの糸が垂れた。

顔は生きている人の顔ではなかった。目はくぼみ、肌は乾いて、美しかった頬や唇は、土色になっていた。麗子は、良人の最期の、もっとも辛い、空虚な努力をまざまざと眺めた。ふるえる刃先がようやく裸の咽喉いんこうに触れ、最後の力で、いきなり刃へ向かって体を投げかけ、刃はうなじをつらぬき静まった。

麗子は、良人の信じた大義の苦味と甘味を自身も味わえることを喜んだ。

麗子は、火元をしらべ、ガスの元栓をしらべ、火鉢の埋火うめびに水をかけて消し姿見の前へ行った。化粧に時を費やした。頬は濃い目に赤をはき、唇も濃く塗った。

階段をあがると中尉は、血の海の中にうっぷしていた。のどから立っている刃先が、秀でているような気がする。中尉の屍のかたわらに座って、袖で唇の血を拭って、別れの接吻をした。

死骸から一尺ほど離れたところに座り、懐剣かいけんを帯から抜き、澄明な刃を眺め、舌をあてた。磨かれたはがねはやや甘い味がした。

麗子は、遅疑ちぎしなかった。良人おっとのすでに領有している世界に加わることの喜びがあるだけだった。麗子は、良人の信じた大義の本当の苦味と甘味を、今こそ自分も味わえるという気がする。

麗子は、咽喉元のどもとへ刃先をあてた。一つ突いた。浅かった。刃を横に強く引く、口のなかに温かいものがほとばしり血の幻で真赤になった。彼女は力を得て、刃先を強く咽喉の奥へ刺し通した。

解説(ここを読み解く!)

●死とエロティシズムを主題に、大儀に殉ずる武士道とその様式美を描く。

三島は、幼少の頃は、青びょうたんと言われ病弱な体質だった。二十歳の春、徴兵検査を受けるが肺病の疑いで落とされてしまう。その後、官僚として大蔵省に入省する。太平洋戦争が激しくなる中、遺書のつもりで小説を書いていく。本作品は1936年(昭和11年)の二・二六事件を題材にした外伝的なものとなっている。

三島は、自身に余分なものは感受性で、欠けているものは肉体的な存在感だという。

美、エロティシズム、死という図式は、最高の秩序、絶対者の中にしかエロティシズムはない。エロティシズムと名のつく以上は、体を張って死にいたるまで快楽を要求する。

そこには、「切腹」という武士道の様式美が細やかに描写されている、葉隠れの「武士道」を好んだ三島は、作品の中で「命を守るために、命をすてる」「生を輝かせるために、死ぬ」ことを尊厳とする。そして、青年将校のように戦いの場で死ぬのではなく、新婚ゆえにとの理由で、ともに決起することから外された身という設定で、自らも同志と死を共にし愛するものと最後の契りを結ぶという、美、エロティシズム、死という関係を描いている。

実際の歴史の中の二・二六事件は、三日後の二九日に陸軍によって収拾された。東京陸軍軍法会議で十九名が処刑された。一審、即決、非公開、弁護人なし。彼らが死を前に叫んだのは「われらは逆賊にあらず」。青年将校たちのクーデターと歴史に収められた事件の外伝である。

●自身の文学と現実の行為、戦後日本に影響を与え続ける三島の思想。

肉体改造を行い、武道に励み精神と肉体を鍛え上げていく。日本の敗戦を受けた戦後の民主主義に大いなる疑問を持ち、この「憂国」そして「英霊たちの聲」。さらには遺作となった「豊饒の海」へと繋がっていく。文武、菊と刀、その実践として「楯の会」を結成し、バルコニーの上から自衛隊に決起を促す。

隊員たちの怒号とヘリコプターの音にかき消されながらも「天皇を中心とする歴史と文化を守る」こと、「自身の命よりも大切なものは、自由でも民主主義でもない、日本だ」という。「作家」の考える思想を、作品の「憂国」に投影し、最後には身をもって現実に表現したことになる。

三島の死の行為は、決してテロルではないことを了解しなければならない。自身が益荒男ますらおとして、戦後の日本に問いかけたことは何であったのか。

1970年7月7日、某新聞に『果たし得ていない約束‐私の中の二十五年』と題されたメッセージの最期の部分を引用する。

私はこれからの日本に対して、希望をつなぐ事ができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の富裕な、抜け目がない或る経済的大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。

三島の死後、半世紀が経った今、日本や日本人は、その独立心や威厳というものをもつことができたのであろうか。

作品の背景

物語は、二・二六事件を題材に捉えており、三島自身は「ここに描かれた愛と死の光景、エロスと大義との完全な融合と相乗作用は、人生に期待する唯一の至福である」として、「三島の良いところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説を読みたいなら『憂国』の一編を呼んでもらえばよい」と言っている。「死」と「エロチシズム」を通して人間の至高のあり方を追求したフランスの思想家・哲学者であり作家であるジョルジュ・バタイユやニーチェの影響を受けている。作品から自決という行動において、人生そのものを作品にしてしまったとも言える。日本の保守論壇や保守層において、その死とその思想に敬慕する「憂国忌」なる追悼の集会が命日の11月25日に毎年行われている。

発表時期

1961年(昭和36年)1月、『小説中央公論』3号・冬季号に掲載される。当時、36歳。この「憂国」と昭和41年「英霊の聲」、戯曲「十日の菊」と共に二・二六事件三部作として纏められた。小説発表の4年後の1965年(昭和40年)には、三島自身が監督・酒宴などを務めた映画も公開されている。三島は、昭和24年、大蔵省入省後わずか半年でやめ文学に専念する、そこで書き上げたのが「仮面の告白」少年期から青年期にかけての特異な性的な目覚めを扱う。昭和31年、31歳で「金閣寺」で作家として頂点にたつ。以降、肉体改造を貪欲に行っていく。36歳で「憂国」を発表、以後「英霊の聲」「葉隠れ」そして昭和43年に楯の会を結成、「文化防衛論」で天皇中心の国体を唱え、「豊饒の海」の最後の原稿の日付は11月25日、その日の午後1時に自決する。戦争、敗戦、安保、戦後民主主義と45歳の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地での割腹自決まで激動の昭和と共に生きてきた。

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