三島の遺作であり、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の四巻からなる長編小説。20歳の若者が命果て、次の巻で生まれ変わっていく。それぞれが、一度きりの人生を、夢を追い、命尽き、転生を繰り返す。最後には、世界のすべてが、幻のように儚く消えていくことで、「輪廻転生」や「阿頼耶識」という仏教思想を通して生を描きます。各巻の主人公である松枝清顕、飯沼勲、ジン・ジャン、安永透と、傍にいる本多繁邦。そして綾倉聡子。能におけるシテ(主役)が次々に変わり、途中から、ワキ(相手役)が、主役に変わったときに、暗転し、大きな混乱を迎え、やがて無に帰していく。それは虚無の世界か、あるいは、悟りの世界か。
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作品は文芸雑誌 新潮に掲載されました。現在から振り返れば、昭和の元号と年を同じくする三島由紀夫の戦後日本への眼差しのようにも見える
第一巻、『春の雪』は、貴族の世界の悲恋の話ーたおやめぶりー
(1965年(昭和40年)9月号から1967年(昭和42年)1月号にて掲載)
物語は大正(2年)から始まる。皇族である治典王殿下と綾倉聡子(伯爵家)の婚約が決まる。恋人の松枝清顕(侯爵家)は “結婚の勅許” に逆らい、逢瀬を重ね、聡子はやがて妊娠し、ひそかに堕胎して月修時(奈良の圓照寺ガモデル)で出家する。以降、聡子は二度と清顕と会おうとしない。決して許さない、叶うことのない恋だからこそ、生命を燃やす。狂うほどの想いに清顕は病に倒れ、無二の親友、本多繁邦に、「又、会ふぜ。きつと会ふ。滝の下で」という再会の言葉を残して20歳で死ぬ。
第二巻、『奔馬』は、貴族の世界の悲恋の話ーたおやめぶりー
(1965年(昭和40年)9月号から1967年(昭和42年)1月号にて掲載)
清顕の死後18年たった昭和7年、判事となっていた本多(38歳)は、奈良の三輪山の大神神社のご神体の山の滝で飯沼勲に会う。勲の脇腹には、転生者の印として清顕と同じ三つの黒子があった。本多は清顕の生まれ変わりだと確信する。
勲は昭和の神風連たらんとして君側の奸たちの暗殺を企てるが事前に発覚し、仲間と共に逮捕される。その蛮行は忠義によるものと情状釈放されるが、その後、勲は一人で財界の大物、蔵原を刺殺し、「正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕(かくやく)と昇った。」として20歳で割腹自殺をする。
第三巻、『暁の寺』は、仏教(一部)と官能(二部)の話
(1968年(昭和43年)9月号から1970年(昭和45年)4月号にて掲載)
昭和16年、勲の裁判で弁護士となっていた47歳の本多はタイを訪れ、勲の生まれ変わりという王室の幼い月光姫(ジン・ジャン)に会う。彼女は、清顕や勲の記憶を持っていた。さらに本多はインドへ行き、聖なる体験をし、帰国後、太平洋戦争中の日本で、輪廻転生や唯識の研究に没頭する。
ここまでが一部です。二部から戦後(昭和20年~)となります。起承転結の大きな「転」の部分になっています。時間が分断され、記憶の断絶が起こります。戦後の堕落のなかで、二部からは、アモラルな展開となります。
11年が経った昭和27年、本多は58歳。留学で日本を訪れた18歳の月光姫(ジン・ジャン)と再会する。ジン・ジャンは、清顕のことも勲のことも本多のことも何も記憶していない。本多は、年甲斐もなく、ジン・ジャンに恋をするが、悪趣味な覗きで、彼女の同性愛行為(レズビアン)を盗み見る。
本多は姫の腋(わき)の三つの黒子(ほくろ)を見て、転生だと確信する。その後、帰国した姫は毒蛇に噛まれて20歳で死ぬ。
第四巻、『天人五衰』は、贋物で覆われた近未来の話
(1970年(昭和45年)同年7月号から1971年(昭和46年)1月号にて掲載)
昭和45年、76歳になった本多は、船の監視通信士の安永透に、三つの黒子(ほくろ)を確認し、新たな転生者として養子に迎える。本多は、透の成長に自身も関わろうとする。 しかし、透は偽物で、悪魔のような少年に成長していく。
透は本多に暴力を振るったり、覗き見趣味を週刊誌に暴露したりして名誉を失わせる。
透は20歳で死のうとするが、贋物の転生者は、自殺に失敗し、視力を失ってしまう。その後、狂女の絹枝と結婚し、妊娠させる。邪悪な透を育ててしまった81歳になった本多は、老醜をさらしながらも、戸惑いながら、月修寺に行くことを決断する。
以上が、おおまかな流れです。
善きものから悪しきものへの輪廻
