三島由紀夫『美しい星』あらすじ|核戦争の不安のなか、人間の気まぐれを信じる。

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父親は火星人、母親は木星人、息子は水星人、娘は金星人。各々が宇宙人として覚醒した埼玉県飯能市の大杉一家は人類を滅亡から救済するため宇宙友朋会をつくり活動する。一方、宮城県仙台市の大学助教授の羽黒と曽根、粟田の三人も白鳥六十一番星からの宇宙人として覚醒し、人類を滅亡させるべく大杉一家と敵対します。米ソ冷戦下、人間とは何かを語るSF思想小説。

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登場人物

大杉重一郎
五十二歳の家長、面長な顔立ちで知的選良の重みを窺わせる。家は富裕な材木商の息子で、少しの間、大学で教鞭をとるが今は無職。空飛ぶ円盤を見て「火星人」として覚醒し人類を救済するために「宇宙友朋会」で活動している。

大杉伊余子
木星人で重一郎の妻、平凡であたたかい顔立ちをしている。地上の稔り多い穀物を愛し、平板な感受性と古風な堅実さを持つ。円盤を見て「木星人」として覚醒する。

大杉暁子
大杉夫妻の娘で、英文科の学生。文通相手の竹宮と会い処女懐胎する。円盤を見て「金星人」として覚醒し、金星に由来した純潔な美しさで気品と冷たさが備わっている。

大杉一雄
大杉夫妻の息子で、A大学の学生。円盤を見て「水星人」として覚醒し、黒木について政治家の道を目指す。地上の恒久平和を維持すべき清浄きわまる権力を夢見る。

黒田克己
五十歳くらいの衆議院議員。人情家で青年層に人気の保守政治家。痩せた鋭利な風貌だが、運動で鍛えた体を持つ。華麗な演説で人の心を掴む。旦々塾の土地問題がきっかけで、羽黒と親しい関係になる。

竹宮薫(川口薫)
金沢に住む若い男性。一家は金沢の名家の一つで、白い肌に濡れたような黒い豊かな髪を持ち、憂いを帯びた眼差と形の良い引き締まった唇をした女たらしの美青年。自分を金星人と考えており「宇宙友朋会」通信で、暁子と文通を交わし金沢で会う。

羽黒真澄
四十五歳で仙台市にある大学助教授で、ひよわな体つき、青白い顔、まん丸の眼鏡で髪は饒多。曽根と粟田と空飛ぶ円盤を見て以来、白鳥六十一番星から来た宇宙人として目覚め人類の滅亡を企てる。

曽根
羽黒の行きつけの床屋で、小太りの中年男。他人の噂話が好きで他人と他人の持っているものすべてに嫉妬する。家族は地球人で、四十歳の妻・秀子と長男次男、長女次女。人類を憎むが、自分の家族は愛している。白鳥六十一番星から来た宇宙人として覚醒。

粟田
羽黒の教え子で大学を卒業してS銀行に勤めている。醜い顔の大男の青年で、曽根の床屋に通っている。女にもてず、女の滅亡、人類の滅亡を夢見る。白鳥六十一番星から来た宇宙人として覚醒。

あらすじ

大杉一家は各々が宇宙人だと覚醒し、地球救済の運動を始める。

十一月半ば、よく晴れた夜半過ぎ、埼玉県飯能市の邸から大杉重一郎の一家四人は羅漢山に向かう。登るにつれ夜空は井戸のように深まり、星は輝きを増してひしめいていた。

明け方の四時半から五時位に、円盤が南の空に現れて神秘を伝えに来るという予告を重一郎は受ける。

「ソ連は五十メガトンの核実験を行い、宇宙の調和を乱す怖ろしい罪を犯そうとする、もしアメリカがこれに倣えば、もはや地球の人類の終末は目に見えている。それを救うのが我々の使命なのになんと我々は非力で、世間は安閑としているのだろう」と重一郎は嘆く。そして娘の暁子にフルシチョフ宛ての手紙を書かせる。

