浅田次郎『ラブレター』あらすじ|ひたむきな手紙に涙する大人の恋の短編

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解説>高野吾郎の仕事は、歌舞伎町にある裏ビデオ屋の雇われ店長。偽装結婚をした中国人女性の突然の訃報に対処するなかで、なぜか感じる憤りとせつなさ。それは、女性がしたためた、ひたむきな手紙のせいだった。大人に贈るラブレター、ぜひ読んでください。

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登場人物

高野吾郎
北海道から東京に来て20年になる、裏ビデオ屋の雇われ店長。
白蘭(パイラン)
吾郎との偽装結婚で働く、中国からの外国人出稼ぎ労働者。
佐竹
新宿を縄張りにする小さな組織の親分で、出稼ぎ労働者を斡旋。
サトシ
佐竹の若い衆で、吾郎と同行する18歳の若者。

あらすじ(ネタバレあり)

高野吾郎は、もうすぐ40歳。裏ビデオ屋の雇われ店長で、歌舞伎町で飯を食い、もうすぐ20年になる。酸いも甘いも知り尽くしてはいるが、いつまでこんな暮らしをするのだろうと心では思っている。

白蘭が死んだ。それは吾郎が、戸籍を貸した出稼ぎの中国人女性。

吾郎は、釈放されたその日、逮捕された保安係の刑事に、かみさんが死んだことを知らされる。独身のつもりの吾郎は、話がよく呑み込めない様子だが、それは自分が戸籍を貸した出稼ぎの外国人だと気づく。

女の名前は「白蘭」。刑事から、病気で死んだ仏さんを引取りにいくようにと告げられる。

吾郎は偽装結婚をしており、女は戸籍上の“妻”。偽装結婚を無理やり勧めたのは、佐竹。某大組織の末端の組で、歌舞伎町で手配師として凌いでいる佐竹興業の親分だった。

佐竹興業は、外国から日本への出稼ぎ外国人労働者の斡旋をしているのでした。

挨拶と次の仕事の依頼のために、吾郎は、佐竹興業に向かいます。こちらにも既に、警察から連絡が入っており、吾郎は、佐竹から千葉県の千倉町に行くように言われます。

佐竹は、一人じゃ心細いだろうからと手下の若者サトシに一緒に行くように指示します。

死を予感し、夫になってくれた吾郎に、感謝の手紙を綴る白蘭。

戸籍の貸し賃は50万円、女の名前は“康白蘭”。中国語で、“カン・パイ・ラン”。戸籍上の名前は、“高野白蘭”。亭主は、新宿、歌舞伎町でビデオショップで働いていることになります。

数日前に佐竹のところへ、吾郎宛てに白蘭から封書が届き、そこには、体調が悪くそう長くないと思うで、死ぬ前に吾郎と中国の家に手紙を書いたこと、さらに、結婚への感謝が綴られていました。

中国から日本に送られ、売春を強いられている白蘭の手紙には、吾郎との結婚のおかげで、入管にも心配することなく働ける。ここでは組の人も、お客さんもやさしいし、海も山もきれいだと綴ってあります。

そして何よりも、自分と結婚してくれた吾郎がいちばんやさしいと書いてありました。

白蘭は24~5歳。上海の日本語学校で日本語を学び・・・。千倉町へ向かう車中、吾郎は、白蘭を外国人労働者として斡旋したサトシから情報を聞きますが、夫だということが、まだぴんと来ない様子です。

何の因果か、初対面が死体。吾郎が初めて会う戸籍上の妻。

吾郎は、仏さんを引き取りに行く自分の役回りを深く考えもせず、事の成り行きに戸惑い煩わしく思っています。しかしパスポートの写真を見ると、そこに若く美しい女性の姿がありました。

“カン・パイ・ラン”という名前が音楽のように、吾郎に響きました。

吾郎は、白蘭の写真を見ながら、ほんとうに結婚をしている姿を想像します。

サトシは、前借りをさせ、日本での稼ぎや手間賃の儲けで成り立つ商売のからくりを吾郎に話し、自由の身にするには、かなりの金がかかることを説明します。

春の雨の中、吾郎は千倉に着きます。なぜか吾郎は、1年前の夏に同じように千倉に着いた白蘭の姿を想像します。そこには、中国から売られ何も知らずにこの地に辿り着いた不幸な白蘭の人生がありました。

