解説
三島の思想が随所に溢れたSF小説。
三島は「これは宇宙人と自分を信じた人間の物語りであつて、人間の形をした宇宙人の物語りではない。そのために、主人公を、夢想と無為にふさわしい、地方の財産家の文化人に仕立てる必要があった」とする。
大杉一家だけでなく、羽黒たち仙台の三人も同じように人間だが、円盤を見たことで宇宙人と信じる。宇宙人の霊が憑依したことで、周囲の地球人に対して宇宙的価値を備えた重一郎の地球人観察や政治・宗教的・文化的思想となっている。一部を紹介すると、
人類と文明
人類は自ら築き上げた高度の文明との対決を迫られており、文明の明智のある支配者となるか、文明に使役される奴隷として滅びるか二つに一つに迫られている。
科学技術の進歩は、核兵器にも生物化学兵器にも、そして宇宙開発にも向けられる。しかし近代文明の奴隷となった場合の人類の未来は悲観的であり、そうならないために優れた知恵が求められている。世界で唯一の被爆国である日本ゆえに「核の釦」の意味は大きい。
地球人の病的傾向
民衆というものは、どこの国でも、まことに健全で、適度に新しがりで適度に古めかしく、吝嗇で情に脆く、危険や激情を警戒し、しんそこ生ぬるい空気が好き。
そしてこれらの特質を残らず保ちながらそのまま狂気に陥るという。そこが人間(=地球人)を客観視した時に、どうにも特徴的なものに見えるのである。
当時は東西冷戦が激化し日本の安保闘争の背後にも米ソの対立があった。そしてそれは水爆実験や宇宙衛星開発の競争を過熱させていく。
「人類は滅亡しなければならない」と考える白鳥座六十一番星から来たと言う羽黒ら三人は、人間の三つの関心を不治の病として説明する。
事物への関心、人間への関心、神への関心である。人類がこの三つの関心を捨てれば、滅亡を免れるかもしれないがそれは不可能であるとする。理性で導かれた人類の象徴である。
羽黒たち三人の特徴は。美しくない事、たえず人を憎んでいて、そして人間全体に敵愾心を抱く、ルサンチマンである。
人類を救済しようとする「美しい星」という文学。
「誰かが苦しまなければならぬ。誰か一人でも、この砕けおちた世界の硝子のかけらの上を、血を流して跣足で歩いてみせなければならぬ」
物語のなかで、このように重一郎は気負い込む。破滅へと落ちていく世界を予見し、その責任を自分一人が負わなければならないと考える。三島の考える<終末観と文学>がSFをモチーフに宇宙的に広がっていく。
宇宙の視座で地球を俯瞰することで、人間の愚かさ、儚さ、小ささ・・・などのつまらなさを「美しい気まぐれ」という観念で説く。これは羽黒たち理性の論理から、重一郎の感性の反撃となる。地球を卑しいとしながらも、間違った方向に人類が進まないように、確かな未来を見据えて導くかのように。
重一郎の人間の五つの美点は、「人類は滅亡しなければならない」とする羽黒たち三人の白鳥座の邪な不治の3つの関心の陰謀に対峙する。人間の美点は宇宙から見れば取りに足らないものではあるが、そのことこそが人間の生であるとする。
「人類を救済しなければならないする」と願う重一郎は、自分の死の犠牲と引き換えに、宇宙が全人類の救済を約束するかのように、宇宙からの声を聴き導かれて東生田に向かう。そしてついに、地球救済のために命を懸ける重一郎の前にその絶望の果てに円盤が現れる。
人類の希望の象徴である円盤、こうして美しい星が守られることを願い昇天していく。
※三島由紀夫のおすすめ!
三島由紀夫『仮面の告白』あらすじ|自分自身を、生体解剖する。
三島由紀夫『潮騒』あらすじ|男は気力や、歌島の男はそれでなかいかん。
三島由紀夫『金閣寺』あらすじ|世界を変えるのは、認識か行為か。
三島由紀夫『憂国』あらすじ|大儀に殉ずる、美とエロティシズムと死。
三島由紀夫『美しい星』あらすじ|核戦争の不安のなか、人間の気まぐれを信じる。
三島由紀夫『英霊の聲』あらすじ|などてすめろぎは人間となりたまいし。
作品の背景
核兵器という人類滅亡の最終兵器を作るところまで来てしまった人間社会において、人類の存在の根源を問う。人間を救済したいと擁護する重一郎を家長とし、それぞれが別の惑星から来た埼玉県飯能市の大杉一家4人と、人間は滅亡した方が幸せだとする白鳥座61番星から来た宮城県仙台市の羽黒真澄助教授と粟田、曽根の3人、彼らは全て人間なのだが宇宙人として目覚める設定で、宇宙的な視野で、相反する立場で地球人の運命を論じる。
米ソの核開発競争は世界の終末観と人類滅亡の不安を拡大する。三島自身がSFや円盤に強い興味を持つことがコズミックな世界の本作品となるが、同時に20歳の時に原爆投下を知り、敗戦を迎えた戦中派ならではの世界の崩壊や人間の終末観が背景になる。
三島自身も肺浸潤の誤診で兵役を免れるが、同世代のたくさんの戦死を思い、死と向き合うことが永遠のテーマだった。戦争とは何か、人間とは何か、生きるとは何か、という思想を宇宙から眺め、宇宙人という仕掛けで語らせている。
発表時期
1962年(昭和37年) 10月『新潮社』より刊行。 雑誌『新潮』に1月号から11月号にわたって連載される。三島由紀夫は当時37歳。本作品の前後は、前には『宴のあと』『憂国』(昭和35年)『獣の戯れ』『十日の菊』(昭和36年)が書かれ、後には『林房雄論』『午後の曳航』『剣』『喜びの琴』(昭和38年)『絹と明察』(昭和39年)となっている。『美しい星』は、政治的、思想的、文明的でありながら、唯美的でもあり、三島作品の中で宇宙人や空飛ぶ円盤が登場する珍しいSF仕立ての小説である。