浅田次郎『月島慕情』あらすじ|身請け話に、月島で見た真実は。

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解説

吉原と月島、ほんの短い距離を隔てて苦界と幸福の境があった。

十代のころから女衒ぜげんに連れられ三十を過ぎての身請けに、ミノは自分の強運がうれしい。ついに出た言葉が、

ざまァ、みやがれってんだ!
どいつもこいつも、寄ってたかって人をおもちゃにしァがって、ざまァみやがれ!

引用:浅田次郎 月島慕情

呪わしい親の顔、善人ぶった楼主の顔、守銭奴なおかみさん、出世をねたむ他の女郎たち、体を弄んだ男ども、そして悪魔のような女衒ぜげんの卯吉。

ミノは時次郎の存在よりも、二十年がかりの深川のお不動様の功徳くどくを信じた。いなせな時次郎に身請けされる。やっと苦界から抜け出せる喜び、その身請けのありがたさ。

築地のツキの築島が、ぽっかり浮かぶ月があまりに見事なのでお月様の島になった。

月島に生まれた時次郎と月を見ながら暮らす。お伽噺の様だった。吉原と月島、隅田川を下ればすぐそこに、夢見た江戸前の暮らしがある。

「ばっかやろう!」月島の月に向かって、ミノは声をかぎりに泣いた。

ミノは時次郎の家を訪ね歩く。隅田川を下れば月島は思いがけなく近かった。道を歩くと、古いお堂と、柳並木の商店街、買い物と職工で町は賑わっていた。

ミノは買い物に出たり、近所の人と話したり、子供を産んで育てたりと月島の生活に次々に夢を膨らませた。時次郎を訪ねる道の途中、肉屋の看板の前で幼い子供がうずくまっている。お金が足りず豚コマが買えないと涙して途方に暮れている。

ミノがお金を払い、たっぷりの豚コマを買う。 戸惑う兄妹と連れ立って家路を伴にすると、赤ん坊をおぶった女がいる。頭を垂れる母の肩越しの玄関の表札に “平松時次郎” とあった。

この親子は離縁され、代わりに、時次郎は惚れてくれた自分と所帯を持とうとしている。

別の女のために、家族と離縁する。おとっちゃんはひとでなしだと兄が言う。

あんたのおとっちゃんは、ひとでなしなんかじゃない。
性悪の女が、あんたのおとっちゃんをたぶらかしたのさ。

引用:浅田次郎 月島慕情

母親は全てを察したようだった。

時次郎の妻と子供たちの暮らしぶりを見て、身請けされるわが身の幸運を捨ててしまう。

惚れているからこそ、ミノは時次郎をむしずが走るほど嫌いな男に仕立てた。 そのために、悪魔のような人買いの卯吉を頼り、大きなお金を借りて美濃の国へ落ちる相談をする。

この世にきれいごとなんてひとつもないんだって、よくわかったの。だったら、あたしが、そのきれいごとをこしらえるってのも、悪かないと思ったのよ。

引用:浅田次郎 月島慕情

自分にふさわしい幸せは、奈落の中の幸せ。ミノの自尊心がそうさせた。苦界に生きるミノの精一杯の矜持がそうさせた切ない決断だった。

あたし、あんたのおかげで、やっとこさ人間になれたよ。豚でも狐でもない人間になることができた。大好きだよ、時さん。あたしにお似合いなのは、あんたじゃなくて、あんたの思い出です。

引用:浅田次郎 月島慕情

生駒の名前は吉原に置いて、次の源氏名は「美濃」にする。

ごめんね 時さん。月島の美しい月あかりが、お金では買えない、せつない慕情をミノに残してくれる。

ばっかやろう!月島の月に、声をかぎりに泣いた。

浅田次郎著「月島慕情」 叶わぬせつなさが月夜に浮かぶ作品です。

月島慕情 (文春文庫 あ 39-9)
あの橋を渡れば幸せになれる……過去を抱えた女の哀切あふれる恋を描いた表題作、TVドラマ「シューシャインボーイ」他、珠玉の全7篇


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