芥川龍之介『桃太郎』解説|鬼が島は楽土で、桃太郎は侵略者で天才。

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日本で最も有名な伽噺のひとつ、桃太郎のお話ですが、あの鬼退治の動機や背景は一体、何だったのか?伊弉諾いざなぎの国産みの神話の桃の木は八咫烏やたがらすついばまれ、落ちた桃から生まれたという桃太郎が、犬猿雉を伴い鬼ヶ島へ鬼退治。鬼たちは平和で静かに暮らすなか、何故、征伐されるのか分からない。芥川の桃太郎、侵略者なのに天才とされる理由を考えます。登場人物

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解説

話し伝えられる昔話には、いろいろなストーリーや類型があり、同じような話は日本だけでなく世界にあります。まず典型的なお話をおさらいして、芥川の『桃太郎』を味わっていきます。

動画もあります、こちらからどうぞ!

標準的な「桃太郎」のお話。

一般的に普及している物語は、お婆さんが、川で洗濯をしていると川上から大きな桃が流れてきて、家で食べようとすると桃が割れて中から男の子が出てきます。

お爺さんとお婆さんは喜び ”桃太郎” と名づけます。若者になって、力持ちの桃太郎は、鬼退治に行くことになります。黍団子きびだんごを腰に鬼を探し歩いていると、犬がやってきて、黍団子をもらって加わります、同じように、猿も雉も加わり一行は鬼の棲家に辿り着き奮戦します。

犬は足にかみつき、キジは目をつつき、猿はひっかきます、そして桃太郎は投げ飛ばします。鬼たちは降参して、盗んだ財宝を返します。村に帰りお爺さんもお婆さんも村人も喜び、平和に暮らしました。という話で、皆で力を合わせての勧善懲悪となっています。

桃太郎は一万年に一度の運命で、お婆さんの前に現れた赤子だった。

芥川のお話では、まずもって桃太郎はやんごとなき存在なのです、いきなりどこからとも知れず川から流れてきたのではないのです。

むかしむかしの大むかし、人間の知らないある深い山に大きい桃の木がありました。枝は雲の上に広がり、根は黄泉よみの国まで及ぶほどの、それはとんでもない大きさでした。

何でもこの桃の木は日本神話の国産みの伊弉諾いざなぎみことが投げた桃の実が大きくなり枝になったというもので、一万年に一度、花を咲かせ実をつけます。そして不思議な事に、その実の中に赤子を一人づつ孕んでいます。ある朝、運命は一羽の八咫烏やたがらすとなり、そのひとつをついばみ落としました。それは遥か下の谷川へ落ち、人間のいる国に流れていく。

そしてこの赤子を孕んだ桃の実は、深い山の奥から谷川の下流で一人、洗濯をしていたお婆さんのところへ流れついたのでした。

桃太郎は鬼ヶ島征伐を思い立ち、犬、猿、雉の部下を従える。

桃太郎は、お爺さんやお婆さんのように、山や川で仕事をするのが嫌で、鬼ヶ島征伐を思い立ちます。

そうです、唐突に思いったのです。何故という理由などないようです。ただただ桃太郎は征伐をひらめいたのです。

老人夫婦も腕白な桃太郎に愛想をつかしていたので、一刻も早く追い出したいと思っていました。

桃太郎が老人夫婦の手に余ることが分かります。

旗や太刀や陣羽織と出陣の支度をして、注文通り黍団子をこさえます。

桃太郎は出陣の準備を万全にします、さらに兵糧を用意させています。これも何故か不明ですが、まさに、その時が来たりと思ったのでしょう!

桃太郎が、意気揚々と黍団子きびだんごを腰に結わえ、鬼退治の途に就くと、野良犬がやってきて「お腰につけたものは何ですか?」と訊ねるので、桃太郎は「日本一の黍団子だ」と答えます。犬は黍団子欲しさに家来になると言います。

「一つください」「半分ならやろうと」と繰り返し問答になるが、持たぬものは持つものの意志に服従するしかなく、半分貰う代わりに伴をする事になります。桃太郎が、半分を餌食に、猿や雉も家来にします。しかし三匹は仲が悪く、また欲張り。それでも桃太郎はこれを難なくまとめ、道を急ぎます。

ここでは、桃太郎が黍団子をコストとして半分というふうに計画的に払って、犬、猿や雉も部下を引き込む募集方法、喧嘩をする三匹を手なずけ、さらには宝物という報奨をちらつかせることで士気を高めます。

