葉蔵は心中をはかるが自分だけは助ってしまう。自殺の原因は何か、傷ついた自身の心と体の内面を容赦なく暴いていく。そんな葉蔵を二人の友人が励まし、第三者の作家である「僕」が見守っている。人と繋がるための道化と、弱者への慈しみ。道化の華に、繋がることの難しい人間社会の悲しみを描く。
登場人物
大庭葉蔵
園と一緒に入水自殺をはかるが助かり、療養所である青松園に入院する。
園
銀座のバーの女給で、葉蔵とともに入水自殺をはかり死んでしまう。
飛騨
中学時代からの友人で、名の無い彫刻家だが葉蔵を尊敬し慕っている。
小菅
葉蔵の親戚で三歳年下、大学で法律の勉強をしていて対等に付き合う。
真野
二十歳くらいの葉蔵を担当する療養所、青松園の献身的な若い看護婦。
あらすじ
心中を図るが、女性は死に葉蔵は助かってしまった。
大庭葉蔵は一九二九年一二月に海浜の療養施設、青松園に入院します。
“園” という名の女性と一緒に入水自殺をはかり、園は死に、葉蔵は生き残ったのでした。
入所した青松園には、三十六人の肺結核患者が収容されていました。
真野という二十くらいの看護婦が葉蔵の担当で、失意の葉蔵を献身的に看病しています。
そこに、友人の飛騨と小菅が葉蔵を見舞いにやって来ます。
飛騨は名もない彫刻家で、同じく無名の洋画家である葉蔵とは中学時代からの友人です。昔から、葉蔵を尊敬しており、彼が絵を描くことから離れても、葉蔵に畏敬の念を抱いています。
飛騨は、この出来事に驚きを隠せません。
小菅は葉蔵の親戚で大学で法律の勉強をしています。年は三つ下ですが臆することなく、三人は対等に付き合っています。
小菅は、この出来事に何か怖さを感じています。
それでも、葉蔵は気の置けない二人の友人に励まされ、少しづつ元気になっていきます。
道化をして大声で笑いあうなか、自殺の理由を葉蔵に訊ねます。
二人は葉蔵の心情や体を気遣いながら、できるだけ楽しい話をします。笑わせることで相手を傷つけず、自身も傷かないすべをお互いがよく分かっています。
だから三人はどんなことにも大声で笑いあいます。笑いの中で飛騨と小菅は、葉蔵に、なぜ自殺に及んだのかを訊ねます。
二人は葉蔵の心中の理由をそれぞれに推測します。
何故、葉蔵は自殺をしようとしたのか、この謎について、二人はそれぞれの意見を述べます。
飛騨はマルキシズムのせいだ。左翼思想運動が激しくなって、体の弱い葉蔵は体力的に疲れ切ってしまったのだと言います。
小菅はそれは主観的に過ぎる。葉蔵の実家でも女が原因だと皆が決めてかかっているようだが、そのどちらでもなく、もっと大きな原因があったのだと思う。その上で、女はただの道連れだと言います。
思想の行き詰まりから、惚れた女だったから、そしてこころの中にある、混沌、反発、自尊心、“なにもかも” が、原因という気がしてと葉蔵は答えます。
実家では大問題となり、警察では自殺幇助罪に問われる。
葉蔵の兄が見舞いに来ます。
笑い声が聞こえ、元気になっていることに安堵しますが、起こした事件は想像以上に家族では大きな問題になっており、父親を怒らせていることを伝えます。
兄は葉蔵の自殺の理由は、放蕩して金に窮したからだとの考えでした。
兄は手際よく今回のことに対処してくれています。
死んだ園の夫も良い人のようで、葉蔵と面会したいとの申し出がありましたが、兄はうまく断ります。すると、お元気になられますように、と言い残して東京へ帰ります。
兄は今後の関係を一切断つために、慰謝料のような金も渡し理解してもらいます。
さらに、自殺幇助に問われている葉蔵に、起訴猶予のために奔走します。
葉蔵は、死ぬことを思いほっとした気分になった。
葉蔵は、好意を抱ている看護婦の真野と二人になったときに、園との自殺の理由を話します。
園は銀座のバーの女給で、そのバーには三、四回しか行っていないこと。
園は生活苦のために死んだのだが、海に飛びこむ前に先生に似ているなぁと言われたこと。園には 学校の先生をしている内縁の夫がいたこと。
自分がどうして一緒に死のうと思ったのかの理由については、女給が好きだったから、左翼運動に疲れていたから、金が無かったから、などと語ります。
葉蔵は死のうと思ったときに、ほっとしたと話します。
借金も、学校も、故郷も、後悔も、傑作も、恥も、マルキシズムも、友だちも、森も花も、どうでもよくなったと話します。それに気づくと笑えたと話します。
退院の日がやって来ました。「僕」は、何とかしてこの葉蔵を救いたかった。こうして第三者の作家の「僕」が小説の中に割り込みます。
真野はその朝、葉蔵に富士山を見にいこうと誘い裏山に行きます。山の頂上に辿り着いたけれど、曇った空で富士山は見えません。
断崖のふかい朝霧の奥底に、園が死んだ海が見下ろせるだけでした。
こうして「僕」は、葉造を救うことなく余韻を残して物語は閉じられます。