「地球人はそれほど馬鹿ではありません。宇宙の大調和と永遠の平和の思想に帰服するときが来ます」と息子の一郎が言う。

冷戦と世界不安、まやかしの平和主義、愚昧ぐまい偸安とうあんへの坂道をすべり落ちていく人々、偽物の経済繁栄、狂おしい享楽慾、世界政治の指導者たちの女のような虚栄心。

重一郎は世界がこんな悲境に陥った責任を、自分一人の身に負うて苦しむ。誰かが苦しまなければならぬ。誰か一人でも砕けおちた世界の硝子のかけらの上を、血を流してはだしで歩いてみせねばならぬ。

原爆投下者の発狂の原因は、痒みほどの苦痛も無いことだと考えた。

重一郎は去年の夏に円盤を見て、自分は地球人ではなく、火星から地球の危険を救うために派遣された者だと考えた。息子の一雄も、妻の伊余子も、銀灰色に輝く円盤を見た。ばかばかしく思っていた娘の暁子も八幡神社の森で銀色に輝く円形の物体を見た。家族はそれぞれに円盤を見て、宇宙人だと自負していた。

重一郎はひたすら一家のために、自分たちが地球人でないことを世間に隠した。

自分が金星人だと知った暁子は美しい娘だったが、その美しさが金星に由来すると知るとますます気品と冷たさが備わった。一雄は満員電車に揉まれても優越感を感じるようになった。重一郎は危険を感じ「凡人らしく振舞うんだよ」と諭す。

ところが半年後、重一郎は積極的になっていく。雑誌「趣味の友」の通信欄に「◉に関心をお持ちの方、お便りください。相携えて世界平和のために尽くしましょう」と広告を出す。◉を円盤と理解した会員との頻繁な交流が始まった。

重一郎は「宇宙友朋(UFO)会」を組織し、宇宙的使命により各地で「世界平和達成講演会」を開催し、地球救済の活動を始め支持を広げていった。

こうして宇宙人との交信法を会得した家長は、円盤が来るとの通信を受けたのだった。

重一郎は考える。「フルシチョフとケネディは会って、朝飯でも食べながら地球人の未来を真剣に語り合うべきだ」そして新聞記者に「われわれ人類は生きのびることに意見が一致した」と告げるべきだ。そうすれば地球がその時から美しい星になったことを、宇宙全体が認めるだろうと。 

妻の伊奈子は政治には興味がないが地上の稔り多い穀物を愛した、一雄は地上の恒久平和を維持すべく清浄きわまる権力を夢見る。暁子は快い怠惰な無関心ながら地球に平和を与えることは賛成だった。

しかし羅漢山に向かったその日は、ついに円盤は南の空に出現しなかった。

一雄は「凡庸に振舞え」との父の教えをいいことに、地球人の女を騙していた。暁子は「女の尻ばかり追っかけまわしている水星人なんていない」と兄の地上の俗悪な動物的な恋を責める。

逆に兄から「金沢に住む金星人の男と手紙のやりとりをしている」と言い返され兄妹喧嘩となる。一方、重一郎はひさびさに高校の同窓会に出席して地球の有事を伝えるが疎んじられ、俗的な話題に辟易して座を立って帰ってしまう。

暁子は文通相手の竹内と円盤を見て、その神秘体験で処女懐胎する。

十二月一日、暁子は特急「白鳥」で金沢へ一人旅をする。石川県金沢市に住む文通相手の金星人の竹宮に会いに行くためだった。暁子は地球人からどんなに美しいと言われても、金星人の審美眼を確認したかった。

竹宮は円盤の出現の予告を持っていた。暁子は今まで三度裏切られて父の予告には不信があった。竹宮によれば十二月二日の午後三時半に金沢に円盤が現れるという。

暁子は竹宮と会い、お互い金星人としての美しさを確認し合う。

竹宮一家は金沢の名家の一つで、竹宮はうたいや仕舞を行う。春に行った『道成寺』の能は金星人と深い関わりがあるという。ひらキに当たって星が彼の心に目に顕現したのである。そして彼も雑誌「趣味の友」の通信欄で「宇宙友朋(UFO)会」を知った。

