川端康成『眠れる美女』解説|老境の性と、魔界に落ちる瞬間。

日本の叙情を美しく描き上げる川端文学のもうひとつの世界。それは新感覚派と呼ばれる、前衛的な幻想の世界である。主人公の江口は、海辺の岸壁にある秘密の娼家を訪れる。そこはけっして眼を覚ますことのない、裸の処女の娘たちと一夜を添い寝し悦楽にひたる「眠れる美女」の家であった。

あらすじと解説

「眠れる美女」の密室では、娘の口に指を入れたりするような “たちの悪いいたずら”は禁止だが、見たり触れたりすることは自由である。女たちは眠らされていて、けっして目を覚ますことはない。ここを訪れる男たちは、男の機能を失った老人たちで、若い女の肌に触れ、若い女の匂いを貪るのである、

江口は老境に入っているが、まだ男としての機能は失っていなかった。しかし失っているように振る舞うことも六十七歳の年齢から無理なくできたことが前提となっている。つまり主人公は、能力を有しながら、不能としてこの娼家に訪れる。

この「眠れる美女」の娼家を江口は五度にわたり訪れ、六人の娘たちと添い寝をする。このことで江口が味わう感覚と心に呼び起こされる記憶、そして沸き起こってくる心理変容を辿る。

そこには、

・未来よりも過去が圧倒的に多くなった老人の若き頃の異性の回想。
・不能な老人への思いと僅かながら能力を残す江口老人の性の衝動。
・眠れる美女と江口、そして家の女将だけの閉塞空間での時の経過。

以上、三つの視点で、性の夢幻から魔界へと落ちていく老境の心象を捉える。

江口は友人の木賀老人から会員制の娼家を紹介される。そこは、眠ったままの女性に添い寝をして、性交以外であれば何をしても良いという規則だった。

他の会員たちは “安心できるお客様” つまり男性としての機能を失っており、既に男でなくなった老人たちである。不能の状態で若い処女を見て愉しむのだ。そこは夜遅くからしか客を入れず、看板すらない。出迎えたのは四十半ばの女だった。

左手を使って隣室の戸の鍵を開けるとき、<帯の太鼓に大きな妖しい鳥>を江口は見る。

ここが魔界の入り口となり、密室の中に誘われていく。

女たちとの “みにくさ” の記憶、それは生の不幸せな歪みがもたらせた。

上下二階の構造で、上に通され八畳と隣りは寝部屋と思われる二間しかない。高い崖を打つような波の音が聞こえる。夜遅く来たので暗闇で四囲が見えないが、海の匂いがしていた。

「女の子を起こそうとなさらないで下さい。どんなに起こそうとなさっても、決して目を覚ましませんから。女の子は深く眠っていて、なんにも知らないんです」と女将が言う。

隣室の寝部屋の鍵を渡され、枕元には眠り薬の白い錠剤が用意してある。お酒の提供は無い。

江口老人はまだ男としての機能を残していたが、他の会員たちと同様、宿の規則に従えると信じて訪れた。女は眠り通しで、始めから終わりで何も分からない。誰と添い寝をしているかも知れないという。

すると、眠らされ目覚めない娘のそばに横たわる老人ほど醜いものがあろうかと思った。

部屋は四方を深紅のビロードのカーテンが垂れ下がっていた。そこに二十前の若く美しい娘が深い寝息をたてている。こうして江口は、幾人かの眠れる美女のかたわらで眠ることになる。

江口は馴染みの女の子を予め予約することがない。そこで家の女が、いつも違った女の子を用意する。女の子の選定は、偶然なのかあるいは恣意的なのか、あるいは意図的に何らかの必然性があるのかは分からない。しかし江口の回想や気づきの心理変容の流れに合わせたと捉えると、現実から魔界への誘いを感じさせる。

老境という人生の終盤を迎える心象、夜の闇に波の音が聞こえる場所の設定、天井から光が広がり四方を深紅のカーテンで包む密室性。そこに裸の処女が寝ていて、ずっと見続け触れて匂いを嗅ぐことで、過去の記憶が蘇り異界の扉が開いていく。

江口にとって半生の女たちとの “みにくさ”の記憶。それはめかたちの醜さではなく、女の生の不幸せな歪みからきた醜さの記憶だった。

二十まえの娘に乳くさい匂いを感じ、初恋の記憶を重ね合わせる。

それは二十まえの「きれいな娘」で、なぜか乳呑児ちのみごの乳くさい匂いを感じた。背はそう高そうでなく、きめの細やかな肌のようで、髪は自然のまま長く、首も肩も初々しい。まるで生きたおもちゃのようだった。

江口は悲しさを含んだ寂しさに落ち込んだ。いや老年の凍てつくような情けなさであり、娘に対する憐れみと愛しさだった。

馴染みの芸者の記憶を思い出す。孫を抱いた移り香のまま出掛けて来て、その乳呑児ちのみごの匂いをなじられた。すると初恋の人を思い出した。処女だった。親の目が厳しく激しい忍び逢いで、あるとき乳首のまわりが薄い血に濡れていた。駆け落ちしたが引き離されて嫁に行った。