孝や忠義ではなく日本一という象徴と個々の利害に基づく管理手腕を見せます。

鬼ヶ島は美しい天然の楽土で、鬼たちは平和で安穏に暮らしていた。

鬼ヶ島に辿り着いたようです。その模様が記されます。

鬼ヶ島は絶海の孤島ですが、椰子やしがそびえたり、極楽鳥がさえずったりする天然の楽土で、鬼も琴を弾いたり踊りを踊ったり、詩を歌ったり安穏に暮らしています。鬼の妻や娘もはたをおったり、酒をかもしたり、蘭の花束をこしらえたり、人間と変わらず暮らしていました。

そして「悪戯をすると人間の島にやってしまうよ。そこでは、嘘は言うし、欲は深いし、焼餅は焼くし、自惚れは強いし、仲間同士殺しあうし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ・・・」と鬼の母は孫をりしながら話します。

芥川は、真実の鬼ヶ島は天然の楽土であることを描いています。さらに、諸説ある鬼という存在については、人間よりも楽天的で性格がよく仲良く平和に暮らしていると説明し、「人間は悪いもの」と考えています。

桃太郎は、こういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えたのです。

桃太郎一行は罪悪の限りを尽くし、とうとう鬼の酋長は降参しました。

桃太郎は、金棒を持たない無防備な鬼に向かって、桃の旗を片手に、日の丸の扇を打ち振り「進め!進め!鬼という鬼は見つけ次第、一匹残らず殺してしまえ!」と犬猿雉の三匹に号令します。

武器をもたす無抵抗の鬼を襲う、これは明らかに虐殺ですよね。

犬猿雉は、仲の良い家来ではありませんが、飢えているので褒美にありつくために 言われるままに忠義心と勇敢さを見せつけ、犬は鬼の若者を噛み殺し、雉は嘴で鬼の子どもを突き殺し、猿は鬼の娘を殺す前に凌辱します。

そして、桃太郎は力に任せて片っ端から鬼を投げ飛ばします。

とうとう酋長の鬼は、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参します。鬼ヶ島は、楽土から変わり果て、椰子の林は鬼の死骸を撒き散らしました。

絶海の孤島で、自然に恵まれ穏やかに暮らす鬼ヶ島を、何の理由もなくあるいはただ宝物を略奪するために犬猿雉を駆り立て無残な殺戮を行います。

何故、征伐されたのかが分からず、鬼の酋長は質問します。

そして「格別の憐憫により命は許してやるので、鬼ヶ島の宝物はひとつ残らず献上せよ、さらに子供を人質に差し出せ」と桃太郎は厳かに言います。

鬼の酋長はひたいを土へすりつけ、恐る恐る桃太郎へ質問します。

「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致したため、御征伐を受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をおあかし下さるわけには参りますまいか?」

桃太郎が悠然と頷き答えます。

日本一にっぽんいちの桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召しかかえた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。

鬼の酋長は重ねて質問します。

ではそのおさんかたをお召し抱えなすったのはどういうわけでございますか?

それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子きびだんごをやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。

鬼の酋長は、驚いたように三尺ほど後ろへ飛び下がり、丁寧にお辞儀をしました。

これって質問の回答にはなっていないですよね、そして質問打ち切りです。

宝物を持って凱旋した桃太郎だが、鬼の反逆に不安のなか嘆息する。

日本一の桃太郎は、犬猿雉の三匹と人質の鬼の子どもに宝物の車を引かせて故郷へ凱旋します。しかし、必ずしもそれ以降、幸せに一生を送った訳ではありません。

鬼の子どもは一人前になると番人の雉を噛み殺し鬼ヶ島へ逃げ帰り、時々、海を渡ってきては、桃太郎の屋形へ火をつけたり、寝首をかこうとします。猿が殺されたのは人違いという噂でした。

桃太郎は、嘆息を漏らし「鬼は執念深くて困ったものだ」と言い、「命を助けていただいたのに、ご恩を忘れるとはけしからぬ」と犬も悔しそうに唸ります。

鬼ヶ島の磯には、鬼の若者が五六人、鬼ヶ島の独立を計画するため、椰子の実に爆弾を仕込んでいます。優しい鬼の娘たちに恋をすることも忘れ、黙々と、しかし嬉しそうに目を輝かせながら。

あの人間の知らない深い山の桃の木は、累々と無数の実をつけています。あの八咫烏やたがらすは、今度はまたいつ姿を現すのでしょうか。未来の天才はまだ何人とも知らず眠っています。