暁子の父はひたすら人類の平和を望んでいたが、竹宮にはこの世界は虚妄であり、確実なのは円盤の存在と金星の世界にあまねく漲る輝かしい美であった。

竹宮は家蔵の深井の面を顔にあてお告げを聞き、内灘の砂丘で円盤を見たのであった。それから人間の家族には内緒にして月に一回、円盤を一人で迎え、十二月は暁子と二人で迎えようというのである。

内灘の砂丘から編隊を組んだ三機の円盤が海の上に下りて来て、ぴたりと空中に止まり、黒い雲の三つの妖しい瞳のようになり、機体は杏子色に変わって突然、海面と直角におそろしい速度でかげり上って見えなくなった。

暁子は何事もなく帰京し両親は安心した。しかし暁子は竹内と内灘うちなだで一緒に円盤を見た神秘体験で、処女懐胎をしていたことを後に知り、産む決意をする。

重一郎は金沢に行き竹宮を訪ねるが会えなかっった。旅館のおかみから竹宮が女ったらしで失踪したことを知らされ、重一郎は竹宮が地球人なのか金星人なのか、苦悶のまま過ごすが、暁子は金星人の新たな命を授かったことに神秘を感じた。

仙台の大学助教授の羽黒他三人は、地球人の滅亡を願った。

三月一〇日の土曜の午後、仙台市西南の大年寺山の頂きに三人の男たちが集う。羽黒真澄は四十五歳になる大学の万年助教授で法制史を講じる。ひよわな体つき、青白い顔、まん丸の眼鏡をかけて髪はまだ饒多。

曽根は羽黒が行きつけの床屋の主人。小太りで、他人の噂話が死ぬほど好きで、情熱の源は他人に対する嫉妬である。粟田はS銀行に勤めており去年卒業したばかりで、羽黒の教え子であり同じ床屋に通っている。

去年の今頃、薔薇園から泉ヶ岳の雪の屋根ごしに彼ら三人は円盤を見た。

羽黒は「『宇宙友朋(UFO)会』が巡回講演会まで手をのばしてきた。しかも大入満員で東京では侮りがたい人気を得ている」と言うと、粟田が「例の『世界平和達成講演会』でしょう。地球や人類の救済の御託を並べている」と呑気な口調で言った。「いやな奴ですね」と曽根が言う。

羽黒たち三人は白鳥座六十一番星あたりの未知の惑星から人間を滅ばすためにやってきた。地球人の滅亡を願い『宇宙友朋(UFO)会』を敵対視している。

三人は美しくないこと、たえず人を憎んでいなければいられぬこと、人間全体に敵愾心を抱いてきたことなどが似通っていた。

羽黒は世界中の学者、知識者、宗教家、芸術家あらゆる知的選良たちを高い塀の中に押し込み、餓死させることを考えた。われわれの望みは人類全体の安楽死なのだ。

こうして「薔薇園会議」で飯能の宇宙人家族の活動を終息させる方法を相談した。

彼らもまた円盤を見て自分たちが宇宙人であると自覚し、水爆戦争による「人類全体の安楽死」に使命をかけて団結する。内偵の目的から「宇宙友朋会」の会員になっている羽黒のもとへ私信が送られる。

そこには大杉の講演の要旨があり、『空飛ぶ円盤』が平和の使者であり、友愛から出た警告者であること。「私たちは勇気を学んで、人間を怖れず、世界を怖れず、宇宙を怖れないところに自己の平和を見いだすべき」とあった。

重一郎が火星からやって来た宇宙人、と一雄は告白する。

一雄は衆議院議員の黒木について政治家としての道を学び可愛がられた。

ある時、黒木は宮城県の反日教組の私塾、旦々塾たんたんじゅくの公有地払い下げの件で、羽黒助教授の尽力で入会権問題の妥結をみたことで親しくなった。

その御礼で羽黒と友人二人が仙台から上京することになり、一雄が三人を駅まで迎え東京を案内をすることになった。この二人の友は一人は醜い顔の大男の青年、一人は丸まっちい卑俗な中年男だった。