再会した時に赤ん坊をおぶっていた。自分の子かと訊ねた。そんなふたつの思い出が、この娘を通して蘇ったのだ。そのときの恋人は十年まえに死んだと聞いた。

江口は眠り薬を一錠、飲む。すると四本足の女や、江口の娘が奇形児を生む夢を見た。産婦は産児を切り刻んでいる。そしてもう一錠を飲んで眠りの底に沈んだ。

江口は第一夜の娘に、初恋の記憶を重ねている。その恋人と結婚して居れば、やがて生まれたであろう赤ん坊を思い、目の前の「眠れる美女」に、叶わなかった恋の思い出を巡らせる。

江口を紹介した木賀老人は「秘仏と寝るようだ」と比喩した。老いの絶望に耐えられなくなると木賀は秘密の家に行くと言った。もう男として女の相手になれぬ老人に、なんでも話しかけてくれ、何でも聞き入れてくれるようだという。老人が娘を愛撫しても、娘を見てくよくよ号泣しても娘には知られない。

若き妖艶さに自分の娘の過去を思い起こし、美しい椿の花びらを思う。

二度目の訪問は、最初の時から半月ほど後だった。初めて来た時の好奇心よりも、うしろめたいもの、恥ずかしいもの、しかし心がそそられるものが強まっている。

家の女将は、今回の娘は「この前の子よりなれている」と言う。爪を桃色に染め、濃い口紅をした若い妖婦が眠り、男を誘っているようだった。娘の匂いにうっとりする。江口は禁制を破りそうになったが。娘の<処女のしるし>に遮られた。

この家に訪れる老人への侮蔑や屈辱への復讐を江口は行おうとしたが、娼婦のきむすめの純潔が、かえって老人の醜さであり凄惨な衰亡のしるしのようだった。

娘が目を覚まさず、年寄りの客は老衰の劣等感に恥じることなく、女についての妄想や追憶も限りなく自由に許される。

娘は寝言で抵抗の言葉を呟きながら、体を動かしながら「お母さん」と呼んだ。

妖術にかかった神話の娘のように感じた。女は江口をやさしく抱いた。この家に来る老人どもの愉しみ幸せな思いも悟れたようだ。よく寝言を言ったり寝返りしたり動きが多い。娘は眠りながらも老人とからだで会話できる艶めかしさにあふれている。

江口は自分の三人のいちばん末娘と見た「椿寺の散り椿」を思い起こす。二人の若者が末娘をあらそい、その一人に末娘は処女を奪われた。反動で娘はもう一人と婚約して結婚した。そんな折の娘との旅だった。

眠れる女に、生の交流、旋律、誘惑、そして回復を感じた。江口老人は娘の豊かな乳房の間に額を押しつけようとしたが、娘の匂いにためらった。今夜は眠り薬を二錠いちどきに飲んでしまった。

江口は第二夜の娘に、処女を奪われた自分の末娘を投影する。女性の持つ美しい妖しさ、異性との活発な交流、誘惑その結果の出来事だった。椿の花は首からぽとりと落ちて縁起が悪いと言うが、椿寺の椿は一枚一枚花びらを散らす。末娘も今は子も産んで美しく咲いていた。

若き不倫相手や幼い娼婦、それは不覚の喜悦に狂った女たちであった。

三度目にその家に行ったのは、二度目から八日後だった。はじめと二度目では半月あったから、今度はその半分に縮まっている。江口の訪問の間隔は短くなっていく。

家の女将が、今回は「見習いの子」という、十六くらいのあどけない小顔の少女。娘の若い体は老人の死の心を誘う、悲しいものがある。

江口はこの次に来たら、娘と同じ薬を貰ってみようと思った。死んだように眠らされた娘と死んだように眠ることに、誘惑を感じた。

三年前付き合っていた外国人の日本人妻との不倫を思いだした。女は二十代半ばだった。若い女との交わりも最後かと思った。女は朝目覚めて「死んだように眠ってしまった」と言っていた。

また中年頃に逢った幼い十四歳の娼婦を思いだす。人に招かれてあてがわれた。小娘の舌は水っぽく味気なかった。早く祭りに行きたいようだった。

妻との結婚、娘たちの養育、表向きは善だが女たちの人生を縛って、性格までも歪めてしまったのかも知れない。そう思うと「眠れる美女」の家へ訪れる老人は、過ぎ去った若さをさびしく悔いるばかりでなく、罪を忘れるためではないかと思われた。

「眠れぬ美女」は、仏のようなものではないか、そして生き身である。あわれな老人を許し慰めてくれるのであろう。

ここの会員客は多くない。その老人たちは、世俗的には、成功者であって落伍者ではない。しかし成功は悪をおかして得て、悪を重ねて守り続けているものもあろう。それは心の安泰者ではなく、むしろ恐怖者、敗残者である。眠らされた女の素肌に触れるとき、近づく死の恐怖、失った青春の哀絶だけでなく、背徳の悔恨、家庭の不幸かもしれない。

江口は第三夜の小さな娘が、遊女や妖婦の仏の化身ではないかと考えた。自分の過去の罪状、背徳を懺悔しようとしたが、思いだされるのは、愛撫にわれを忘れて敏感にこたえ、不覚の喜悦に狂った女たちであった。

