川端康成『眠れる美女』解説|老境の性と、魔界に落ちる瞬間。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

作品の背景

川端の実年齢は六十過ぎである。当時では充分、死を意識する年齢であろう。幼くして父母を失い、続いて祖母も姉も失い、最後の祖父も逝った。孤児となり、孤独をあじわい、虚無や死への感覚は常に身近にあった。末後の眼の感覚は『骨拾い』に描かれる。

川端文学には『雪国』や『古都』など日本の美しさを描く<抒情>と『禽獣』や『片腕』など新感覚派として描かれた<非情>の二つの異なる世界がある。

『眠れる美女』は、後期の川端文学の重要なテーマである<魔界>を展開させた作品である。そこには老人の性をテーマに<デカダンス>と<エロティシズム>が描かれる。

老境を迎える睡眠薬を服用することも多くなり、また十六歳で死別した最後の肉親だった祖父の歳に近づいていき老いさらばえる思いや死がより身近なものであったろう。それは成熟から老醜、そして腐敗していく時間の流れでもある。

加えて川端の女性の描写の特徴として、処女性と怜悧な視点がある。処女性には観念的に永遠に触れることの無い神秘として女性の美しさが内在され、同時に、それを失くした女性には残酷なまでに冷徹な眼を向ける観察眼を併せ持っている。

さらに川端は幼いときから鋭い眼で人をじろじろと黙って凝視する癖があり、若い頃の掌編小説『日向』においても恋人をじっと見る様子が描かれている。老いては古美術の審美眼を凝らしてもいる。これは眠った女性のみずみずしい肉体を仔細に観察し、過去の記憶や妄想が誘われてくる描写に表れる。

このような老境、回想、処女性、娼婦性、凝視癖、女体描写、妄想、老醜そして死に向かう腐敗への予感のなかで、男の暴力的なさがと女の受け身的なさがを描く前衛的で幻想的な小説世界となっている。

※川端康成おすすめ!

川端康成『伊豆の踊子』解説|野の匂いの好意に、癒される孤独意識
川端康成『禽獣』あらすじ|女の生態を、犬に重ね見る幻覚。
川端康成『雪国』あらすじ|男女の哀愁と、無に帰す世界。
川端康成『眠れる美女』解説|老境の性と、魔界に落ちる瞬間。

発表時期

1960(昭和35)年 雑誌『新潮』1月号から6月号と、翌1961年1月号から11月号に半年間の間隔をおいて連載された。11月30日に新潮社より単行本刊行され全5章からなる。川端康成は当時61歳。

三島由紀夫は『眠れる美女』を傑作とし、形式的完成美を保ちつつ、熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス作品の逸品であるとしている。そしてこれ以上にはない閉塞状況を描くことで、没道徳的な虚無へ読者を連れ出すと述べている。

ここに川端が反人間的な厭世家であるとしている。尚、本作品は第16回(1962年度)毎日出版文化賞を受賞した。