親密になって来たところで羽黒が一雄に訊ねた。「ひょっとすると君の御父上は宇宙人じゃないのかね」と。

一雄はその場は何とか繕ったものの、その後、黒木と羽黒たち三人の宴席の場に呼ばれ、一雄の父親の政治的な嫌疑において、宇宙人か宇宙人ではないかを問われ、宇宙人ならば羽黒先生が黒木の代理で父親の説得と救済のために出向くという話だった。

一雄は黒木に正式の秘書となることと、地盤を引き継ぐことを条件に告白する。

「おやじは、何を隠そう宇宙人です。家族以外のものは誰一人その秘密を知りません。おやじは火星から来たのです。」

そうして羽黒と曽根と粟田の三人は、重一郎の前に現れた。

羽黒は「お互いに宇宙人として膝を交えて、人間どもをどうすべきか、論じ合いたく思って伺ったんです」と切り出した。

重一郎は「人類を救済すること」を説き、羽黒たちは「人類の滅亡」を願う。

こうして人間をどうすべきかという宇宙的な視座での論じ合いが始まる。

人間には三つの宿命的な病気というか、欠陥がある。

羽黒が人間の不治の病である三つの関心ゾルゲについて語った。

その一つは事物への関心ゾルゲ、もう一つは人間への関心ゾルゲ、そして神への関心ゾルゲである。人類がこの三つの関心を捨てれば滅亡を免れるかもしれないが、羽黒が見るところでは、この三つは不治の病だと言い説明を加える。 

・第一は、事物への関心ゾルゲという病気。

人間は物に無機質に執着する。人間の絶えざる事物への関心が、自分たちの幸福を守るために逆説的に水素爆弾を登場させた。絶望的な夢を具備したもので、孤独で英雄的で、巨大で、モダンで、知的で、簡素な唯一つの目的。

すなわち破壊しか持たず、現在だけに生き、過去にも未来にも属さず、花火のように美しくはかない。これ以上、理想的な『人間』の幻影は一寸見つかりそうもない。その目的は自他の破壊だけ。

そして完結性を与えることとは、ボタンを押すことである。

・第二に、人間の人間に対する関心ゾルゲという病気。

人間の話ときたら人間のことばかり。人間の普遍的で通俗的な興味は人間についてである。同じ存在の条件を荷いながら、決して人類共通の苦痛は存在しないという自信。すべては老い、病み、死ぬのに人類共有の老いも、病気も、死も、決して存在しないという個体の自信。政治スローガンとか、思想とか、そういう痛くもかゆくもないものには人間は普遍性と共有性を認める。

『結局、俺と同じじゃないか』と言いたいと同時に、『よかれあしかれ、俺だけはちがう』と言いたい。存在の条件の同一性の確認と、同時に個体の感覚的実在の確認のために。前者は一瞬間の滅亡となり、後者は自分だけ助かると信じ、危険な実験を始める。

人間の人間への関心は、どっちへ転んでも、きっとボタンを押す成行きになる。

・第三に、人間の宿命的な病気は神への関心ゾルゲ

神のことを人間は好んで真理だとか正義だとか呼びたがる。しかし神は真理自体でも、正義自体でもなく、神自体ですらない。それは管理人にすぎず、人知と虚無との継ぎ目のあいまいさをことさら維持し、ありもしないものと所与の存在との境目をぼかすことに従事する。

人間は存在と非在との裂け目に耐えないからで、一度人間が「絶対」の想念を心にうかべた上は相対性と、「絶対」との距離に耐えない。神への関心のおかげで、人間はなんとか虚無や非在や絶対などに直面しないで済んできた。しかし虚無とは際限なく無意味なものへ顛落てんらくする事、これが虚無の本質。

虚無の管理者としての神とその管理責任を信じる人間は、安心して水素爆弾のボタンを押す。

こう語り、羽黒たちは「人類全体の一刻も早い、安楽死を考えている」と言う。

人間の美しい気まぐれに信頼を寄せ、円盤に希望を見る。

重一郎は反駁する。

未来を現在において味わい、瞬間を永遠において味わう。こういう宇宙人にとってごく普通の能力を、何とか人間どもに伝えてやり、それを武器として彼らが平和と宇宙統一に到達するのを助けてやる。これが地球に来た目的である。