無力な老人になってしまう前に、この家も自分も終わらせようとする。

家の女将は、今夜は「あたたかい子」だという。いつもよりあまい匂いが濃く、大柄のようである。娘の肌は温かく、吸いつくように滑らかだった。度重なるにつれて、自分の内心が麻痺してくるのを感じた。

六十七歳の江口老人は、この世に子供をもう一人残しておくのはどうかと考える。男を「魔界」にいざないゆくのは女体のようである。

しかし情けなくなり、老人には死、若者には恋、死は一度、恋はいくたびかと、つぶやいた。

この家に来る老人どもみたいに無力になる前に、悪虐の思いがわいてくる。こんな家を破壊し、自分の人生も破壊させてしまえと思った。しかし善良の象徴のような娘が、老人の悪念を追いやってくれた。

江口は第四夜の娘に、自分のしるしを残したくなった。どのように非人間の世界も習わしによって人間の世界となる。背徳は世の闇にかくれている。この家の禁を破り、この家も自分も終わらせようとする。

気づくと娘の胸に血の色のにじ跡形あとかたをつけて、おののいた。江口は女将に「もう一度、あの薬をくれないか」と頼むと、女は「ものには限度がありますよ」と言い、江口が娘になにかしたかと疑い隣室へ入っていった。

母親への回帰に呼び起こされる記憶と、魔界へ落ちていく最期。

正月が過ぎて、海荒れが真冬の音のころに訪れる。江口は「こんな寒い夜に若い肌で温まりながら頓死したら、老人の極楽じゃないか」と女将に言う。

会員だった福良専務人が「眠れぬ美女」の家で、狭心症で急死し、死骸しがいが近くの温泉宿に密かに運ばれたことを昵懇だった木賀老人から聞き、女将も否定しなかった。

今夜の子は「二人だった」 色黒の娘は乳かさが大きく、ワキガ・・・の匂う紫黒い野蛮な感じだった。長い指、長い爪で、首に細い金のネックレスをつけ、太ってはいないが張りきった形である。

江口は自分の男の残りも命もいくばくもないのでは、と考えた。この娘に暴力をふるい、この家の禁制を破り、老人どもの秘薬をやぶり、ここから決別したいと思った。しかし眠らされた娘が逆らわないと思うと、張りあいは抜けて、底暗い虚無がひろがった。

隣りの娘はやさしい色気の白い娘だった。長い首、美しい形の鼻をして、乳房は小さいがまるく高く、腰のまるみも同じような形だった。

眠り薬を飲んで、両の腕に二人の娘の首を抱いた。柔らかくかぐわしい首と、かたあぶら肌の首だった。「白い娘を一生の最後の女として許して貰おうかな」と思った。では「最初の女は母だ」ひらめいた。冒瀆か憧憬か。

江口が十七の冬に、結核で多量の血を吐いて母は死んでいった。深紅のカーテンが血の色に思えた。江口老人は、眠りに落ち悪夢におそわれつづけた。

いやな色情の夢の終わりは江口が新婚旅行から家に帰ると、死んだはずの母が出迎えた。家をうずめるほどに咲いたダリアの花の一枚の花びらから赤いしずくが一つ落ちた。

「あっ?」と江口老人は目が覚めた。黒い娘の方が息をしていない。心臓が止まっていた。「死んでいるだろう」と言うと、女将は平然と「余計な御気遣いなさらないで、ゆっくりおやすみになっていて下さい。娘ももうひとりおりますでしょう」と言った。

「寝られんじゃないか」と言うと、女将は白い錠剤を持ってきた。「はい、これで明日の朝は、どうぞゆっくりおやすみになっていて下さいませ」と言った。明日の朝は、眠ったままなのである。

さてこの白い錠剤は、これまでの薬と同じなのか、それとも娘を眠らせる薬と同じものなのか?これを飲むとどうなるのか?黒い娘はなぜ死んだのか?江口は無意識に黒い娘を殺したのではないか?孤独の空虚、寂寞の厭世に落ち込む江口にとって、「眠れる美女」の家は、得難いほどの死に場所ではなかったか。

江口老人は「そうか」と言って、隣室の戸をあけると白い娘の裸は、輝く美しさで横たわっていた。「ああ」と江口は眺めた。黒い娘を運び出す車の音が聞こえて遠ざかった。

江口は自己中心的で自意識が高い道楽者であると同時に自閉的である。きっと成功者でもあるのだろう。そして男としての機能を有しながら不能を装う。「眠れる美女」の処女の肌と匂いを愉しむが、訪問のたびに “匂い” の描写は、かぐわしさから生身になっていく。ついに肌の黒い娘に無理やりに行為を行おうと試みるが、そこに母親の記憶が現れる。嫌悪の象徴と思われるワキガ・・・の匂う黒い娘は死に、やさしい色気の白い娘のかたわらに戻っていく。女将は薬を渡し “明日の朝は眠ったまま” と言った。物語は、江口の死を暗示するかのような形で閉じられ、遂に非人間的な魔界の世界に落ちていったのである。