吾郎は、白蘭のことを考えると暗鬱な気分になっていきます。

サトシが、去年の夏に白蘭たちと泳ぎに行った話を聞いて、吾郎は、夏の海辺で波とたわむれ、まぶしく輝く白蘭の姿を想像してしまいました。

白蘭は、借金で縛られ、医者にもかからずに死んでいった。

千葉の警察署で、吾郎は国民健康保険証を提示し、その被保険者の氏名欄に「高野白蘭」と妻の名前があることを、改めて気づきます。警察の身元確認は、何の問題もなく簡単に終わります。

あまりのあっけなさを疑問に思う吾郎に、警察は、死亡に至る疑義がないことを説明します。

疑義がない? 吾郎は、自分たちのあこぎな商売が、何で疑いがないんだ。俺が、50万円で戸籍を売り、偽装結婚をして、外国人を借金地獄にして売春させ、最後は医者にも見せずに、死んでいった白蘭に対して、そのことに加担している自分もすごく嫌な気分でした。

吾郎は、俺たちのやったことは、管理売春、不法就労、拉致監禁じゃないかとわめきます。

警察から病院に移動して、死んだ白蘭の遺体と初めて面会した吾郎。美しい白蘭の死に顔を見て、慟哭します。見知らぬ外国人女性の死に、吾郎はとめどなく獣のように泣いてしまうのです。

その夜、吾郎は夢をみます。それは、ふるさとの北海道オホーツクの海で漁を営む自分と、白蘭と子どもたちとの幸せな暮らしでした。

親を捨てた吾郎、それでも優しく迎えてくれる兄。けれど夢の中でも、白蘭は死んでしまいます。
しあわせな吾郎との暮らしを、いっぱいに感謝しながら・・・。

吾郎さん、心から愛しています。世界中の誰よりも。・・・謝謝。

吾郎は、白蘭の骨を抱えて東京に戻ります。

焼き場は、数人の外国人女性が集まっただけの寂しいお別れでした。その女たちも、店から命じられて来たようでした。吾郎は、白蘭の遺骨は、無縁墓に納骨しようと考えていました。

遺品の中に「高野吾郎さんへ」と、白蘭が最後に綴った手紙がありました。

白蘭は、会ったこともない吾郎のことを、住所、年齢、性格、くせ、好きな食べ物など、佐竹が記したものを毎日読んでいました。写真も毎日、忘れないように見ていました。

白蘭は、借金を返せば吾郎と暮らせると信じていたのです。吾郎は、声を出して泣きわめき、白蘭の口紅で骨壺に「高野白蘭」と書きます。

評価(おすすめポイント!)

この短編のタイトルはラブレター。登場人物から、それは、ティーンエイジャーのものではありません。大人のラブレターって何だろう、このせつなさはどこからくるのか、浅田次郎の真骨頂です。

どうしようもない男が、嗚咽するほど涙するとき

吾郎は、怠け者でいつまでも改心できません。 虚飾に満ちた20年の歌舞伎町暮らしが骨身にしみます。佐竹のように非道になれず、サトシのように若くもなく、親不孝をした故郷の両親、不義理をしている兄に申し訳ないと、心では思っているのですが、 都合よく、適当に、その場かぎりの日々を流れていく人生です。

それゆえ、偽装結婚の名前貸しを50万円の報酬で引き受けてしまいます。吾郎は、そのことを、記憶にすらありません。その向こうにいる相手の人生など全く関係なく、気にとめたこともなかったのです。

そんなだらしない40歳の男に、僅かばかり残る良心や人生をやり直したいと思う焦燥感、そして残された白蘭の手紙に綴られた内容とは、何だったのでしょうか。

何故、ラブレターに、こんなにも泣けてしまうのだろう

白蘭の境遇は、貧しい中で家族を助けるために、生きるために金を稼ぎます。

自らすすんで騙されて、借金をかたに仕事を強要されて。それでも、結婚してくれた吾郎に感謝しながら死んでいきます。無垢で汚れのないこころの女性として描かれています。

白蘭の手紙は、どうしようもない吾郎に、ただ感謝するせつない内容でした。

白蘭の手紙には、多くの日本語を綴ることができないからこそ、万感の思いを込めた「詩」となり、読む人の心に響き、彼女の思いを幾層にも重ねていきます。

泣かせ屋の浅田次郎の「ラブレター」、何度、読んでも涙が止まりません。それが、ファンタジーで、フィクションだと最初から分かっているのに、ぐいぐいと物語の中へ引き込まれていきます。

吾郎の人生の思いと、白蘭の人生の思いを、手紙が繋いでくれます。

浅田次郎著「鉄道員」1997年4月、集英社文庫 8編収録のなかの作品。
大人の恋の短編として最高傑作のひとつにお薦めできます。
ときには、いっぱい涙を流してください。