人間を統治するのは簡単なことで、人間の内部の虚無と空白を統括すればいい。

人間は自分のなかの空洞を眺めていて、決して統治されることのない孤独な持ちものを眺めている。この風穴こそが平和と統一の可能性だ。人間が内部の空虚の空洞が連帯によって充実するとき、すべての政治は無意味になり、反政治的な統一が可能になり、彼らは決してボタンを押さない。

この空虚を滅ぼすことに耐えられないからだ。何故ならそれは母なる虚無の宇宙の雛型だからだ。

そして人間の持つ気まぐれ。気まぐれこそが人間が天から得た美質で、人間自体にはどうしても解けない謎である。私が希望を捨てないのは、人間の理性ではなく、人間の美しい気まぐれに、信頼を寄せるからだ。

羽黒が<人間は不完全だから滅ぼしてしまうべきだ>と主張するのに対し、重一郎は<人間は不完全であり、人間の美点である「気まぐれ」がある>から希望を捨てないと主張する。

そうして重一郎は人類の墓碑銘に記す人間の五つの美点を上げる。

彼らは嘘をつきっぱなしについた。

彼らは吉凶につけて花を飾った。

彼らはよく小鳥を飼った。

彼らは約束の時間にしばしば遅れた。

そして彼らは良く笑った。

地球なる一惑星に住める人間なる一種族ここに眠る。そして翻訳する。

彼らはなかなか芸術家であった。

彼らは喜悦と悲観に同じ象徴を用いた。

彼らは他の自由を剥奪して、それによってかろうじて自分の自由を相対的に確認した。

彼らは時間を征服しえず、その代わりに時間に不忠実であろうと試みた。

彼らは虚無を自分の息で吹き飛ばす術を知っていた。

重一郎は前者の言い回しを愛するが、羽黒らが好む言い回しに替えてみせる。

どんな種類の救済にも終末の威嚇がつきものだが、どんな威嚇も人間の楽天主義にはかなわない。地獄であろうと、水爆戦争であろうと、魂の破壊であろうと。人間は全然、生きたいという意志など持ってはいない。生きる意志の欠如と楽天主義の世にも怠惰な結びつきが人間だ。

宇宙の構造は、永遠に到達すべき場所と、永遠に回帰すべき場所の二重構造になっている。あたかも、人間の男にとっての女が母の影像と二重になっているのと似ている。

白鳥座の星の影響が地球が美しい星・・・・に生まれ変わるのを邪魔してきたことがわかったと言う。

羽黒たちは重一郎を説得できずに罵声を浴びせて帰っていった。

重一郎は床の上に倒れた。妻と娘の助けを借りて起き上がったが、燈火に良人おっとの顔を見た伊余子は怖ろしい憔悴の顔に驚く。

東京の大病院で一雄は、重一郎は胃癌であり手の施しようがなく余命いくばくもないことを医者から聞く。それを暁子にだけ告げて内緒にしていた。

しかし暁子は竹宮が地球の男だったとの真実を重一郎から聞かされ、代わりに暁子は重一郎に手の施しようのない胃癌を宣告する。一人、秘密から除外された伊余子も虚栄心から知っていたというふうに振舞った。家族が皆、人間の苦みを感じる。

重一郎は自分を遣わした宇宙の意志の存在する方角を見る。そして宇宙との交信を試みる。苦悩の末、病室の白い天井に宇宙からの声を聞く。宇宙の意志は重一郎という一個の火星人の犠牲と引きかえに、全人類の救済を約束していた。

翌日の夜、重一郎は家族に出発の準備を指示し病院の消灯時間に抜け出た。車はやがて渋谷駅界隈の雑踏に出る。人間の街の見納めだった。

「我々が行ってしまったら、あとに残る人間たちはどうなるのでしょう」と一雄が言う。

放胆な穏当を欠いた言い回しで「何とかやってくさ、人間は」と重一郎は言う。

一家は神奈川県の東生田に向かう。駅の裏手から昇った丘の頂には星空がひらけた。

「来ているわ!お父様、来ているわ!」と暁子が言う。重一郎と大杉一家は、円丘の叢林に着陸している銀灰色の円盤が、緑色や橙にその光をかえて着陸しているのを見る。

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