『春の雪』の松枝清顕の悲恋の純情が、『奔馬』の飯沼勲の憂国の純真に生まれ変わる。それから『暁の寺』でタイのジン・ジャン(月光姫)に生まれ変わるが、
ここで、戦後の断層があり不純が覆う。
本多は、覗き見という卑しい習慣を繰り返し、身を落とす。輪廻転生の善き魂は、ここに途絶え、安永透という悪しき魂に変異する。
本多は、聡子に会いたいと思う。
かなわぬ恋に命を懸け20歳で死んだ松枝清顕こそが転生の最初だった。その相手は、幼馴染の綾倉聡子。2つ年下の清顕は、最初は優柔不断で、意地や見栄を張り、恋の相手とは認めず距離を置いたが、「勅許」と知ることで、愛する人は聡子だと知り「聖なるもの」と対峙した。
その激しい恋心は、やがて清顕を死に至らしめる。親友の本多繁邦は、形見として受け取った「夢日記」をなぞっていく認識の人であり、清顕の生まれ変わりとして現れた勲もそのファナティックな憂国の純真で、汚れた財界人を刺殺し、20歳で自刃し思いを天に届けようとする。
第一巻、第二巻までの本多は、裁判官(判事)という職業が証明するように人間を裁く側にいる人。常に正しく、強い自意識のなかにあった。しかし第三巻の2部で、姫(ジン・ジャン)を得るための悪巧みや覗き見(窃視症)という不純な自己を知り、行為がやめられない。第四巻では、転生者と信じた透は、悪魔性を発揮しはじめる。
第四巻は、物語のなかでは近未来(昭和45年以降)の出来事である。贋物の転生者、邪悪な透。
この副主人公の本多という男は、最初は理性の人だった。裁判官(後に弁護士)という、まさに論理の世界に生きていた。しかし戦後は、アモラルの世界に踏み込み、富と倦怠のなかで、自身も堕落していき、転生者と認めた透は、実は、現在の本多の醜さを映す鏡であるとともに、未来からの転生でもある。
年老いた本多の最後は、破局を迎える。
ここで、ひとつ疑問がわく。みっつの黒子を転生の徴としながら、1巻の恋の純情や2巻の忠義の純真に比べて、3巻2部からの変質し、4巻では、まったく破滅的なカタストロフィーの展開になってくる。
・・・となれば、三島の考えは、物理的な黒子は、ただのめくらましで、本意は、もっと形而上のもの、霊性というか、魂の問題である。善い、悪いの問題ではなく、因果が前提となっている人間の魂の在り方を問うていると思われる。
贋物の、それは、日本人の魂を捨てた戦後民主主義ということなのか・・・
虚無か、悟りか・・・心々の唯識の世界
死期が近づく81歳になる本多は聡子に会いに月修寺に行く。60年ぶりの再会。かつて、清顕との悲恋の後に俗世を隔て出家した聡子は、今は門跡となっていた。
話を聞いた老尼(聡子)は、すべては夢物語なのではないかと答える。つまりは本多の妄想ということになる。
「松枝清顕さんといふ方は、お名を聞いたこともありません。そんなお方は、もともとあらしゃらなかったのと違ひますか?何やら本田さんが、あるように思うてあらしゃって、実ははじめから、どこにもおられなんだ、ということではありませんか?」と言う。
清顕の存在がなければ、生まれ変わりとしての勲もジン・ジャンも無いことになる。本多はみずからの存在が消え去ってゆく思いに襲われ、何もないところへ自分は来てしまったと茫然自失する。
仏教の説く「唯識」の世界。
「唯識」とは、唯(ただ)、識(しき)のみを説く。この世界は、唯、識があるのみとする考え方。この識を、心と解釈すれば、すべては「心」である。心、以外は、何も存在しないということになる。現実とは、人間が心にあらわしている幻の世界。
『それも心々ですさかい』と老尼(聡子)が答える場面。
清顕のこと、その恋を、その存在を、そして本多が語ったことも、すべては心のなかに棲む世界と言わんばかりのように・・・
本多にとって、それは虚無の世界であり、聡子にとって、それは悟りの世界という ことなのか。
死して永遠となった三島文学の世界
物語の最後に、『豊饒の海』完。昭和45年11月25日とある。
まさに、「完」の文字をうって筆をおき、その日、三島は割腹自殺を決行する。
『豊饒の海』の転生者たちは、すべて20歳で死ぬ。三島は20歳(昭和20年)のときに死を覚悟して遺書を綴ったとのこと。
私の浅薄な印象で言えば、昭和19年の徴兵検査(兵庫加古川)の際に、風邪の症状を、肺疾患と誤診され徴兵を免れたという事実。仲間は戦争で死に自分は逃れたという記憶(ある種のうしろめたさ)のなかで、三島は死を覚悟して戦後を生き続けるたのではと思う。
だから『豊饒の海』における輪廻転生は、20歳でなければならない。
若さという希望(夢)と絶望(死)の狭間で生まれ変わっていく。20歳の三島にとって、昭和20年は、日本の敗戦の年であり、断絶させられ。その前後における連続性と一貫性の欠如を文学によって何とか繋ごうとしたのではないかと思う。
作家としての煩悶の覚悟であり、だから死んではいけないのだ。作品を通して、解を探し続けることを自分へ課したのではないか。
残された三島の創作ノートの研究から、4巻目の「天人五衰」は、予定の執筆期間と現実の脱稿日が一年以上、早くなっており、そのことで作品の内容が変わったのは事実だろう。
しかし、読み方として、透という悪魔の転生や、絹江という魔物に、追い詰められた本多が、ついに月修寺の聡子に会いに訪れる構成は、結果的には、作品に永遠の余韻をもたらしたのかもしれない。
物語は、仏教で示すところの涅槃、ニルヴァーナに溶けていく想定だったのかもしれないが、娑婆はそうではなかった。
現実は、贋物や自我肥大にますます覆われはじめていた。三島の目には、それが、1970年の経済成長の陰で、精神が空洞化する日本社会だったのではないか。
輪廻転生であれば、未来に生まれ変わるためには、死ななければならない。
文人として認識を極め、知行合一のなかで、武人として行動に帰結させた。その生きざまと、死にざまが、現代にまで語り継がれている。
三島の最後は、日本人に覚醒を求める行為でもあったと思う。
「日本」という天皇を中心とした文化概念を持つ国家に対する忠心であり、精神と肉体の一体化を求めた表現者の決意ということなのだろうか。
時の総理大臣の佐藤も、防衛長官の中曽根も三島を狂気と非難した。小林秀雄はじめ多くの文壇人は、それぞれの立場で、その死を解釈した。是非はともかく、神話に繋がろうとする三島の想いを理解した。
「豊饒」という言葉。その<豊かさ>さとは何を指すのか?
『豊饒の海』とは、「Mare Foecunditatis」(ラテン語名:マーレ・フェクンダイティタティス)の和訳であり、月の海の一つで、月面にある水のない乾いた穴のことらしい。
三島は、「月のカラカラな嘘の海を暗示した題」だとドナルド・キーン(文学者・文芸評論家)に説明したという。
カラカラで豊か、豊かでカラカラ。どこか、般若心経(色即是空、空即是色)の一節のよう感じる。 カラカラの状態だからこそ、豊かさとは何かを考えさせられる。
当時(1970年代以降)の日本は、経済発展が目覚ましく、国民は豊かになっていった。
人々は目をつむっていたかもしれないが、近隣では戦争(ベトナム戦争)も起こっていたし、国内で公害などの社会問題も出始めていた。
周知のとおり、5月には「果し得ていない約束」が新聞に掲載されている。
そこには戦後25年の「日本」に対しての三島の絶望が記されている。無機的で、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目のない日本をいいと思っている人たちと口をきく気になれないと綴られる。
アメリカに従属し続けたままでは、日本は、ほんとうに独立していると言えるのだろうか。物質的な豊かさを追い求めた結果、精神の豊かさは捨て去ったのではないか。
この現実に、いつまで目を逸らし続けるのだろう。
不思議なことに、私は、なぜか、ふと『詩を書く少年』(1954年)のことを思い出した。
恋を体験していないのに、恋を語っている状態。美しい言葉をならべて・・・
隷属(与えられた憲法とアメリカの指揮下の自衛隊)しているくせに、自由や民主主義を自慢するのは矛盾してはいないか。
市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地の総監室のバルコニーに立ち、その長い檄文の最後に
「今こそわれわれは生命以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ」とあり、
「われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇へることを熱望するあまり、この挙に出たのである」と結ばれる。
戦後、80年を経た現在、自由で民主という西洋のシステムが、あるいはアメリカニズムが、世界に混乱を起こしている一因になっていることも、私たちは、知っている。
作品と行動を通して、三島文学の魂は、永遠に生き続けるのだろうと思う。
ほんとうの豊かさとは、魂を汚さず、真に日本の自立を果たすことなのではないか
子々孫々に、受け継ぐもの。それは伝統や文化のなかに生きる日本人の魂だと思う。
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